玩具
薄暗い荒野。雷光が鳴り響く。
雄叫びは雄々しく泣き、憤怒する。
まるで世界への恨みを訴えるように──
ブロンドの髪を掻きあげ、美女は隣りの黒髪の美男と背を向け合う。
二人の周りには大量の純白の羽を持った天使。
「こういう時には本気を出しなさいよ。出し渋る意味がわからない」
「俺はヒーローに憧れていてね。ほら、ヒーローは絶体絶命の時に力を引き出すだろう?」
「何回言ったかわからないけど……やっぱりあんた馬鹿じゃないの? そもそも、この状況はまさにその絶体絶命でしょうが!」
美男は人差し指を左右に動かす。
「ちっちっ。違うんだなあ。絶体絶命っていうのは、こう、もっとズタズタのボロボロで──」
ぐしっ
美女は傍らの美男の足を電流の螺旋を纏う足で踏みつける。
「痛っつ!」
バチバチとした見悶える衝撃は、男に思わず悲痛な叫びを挙げさせる。
「もう、いい加減にしなさいよ! ほら、来るわよっ桐人!」
眼前、十はいるであろう天使達が白銀の剣を構え、二人に襲いかかる。
「やれやれ、エレンはやっぱり男のロマンってものが分かっていないなあ……」
足を擦りながら呟き、桐人は天使の剣撃を縫う。
「がっ!?」
背後に回ると同時、舞い、天使達の背中に文字を描くように剣槍を斬りつける。
その動きは一瞬。
鮮血を噴出し、天使達は倒れる。
同時、後続の天使達が一斉に白い魔法陣を展開。
「やらせない!」
言葉を発するとともにエレンは電磁音を発し、空間から消える。
「何だ? か、体が……?」
そして、何が起きたか解らない驚愕の表情のまま、天使達の身体は硬直する。
それは、一秒も経たない程の一瞬の出来事。
桐人の背後にエレンが出現する。
「ほら、こんなものが絶体絶命な訳ないだろう?」
嘆息して、桐人が愚痴る。
ふん、とエレンが頭上に手を掲げ、指を鳴らす。
パチン。
音が鳴ると同時、天使達でできたサークルが眩い雷撃に包まれる。
強烈な雷撃は天使達の姿を原型も留めない。
光が無くなると、黒く焼き焦げた地面のみが姿を現す。
「だからって、あんたは油断しすぎなのよ! いくら『最強』のあんたでも、今の状態じゃあ、ただの人であることと変わらないのよ!?」
「俺はエレンを信頼している。だからこそ、油断もできるし、人の姿でも安心していられる。そこに俺と、エレンの『繋がり』があるんだ。その『繋がり』に陶酔して何が悪い?」
言葉を聞き、エレンは沈黙。
目を伏せ、赤くなった頬を見せないように顔を背ける。
「……何、気持ち悪いこと言ってんのよ。馬鹿っ!」
罵倒するエレン。
しかし、その仕草は照れを隠す子供のそれと変わらない。
「それに、もし俺が『暴走』したら、どうなるんだ? 俺はもうお前を傷つけたくない」
「その時こそ、私が全て受け止めて、守ってあげるわ。桐人がそうしたように」
桐人とエレンは互いを見つめ合う。
その場は、艶かしくも、心地よい雰囲気が漂う。
「おい、そこの夫婦! イチャイチャしないで、俺を見ろおぉぉぉぉぉ! 無視すんな!」
遠くの荒野の岩壁。その頂きに、幾重もの羽を生やす天使が一人。その雰囲気に耐えかねて叫ぶ。
「ああ、カマエルか。毎度、かませの天使を調達してくれてありがとう」
「あんたのおかげで、未熟なうちの部下達に良い教育が出来ているわ。手間が省けて本当に助かる」
「て、め、え、らああぁぁぁぁ! 俺の『子供達』を殺しておいて、あげくにその扱いかっ! 許せねえ!」
途端、カマエルは大量の腕と、大量の武具を携えた、優に桐人達の二十倍の背丈の巨人となる。
その大量の腕には無数の目がびっしりと生えている。
「『破壊の天使』軍団長、カマエル。神に仇名す、『悪魔の子』どもに断罪を!」
カマエルが言葉を放つと同時、荒野の世界に無数の天使達が生える。
「最近、サイモンさんにコッテンパンにやられたのに懲りないねえ」
桐人はため息を吐く。
「大体、君は行動が早すぎる。ミカエルに気に入られたいが為なのかもわからんが、もっと計画を立てないとね」
「全くよ。サイモン一人にボロボロにやられた奴が、私達の相手をしようっていうのがそもそもの間違いよ」
「ぐ、ぬうぅぅぅ! 俺の『能力』を舐めるなよ!? 貴様らの仲間もそれで何人も殺してやったんだからな!」
カマエルの声は体の節々から、拡声器のように空間に響く。
「じゃあ、その報復でも行おうかね」
桐人はそう言って、左手の薬指に嵌めた指輪に口づけする。
「『本当の姿』になったあんたなら一人で造作もないわね。私は雑誌でも読んで寛いでるわ」
言って、エレンはカマエルに背を向ける。
「そういえば、カマエルには俺の正体を明かしていなかったな。それじゃあ、この行動も納得できるか……? しかし、ミカエルも薄情な奴だ。こいつはもういらないってことか?」
桐人は閃光に包まれながら、独り言をポツリと呟く。
「はい、『極甘ミルクセーキ』よ。お疲れ様」
エレンは近くの自動販売機で購入した缶ジュースを地べたに座っている桐人に渡す。
「ああ、ありがとう、エレン」
受け取り、桐人は早速その缶ジュースのタブを空ける。
んくっ、んくっ
缶に口をつけ、桐人は勢いよく飲み干す。
「……よくそんなデロデロした甘ったるいもの一気に飲み干せるわね」
桐人の隣りに座り、エレンは手に顎を乗せる。
「俺の力は燃費が激しいからな。消費した精神力を糖分で補っているのさ」
「そんな精神力の回復の仕方、聞いたことないんだけど……はっきり言いなさいよ。糖分依存症の糖尿病予備軍だって」
ジト目でエレンは桐人を見つめる。
「何を言ってるんだ? 俺の体は検診でもオールグリーンと診断されてるんだ。そんな病気、持っているわけないだろう?」
桐人は立ち上がり、缶をゴミ箱へ放り込む。
「はい、はい。しかし、また逃がしちゃったわね。これで、あんたの正体を知った奴がまた増えたわけだけど」
エレンも立ち上がり、桐人の横隣りに並ぶ。
「天使どもは、基本的に『世界のコントロール』と自分の命を最優先しているからな。目的のための『死』以外では自分の命を渋るのさ」
「でも、不思議よね。何でミカエルはあんたの正体を知っておきながら、一部の上位の天使しかその正体を知らせないのかしら」
ふふ、桐人は微笑する。
「多分、それは何かの意図とかではなくて、ただのあいつの『感情』がさせる行動だと思うな」
呆れたようなため息を吐き、桐人は言う。
「あいつは、俺の『存在』自体が大罪の中の大罪だと思っている。止められなかった自分の『罪』をあまり周りに知られたくないんじゃないのか?」
「自分の罪を仲間にあまり知られたくない、か。熾天使のリーダー様も、まるで自分の嫌いな人間みたいね」
ああ、と桐人は頷く。
「もともとは人間自体が天使を元にした『玩具』だったからな。ある程度の感情は天使に似ているものさ」
「玩具、ね。胸糞悪い呼び方だわ……」
「そんな『玩具』が『使用者』に刃を向ける。『管理者』としては、そういう世界はご法度だろう?」
そうね、とエレンは頷く。
「まあ、そんな玩具を愛しいと感じる使用者もいるなんてのは予想外だっただろうけどね」
言って、桐人は歩を進める。
「その使用者のおかげで『私達』はまだ生きている。この壊れた世界にね……」
エレンは桐人の背中を見つめていた。
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