隠秘支配組織アダム
昼休み──京馬のテンションは下がりまくっていた。
(相変わらず、美樹とは話せずにいる──クソッ! 予知夢のあそこだけは現実になったら良かったのに……)
京馬は深山賢司と、遊び仲間の本橋尚吾、佐藤慎二、清水将太と一緒に昼ご飯を食べていた。
いずれも京馬がこのクラスで気の合った友達だ。
その中、本橋尚吾が第一に口を開く。
「おい、京馬、賢司、おまえら週末暇? 服買いに行こうぜ」
「わりい、大会近くてさ、今週は暇ないんだわ」
と、賢司。
京馬と賢司は同じ部活だが、他二名は部活に入っていない。
いわゆる『帰宅部』というやつだ。
「マジかー。部活は大変だねえ。あー俺も部活で青春しようかな。どうせ、女で青春できなさそうだし」
嘆息して本橋尚吾は嘆く。
その嘆きを聞いて京馬は心中で、どんまい!と呟いた。
尚吾はルックス悪くないのに自己紹介初っ端なから下ネタに走って、クラス全員の女子を引かせてしまったため、女子からの印象が今でもあまりよろしくないらしい。
俺はこうなりたくないな、と京馬は心に誓う。
「まあ、女で青春、俺はしてるけどな。でもデートで金ないからなあ。バイトでも始めようかなあ」
尚吾の傍らに座っている佐藤慎二は、続けて話す。
あーそうですかー、尚吾は口を尖らせる。
慎二はルックスはそこまで良いとは言えないが、聞き上手で会話上手、包容力のある雰囲気があるせいか割とモテる。
そのスキルを今すぐにでも欲しいと京馬が毎回思っているのは内緒だ。
「お前は妥協したからな。俺は上玉を狙うぜ。サッカー部ってだけで割とモテるし」
と言ったのは清水将太。
一人だけサッカー部に所属している。
多分この中で一番のチャラ男だ。
中学で妥協して付き合って失敗したので、高校では理想を追い求めるとか。
「でも上玉すぎは良くないと思うぜ、京馬。あの『難攻不落の鉄壁美人』はハードルが高すぎる。噂では二年生の菊池先輩が狙っているって噂だし」
忠告するように尚吾は語る。
その言葉を聞いて京馬は驚く。
菊池先輩は将太と同じサッカー部所属で、学校一女子から人気のある先輩だ。
女子から六日間連続して告られたのはもはや伝説となっている。
今は前まで付き合っていた彼女と別れてフリーになったと聞いていたが、まさか、美樹に手を出そうとしているとは……
京馬は戦慄する。
「菊池先輩が狙っているとしたら終いだな。あの人、カッコいい上に優しいし、気配り上手だし。京馬、そろそろお前も別の女にアクションした方が良いんじゃねえか?」
と尚吾が京馬に提案する。
「それでも……俺は美樹にしか興味が湧かないんだよな……」
京馬はポツリと呟き、尚吾の提案を拒否する。
「まあ、それでこそ京馬だしな。なんだかんだ言っても俺は応援してるぜ! 久しぶりに会った幼馴染との恋、なんだかロマンチックじゃないか」
ははっと賢司が笑い、京馬の意思を肯定する。
……俺はなんて良い友達と出会えたのだろう。
賢司の言葉に、京馬は感嘆する。
予知夢の失態はこの言葉で帳消しだな、と京馬は思う。
ただ、毎回こうして仲間と食事をしていると一つ気掛かりに思う時がある。
美樹はいつも昼食を摂る時、友達と一緒に食べているのだが、どうも楽しくなさそうというのか、周りとの壁がある気がしてならない。
噂ではクラスの女子は美樹と表面上は仲良くしているが、裏では良くない噂を流したり、地味な嫌がらせをしていると聞いたことがある。
それがモテすぎる故であるのがわかるが、もし本当なら自分がどうにか出来ないものか。そう、京馬は思慮する。
放課後、京馬は顧問に適当な理由をつけ、部活を休み、渋谷にあるバーへと向かっていた。
京馬の学校がある天橋区は、渋谷とさほど遠くない距離で、電車の快特で三十分足らずで着く。
よって、大体午後三時程度に例のバーへと着く予定だ。
(これからバーへ行ってから、ちょっとした試験を行うって桐人さん言ってたけど、一体何の試験なんだろう。これといった勉強はしなくていいって言ったけど。それに美樹のことも気になる。クラスの女子との仲、菊池先輩が美樹を狙っていること……ああ、モヤモヤする!)
電車内で京馬は色々な考えに耽っていた。
目は前を向いていたが、京馬の視界には目の前の風景を眺めてはいなかった。
そうこう考える内に、京馬は渋谷駅に着いてしまった。
はあ、とため息混じりに茫然と人ごみを見つめる。
「うわ……やっぱ人多いな」
京馬は渋谷駅前の人の多さにうんざりする。
渋谷は何度か行ったことがあるのだが、やはりこの人ごみは慣れそうにない。
「さて、この地図によると……」
京馬は、頭を切り替えて、地図をめくる。
なるほど、本当にわかりやすい地図だ。
その地図を改めて見返し、京馬は思う。
これを作成した人は相当繊細な人なんだろうと、半ば感心しながら足を動かす。
数分後。
正確で分かり易い地図のお陰で、京馬は迷うことなく指定されたバーへと着いた。
「ここか……やっぱり緊張するな……」
少しばかり、胸の鼓動が早くなる。
中は一体どのような雰囲気なんだろう?
京馬の考えていた一介の高校生が入り難いイメージが再起される。
……段々と、気持ちが落ちてくる。
だめだ、考えるな!
とりあえず、失礼のないように元気良く挨拶するようにしよう!
と、決意を胸に、息を呑み、そして一呼吸置く。
ふう、と息を吐き、
「すみませーん! 桐人さんからの紹介で来ました!」
京馬はドアを開ける。
しかし、京馬の元気の良い挨拶とは裏腹に、バーの中は静まり返っていた。
誰も、言葉に反応どこらか、表情すら変えない。
ウェイター側の席で静かに酒を呑む、中年のおじさん。
さらに無心で如何にも無職っぽい青年がダーツの的に矢を射る。
皆、無言である。
しかし、その雰囲気に溶け込み、背景のように一体化している様を見ると、皆、このバーの常連であることが伺える。
なんなんだ……このアウェイ感。
京馬は今の心境を自身に告げる。
京馬が茫然としていると、ウェイターの側にいた古びた服を着た、恐らくは七十はいっているであろう老人が近付き、京馬に話しかける。
風格からして、このバーのマスターであろうか。
「……ああ、君が京馬くんかい?同意書は持ってきたかい?」
「は、はい! これがその同意書です!」
京馬は老人の傍まで歩き、昨日書き上げて印を押した同意書をバーのマスターであろう老人に提出する。
「……うん。問題ないね。それでは、担当のものを呼んでくるからしばらくここで腰掛けて待ってておくれ」
老人は同意書をざっと確認した後、そう言ってカウンター奥の扉に手を掛けて入っていった。
──しばらくすると、老人が戻ってきた。
場違いなこの空間で、緊張で息を呑んでいた京馬であったが、直ぐに老人が戻ってきた事に安堵する。
「おまたせ。中に入るようにだってさ。さ、こちらへ」
そんな京馬の心情を知ってか知らずか、老人はそう促すように京馬を扉の中へ案内する。
扉の奥へと入り、階段を下っていくと段々とバーの怪しい雰囲気から機械が立ちならぶ無機質な雰囲気に変わっていった。
京馬は、その変化が如何にも秘密基地のような雰囲気を漂わせていたため、少し興奮していた。
(もう、特撮ヒーローとかの番組は見なくなったけど、実は未だに憧れているんだよなぁ……こういうの)
今では恥ずかしい願望を胸に秘め、京馬は階段を老人とともに下ってゆく。
階段の段が無くなると、眼前には大きなスライド式の銀色の扉が。
そこで、先導した老人は振り返る。
「それでは、私はこれで。これ以上は進むことは許されないので……ああ、後はそのタッチパネルの
緑のボタンを押して、画面越しに挨拶すれば中へ入れるよ」
と、老人は告げ、階段を上って戻っていった。
眼前の扉の右横には複数のボタンがあるタッチパネルを配したモニターが。
さて、どうしたものか。
京馬は扉の前で思慮する。
「さっきは元気良く挨拶して、逆に浮いた気分になったからなぁ……ここは控えめに挨拶しておくべきか」
考えをまとめて京馬は緑のボタンを押し、タッチパネル上部のモニターへ顔を覗かせる。
「……ごめんくださ~い。桐人さんの紹介で来ました」
無言。
あれ、なんか間違えた?
京馬は戸惑う。
思った直後、ビーという電子音がなり、巨大な銀色の扉はその大きさにも関わらず、滑るようにスライドして開いた。
眼前には、筋肉質……それこそボディビルダーのようなムキムキの体をした男が立っていた。
「おぅわっ!」
不意を突かれたと同時、予想外な体格の男が現れたため、京馬は驚き、奇声を上げる。
「……桐人から気骨のある高校生が入るって聞いたから、どんな破天荒なやつがくるかと思ったが……案外、今時のおとなしい高校生じゃねえか」
京馬の顔をまじまじと見ながら、そこらの不良じゃガンを飛ばすだけで逃げてしまいそうな体格と厳つい顔をした男は言った。
圧倒的な威圧感を持ち、冷や汗を垂らしながら、京馬の全身は硬直する。
「まあ、挨拶はもうちょっと元気良くした方が印象良いぜ。坊主。さあ、早く入った。入った。あまり組織以外の人間を中に入れるのを見られたくないんでね」
「は、はい!」
京馬は驚きと緊張で顔が強張っていた。
こんなK-1に出てもおかしくないようなムキムキで厳つい顔した男に出迎えられたのだから当然だ。
おまけに何だかよくわからない――自分が感じた事の無い圧倒的な威圧感。
この人だけは絶対に怒らせないようにしよう。
そう、京馬は心に誓った。
「桐人の話によると、お前がうちの組織に所属することは確定らしいから、まずは組織内を案内しよう。──ああ、自己紹介がまだだったな。俺は間島剛毅、よろしくな」
そう言って、剛毅は先頭に立ち、京馬を案内し始めた。
予想以上に、剛毅は気さくだった。
自分の強面を理解し、京馬を気遣っているのか、明るい表情を常に保ちながら歩く。
そして、直ぐ先の扉を剛毅は開ける。
開けた先の景色は、以外にもエレガントなロビーだった。
乳白色の落ち着きのある色彩に囲まれたロビーには、休憩するには打ってつけのゆったりとしたソファーや椅子に囲まれた丸テーブル。
上部にあるシャンデリアは更にエレガントさに磨きをかける。
しかし、剛毅以外に人はいなく、入って左側に配置された受付は受話器が存在するだけだ。
「こっちだ」
「は、はい……」
違和感を感じながらも、京馬は剛毅の言葉に頷く。
剛毅に案内された装飾の施された右奥の扉へと進む。
しばらく組織内を観察すると本当に綺麗な施設であることに京馬は気付かされる。
穏やかでエレガントさのある乳白色の廊下には反射で自分の顔が薄らと見えた。
埃もほとんどなく、ところどころ掃除されていて、常に清潔感をキープしているように見える。
さらに施設内は必然的に必要なトイレ以外にも、シャワールーム、ベッドルームがあり、食事のための大広間、娯楽施設まである。
まるで、ホテルだ。
そう、京馬は総評する。
しかし、何か決定的に異質な感じがする。
それは、初めにこの組織に足を運んだ時から感じていた事であった。
「剛毅さん、他のアダムのメンバーはここにいないんですか?」
そう、しばらく組織内を見て回っているが、京馬の目には剛毅以外の人影は全く見えなった。
こんな広い施設で、清潔感もキープされているのにも関わらずだ。
京馬の問いに剛毅は答えた。
「ああ、監視班と補給班、設備班とかは裏方で仕事をしていてな。何段階かのセキュリティーを通過した所にいかないと会えない。後、俺みたいな戦闘員──幹部達は基本的にほとんど自分の外の役割をこなしているのさ。学生だったり、社会人だったりな。下手したら一ヶ月間も空席の奴だっている。何よりも優先すべきは自分の外の顔なのさ。あ、そういえば──」
はっとして、剛毅は思い出したように口を開ける。
「うちのナンバーワンとナンバーツーはもうすぐ帰ってくるぜ? ……まあその後の方が試験は良いだろうな」
その試験という単語に、京馬はもう一つの疑問を思い出す。
「試験って何をやるんですか? 特に何も勉強しなくて良いなんて言われたんですけど」
それは、京馬がずっと気掛かりだった事であった。
「それはだな? ――っと! あの野郎、俺に案内任せといて……」
途端、剛毅の右ポケットに振動音。
嘆息し、ちょっと待ってな、と、告げて剛毅はポケットの携帯電話を手に取り、耳へと傾ける。
ああ、そうか、二つ返事で剛毅は電話を切り、京馬へと視線を向ける。
「何か……あったんですか?」
電話を切った後の剛毅の表情は、先程までの穏和な状態とは全く異なっていた。
戦慄とした、険の表情に瞬時に切り替わった剛毅からは、京馬が最初に感じた威圧感でさえも、比較にならない程の『凄み』を放っていた。
「悪い……俺は急用が出来たんで、一旦外へ出るぜ。しばらくは適当に組織内を回っててくれ。あ、二人が入社してきたら、お前は待合室に行ってくれ。そこで一通り話をする流れになっているからよ
「あ、ちょ、ちょっと……!」
ポンと、剛毅は京馬の肩を叩き、一瞬だけ口を吊り上げて、歯茎を見せつける。
その後、京馬へと背を向けた剛毅の身体からは、炎が燃え盛る。
「じゃ、ちょっくら運動してくるわ」
告げた剛毅が足を踏み抜く。
何かの破裂音がしたかと思えば、剛毅の身体は『遥か遠方』に立っていた。
そして、あっという間に京馬の視界から消え去り、空間を沈黙が支配する。
突然の出来事に京馬は立ちすくむ。
「あの力は、炎……? そりゃ、そうだよな。ここは、世間一般の常識から外れた『不可思議』な場所なんだ。こんなんで、驚いたら、心臓持たないぞ!」
口が開いたままの状態を、すぐに直し、京馬は自分の両頬を叩く。
だが、
「いきなり自由に回れって言ってもなあ……しかし、どうしたんだろう。かなり深刻な顔をしていたけど」
首を捻り、京馬は呟く。
しかし、答えは全く思い浮かばない。
しょうがないので、しばらく京馬は組織内を一人で観て回ることにした。
剛毅がいなくなった後、京馬はブラブラと組織内を見て回っていた。
組織内の娯楽施設は、防音構造になったスタジオ、ゲームルームなど本当に何でもござれだ。
ここで一生を過ごしても飽きないかも知れない。
しかし、京馬はこの施設内を回ってみて、ふと思う。
こんな地下施設が展開されて何故人々は気付かないのか。
恐らく規模としては三キロメートルはあるであろうこの巨大な地下組織は、地下内でも非常に目立つ。
京馬は思慮する。
もしかして国ぐるみで存在を隠しているのか。
もしくは魔法のバグを利用した隠蔽法を使っているのか。
まあ、ここで考えてもしょうがない、組織のトップに聞くのが一番だ。
そろそろこの組織内に来るらしいし。
そのような考えを巡らせて京馬は剛毅についても思う。
(あの人、どこかで見たことあるような……?)
そう、京馬は先ほど会った剛毅に以前にも会ったような気がしたのだ。
それもごく最近。
いつ頃だったのだろう。
記憶を辿っていくと、あの吐き気をまた思い出した。
あの天使の狂気の瞳は今でも忘れなれない。
「あっ……」
京馬は思い出す。
剛毅はあの時、自分を庇い、上半身を切断された人物に似ていると──否、あれは間違いなく剛毅だった。
「そうか、あの人だったのか……」
京馬は納得する。
あの滾る炎を宿らせた剛毅は、間違いなく京馬の予知夢でミカエルに殺された人物であった。
だが、あの屈強で強そうな剛毅は、予知夢でいとも容易く葬られたのだ。
この『アダム』と敵対している天使の親玉の恐ろしさに、京馬は戦慄を覚える。
そんなことを考えていると、ビーという電子音がなり、
「サイモン様とエレン様が入社されました」
というアナウンスが京馬のいる部屋に響き渡る。
恐らくアナウンスで流れたサイモンとエレンというのがこの組織のナンバーワンとナンバーツーなのだろう。
ちょうど、京馬は待合室で休憩していたので都合が良かった。
ここで待ち続けていれば、あちらがここに来てくれるだろう。
しかし、日本なのに組織のトップが外国人であることに京馬は違和感を覚える。
しばらくすると、スライド式の自動ドアが開き、黒いスーツを着たサングラスを掛けた白髪のおじいさんと、ライダースーツに身を包んだ長いブロンドの髪をポニーテールにまとめた美女が姿を現した。
「やあ、君が桐人の言っていた京馬くんか。初めまして、私はサイモン・カーター。このアダム日本支部の最高責任者をやっている」
初めに話しかけてきたのは老人の方だ。
声は思った以上に若かったが、それ以上にその日本語の上手さに驚いた。
最高責任者ということは、この人がこの組織のナンバーワンということか。
紳士なおじい様という感じで、桐人や剛毅と比べると一見そんなに強そうに見えないが……
「ハロー!そして私は統括責任者のエレン・パーソンズよ。よろしくね!」
次に話しかけたのは美女の方だ。
正直、美樹への思いが少し揺らいでしまうくらい美しい女性だ。
そのはっきりとした鼻のライン、究極とも言える端正な顔立ちに加え、非常に強い目力を持ち、可愛いというより、とことん美しさを追求したらこうなったといった感じだ。
おまけに胸もでかい。
何カップぐらいあるのだろうか、Gはいってる気がする。
しかも、出ることは出て、締まるとこは締まる。
正に究極ボディと言ってもいい。
ライダースーツから覗く谷間は健全な高校生には刺激には強すぎた。
赤面する京馬に向かい、
「あら、そんなに見つめないでよ……そんなにこの体が魅力的?」
ふふっと笑いながらエレンは言う。
「君、結構可愛いから、今晩くらいなら別にいいわよ?」
「え、あ、いや……俺は、そんな……」
口元をいやらしく吊り上げ、甘い声で告げるエレンの言葉。
紅潮して京馬は思わず否定してしまう。
いいや、今晩だけでなく毎晩自由にしたいです!
……という京馬のふと沸いた願望は、声には出せなかった。
「こらこら、エレン。からかうのはよしなさい。彼も困っているだろう?それに君には桐人という彼氏もいるんだし……」
と、サイモンは歯止めをかけながら、京馬に衝撃の事実を打ち明ける。
「桐人、最近疲れてるのか、早いのよ。マンネリしてきてるし……」
エレンはポツリと愚痴を言う。
(桐人さんはこんな美人と付き合っているのか!? ……羨ましい)
桐人は、童貞で意中の人へのアプローチに四苦八苦している自分とは大違いだ。
嫉妬もあるが、それ以上に京馬は桐人という人物に羨望の感情が沸く。
そして、二人が一緒に歩く姿を想像すると、美男美女で非常に似合いのカップルであるなと納得する。
「全く……桐人も苦労してるな。ああ、すまない。少し、話が逸れてしまったね。では本題にいこうか。まず、我々の所属するアダムについてなんだが」
と、嘆息しながらサイモンが言って、待合室に常備されているパソコンのキーを押す。
すると、プロジェクターのモニターが開き、三次元の映像が展開される。
……すごい。
京馬は今までに見たこともない技術に感嘆する。
サイモンは映像に沿って、説明を行う。
「このように実はアダムという組織は歴史の裏で紀元前から存在していた。しかし、外部の侵攻による崩壊や組織内の内乱により、組織は拡大したり縮小したりしてきた。今では過去の組織の歴史に関する資料はほとんど存在せず、その価値は究極の魔道書『ネクロノミコン』と同等とされている。しかし、組織の目的だけは昔から変わっていない。それは世界を『在るべき姿に戻す』ことだ」
「在るべき姿……?」
新しい情報が次々と舞い降り、混乱している京馬は、とりあえず、一番耳に入った情報を問う。
「そう。世界は初め、今の物理法則、科学的要素とは皆無だった。四元素説を知っているかね?」
「いえ……」
首を傾ける京馬の言葉に、サイモンは首を縦に振る。
京馬が言葉を発せずとも、『まあ、分からないであろうな』とサイモンは予測していたのか、即座に口を開く。
「そうか、四元素説はアダムに所属していた錬金術師パラケルススが仮説とした世界のシステムだ。これは、今の世界には当てはまらなかったが、原初の精霊達がいる世界の法則に当てはまったのだ」
告げ、サイモンは三次元のホログラムとなっているキーボードを押し、ディスプレイの映像を切り替える。
「この四元素説は簡単に言ってしまえば、世界の源の構成元素として、火、水、空気、大地の4つで構成され、その元素によって世界が成り立っているという説だ。実際は光と闇も存在し、万能の源である『マナ』も加えた7つだったがな。そして各構成元素を四界王、熾天使長、魔王、神が各々統括していた」
サイモンは変わってゆく映像を説明しながら続ける。
難しいサイモンの説明を、真剣に京馬は聞いていた。
自分の今まで教わった知識とは全く異なった『不可思議』な分野。
しかし、京馬はその分野に必死に喰い付こうとしていた。
それは、自身がこの『世界を救う』為に必要な知識であったからだ。
先日体験した『魔法』の様なファンタジックでミステリーなものに心を躍らせているという邪な気持ちがある事も否定出来ないが。
「まず、火は先ほど君を道案内してくれた筋肉質の男、剛毅が宿す四界王だった『ペイモン』が統括していた。水は『アリトン』、空気は桐人が宿す『オリエンス』、そして大地はうちの組織の資金援助をしているアルバート・テイラー氏が宿している『マモン』が統括していた。そして光は我々の敵であるミカエル、闇は悪魔の頂点である魔王、そしてマナはこの世界を創りだした神が統括しているという」
サイモンが言い終わった後、立体的な世界地図の映像が展開される。
それは京馬達の住んでいる地球とは異なった。
地図の端には世界の『果て』らしきものが見え、そこから海が滝のように流れている。
「実は、この四元素説は我々が力を借りている悪魔や天使、神の住まう別の高次元超級エネルギー空間世界──我々が『アビス』と呼ぶ世界のシステムとほぼ合致したことが判明した。そのため、偉大なる『パラケルスス』の理論によって現在は、『アビス』内の力を現実世界に持っていき、発現する魔法の技術が発展、展開されてきているのである。そして我々の住むこの世界も原初はアビス同様の構造だった」
映像が切り替わり、デフォルメされたキャラが動き出す紙芝居のような茶番劇が展開する。
「しかし、人間を激しく忌み嫌うミカエルは、人が神の実力に到達する可能性があるこの世界の法則を危惧した。そして、ミカエルは四界王を悪魔に堕天することにより、世界の法則を現在の世界のように複雑に捻じ曲げたのだ。人を哀れな人で在り続けさせるために──実はその現象に一部の悪魔が関わったという説があるが、今は関係ないので省略する」
「つまりは、アダムは今の世界を元あった四元素説で成り立っていた世界に戻すのが最大の目的なんですね?」
京馬は自分の中で今の話を必死に要約し、サイモンに尋ねた。
「その通りだ。そして、このミカエルの手の平で踊る世界から人々を解放するのが、我々の念願なのだ」
サイモンは必死に喰らい付こうとする京馬に感心して頷き、答える。
「だったら、それとミカエルを倒すのは何の関係が? ミカエルを倒すことで四界王が悪魔から戻ることが可能なんですか?」
「ああ、正確にはミカエルの力が弱まることでミカエルが四界王にかけた一種の呪いが弱まるんだ。そして、四界王が四界王たる所以のシンボルがあれば、世界はまた元の世界へと戻ることができる。しかし、ミカエルはしぶとい上に回復力も尋常ではない。だから完膚なきまで叩きつぶし、その間に四界王を復活させなければならない」
そのサイモンの言葉を聞き、京馬は先程まで不安を抱えていた事を口にする。
「ミカエルを倒す算段はあるんですか?」
それは、予知夢で体験し、ずっと気になっていた事であった。
あの恐ろしい地獄絵図――自分に組織内を紹介していたあの屈強な剛毅でさえも一瞬で倒してしまう様な化物に、この『アダム』は対抗出来うる力があるのか、と。
「ああ、もちろんあるさ。この私の力と──もう一つは秘密だ」
だが、京馬の不安を尻目に、サイモンは自信に満ち溢れるように言った。
「じゃあ、サイモンさんは一体どういう力を持っているんですか?」
京馬はあの惨劇を見たせいで、余計にサイモンの力に疑いを持っていた。
正直、あの桐人や剛毅の様な強者に見える風貌や雰囲気があるならともかく、とてもサイモンがその様な圧倒的な力がある様に見えなかった。
「私の力は──破壊の力だ」
だが、サイモンは京馬の猜疑の表情と言葉に少しも躊躇いも無く、告げる。
忌々しげに告げたサイモンの眉間に皺が寄る。
「私はヒンドゥー教の破壊神であるシヴァを化身として宿している。シヴァの能力は全てを破壊する力。創造の力も本来はあるが、私の性質により、力は破壊へと完全に傾斜した。その気になればこんな島国なんて一日もあれば滅ぼすことができる」
驚愕の事実をサイモンは打ち明ける。
この人一人で日本を滅ぼす──?
本当にそんなことが可能なのか?
疑惑の思慮を浮かべる京馬に対し、サイモンは続ける。
「しかし、私はこの力を得るために、両目の光を失い、髪は若いうちから白髪になってしまった。さらには精神を若干病んでしまってね。──よく悪夢を見て苦しんだりする。まあ、力を得るのに代償は付き物だ。それが自分に過ぎたる力なら尚更な」
と、乾いた笑みで皮肉を交えてサイモンは語る。
「サイモンの力はミカエルと同等、もしくはそれ以上の力と言われているわ」
京馬の疑念を察したのかわからないが、エレンが割って入る。
「私自身が何度もサイモンの戦いを見てきた。ミカエルの従えていた精鋭の天使達を一人で何十人も屠り、悠然と立っていられたのはサイモンぐらいだったわ。しかも──」
エレンは、ふふん、と自信ありげに口を開く。
「うちには、サイモンと同等、もしくはそれ以上の隠し玉がいるわ。これはサイモンと私、後は桐人しか知らないことで、他のメンバーには秘密にしなければならないの」
どうも、二人ともミカエルなぞ歯牙にかけない存在と豪語している様に見える。
その声色だけで、京馬の不安は吹っ飛びそうなものであったが、京馬は意地になり、更なる質問を問い掛ける。
「俺には、その隠し玉を教えてもらってもいいでしょうか?」
京馬は真剣な眼差しで言った。
そこまで自信を持たせる程の、『隠し玉』。
今の京馬の深い不安と猜疑は、その言葉の意味を知らないと払拭しそうになかったからだ。
「俺は予知夢でミカエルに人間が大惨敗した光景を見ました。あれを見る限り、とてもじゃないが人間がミカエルに勝つとは到底思えない……ひどい光景でした。街は真っ赤に染まり、建物はほとんどが崩壊して、人の死骸が転がり、剛毅さんだって俺の目の前で上半身を真っ二つにされて──とにかく地獄のような光景でした」
その京馬の言葉に、ふう……と嘆息し、エレンは告げる。
「やれやれ、桐人の報告してた予知夢ね。天使が地獄を作りだす夢……か。ある意味、この世界の皮肉かもね。わかったわ。でもその前にちょっとした試験をやるわ。──そうね、この試験で優秀な成績を収めたら教えてあげるわ。気合い入れて望みなさい!」
そう言ってエレンは傍らにあるパソコンを操作する。
するとプロジェクターから組織内の案内図が表示され、一部分の部屋が赤く点滅する。
首を傾ける京馬を尻目に、何故だか楽しそうな表情で、エレンは言う。
「この組織内には衣食住や娯楽に不自由しない設備が完備されているわ。でも最も重要なのはそこじゃない。どんなに『アビスの力』を行使しても崩壊することのないトレーニングルームがあることなのよ」
意気揚々と説明をするエレンの言葉に、京馬は確信する。
「それじゃ、今回行う試験というのは──」
「ええ、戦闘実技試験よ」
エレンはふふっ、と楽しそうに笑った。
その翳した右手は、ジリジリと音を立てる『雷』を纏う。
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