それぞれの闘い
「随分な姿だな。氷室。それもこれも貴様が勝手に相手の捕縛結界内に突撃したせいだ」
「ぐ、ぬうぅ……」
倒れ伏せる氷室に対し、志藤が見下して責める。
「それは私も同意だよ。でも、志藤が氷室の無茶に手を貸すなんて思わなかった」
廊下の壁に寄り添い、美樹が言う。
「俺がこんな下衆の手を貸すだと? 違う。『駒がなくなる』と困るから、しょうがなく援護してやったまでだ。それで、この様だ」
「う、うるさい! お前の相手してた餓鬼共と違って、奴はかなりの手練だった!」
氷室は唇を噛んで叫ぶ。
ははっ、志藤は鼻で笑う。
「俺の相手にしていた女の子も見た目以上に卓越したインカネーターだったぞ。しかも、能力は多種多様、何でもござれのオンパレードだ。さらにウリエルのお墨付きをもらった『ガブリエル』の京馬も一緒だった」
「京ちゃん──」
美樹は物憂げに呟く。
──でも、決めた事だ。
美樹は頭の中で呟く。
「それが、俺と仲良くやっている理由っていうと寂しくなるな」
頭の中の悪魔が答える。
「そして俺に対する憎しみでもある。不思議な因果だ」
ふはは、悪魔は笑う。
そうね、と美樹は心の相槌を打つ。
「大丈夫か? 迷いが渦巻くのがわかる。やっぱり、あいつと会うのが怖いか?」
「随分と人間様に優しいのね? 私に入った当初は散々馬鹿にしてたくせに」
「ただの人間ならな。今のお前は別だ。それに、美樹の悲哀が満ちると俺の力も減衰する。もう、あの時とは立場が逆転しているのだ。自分の命のために心配するのは当然だろう?」
「数々の大事件を起こした七つの大罪を司る大悪魔が、随分と可愛らしくなったものね」
皮肉の笑みを心の中で作る。
全くだ、悪魔は笑う。
「しかし、あのタイミングで『
「どういたしまして。でも、私も別に心配していたわけではないんだよ? 駒がなくなったら闘いにくいと思っただけで」
美樹はそう言って微笑む。
志藤は美樹の微笑みを無言で見つめる。
(やれやれ、それだよ。その妖艶さに持つ、屈託のない笑顔。多くの組織のものが一日何人も虜にされるわけだ)
「美樹、お前がこの組織に入った直後、付いた通り名を教えてやろうか?」
「突然、何? 良いよ。私がアウトサイダーで何て評価されてるか、参考にしてもらうよ」
「『男殺しの魔女』だ。故に俺はお前が怖くて仕方ない。だから、俺にはどうかそんな笑顔を見せず、冷徹でいてくれ」
淡々と、志藤は告げる。
「あらまあ! 何て光栄な通り名! ふふ、ちょっと嬉しい」
志藤の要求を無視して美樹は微笑む。
「魔女め……」
目を背け、嘆息して志藤は呟く。
「みんな無事でなによりだ。では、早速次の作戦を練ろうか」
途端、廊下の奥から声。
「支部長、今までどこに行っていたんですか!?」
志藤が尋ねる。
佐久間は一息吐き、一言。
「少し、奴らを分断するための『細工』を、ね」
ほれ、と佐久間は横たわる氷室に手に持っていた肉塊を投げつける。
「ほやほやの鶏の死骸だ。これで傷を癒せ。お前の能力なら可能だろう?」
「ありがとうございます……」
そう言って、氷室は鶏の死骸を脇腹に押し当てる。
途端、ゴキュというポンプを吸い上げるような音を発した後、氷室は立ち上がる。
手に持った鶏の死骸はなく、氷室の脇腹の皮膚は若干赤黒くなっていた。
「ふぅ……治った、治った!」
氷室は歓喜の声を上げる。
「で、その作戦なのだが……」
顎に手を当て、佐久間は口を開く。
「突然、暗闇が晴れたと思ったら、今度は霧か!」
「全然見えないよ~! 京馬くん、どこ~!」
深淵から解き放たれた京馬達を待ち受けていたのは、全く視界が閉ざされた霧だった。
「あいたっ!」
ゴツン!という衝撃音が咲月に響く。
「仲間同士の気配をシャットダウンする霧だ! ここは無理に落ち合うことは考えるな!壁を確認したら、それを伝い脱出することだけを考えろ!」
真田が叫んで、指示をする。
「声が響くのに、全くどこに誰がいるのかわからない……」
京馬は、声の残響で誰がどこにいるのか判断しようと試みたが、不思議と判断できなかった。
これが、気配を消されるということなのか。
京馬は手を突き出し、壁を探す。
「あった!」
何とか壁の感触を掴み、京馬はそこから前へ前へと進みだす。
ジリッ!
京馬に頭痛が走る。
(これは! 『悪魔の悪意』の反応! ガブリエルの力に馴染んでから、あまり感じることはなかったのに!?)
京馬は以前、インカネーターになりたての頃、美樹と対面した時によく頭痛を起こしていた。
それが、美樹に宿るアスモデウスの悪意に京馬の中の天使の化身が反応しているためだとわかったのは、アスモデウスを打倒した後のことだった。
その現象をサイモンに話すと、
「それは君の中の『ガブリエル』が悪魔の悪意に対して、危険のシグナルをガブリエルの化身が出しているからだと思うね。対面している時、似たようなことを未熟な天使が言っていたなあ」
と、顎に手をやり、思い出しながら答えた。
だが、それは自分の成長とともに薄れてゆくとも言っていた。
事実、工場に入る前に対決したインカネーターの悪意には全く反応しなかった。
だが、今現在、感じたこの頭痛は間違いなく『それ』のものだ。
そこで、京馬はサイモンの後に続く言葉を思い出す。
「薄れてゆくと言っても、その機能は廃れることはない。つまり、『強烈な悪意』にはある程度成熟しても反応するということだ」
そうだ、つまり現在、自分は強烈な悪意にさらされていることになる!
京馬は身構える。
「どこだ! いるのはわかってる! 出てこいっ!」
京馬は叫ぶ。
途端、自分の周囲の霧だけが晴れる。
「へえ、よくわかったね? さすが、レア中のレアの化身『ガブリエル』」
眼前にはニタリと笑う男。
途端、世界は無機質な工場からおどろおどろしい地下墓地へと変貌する。
「真田さんと戦っていた敵か……」
「ようこそ、僕の捕縛結界へ。まさか、一番の未熟者が僕の相手をすることになるとはねぇ……」
へへへ、氷室は不気味に口を引き攣らせ、笑う。
「『想い』の力、どの程度のものなのか、見せてもらうよ……!」
「ちょっと! 京馬くん!? 何か言った!? 聞こえないよ!」
咲月は霧の中、微かに聞こえた京馬の声に答えようとする。
「むうう……この霧、姿も気配も消してくる。おまけに声も聞こえづらくなったし……」
咲月は霧に対して苛立ちを覚える。
「でも、こんな広範囲でかつ、何人もインカネーターを束縛できるなんて、相手は相当な力量を持ったインカネーターだね」
一方で、自分達を惑わす霧を発現させた相手への賛辞を呟く。
「そうだっ! 真田さんはあんな事言ったけど……私にはもっと良い道筋の判別方法があるじゃない!」
ポンッと手を叩き、咲月は叫ぶ。
「ガメちゃん! 思いっきり、根を這って!」
そう咲月が言い、その周辺から無数の根が生える。
そして、根は道の天井、地面、壁を這いまわってゆく。
「これで道の全体像を把握できて、みんなと合流できる!」
プツン。
言った手前、何かが切れる感触を咲月は感じ取る。
(前方の根が何者かに切られた!?)
咲月はその事実から、次の行動に即座に移る。
(根が切られた位置から場所が特定できた! 捕縛結界で捕縛してやる!)
そして、霧で囲まれた世界は、幻想的な宇宙を背景にした真鍮の神殿へと変わる。
咲月の前方、妖艶な雰囲気を持った少女が一人。
「先手を打って、私の捕縛結界に捕縛しようと思ったのに。なかなかやるね」
ふふ、美樹は微笑する。
「もしかして……あなたが京馬くんが探している美樹ちゃん?」
咲月は今までの情報から推理して、眼前の少女が美樹であるのか確認をとる。
「ええ、そうだよ。私を知っているのね? 誰から話を聞いたの?」
「京馬くんから聞いたよ! ねえ、何でこんな組織に入ったの? 内の組織に入れば悪いようにはしないのに」
咲月は美樹に問う。
「そう、京ちゃんからね……問いの答えはただ単純。私も、アスモデウスも、アダムが嫌いだから。私達の『目的』に邪魔だからだよ!」
「『目的』って何!? 京馬くんは美樹ちゃんが戻ってくるのを願って、願って、辛い思いをしているんだよ!?」
「それは、あなたが『インカネーターである限り』教えられない……」
美樹は目を下に向け、告げる。
「私たちじゃあ、どうにかできないの!? 想い人が敵対組織にいるなんて展開、悲しいよ!」
咲月は美樹に訴える。
「想い人、ね。私はもう、京ちゃんの知っている『美樹』じゃない。何人もの男と交わって、『色欲』を味わった」
美樹は志藤の言葉を思い出す。
「──そう、快楽に魂を売った、『魔女』だよ」
「……どういうこと? 交わる? 何でそんな事、するの?」
咲月は眉を細める。
「それが本質。私が私である『この世界』の宿命なんだ」
「わけが、わからないよ……そういうのは、本当に好きな人とすることだよ?」
「私にとって、交わったものは皆、愛するべき人達だよ」
「何それ!? ますます、わけがわからない! じゃあ京馬くんは!?」
理解不能。
咲月の疑問は頭で渦巻き、荒げた声はそれを映す。
「京ちゃんは『特別』。その中でも最も愛するべき人」
「だったら──」
「だから、私はっ!」
叫ぶ。が、
美樹は言葉を止める。
ため息。
「──何を言おうとしているんだろう、私」
頭を掻きながら、美樹は言う。
「よく考えてみれば、あなたなんかにこんな話をすること自体、野暮だったね。とにかく、私はあなた達、アダムを敵とみなしている。あなたを殺すことだって、厭わない!」
美樹は黒炎を携え、腕から無数の触手を発現させる。
「どうして……? 私には美樹ちゃんが何を考えてるのか、さっぱりわからないよっ!」
咲月は叫び、魔法少女に変身する。
「これから殺されるのだから、わからなくても結構だよ!」
美樹は黒炎を咲月に向けて放った。
「ったく。話が違うぜ、桐人さん……」
真田は一人呟く。
(もう、アウトサイダー横浜支部は壊滅状態にあり、俺らがヘボい残党狩りをやるって話だったはずだ)
「まあ、人生にアクシデントは付き物だ。この状況も楽しまなきゃなあっ! ケケケッ!」
真田は笑う。
そして、壁を伝い、歩いてゆくと前方に霧が晴れているのが見える。
「出口か」
真田は足を早める。
曲がり角を曲がった手前、人影が一つ。
「おや、俺はお前の相手をするのか。やれやれ、貧乏くじを引いたな」
真田の眼前、作業着を着た男が呟く。
両手には、幾重のナイフが重なって、花のように彩られる。
途端、世界は雨の降る森へと姿を変える。
「お前は──京馬達が相手にしていた敵か」
「ああ、そうだ。個人的にはさっきの女の子が相手ならよかったんだがねぇ」
志藤はナイフを掲げ、構える。
「それに俺は、お前みたいな殺しを楽しみそうな奴が大層嫌いでね。思わず、惨たらしく殺したくなってくる」
はは、そう言った志藤の口は激情を押し殺すように、引き攣り、笑う。
「ケケケッ! そうかい。なら、俺の相手していたお仲間は大層大っ嫌いのようだな」
「ああ、だからお前には感謝してもいるさ。あの屑に思いっきりフックを放ってくれてありがとう。いっそ同志討ちしてお互い死ねば良かったのに」
「ケッ、ケケケッ! 残念だったな! まあ、俺の方が一枚上手だったからな!」
真田は大剣と鉄球を発現させる。
「あいつは自分の力に過信が過ぎているからな。虚を突けば脆いのさ」
「自分はそうではないってか?」
志藤は微笑する。
「ああ。俺は狡猾で、残忍で、目的の事ならば何でもする偽善者さ」
「人の事、言えねえなあ」
「はは、全くだ。その言葉はそっくりそのままお返しするよ」
真田と志藤、互いの表情が険しくなる。
「ケケッ! どうやら手前とは気が合いそうだ」
「俺はそうは思わんがな」
鼻で笑い、一言。
「自分と似たような輩は、見ていて嫌悪感しか湧かん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます