炎雷の天使
「や!京馬くん、遅かったね? 何かあった?」
「ちょっと、色々とね」
咲月が京馬に話しかける。
京馬がアダムの地下基地のエントランスを抜け、ロビーに入ると、そこには見知っている面々がいた。
「おう、京馬。今日は本格的な初陣になるな。気合い入れて行こうぜ!」
「は、はい! 頑張ります!」
剛毅が手を突きだし、ガッツポーズを取りながら京馬に話しかける。
京馬は未だに剛毅の迫力に気圧されながらも答える。
「ん?」
そして、京馬はさらに奥の席でパソコンの画面を見つめる見知らぬ人物を発見する。
髪は白髪で逆立つように立てており、着ている厚手のコートには鎖が幾重にも取りつけられ、一世代前のV系ファッションのようである。
あの人が、桐人さんが言っていた今回の作戦に参加する真田和樹さんだろうか──
隣りにいる咲月に京馬は聞いてみる。
「咲月。あの人がもしかして、もう一人作戦に加わるインカネーターの真田さん?」
無言で咲月が頷く。
そして、耳打ち。
「京馬くん。真田さんにはなるだけ関わらない方がいいよ。何てたって人殺しの前科持ちのやばいくらいやばい人なんですから」
恐ろしいものを見る目で真田を横目で見つめつつ、咲月は京馬に囁く。
「うわあ、それは怖い……確かに関わらない方がいいな。でも、挨拶だけはしておかないと」
振り返り、京馬は真田に近づく。
「あ!京馬くん!」
咲月の声は虚しく、既に京馬は真田の見ているパソコンが見える位置まで近づいていた。
「すみません。初めまして、新しくアダムに入った坂口──」
途端、京馬は真田の見ているパソコンの画面を見て、言葉を失う。
「う、うわあああああああっ!」
京馬は尻もちをついて叫ぶ。
「な、なんだ……人の……死体!?」
そこには、人を解体している動画が映っていた。
その叫びに真田は振り返り、耳に付けていたイヤホンを外す。
「なんだ、もう一人は既に来てたのか。ケケケ、早く言えよ。こんな餓鬼に刺激が強すぎるものを見せちまったじゃねえか」
真田は動画を止めて、振り返る。
そして立ち上がると京馬に手を差し伸べて、真田は挨拶した。
「よう、真田和樹だ。ケケ、話は聞いてるぜ。よろしくな、京馬」
「よ、よろしくお願いします……」
差し伸べた手を若干躊躇しながら、京馬は掴む。
「なんなんですか!? その動画!」
「ああ、これか? 人の死体をノコギリでギコッギコッてしてる動画だが」
真田は平然と答える。
「そ、そうじゃなくて、何でそんなものを見ているんですか?」
京馬は顔を引き攣らせて、パソコンの画面を指さす。
「ああ、殺しの前にこの動画で精神を昂ぶらせてるんだ」
ケケッ、真田はまた声高い不気味な声で笑う。
その一言でさらに京馬の顔は引き攣る。
「だから言ったでしょ! あんまり関わらない方が良いって!」
咲月が耳元で囁く。
「ったく、相変わらずだな。まあそれで能力が高められるのなら、俺は何だって良いんだがな」
嘆息して、剛毅が言う。
「俺の『グラシャラボラス』の化身は別名『屠殺者の総統』と呼ばれる。悪魔の中でも屈指の残虐さを持った化身だ! 故に凄惨な死体を見れば見るほど力が高まる!」
真田は京馬に語り始める。
「だから、この動画視聴も今回の作戦の立派な『前準備』なんだ! 悪いな、ケケッ!」
そう言って、また真田は笑みを作り動画を見始める。
「こ、怖い……」
京馬は呟く。
「さっきも言ったけど、実際この人、殺人歴あるからね。刑務所でインカネーターに目覚めたらしいし」
咲月は動画に食らいついて見る真田を指さして言う。
「しかし、その化身自身の残虐さ故に、グラシャラボラスの化身を宿してインカネーターになるものはそうそういないからな。真田はイカれてるが貴重な存在なんだ」
剛毅がため息をついて言う。
途端、ロビー内に砂塵が舞う。
砂は凝縮し、より固まると人型の形を成す。
「どうやら、みんな集まったようだな」
凝縮された砂から声が聞こえる。
そして、白髪のサングラスをかけた老人が姿を現す。
「サイモンさん!」
京馬は老人の名を呼ぶ。
「さて、これから作戦の説明を行おう。ミーティングルームへ来てくれ」
京馬達はサイモンに案内され、部屋全体がパネル上のモニターになっている部屋に案内された。
中央にある円卓に各自、適当に座るよう指示される。
京馬と咲月は隣りで、咲月の右に剛毅、そしてさらに右に真田が座る。そんな四人と対面する形でサイモンが席に座った。
「では、今回の作戦会議を始める」
そう言って、サイモンは目の前にある半透明なキーボードを入力する。
すると、京馬達とサイモンの間、丁度円卓の中心部に三次元の立体構造が浮き上がる。
相変わらずのアダムの技術に京馬は改めて驚愕する。
「今回の敵の本拠地は横浜大黒ふ頭にある港近くの工場だ」
そう言うと、一つの建築物が点滅し、赤いマーカーで表示される。
「このように、ある一点を除いて、後は海からの侵入ルートしかない」
円卓中央に表示される立体構造のマップに二つの赤い矢印が伸びる。
「しかし、海からの侵入は目立つし、『アビスの力』を使って接近しようとすれば、目標前に天使どもと抗戦して、いらない力の浪費をしてしまう」
海からの矢印に×印がつく。
「よって、極力相手に気付かれないよう接近し、各々の『捕縛結界』で敵を捕縛。少しずつ敵の戦力を削ぎ落す」
一息つき、サイモンは続ける。
「京馬くん以外は知っていると思うが、捕縛結界は基本、早い者勝ちだ。しかし、ほぼ同じタイミングで行われる場合、精神力が強いものが優先される。それを考えると、剛毅か真田が捕縛結界を展開した方が良いかもな」
説明を終えると、顎に手を当て、サイモンは四人に視線を向ける。
「そうだな、リーダーは剛毅にお願いしようか」
「わかった」
サイモンの視線を受け、剛毅は返事をする。
「頼んだぞ。説明は以上だ。何か質問はあるかね?」
その問い掛けに早速、剛毅は口を開く。
「今回の相手は何人だかわかるか?」
「詳しい人数はわからない。ただ、相手方に天使の侵攻があったらしく、かなりのダメージを被っているらしい。もしかしたら、一気に壊滅することが出来るかもな」
その言葉を聞いて、京馬は少し動揺する。
天使の侵攻によって、美樹に何かあれば──
そんな京馬の心情を理解したのか、咲月は京馬を見つめる。
「ああ、京馬くん。美樹ちゃんは無事みたいらしい。どうやら、あっちの組織で彼女はなかなか優遇された待遇を受けているらしく、今は工場内の守護を任されている」
サイモンは目が見えないにも関わらず、京馬の不安の挙動を把握していた。
それは、視覚が遮られる事によって研ぎ澄まされた聴覚、知覚、更には――その精神の揺らぎを、『インカネーター』として察知する能力によってである。
「ケケ、ラッキーだね」
真田は例の動画を見ながら、呟く。
「他に質問はないか?」
再度、サイモンは問う。
その問いに、一同は沈黙をする。
沈黙から、質問が無い事を確認し、サイモンは口を開く。
「では、これで作戦会議は終了だ。皆、健闘を祈る」
京馬達は車で作戦開始位置まで移動していた。
運転者は剛毅だ。
後部座席には左から咲月、京馬、少し間を空けて真田となっていた。
ケケケ、と終始真田は動画を笑いながら見ている。
その不気味な笑いには狂気以外に形容できるものがない。
対して、咲月と京馬は無言であった。
(うわああああああ! この人、マジで怖いよ! なんだよ、この空気!)
京馬は青ざめながら心の中で悲痛の叫びを上げる。
「京馬くん……」
左の声に反応し、京馬は振り向く。
見ると、咲月も青ざめ、早くこの空間から脱したいという表情を浮かべていた。
「これで、わかったでしょ」
咲月の言葉はそこで途切れる。
しかし、京馬は言わんとしていることを理解した。
「ああ……」
京馬は真田和樹という人になるだけ関わらないようにすると心に誓った。
そんな三人を剛毅はバックミラーで見つめ、嘆息する。
車から降り、四人は目標の工場の三キロメートル離れた所に足をつける。
「さて、じゃあ早速、作戦開始といこうか」
そう言って、剛毅は踵を地面に数回小突き、指をパキパキと鳴らす。
そして、開口して一声。
「真田、一気に行け!」
「ケケケケケケッ! 待ってましたああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
歓喜の声とともに真田は地を蹴って、疾駆する。
「さあ、俺たちは別ルートから行くぞ」
真田が角を曲がって、走り抜けたのを確認すると、剛毅は京馬達に告げる。
「ちょ、え、ええっ!?」
突然の剛毅の指示と真田の動きに、京馬は呆気にとられる。
だが剛毅は何食わぬ顔で、反対の道へと歩み出す。
困惑の顔を浮かべながらも、京馬と咲月は剛毅の後を追う。
一方、一人飛び出した真田は、大通りをひたすらに駆けていた。
「グラシャラボラス!」
口を吊り上げ、真田は自身に宿っている『悪魔』の名を叫ぶ。
すると、真田の周囲の空間内に大量の鎖が出現する。
それは、真田の走り抜ける跡に続き、地から次々と生え出してくる。
「ケケッケケケケケケッ! 久しぶりの殺しだぜえええええぇぇぇぇ!」
真田は歓喜の高笑いを放ち、大剣と鉄球を両手に発現させる。
「なんだこいつは!?」
真田の高笑いに反応した、大通りに面した建物から隠れていた複数の男たちが姿を現す。
「俺の大虐殺エリアに案内してやるぜ! 『化物』ども!」
真田は、その人だかりを視認し、口を更に深々と吊り上げた。
一方、京馬達は、大周りをして目標地点へと動いていた。
「真田さんを一人にして大丈夫なんですか?」
京馬は剛毅に問いかける。
「ああ、むしろあいつと一緒にいたら、あいつの固有能力に巻き込まれる可能性があるからな」
剛毅は前を向きながら答える。
「真田さんの心配はしなくていいよ、京馬くん。どうせ、勝手に突っ走る人だし」
嘆息して、咲月が言う。
「真田さんの固有能力って、何なんですか? そんな規模が大きいものなんですか?」
「あいつの固有能力は空間内から触れると生命力が削られる大量の鎖を放出し、それを自由に動かす能力だ。あんなものが常に存在している空間で四人で一緒に戦うなんて、やりづらいっての」
と、剛毅は眼前に何かを発見したのか身構える。
目は真剣に前を見据える。
その動きに呼応するように咲月と京馬も構える。
目の前にはスーツ姿の一人の女性が佇んでいた。
すらりと艶のある黒髪はポニーテールに結ばれ、顔にはシャープな形状の眼鏡をかけていた。
「匂うねえ。醜悪な悪魔の匂いだ。」
女性はそう言って、微笑すると一歩踏み出す。
「「ケルビエル!?」」
剛毅と咲月は驚愕の叫び声を挙げる。
その姿を視認した刹那、剛毅は捕縛結界を展開し、辺りの空間が炎に包まれる王宮へと空間を塗り替える。
「馬鹿なッ! 何故お前がここに!?」
そう叫んだ剛毅の表情は戦慄としていた。
ギリ、と歯を噛み締め、対峙する『危機』に顔を歪ませる。
「あ……あ…」
対し、咲月は顔を強張らせ、震える唇から言葉が出ない。
表情は『恐怖』となり、言葉を失っている。
「ケ、ケルビエル? そんなにやばい奴なんですか!?」
そんな二人の様子の劇的な変化に、京馬は激しく戦慄を覚える。
「君が、ガブリエルの『繭』か。ふむ、少しは『馴染んで』いるようだね」
顎に手をやり、ケルビエルと呼ばれた女性は言う。
「こいつは……九つの天使階級で二番目の階級にある『智天使』のリーダーだ。単純な力ではミカエルに匹敵する。俺らアダムのメンバーもこいつに何人も殺された」
剛毅は歯をギシリと軋ませ、ケルビエルを睨む。
「そんなに恐ろしい奴なんですか……!」
京馬は剛毅の情報によって、今目の前にいる脅威を認識する。
咲月は無言で魔道少女へ変身し、京馬は青白く閃光を放つ矢を構え、剛毅は赤の魔法陣を幾重にも展開する。
「私も有名になったものだな。しかし、暇つぶしに害虫退治をしに行こうとしたら思わぬ宝物を見つけてしまったよ」
ふふふ、ケルビエルは微笑すると、全身を炎に包ませる。
スーツは消え失せ、眼鏡は灰となり、髪は燃えるような灼熱色となる。
炎は螺旋を描き、ケルビエルを纏う。
そして、炎はケルビエルを包む衣となりケルビエルの艶かしい体にフィットする。
炎の衣を纏ったケルビエルの右手には炎と稲妻を纏った細剣。
「さあ、ガブリエルの『繭』を渡してもらおうか! まあ、どのみち渡しても『粛清』してやるがな!」
台詞を言い終わる手前、ケルビエルは細剣を構え、駆ける。
「『
直後、剛毅は幾重にも展開した赤の魔法陣から三つの魔法を発動させる。
「アイス・ガーディアン!」
そして咲月は、虹色の杖を振り大気を凍らせ、巨大な氷でできた人型ゴーレムを創りだす。
「いけ! 『
京馬は矢を放ち、それは目の前で防護結界となる。
もっとだ……! もっと『危機』の感情を高めろ!
京馬は桐人に言われた感情のコントロールを実践する。
「無駄だよ」
告げ、ケルビエルは静かに細剣を一振りする。
「うわああああああああああああっ!?」
その軽やかな動きからは想像も付かない程の轟々とした炎と稲妻を纏った一撃は、空間を激しく震動させ、辺りを破壊し尽くす。
それは防護結界も、ゴーレムも、京馬達も易々と消し飛ばし、捕縛結界に亀裂を生じさせる。
炎雷の一撃は、目の前のありとあらゆる障害物を消し炭にした。
そして――辺りは静寂に包まれた。
だが、ケルビエムは首を左右に振り周辺を見渡し、そして嘆息する。
「ふう、たかが一撃をかわしたくらいで……図に乗るなよっ!」
そう言うと、ケルビエルは背後に一振り。
強烈な一撃が再度空間を破壊し尽くす。
しかし、その轟音の後、また辺りは静寂となる。
「ちっ」
『当てが外れた』ケルビエルは舌打ちをして、嘆息。
「甘く見ていた。気配すらも完璧に消せる『蜃気楼』。さらに身体能力増強系魔法も同時に二つも発動するとは。敵ながら非常に優秀な魔術師だ」
気に入らなそうに唇を噛み、ケルビエムは呟く。
「『
そのケルビエムの背後に突如、叫びと共に強烈な衝撃が走る。
「くっ!」
その声色は、先程屠ったであろう筋肉隆々とした『剛毅』のであった。
ケルビエムは振り向いて細剣を振ろうとする──だが、一歩遅く剛毅の拳が胴に捻じ込まれる。
「は、ああああああああああああああああああっ!」
気合いの叫びとともに、剛毅は超高速の拳を連打、連打、連打する。
あまりの早さで、『アビスの力』によって物理法則が緩和されている筈であるのに対し、拳は摩擦熱で燃え上がる。
「とっておきの……ダメだしってやつだっ!」
苦悶の表情で耐えるケルビエムへと、剛毅は力一杯の拳の捻じ込みを放ち、後方へと吹き飛ばす。
そして、口元を吊り上げて、両手に魔法陣を展開させる。
「『
『魔法名』を告げた剛毅の両手に熱線が集中し、オレンジ色に閃光する球体が生まれる。
それは、押しだすように球体は剛毅の元から離れる。
途端、カッと空間全体を赤い閃光が埋め尽くす。
遅れて音が。
遅れて空間に振動が。
「ぐ、あああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
遅れてケルビエムの悲鳴が。
そのあまりの威力に、剛毅は自身の捕縛結界全体に亀裂を生じさせる。
「……すごい! エレンさんの『マッシヴ・エレクトロニック』もとんでもない威力だったけど、それに匹敵するぐらいの威力だ!」
空間が歪み京馬と咲月が姿を現す。
京馬は、剛毅の途轍もない攻撃の破壊力に驚愕する。
「……まあ、補助魔法で思いっきり強化したあげくの俺の最大で本気の攻撃だからな。それぐらいの威力はないと困る」
『精神力』をありったけに凝縮させた爆撃魔法を放った剛毅は、ぜえぜえと息を切らしながら告げる。
「これで、倒せた?」
焼け焦げたケルビエムが倒れ伏せているのを確認し、しかし険の表情を崩さない咲月は問い掛ける。
「ま、まだだ。こんなんで倒せたら苦労しねえよ!」
だが、剛毅は咲月の問いに歯を噛み締めて首を振る。
手を膝につきつつ、戦慄の表情をその焼けた人影に睨み付けていた。
「う、嘘だろ!? こんなにやっても倒せないのか!?」
前方を見つめていた京馬は驚愕する。
倒れていた焦げた肉塊は手を空に伸ばし、震える拳を握る。
「か、は! ……私とした事が、みっともない」
乾いた声は、瞬時に元の厳格とした声色へと戻り、肉塊は起き上がる。
「ふうう、酷いじゃないか。女にこんな仕打ちをするなんて。おかげで」
肉塊の周りを螺旋の炎が展開する。
炎は肉塊に徐々に収束し、破裂するように消滅。
途端、姿を現したのは剛毅の猛攻を受ける前の美しく、神々しい灼熱色の髪の女性だった。
「あんな醜い姿を晒してしまったじゃあないか」
くく、と微笑し、ケルビエルは再度、炎と稲妻を纏った細剣を発現する。
「ゴホッ! ゴホッ!」
しかし、ケルビエルは咳き込み、手を血に濡らす。
その手で受け止めた血痕を見、ケルビエムはその眉間に皺を寄せる。
「私にここまでのダメージを与えるなんてな。本当に甘く見ていた。名を何と?」
視線を剛毅へと戻したケルビエムは、先程とは異なった『対等』な視線で見つめる。
「間島剛毅──お前を倒す『人間』だ」
「そうか」
そう、ケルビエムは頷き、炎をまた自分の周囲に発生させる。
「君に敬意を払って、私も『本気』を出そう」
そう言うと、ケルビエルを中心に眩しい閃光が迸る。
炎獄が右往左往とその身体へと『吸収』されるかの様に、包み込まれてゆく。
その閃光の中心、ケルビエムの人影はあっという間に肥大し、閃光が晴れた後、その巨躯が姿を現す。
「『ケルビエム・ヤハウェ』。それが私の本当の名だ。お前達の組織では憎きサイモンにしか見せたことはない」
空間を覆い尽くすほどの体躯。
顔は常に閃光を放ち、その顔は四つもある。
さらに、六枚の純白で巨大な羽を生やし、その周囲には炎と稲妻が常に漂っている。
その姿はこの世界に存在しているのが疑わしいぐらい神秘的な神々しさを持っていた。
「化け物──」
しかし、京馬はその姿を『神』や『天使』と形容出来ようも無かった。
その『魔神』の如き、『滅亡』を漂わせる目の前の存在は――正に『化物』。
圧倒される京馬と咲月の前に、剛毅は立つ。
そして、背後にいる京馬達に告げる。
「ここは俺が食い止める。お前らはその内にこの捕縛結界内から逃げろ」
言って、剛毅は後方に空間の歪みを作る。
京馬と咲月は背後に向き、空間の歪みを確認したが、決死の表情で剛毅へと振り返る。
「何を言ってるんですか! 俺も戦いますよ!」
「私も!」
「さっきの奴の力を見ただろう!? 今のお前達の力じゃあ、一撃と持たない! さっさと逃げろっ!」
意気込んだ二人に、剛毅は叱咤する様に叫ぶ。
畏縮する二人に、剛毅は歯を噛み締めて続けた。
「……もう、目の前で大切な仲間に死なれるのは嫌なんだ。それなら自分が──いいや、勝ってみせる。足掻いて、足掻いて、な」
拳を強く握りしめた剛毅の言葉は、『決意』が
「これは命令だ。お前達には他にやるべきことがあるだろう? 大丈夫だ。こんな試練、幾度も潜り抜けてきた」
剛毅は京馬達を背に、グッと握り締めた拳を頭上へと掲げる。
その剛毅の『折れる事無き意志表示』に、京馬達は黙るしか無かった。
「……わかりました。また、会いましょう!」
「Aランクになるまで死んじゃあ駄目だよ! 剛毅さん!」
「おう!」
再会を誓う言葉に、剛毅は頷く。
そして、二人が空間の裂け目に飛び込んだのを確認した剛毅は、戦慄とした表情でケルビエムと向き合う。
「別れの言葉は済んだようだな。いい加減、始めようか」
その剛毅へと、ケルビエム・ヤハウェは悠然と佇み、落ち着いた声で言う。
「さっきから何も手を出してこなかったのは、わざわざそんな時間をとらせてくれたからなのか? 余裕だな」
剛毅は微笑すると、腕に幾重にも魔法陣を展開する。
ぎこちない笑みから、冷や汗が伝う。
だが、その瞳の色は変わっていなかった。
「俺の『とっておき』を見せてやるよ!」
決死の決意で剛毅は叫ぶ。
そして、展開した魔法陣から魔法の発動を行おうとしたその時、
「さて、京馬くん達も居なくなった頃だし、頃合いか」
途端、空間の頭上に響くように声が聞こえた。
互いに、臨戦態勢となっていたケルビエム・ヤハウエと剛毅は、その声に唖然とする。
何故なら、その声主は二人ともが『見知っていた』人物であったからだ。
声が響くと同時、ケルビエム・ヤハウェと剛毅の間に砂塵が舞う。
砂塵は収束し、声主の人間が姿を現す。
「サイモンさん……?」
意外な人物の登場に剛毅は驚愕する。
それと同時、張り詰めていた表情の剛毅の表情は緩くなる。
「ご苦労だったな。剛毅。しかし、ケルビエムにここまでのダメージを与えるとは、流石といったところか」
剛毅を背に、サイモンは告げる。
その後ろ姿は頼もしく、内心の剛毅は安堵していた。
其れほどまでに、その目の前に立つ男に、剛毅は絶対的な安心感を得ていた。
「サイモン……サイモン、サイモン、サイモン! 憎きサイモンっ!」
一方、ケルビエム・ヤハウエはその姿を見て、憤怒によって震えた声を叫び挙げる。
ケルビエム・ヤハウェは炎と稲妻を纏った十メートルはあろう、巨大な剣を右手に発現させる。
更には、左手には燃え盛る自身を覆ってしまうであろう巨大な盾も。
「ふっ……ぬううううぅぅぅぅっ!」
目の前の憎き存在へと振り被った大剣を、ケルビエム・ヤハウエは放つ。
それは、踊り狂う炎と雷を地走りさせ、全てをバキバキに破砕してゆく。
だが、その圧倒的なまでの強烈な一撃を前に、サイモンは表情一つ変化させない。
サイモンはガラスが割れるような破砕音とともに漆黒の空間を目の前に展開する。
漆黒の空間は、悉くケルビエム・ヤハウェの一撃を『吸い込んでゆく』。
「『
サイモンは子供をあやす様な笑みで、ケルビエム・ヤハウエへと告げる。
「そこが、お前が私に勝てない要因の一つなのだよ。相性というやつか。力だけならばミカエルと同等なのに勿体ない」
「く、ぬううううううっ!」
その挑発とも取れるサイモンの表情、言葉に、ケルビエム・ヤハウエは限りない悔しさと憎悪の叫びを放つ。
それらの感情から放たれる猛り狂うような剣の連撃を、ケルビエム・ヤハウエは抗議の如く漆黒の空間に撃ち続ける。
だが、虚しくその連撃は音だけを木霊させ、全くと言っていいほどサイモンへと届かない。
「よくも、私の子供をっ! 部下をっ! 『天使の虐殺者』めっ!」
「『虐殺者』か。あまり好ましくない通り名をもらったものだな」
ケルビエム・ヤハウエの恨み節へ、サイモンは嘆息して返答する。
そして、サイモンは金色の錫杖を発現させる。
錫杖には黒色で『ナシュ』というヒンドゥー語で『破滅』を現した文字が刻まれ、先端には扇上に広がる装飾品が取り付けられていた。
そこにはさらに赤青緑といった多彩な色彩の宝石がいくつも組み込まれている。
「『
告げ、サイモンは錫杖を振り上げる。
途端、ケルビエム・ヤハウエの剣撃による衝突音が消え、一寸の静寂が場を支配する。
「あ、ああああああああぁぁぁぁぁっ!?」
ケルビエム・ヤハウェの断末魔が響く。
正に、一瞬であった。
その右腕は切りとられたように消え失せ、炎が右腕から血のように噴き出していた。
「これが、『シヴァ』の破滅の力……! 何度も見てきたが、やっぱ凄えな」
剛毅はその一瞬で起きた現象を目の当たりにし、驚愕する。
「深手を負った貴様なんぞ、私に取るに足らん存在だ。早く退散することだな。それとも……このまま、私に『消滅』させられるか?」
ニヤリと口を吊り上げたサイモンの言葉に、ケルビエムはその激情を、身体を包む炎の勢いを増して表現していた。
轟々と燃え盛る炎獄は、サイモンへの際限無き憎悪を剥き出しにしていた。
「くそっ! 次会った時には絶対殺してやる!絶っっ対にっ! 殺してやるぅぅぅぅっ! 穢れた出来そこないの人間風情がっ!」
呪いの言葉の様な殺意を叫び、ケルビエム・ヤハウェの巨体が収束するように縮む。
そして、一個の光の球体となり、パンッ!という音とともに消滅した。
「……ありがとうございます。サイモンさん。正直、もう死ぬ覚悟でした」
悠然と立つサイモンの後ろ姿に、剛毅がお辞儀をして礼を言う。
「何、あいつがあそこまで潔く退散してくれたのはお前の猛攻で深手を負ったからだ。こちらこそ、手間が省けて感謝する」
サイモンはかけている漆黒のサングラスを整えながら告げる。
「さて、私がここに来たのは奴のような天使から京馬くんを護衛しに来た以外にもう一つある。桐人のことで、お前に話しておきたいことがあってな」
告げ、サイモンは剛毅の視線から外れる様に横に退く。
「お前は、ウリエルっ!?」
サイモンが退いた後に見えた人影に、剛毅は驚愕して、再び臨戦体勢を取る。
「がははは、こいつが桐人の真実に勘付き始めてるやつか? そう賢そうに見えんのだがな!」
豪快に笑い、ウリエルは剛毅を見る。
しかし、その豪快さとは裏腹にウリエルの翼はいくつか捥がれ、体は傷だらけだった。
「その体の傷は──まさか、桐人が? しかし、今の奴は負傷しているはず……」
「あんなもん、演技だよ! 演技! わざわざ、自分の体を傷つけてまで手前らに『本当の自分』ってやつを悟られたくなかったんだと!」
ち、と舌打ちをしたウリエルは唇を噛んで、悔しそうに悶える。
その言葉、様子、今の状況――首を捻っていた剛毅は、合点として、その目を見開く。
「やっぱり、そうか! あの野郎っ! じゃあ、『三年前』、あいつはやっぱり――」
表情を歪ませ、激情を剥きだしそうになる剛毅。
しかし、サイモンはその手で剛毅を制止し、口を開く。
「お前の気持ちもわかるが、まずはこちらの話も聞いて欲しい」
剛毅がウリエルから伝えられた情報は、『三年前の真実』を剛毅に導いた。
だが、それも一端である。
サイモンは、慎重に言葉を選びながら、再度剛毅へと口を開く。
「そう、桐人の正体はお前の思っている通りだ。それは『三年前の戦い』で初めて知った。私も驚いたよ。そして、『リチャードさん』の脅威的な強さにも合点がいった」
サイモンは、剛毅を諭すかの様に、その光の見えぬ眼を激情の表情へと向ける。
「しかし、今まで隠していたのは、ある理由のためでね。時期が来れば、皆にも知らせるつもりだった。それは──」
告げられた事実に、剛毅の表情は激情から驚愕へとすり替わる。
そして、頷きと同時、
「あの野郎……馬鹿。俺の事をもっと信用しろっての」
ふっと微笑み、剛毅は虚空を見上げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます