生かすか、殺すか
「そろそろ、目標の地点に着くね!」
「うん。でも、まさか二人だけになるなんてね……剛毅さん、大丈夫かな?」
「剛毅さんはいつもこんなギリギリの修羅場を潜り抜けてきたんだよ! きっと、今回も大丈夫だよ!」
京馬と咲月は別れた剛毅の安否を気にしながら、順調に目標地点である工場へと向かっていた。
告げた咲月は、しかし不安が拭えないのか、後に表情を曇らせる。
それは京馬も同じであった。
しかし、考えても始まらない。
二人は、只管に目標へと足を動かす。
「しかし、ここまで敵に全く会わなかったな……」
「ああ、それは真田さんのおかげだね」
頷いた咲月は凡そ、断言めいた口調で言う。
「真田さんってそんなに強いのか?」
「強いって言えば強いけど……とりあえず、『容赦ない』ね」
「容赦ない?」
「うん。敵ならば、情も何もなく惨たらしく殺す。ホント、真田さんが味方で良かったよ」
咲月の言葉に京馬は息を呑む。
京馬は、真田との一連の付き合いで彼が恐ろしく、狂気に満ちた人間だとは思った。
しかし、改めてその側面を聞かされると、真田と言う人物への恐怖がより一層高まったのだ。
「そんな人が人類の平和を目指す『アダム』に加入しているってのも何か複雑だなぁ……」
「アダムには色々な人がいるからね。しょうがなく入った人、純粋に平和を願う人、お金稼ぎを目的としている人、強さだけを求める人、色々と『ワケあり』な人──」
咲月は京馬へ顔を向ける。
「京馬くんは、『平和を願う』人、だよね?」
「……うん」
京馬は一寸の間を置き、頷いた。
「そっか、そうだよね!」
咲月は微笑む。
頷いた京馬はしかし、悩む。
俺は、確かに平和を願っているだろうけど、それ以上にこの世界を憎んでいるかも知れない。
平和以上に美樹との幸せを願っている。
ガブリエルの力で世界を作り変えたい。そんな欲が俺の心の大半を占めている?
自分はどこを見つめているのだろうか。
京馬はわからなくなる。
ミカエルを倒して、世界の危機を救う。
この想いは変わらない。
でも、
それは、自分の保身と美樹との幸せのためであり、『世界の平和』のためではない。
それにアダムの最大の目的である、世界を『在るべき形』に戻すなんていうものにも更々興味がない。
「ごめん、やっぱり違うかも」
「え?」
京馬の言葉に、咲月はまた顔を京馬へと向ける。
「俺は、この『ガブリエル』の力を使って、世界を変えたい。美樹が悪魔なんかに乗っ取られない世界に、美樹との幸せがずっと続く世界に変えたい」
そして、京馬は恥ずかしそうに頭をポリポリと掻く。
「本当に、京馬くんはズバッと言う人だね」
微笑んで咲月が言う。
「そう言う咲月はどういう人なんだ?」
京馬は咲月に問い返す。
「私は──どうなんだろうね? そもそも、平和って何? って感じだし」
苦笑して、咲月は言う。
「結局、人間ってどんなに環境が良くなっても『争う』と思う。だから、『平和』って何? って思う。世界を守って、でもまた争いがあって……で? って思うんだ。」
咲月は目を細めて、どこか遠くを見据えていた。
「私が『魔道少女メイガスももこ』にハマったのは、そんな『世界平和』のためにももこは戦っているのではなくて、自分が必要だから戦っているっていう内容だからなんだ。自分の大切なものが苦しんでいるのが辛いから戦う。無くなるのが嫌だから、戦う。自分が死んで楽しめなくなるのが嫌だから、戦う。結局、世界を救うのだけど、それはとても自分勝手で『欲』にまみれていることに、ももこは気付くんだ」
咲月は、何かを回想する様に、赤み掛かる空へと顔を向ける。
その口は緩み、微笑して。
「でも、ももこはそれが『人』なんだって理解する。自分のために頑張っていくのが正しい『人』の在り方なんだって。そして、物語は悪を倒しながら自由奔放に生きるももこを描き続けるんだ」
咲月はふう、と息を吐き、京馬へと顔を向ける。
「だから、私がアダムにいるのはそんなももこと同じ。自分のために戦って、大切なものを見つけて、失いたくないから更に戦って、その道にアダムがあった。そんな感じ?」
そう言って、向日葵の様な笑みで咲月は首を傾ける。
「だから、私をさっきのカテゴリで分類するなら、『しょうがなく入った人』かな?」
京馬は咲月を見つめ、ただただ無言で聞き入っていた。
自分と同い年で、屈託のない笑顔を向ける少女の思想。
それは自身が想像していたよりずっと成熟していた。
では、自分はどうであろうか?
幼い。
京馬は自身の直情的な思想が、この少女の思想よりも明らかに幼いと想った。
だが、嘘ではない。
自分には嘘はつけない。
そして、その少女の最後の言葉に合わせ、京馬は返す。
「そうだろうね。だったら俺は、『ワケありな人』、か」
咲月はその京馬の言葉に、満足気に頷くだけであった。
二人は微笑し、細い一本道を一直線に進む。
「ここか……」
京馬と咲月は目標地点である工場に着いていた。
工場の周囲にはフェンスがあり、その先端にはとげの鉄線がびっしりと配置されている。
さらに入口以外はフェンスの内側に木々が生い茂っていて、中が確認しづらい。
閉じられた門の右横には『佐久間製鉄工場』と書かれた表札がある。
「しかし、ここまで来たは良いけどどうやって潜入しよう? 周りは鉄線で囲まれてるし……」
『アビスの力』を使えば、容易に侵入できるだろう。
しかし、力の発現によって敵に感知されてしまう。
京馬は悩む。
「捕縛結界もこちらが相手を認識しないと巻き込むことはできないしなあ。『インカネーター』同士の戦いでは、待ち伏せしてる方が基本有利っていうのを改めて実感するね……」
咲月も悩み、ぼやく。
「あら、こんなところで若い子達が何をやっているのかしら? もしかして、迷子になったの?」
途端、京馬達の横から声がした。
振り向くと、そこには買い物袋を持った女が立っていた。
京馬が目を合わせると、ニコッと微笑む。
どうしようか。京馬は悩む。
一般の高校生がこの工場に用があるんです。と、言っても不自然がられるし、ここは適当に迷子を装うのが良いだろうと判断する。
「え……あ、はい。実は大通りに行く道がわからなくなってしまって……」
「そう、大通りなら左に回って右手を直進すれば直ぐよ」
女は言った方向を指差す。
「ありがとうございます、では!」
と、京馬が言って振り返ろうとした手前、咲月が京馬の服を掴み、その行動を制する。
「待って、京馬くん」
「何だ? 咲月?」
突然の咲月の行動に京馬は首を傾ける。
途端、風景が真鍮色の神殿へと塗り替わる。
咲月の捕縛結界だ。
「捕縛結界!? 咲月、これは一体─」
言いかけた京馬は、言葉を続けるのを止める。
そして、一寸の思考で咲月の行動の意味を理解する。
振り向き、険の表情で睨み付ける咲月の視線の先を確認する。
「この人は『敵』なのか!?」
咲月は頷く。
京馬は視線を眼前の女に向ける。
「あらあら、何故ばれてしまったのでしょうねえ……振り返った途端、肉を引き裂いてやろうと思っていたのに……」
女は顔を歪ませて、笑う。
そして、鮮血色の細長い爪を発現させる。
「しかし、何故私が敵だとわかったのかしら?」
「あなたの髪に、葉っぱがついていたからだよ。あの工場の中に生い茂っていた木の葉っぱがね。」
咲月に言われ、女は自分の髪を探るように爪で撫でる。
と、一つの葉っぱが落ちるのを確認すると同時、深いため息を吐く。
「迂闊だったわ。でもそんな木の葉っぱ、他のところでもいくらでもあるでしょうに」
「あなた、私達の進んだ道から出てきたけど、その道にその葉っぱが生える木なんてなかったよ」
「よく周りを見ているのね」
「ええ、ついでに言わせてもらうとその買い物袋から水滴が出ていないことも判断基準になったよ。隣りのコンビニで買ってきたことを装いたかったんでしょうけど、この気温の中で飲み物が入っているのに水滴がないのはおかしい。買ってから大分時間が経っているなら話は別だけどね」
「それで、私がこの工場周辺を巡回して見張りをしていたのに気付いた、と」
咲月は頷く。
「すごいな、咲月! 名推理じゃん!」
京馬は感嘆する。
そんな京馬を咲月はジト目で見つめる。
「そもそも、こんな工場前で気安く話しかけるような人はどう見ても怪しいじゃない。色々と疑わずにはいられないよ」
「うっ」
暗に『京馬くんはもっと注意深く疑おうよ』と言わんばかりの咲月の言葉に京馬は少し落ち込む。
で、咲月は言葉を続ける。
「二体一なのにあなた、随分余裕だね? しかも、捕縛結界で捕縛されたっていうのに」
「私にはいつでも駆けつけるダーリンがいるからよ」
女は微笑すると、途端にその隣りの空間が歪む。
「ふふ、きたきた」
歪みは人の形を成す。
「やあ、お待たせ。しかし、どんな屈強そうな奴が待っているかと思ったら、ただの餓鬼二人か。天使ではないだろうし……アダムって実は思った以上に貧弱なのか?」
空間に突如現れた男は、京馬達を見つめて呟く。
「んなっ!」
咲月はその言葉で顔に青筋を立てる。
「言ってくれるじゃない! じゃあ、私の力をとくと御覧なさい! この『魔道少女』の力をっ!」
咲月はポーズを決める。
ああ、『あれ』をやるのか。
と、京馬はため息をつく。
(まあ、さっきのケルビエムの時のような危機感がなくて良いよな)
そう、京馬は心の中で思い、ガブリエルの矢を五つ発現させる。
「神が創った日常世界、そこに降り立つ、一人の魔道に愛された少女!」
お得意の決め台詞を言いながら咲月の衣装は魔法少女チックに変化する。
そして、アニメ的なピンク色に髪が変化すると右目を覆うように右手でピース。
一回転して一言。
「魔道少女、咲月! ここに見参!」
最後に虹色の杖をくるくる回し、ビシッと決めポーズする。
「さあ、いつでもかかってきなさい! インカネーターとして圧倒的な差を見せつけてあげるんだからっ!」
咲月の意気込んだ声に反し、場は一寸の静寂に包まれる。
そして、
「……っぷ」
二人の口から声が漏れる。
「だっひゃひゃひゃっ!」
爆笑。
飲み物でも飲んでいれば、盛大に噴き出してしまうくらいの大口でひたすらに二人は声を響かせる。
「な、何だよ! 魔道少女って! しかも、自分の名前入れて魔道少女、咲月、見参……っぷ、ひゃはははははっ!」
「あ、あのキメ顔もやばかったわぁ! あのポーズを決めた時の顔っ! キリッ! としてて……は、恥ずかしいぃぃぃっ! あははははははっ!」
(うわぁ……この人達、言っちゃったよ)
京馬は咲月にとってのタブーを言ってしまった敵の二人を茫然と見つめる。
そして、咲月へと目を向ける。
「う、ううう……っ!」
見ると、咲月は顔を真っ赤にしていた。
目は若干、涙目になっている?
「ゆ、許さない……! 絶対、ぶっ飛ばしてやる!」
唇を噛み、咲月は二人を睨みつける。
「おぉっ! やるってのかい?」
咲月の変化に感付いたのか、二人はすぐに臨戦態勢となる。
「『トリニティ・グラウンド・フォース』!」
「く、こ、これは!?」
「三属性の魔法!?」
咲月は、二人の周囲、二十メートルはあろう円形の範囲に炎と氷と雷が混在した怒涛の攻撃を展開する。
炎は猛り狂い、大気を凍らせた氷の刃が舞い、雷が吠えるように幾重にも降下する。
「ぐ、ぐわあああああああ!」
「い、いやあああああああ!」
それらは、対峙する二人を瞬時にして取り囲み、業火を、氷刃を、雷撃を叩き込む。
咲月の攻撃に耐えられなくなった二人はそれぞれ別々の神殿の柱に叩きつけられる。
「まだまだ、こんなもんじゃ済まさないんだから……!」
そう言った咲月は眼光は鋭さを保ち、追撃の姿勢を取る。。
「く、確かに力はあるようだな……! だが、『|氷の障壁《アイス・レジスト
》!」
予想を大きく上回る、咲月の攻撃に驚愕し、男は青い魔法陣を発現する。
それは男の全身を青い光が巡り、消える。
そして、男は氷が張り詰められたような青い淡く曇った光沢の剣を発現する。
「『
一方の女は、赤い魔法陣を発現させ、男に赤い光を巡らせる。
それを合図とする様に、男はつま先を蹴り上げ、駆ける。。
京馬は咲月の援護をしようと発現した矢を掛け、弓を引こうとする。
が、咲月に手で制止された。
「この防護で包まれた体に加速魔法をかけた! そして、この『ブレイヴ・オブ・セーレ』でお前をコマ切りにしてやるよぉ!」
『防護』と『加速』を魔法の力によって得た男は、口を吊り上げながら、瞬時に咲月との距離を詰める。
「ガメちゃん!」
だが、咲月は平静を保ち、叫ぶ。
咲月が叫ぶと地響きと同時に大量の植物の根が空間全体を支配する。
「がっ!?」
その現象が生じたと同時、男の動きが止まる。
男は突然の動きの制止に何が起こったのか足元を見る。
「ち、なんだこの植物の触手はっ! 気持ち悪い!」
男の足には、足元から膝の付け根までびっしりと植物の触手が巻きついていた。
それは、咲月が発現させた大量の植物群の一部であった。
「く、この触手、私の爪でも切れない!?」
それは、男のみならず、後続にいた女も雁字搦めに巻き付けていた。
「真正面から私の力をぶち込んであげる!」
咲月が、炎、氷、雷、砂塵、光、闇を収束させる。
「あの、攻撃は……!」
京馬は咲月が放とうとしている攻撃が、以前自分を気絶させた強力な一撃だと気付く。
「くらえっ! ヘキサグラム・オーヴァードライブ・シュート!」
収束し、虹色となった一撃を咲月が放とうとした、その瞬間──
パッと後方で縛り付けたはずの女が出現。
さらに、
(逆向きに向かって放たないと……)
唐突にそう思い、咲月は攻撃の向きを背後にいた京馬へと向ける。
「咲月!?」
「……え!? ちょっと待った!」
明らかに不自然な思考から我に返り、咲月は叫ぶ。
しかし、遅い。
咲月は手を緩めてヘキサグラム・オーヴァードライブ・シュートを放つ。
「くっ! 『危機の防護(クライシス・ガード)』!」
京馬は五本の矢を全て消費し、目の前に防護結界を展開する。
咲月の強力な一撃が京馬の展開した防護結界と激しく衝突する。
ズギャギャガガガガガガガガッ!
まるで金属にドリルで穴を空けるような激しい摩擦音が響く。
続くパキッ、というガラスの割れるような破砕音。
「ぐあっ、この一撃! 強すぎる!」
そう京馬が言った手前、防護結界が破れ、京馬は後方へ吹き飛ばされる。
「京馬くん!」
『自身の攻撃』で吹き飛ばされてゆく京馬を、咲月は動揺と焦燥を描いた顔で見つめる。
「ふぐっ!」
だが、それは一気に苦悶の表情となる。
京馬へ声をかけた途端、咲月の腹部へ鋭い衝撃が走る。
その一撃で咲月は上部へ浮き上がり、そして地面へと叩きつけられる。
咲月の腹部に気持ち悪さが伝わる。
恐らく、アビスの力で体は異常に強固になっているが、相手の攻撃の威力が強すぎて、臓器が内出血を起こしているのだろうと咲月は予測する。
更に続く敵の攻撃を起き上がり、咲月は瞬時に杖で受け止める。
「い、今のは、一体……!? しかも、ガメちゃんで縛り付けたあなたが何故抜け出せているの……?」
鮮血色の爪が咲月を突き刺そうと咲月の杖上で暴れる。
咲月は負傷した体で振り絞った力を使い、その爪を何とか防いでいる。
「あらあ? どうしてでしょうねえ? 私もよくわからないわぁ。とりあえずラッキーって感じぃ?」
「あざといシラの切り方をしないでよね! ムカつく!」
言って、歯を噛みながら咲月は微笑する。
だが、その頬を冷や汗が伝う。
「大方、一人は人の思考を変える能力、もう一人は空間移動能力を持っていると言ったところかな、違う?」
「まあ、正解ね。ふふ、でもどちらがどの能力かはわからないでしょう? それにわかったところでこの能力の前に為す術もないでしょう!?」
女の爪の力が更に強くなる。
(力を緩めないと……)
途端、咲月の頭の中でまた勝手に思考が切り替わる。
「っ! やばっ!」
咲月の力が緩まり、女の爪が突き刺さる手前、青白く輝く鋭い一撃が咲月の目の前を通り過ぎる。
「ぐあっ!」
咲月は女の悲鳴が聞こえ、目の前の脅威が後方へ吹き飛ぶのを確認する。
「ふう、やっぱり咲月の攻撃は強いなあ。五本の矢を全部消費して防護結界で守ったのに一瞬、意識が飛びそうだったよ」
四つの矢を構え、京馬は呟く。
「あ、ありがとう……京馬くん」
「どういたしまして。ごめん、実はもっと早く助けられたんだけど、ギリギリまで相手の行動を観察をしていたかったんだ」
言った後、京馬は嘆息する。
「でも、結局何も掴めなかった……ダメダメだな、俺」
「そんなことないよ! 未知の相手の分析は難しいからね……」
京馬は咲月のところまで詰め寄る。
そして、咲月の前に守るように立つ。
「ここからは、俺が前線に立つよ! 咲月は援護で!」
「いいや、大丈夫。傷は『肉を創って』再生したから」
言って、咲月が立ち上がる。
「それに私、わかっちゃったよ。どっちがどんな能力なのか」
「本当か!?」
咲月は頷く。
「『
途端、京馬達の右横から鋭い氷の矢が幾重にも飛来する。
「『
反射的に京馬は一本の矢を消費してその氷の矢を全てガードする。
(ふう、普通では反射しきれないタイミングなのに関わらず、防御することができたぞ……)
アビスの力の発現による身体能力の向上の凄さを京馬は改めて実感する。
「俺がいることも忘れるなよ!」
魔法を放った男は挑発する様に叫ぶ。
だが、その男の光景に、咲月は口を吊り上げる。
そして、その人差し指を男へと伸ばし、口を開く。
「いつまで『捕まったふり』をしているのかな? あなたが空間移動の固有能力を持つことはわかっているんだから!」
更に、奥に佇んでいる女へとその指先を移動させる。
「そして、あなたは人の思考を一時的に変える固有能力を持っている! 私があなたの爪を受け止めていた時、口元で何か囁いていたのが確認できた!」
咲月の推理に、男と女は動揺し、驚愕する。
その表情の変化は、咲月の推測が的中していた事を示していた。
「ふふ、よくわかったわね。そう、私は悪魔『ラウム』を化身としたインカネーター。人の心を一時的に操ることができるわ」
だが、それも一寸であった。二人は不敵に笑み、咲月と京馬を蔑む様に見つめる。
「そして、俺は悪魔『セーレ』を化身としたインカネーターだ。だが、能力が分かったからどうだと言うんだ? どの道、俺らの絶対的コンビにお前らは勝ち目がないんだよ!」
そう告げた男は、青い魔法陣を展開する。
だが、咲月はニヤリと口元を吊り上げる。
「そう、それだよ」
咲月は核心を得たように告げる。
「あなたは自分自身を移動させることができない。いつまでもそこにいるのが良い証拠だよ。『自分に相手を引き寄せること』しか出来ないんだ!」
「なっ!」
その言葉に男は図星を突かれ動揺し、一瞬の隙が生まれる。
「どうやら図星みたいね!」
「くらえ、『
残り三本の矢を京馬は収束させ、男に撃ち込む。
途端、男の前に瞬間的に女が出現する。
「させないっ!」
京馬の一撃に対して女は爪を振る。
「ぐ、ぬううううううっ!」
激しく拮抗し、最終的に女の爪が京馬の一撃を弾く。
「ふ、あなたの攻撃の威力もコスプレ女同様、なかなかの威力ね」
息を乱れさせ、女は戦慄の表情を京馬へと向ける。
「でも、私の能力の前では同志討ちは必死よ。どう勝負するのかしら?」
そう言った女は余裕を見せようと笑みを浮かべるが、どこかぎこちない。
さらに冷や汗が伝わっているのが咲月は確認できた。
「あなたの固有能力は逆に『相手の近く』でないと効力を発揮できない! だから、シンプル。あなたは遠距離で勝負すれば恐れることはない!」
咲月は杖を前方へ突き出し、告げる。
「トリニティ・グラウンド・フォース!」
敵二人の周囲に再度、炎と氷、雷の攻撃が展開される。
さらに、
「『
京馬は白い魔法陣を展開して咲月の攻撃に重なるように白い閃光の爆発を生じさせる。
「「うわああああああぁぁぁぁ!」」
敵二人の断末魔が聞こえる。
京馬達の攻撃による閃光が消えると、そこには気を失った敵の二人が横たわる。
「ふう、どうやら精神力が尽きて気を失ったみたいだね。さあ、捕縛結界を解いて、先に進もう!」
京馬が意気込んで告げる。
バキッ!
だが途端、後方からガラスが割れるような音がした。
京馬と咲月は振り向き、後方を見つめる。
そして、破砕した音とともに一人の男が空間へと飛び込む。
足を大股開きで開け、着地した男は笑う。
「ケケ、ケケケケケケケッ! 捕縛結界が閉じたのが見えたから、ぶっ壊してみたら……お前の捕縛結界だったのか、咲月!」
「真田さん!」
咲月は叫ぶ。
「さて、お楽しみタイムだ。お前ら、そこをどけ」
パキパキと首を鳴らし、ゆっくりと真田は歩く。
「あ、あの、お楽しみって言うのは……?」
京馬は問う。
京馬は真田への恐怖が隠しきれず、表に出ているのが自分でもわかった。
「こいつらを、殺す」
だが、そんな京馬を意に介さず、真田はまるで日常の一仕事のように淡々と、平然と人としてあるまじき行為を行うことを宣言する。
「ちょ、ちょっと待って下さい! この人達は、もう精神力が尽きて戦えなくなったんですよ!?」
「敵は殺すに限るだろう?」
真田は前に立つ京馬を手で払いのける。
そして、鎖で繋がれた巨大な鉄球を左手に、右手には大量の鎖が垂れ下がるように装着されている大剣を発現した。
「『
途端、気を失ったはずの男が青い魔法陣を展開させ、魔法を発現させる。
真田は無表情でそれを大剣を使って防御した。
「ちっ! やられた振りして油断させようと思ったんだが……気付かれたか!?」
男はふらふらと立ち上がり、女も同時に立ちあがる。
そして、各々が剣と爪を発現させて構える。
真田は嘆息。
そして、京馬達に告げる。
「な? だから言っただろう。敵は殺すに限るんだ。面倒臭くなる前に、な。ケケケケケッ!」
真田が右足を踏み込んだと同時、男が発現した氷の剣を構えて突進する。
「はっ!」
男が剣を振り下ろし、真田が右手の大剣でそれを受け止める。
剣同士の擦れる音が周囲に響く。
「くらいなさいっ!」
「!」
途端、男の右隣に女が瞬間移動し、真田の左側を狙う。
だが、真田は左手に持った鉄球でガードした。
「ケケッ! ビビった、ビビった! 良い能力持ってるな、お前!」
真田は楽しい娯楽に興じるような笑みを浮かべる。
途端、
(俺は両手から武器を離さないと……)
真田の思考が一瞬変化する。
そして両手を開き、鉄球と大剣は大気に浮かぶ。
「なっ!」
さすがの真田も驚きを隠さずにはいられなかった。
「死ねっ!」
敵二人の攻撃が真田の胸に狙いを定め、鋭く向かう。
だが、攻撃は届かなかった。
「ぐあっ!」
「きゃあっ!」
それは一瞬だった。
敵二人は地面や空中の次元の狭間から湧き出るように出た鎖で体を雁字搦めに縛られていた。
「『
真田は告げ、再び剣と鉄球を構える。
「さて、終わりだな。ケケッ! 一瞬で殺してやるよ」
「く、くそっ!」
男は鎖を解こうともがく。
が、抵抗むなしく全く解ける気配がない。
真田はゆっくりと、一歩ずつ男に向かう。
「お、俺達が悪かった、降参だ! 助けてくれ! その代わりにうちの組織の有益な情報を提供をしてやる!」
男は交換条件で命乞いをする。
だが、真田は何も言わず、表情も変わらない。
男の顔は恐怖で引き攣った。
真田は最後の一歩を踏み込む。
「や、やめろっ! うわああああああああああっ!!」
そして、力を込め、鳴動した真田の腕から繰り出された連撃は男の四肢と鎖を割く。
深々と抉れた男の胴体から、鮮血が周囲に巻き上がる。
「ぶ、ぐあ、あ……!」
明らかな致命傷。
どもる様な声、基、痙攣した喉元から発せられる音。
「あ、ああ……」
その光景を見て、京馬は絶句する。
吐き気を催した京馬は、気持ちの同調を得ようと隣りの咲月を見る。
が、その表情は無表情だった。
まるで、何時でも眺めていた風景の様に、咲月はしっかりと、背けずに目を見開いていた。
「ひ、ひいいいいいいっ!」
もう片方の縛られた女が絶命した男を視認し、悲鳴を上げる。
もがき、悶え、のたうつ女性の表情は、恐怖。
それ一色であった。
「助けてっ! 助けてっ! 私達は本当に殺すつもりはなかったのよ! ただ、基地周辺に怪しい人物がいたら追い払うように命じられていただけ!」
真田はさらに奥へと足を一歩。
「ほ、本当よ!? さっきだって、あんなこと言ったけどあなた達が私達に殺意を向けなければ殺そうなんて思わなかった!」
「じゃあ、今は殺そうとしていたんだろう?ケケッ!」
真田は深い笑みを浮かべ、大剣を振り上げる。
「い、いやあああああああああああっ!?」
ぶしゅ、と血が噴き出し、真田の剣が女を引き裂く。
神秘的な宇宙の大空と煌びやかな真鍮の神殿。
しかし、おびただしい赤に染まる地面と動かない肉のオブジェクトは、咲月の捕縛結界であるこの美しい景色でさえ凄惨な色へと変色させる。
「死ぬ覚悟がないくせに、殺しをやってるんじゃねえよ」
真田は物憂げな表情をして、呟く。
そして、発現させた剣と鉄球、鎖を消し去り、振り向く。
「ケケッ! さあ、敵は殺したっ! 行くぞ!」
そう告げた瞬間であった。
途端、真田の足下に一本の射抜かれた青白い矢が突き刺さる。
「何で……何で殺したっ!? 敵は戦意を喪失していた。何もあそこまでしなくて良かったはずだ!」
「あ?」
真田を睨みつけ、京馬は言う。
対し、真田は眉を細めて京馬を見つめる。
「じゃあ、お前はあいつらを生かして何かメリットがあるとも?」
「メリット、デメリットの話じゃあない! 『人として』、あんたは間違ってる!」
真田は嘆息する。
『こいつ、分かってねえなあ』と、表情で表現する様に、実に残念と。
「『人として』、ねえ。俺ら『インカネーター』は人であって人じゃない。『アビスの住民』に魅入られた時から『人の形をした別の何か』になったと認識すべきだ」
それに、真田は続ける。
「そんな甘いことを言っていたら、この先は生きていけねえぞ? さっきだって俺が殺しにいかなきゃあ、お前らは敵の不意打ちを食らっていたはずだ」
そんなことはない!と京馬は言いたかった。
だが、事実が言葉を閉ざす。
「お前は本当の争いを知らない。殺るか、殺られるか。手をこまねいていたら終わりだ。どんな争いだってな」
「でも、殺す以外に解決方法はあったはずだっ!」
「ああ、あったかもな。だが、それは確率の低い可能性の一つに過ぎない。戦いでは最善の方法が一番だ」
「だけどっ!」
その後に、京馬の言葉は続かなかった。
『もどかしい』京馬を脇に、一息ついて真田は言う。
「あいつらは明らかにお前らを殺そうとしていたぞ。そんな奴らの命乞いを聞いて、助けてみろ。絶対にロクな事にならんぞ。ケケケッ!」
真田は笑う。
「やり方は凄惨で酷いと思うけど……私も、真田さんと同じ意見かな」
京馬の横隣りで一連の会話を黙って聞いていた咲月が言う。
京馬は言葉を無くし、下を向く。
真田はそれを確認すると、振り返る。
「そういうわけだっ、ケケッ! 納得いかないなら示してみろよ! お前の説く『人として』の道をな! だが、これだけは言うぜ。道徳で生きる人間なんてのは、この世にほとんどいない!」
さらに真田が笑うと同時、咲月の捕縛結界が解ける。
「俺は……」
京馬は悩んでいた。
自分が生きていた十六年間。教えられていたルール。従ってきたルール。
それを一瞬で覆されてしまったのだから。
勿論、小さい事ならば何度も破ってきた。
しかし、人としてのルールの『大罪』を肯定するこの出来事は京馬の心の中を大きく揺るがした。
京馬は今までに、アスモデウスのような悪魔との戦いと、エレンや咲月のような味方とのゲーム感覚の戦いしか経験していなかった。
今回のような『人間』との戦いで初めて経験した『相手を殺す』ということに関しては以前の戦いでは考えもしなかった。
殺すのが正しかったのか、生かすのが正しかったのか。
わからない。
ただ一つ言えることは、この『アビスの力』を使った戦いは、京馬の教えられて従ったルールが通用しないということだ。
「京馬くんの気持ち、すごいわかるよ。私だって最初は抵抗があった」
咲月は京馬を視界に映さず、言った。
「でも、甘さは自分を殺すことになる。私も、甘さを見せて殺されそうになった。だから、私も倒すべき──殺すべき相手がいたらそうするようにした」
そんな咲月の目は俯いていた。
目を閉じた後、咲月は京馬の方へと顔を向け、笑みを見せる。
「きっと、これもサイモンさんの言っていた力を得た『代償』なんだろうね! そう思うと、気が紛れる気がするよ」
「咲月は……『そうした』ことがあったのか?」
京馬は問う。
咲月は首を下げ、頷いた。
「特に、天使のインカネーターは『羽化』すると大変だからね。ミカエルと接触する前に殺さなきゃならないんだよ」
「羽化?」
「さっき戦ったケルビエムは元は天使のインカネーターだった。人間だったんだ。だけど三年前、私が止めを刺さずに逃してしまったために『羽化』して本神、『アビスの住民』として現界してしまったんだよ」
咲月は唇を噛む。
「私が、殺すことに『怯え』なければ、みんなは死ななかった」
声色が震える。
「咲月……」
京馬は咲月を慰めようとする。
しかし、言葉が見つからない。
京馬は悟ってしまったからだ。
この少女より自分の方が圧倒的に弱いと。
そんな自分がいくら言葉を飾ろうと、咲月の中には浸透しない。
そう、理解していたからだ。
「さっきから何をウダウダ話してんだ!? さっさと敵陣へ行くぞ!」
真田がじれったいとばかりに足を踏みながら言う。
「そうは言っても、どうやって潜入するんですか? 正面から行けば、待ち伏せされている敵の集中砲火を受けますよ!?」
「ケケッ、上等だ! 全員、殺してやるよぉ!」
途端、真田は幾重もの鎖を周囲に生やし、走る。
「ちょ、ちょっと!」
京馬の制止を全く意に介せず、工場の正門を跳躍し、飛び越えると大声で叫ぶ。
「アウトサイダーの雑魚どもぉ! アダムの特攻隊長、真田和樹がぶっ殺しにきたぞぉ!殺されたい奴からかかってこいっ、ケケケケッ!」
口を大きく開き、笑いながら真田は進む。
「無駄だよ。真田さんの暴走は桐人さんの説得がないと止まらないんだよ」
嘆息して、咲月は言う。
「しょうがない……私達も、こっそりと後に続こう!」
「ああ!」
二人も歩を合わせ、工場へと向かう。
(やっと美樹に会える! どうか無事でいてくれ!)
京馬は幼馴染の無事を願い、足を踏み出す。
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