#013 子供部屋、侍女官ユカと初めて
私にとって、最初の親友ユカと初めて出逢ったのは、この後だった。
任命式があっけなく終わり
「
ちょっと戸惑った。後ろを振り返ると、ティルム
数人の
「……申し訳ありません。
心の中だけのつもりが表情に出ていたらしくって、
――
メートレイア家は武家だから、私、そういうのに全く縁がなかった。身の回りの支度は何でも自分でする習慣が付いていた。
だから、教頭先生みたいな怖い人をお目付け役に付けられるじゃないかと、急に不安になった。お付き
案内された場所は、小さなベランダのある中庭に面した小さな部屋。絵本やぬいぐるみが並ぶこの場所は、
ここは、私の子供部屋だった。
お母様は
アゼリア市内には、うちのお屋敷もあるし、当然に私の部屋はそこにあるんだけど……
だから、私、小さい頃はしょっちゅう
この子供部屋に来たのは、夏至祭の時に
この四ヵ月間、ずっと空き部屋だったはず。でも、きちんと掃除されていて、お花も飾られていた。
それに――窓際に置かれた椅子には、たっぷり発熱魔法を掛けられた
膝掛けの上に暖かい
「
どんな人なんだろう。私付きの
扉を私から開いて、
「あの、私付きになる方なら、ここでお願いしても良いでしょうか?」
すると、
「そのように、支度を
えっ……?
良く見ると、
支度と言っても、任命状の用意と、私の衣装だけ。それも学校の制服姿の上に、
ストールは、背中がまるごと包める大きさで、すごく上質な毛糸で編まれていた。
「あったかい……」
思わず口に出してしまうと、
この後、大変な出来事がいくつもあって、色々なものをなくしてしまったけど、このストールだけはお気に入りだった。今も
ふと、ふいに気付いた。
雰囲気というか、空気が変なの。
私は気にしないけど、
ご
私の
絶対、何か、問題が起きている……
心当たりは、ひとつだけ思い当たった。
どうしよう。尋ねようか、どうしようかと迷ってもじもじしていた。
そんなときだった。
「
細くて透き通った声だった。
チビの私と同じくらいの背格好で、同じくらいの年齢の女の子が、開いたままだった扉の所で縮こまっていたの。
面倒くさそうなおばさんだったら、絶対、意地悪するつもりだった私の
……私が呆然としていたから、またも、
ユカは、私が怒っていると思い込んでいたらしくって、どんどん小さくなっていた。
「あっ……ご、ごめんなさい。どうぞ、入ってください」
慌てて、声をかけて招き入れる。
ユカは、部屋に歩みだすと……ここが子供部屋だと気づいたらしい。驚いた様子で見回している。わがまま言って任命式をここに変えたことを少しだけ後悔した。でも、私とこの子の組み合わせならば、この場所が正解とも思えた。
ユカが花模様の
そして、気づいた。
私、任命する側の作法って知らないっ!
さっき、
そうじゃなくって、確か身分ごとに格式とかあったような……?
「作法に拘らず、
そう、ささやいてくれた。
うん。心の中でうなずいた。
私、ずっと独りぼっちだった。学校では何となく友達もいるけど、
お父様も、お母様もいつも留守で……だから、いつも傍にいてくれる女の子が現れたのなら……私の望むことはひとつしかなかった。
任命状を持ったまま私も花模様の
「ずっと私の傍にいて、私の親友になってください。お願いします」
任命状を受け取ったユカは、本当に驚いて目を丸くしていた。
ユカは、私のお願いを今に至るまで、一生懸命に叶えてくれた。
――本当に感謝しています。
◇ ◇
ただ任命状を手渡しただけ――本当に簡素な
ユカは先輩になる
だって、「明日、一緒に学校の中庭でお弁当を食べよう」って私とユカが約束して笑い合ったとき、なんか空気が強ばった気がした。
そうそう、良く思い出してみると…… 私、
凄く美味しいのに、帝都では見たことがないクッキーがお皿に混じっていた。
そんな幸せな談笑のひとときを、壊してしまうのは、すごくもったいないと――正直に言えば、そう思った。このままずっと、笑っていたかった。
僅かでも、こんなとっておきの時間を残してくれた
でもね、私はもう気づいていた。
うちもそう。メートレイア
それが揃って、帝都を離れているとしたら、理由はひとつしかない。
――帝国のどこかに
でも、私の
私は、深呼吸の後、侍女長を見あげた。
不安は、尋ねて解決すれば良いはずだった。
侍女長は、やっと笑顔になったユカを見詰めていた。だから、私の視線に気づくのが少し遅れた。気づいた後も、少しだけ
侍女長は厳しい人だけど、優しい方だった。その侍女長の気遣うような視線がユカの横顔に向いていた。出逢ったばかりだけど、ユカはすごく繊細な気質の持ち主と思えた。
儚げなユカの微笑と、厳しげな侍女長の面持ちを見比べて、どうしたらいいか解った。両手でユカを抱き寄せた。
驚いて、か細い声を漏らしたユカを、ぎゅっと抱き竦めた。ユカは一瞬だけ、身を強ばらせたけど、すぐに私に細い身体を預けてくれた。頬を摺り合せて、胸の鼓動を重ねた。
今、思い出すと少し恥ずかしい。私は……ちょっと短絡的なところがあって、こうするのが一番に手っ取り早いと思ったら、つい、身体が動いてしまう悪いくせがある。
「……何かあったのでしょう? 話して下さいますか」
ユカを抱いたまま侍女長へ尋ねた。ユカの栗色の髪は、洗い立てみたいに良い匂いがした。微かな
「
腕の中でユカが息を呑んだ。胸の鼓動が跳ね上がったのが伝わってきた。
「あのっ! お母様は…… セリム司祭様は……?」
早鐘を打つ胸元を両手で押さえた姿で、侍女長に問いすがった。
「セリム・イラ・テュー司祭様はご無事です。
緊張の糸が切れたユカは、ため息とともに座り込んだ。私はもう一度、ユカの背中に両手を回した。ユカは、まだ胸元を押さえていた。
ユカのお母様は、
「ティルム
私がうなずくのを待って
「進入した
もう一度、私が小さくうなずいたのが合図だった。侍女たちが戦いの準備に走り始めた。
「こちらも
そう確認したけど、にわかには信じられなかった。このアゼリア市は天空帝国の帝都――八十万人を超える市民が平和に暮らす巨大な街で、天空帝国の政治の中枢でもある。いま、私たちがいる
さらにいえば、天空艦隊のうち、
うちを含む主要貴族家のみんながいないから、
「帝都に
帝都の外側は、アゼリア
「
私が疑問を口にすると、侍女長はそう、この場所で話す時間を切りあげた。
先ほど、忙しいとメールを送ってきたお父様へ、心の中で文句を言った。メートレイア
だけど……すっと、姿勢を正した。
「
絶句した。私、
それに、私、ひとりだけじゃ何もできない。いくら
それなのに、
「他の
侍女長の
いきなりのことで事情が飲み込めていない私の戸惑いを察して、侍女長は知っていた範囲を掻い摘まんで教えてくれた。
昨夜のうちに
お父様もそう。本当は任命式に先立つ主要貴族家への挨拶廻りには間に合うように、第四艦隊群の指揮から抜け出して帝都に舞い戻っているはずだった。それなのに〈レアルティア〉支援のために、第四艦隊群を指揮してアゼリア
他の
大お婆様は、つまり
セナ
市街地の真ん中に
艦隊の大砲は巻き添えが怖くて使えない。困ったことに天空
そんな時は、砲火ではなく、
ユカは、まだ胸元に両手を当てたまま、不安で潰れそうだった。
栗色の髪に手を伸ばした。暖かくて繊細な柔らかい髪だった。
「ユカ、大丈夫だよ。私が何とかするから、手伝って」
小さくユカはうなずいてくれた。
ティルム
さらには、私の……「
使い方は、私付きの
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