惨劇を胸に


 ジリリリリリリ、ジリリリリリリンッ!


 気がつくと、京馬は自分の部屋のベッドから体を半分起こし、茫然としていた。けたたましく鳴るチャイムを止め、


「夢……? だよな、やっぱ。しかし、こんな夢見るって俺の頭ん中は自分が思っている以上に相当ファンタジックなことになってんだな」


 全く……嘆息しながら京馬はつぶやく。

 だが、ふとした違和感が、京馬に渦巻く。


「ん……? なんだこれ?前にもこんな体験をした……ような……っ!」


 ビキッ!


 突如、頭に割れるような痛みを感じた。

 その痛みを皮切りに、京馬の頭の中に急速に情報が入り込む。

 母親に朝食が出来たと告げられ、電車で美樹と会い、賢司と校門前で会い、放課後に気を失って、美樹といい感じになって、それで――


「そうだ……! 俺は……!」


 京馬は、焦燥としながら、今日の日時を確認する。

 六月二日月曜日七時三十分。


(時間が戻っている……?)


「京ちゃーん! ご飯の用意できたから、準備が出来たら下へいらしゃーい!」


 そんな母親の声が一階から聞こえてくる。

 これも、以前聞いた事のある言葉だ。

 どうやら、訳が分からないが、予知夢を見た……若しくは、時間が巻き戻ったのか。

 恐らく、自身がそうなった状態なのだろうと、京馬は結論付ける。


「これは……? いや、それなら!」


 そして――そうなったと仮定すれば……?


 半信半疑ではあった。

 でも、何故だか京馬の中で、確信に満ちていた。

 その、『力』が宿っている事を――


「さあ、こいっ! ガブリエル!」


 京馬は鎖で繋がれた時に放った力の感覚を思い出す。

 論理ロジックは無い。

 感覚イマジネーションだ。

 自身の精神を駆け巡る『何か』が、内から漏れ出す感覚と共に、青白い閃光が灯る。

 後に、多数の白い粒子が拡散する。


「やっぱり! 夢ではなかったんだ!」


 はっきりと、京馬は自分が見た一連の出来事が真であることを確信した。

 京馬は四方に散らばり、浮遊する粒子を眺める。


「分かる、分かるぞ……! これは、光魔法の精霊だ」


 それは不思議な感覚だった。

 不可思議な現象への理解が頭の中を駆け巡る。

 そして、自分の中の力とあの時の出来ごとについて考える。


「とても信じられないけど、きっとあのままだと世界が破滅するという警告をガブリエルの力が示してくれたのか? やはり、あれは予知夢みたいなやつか……?」


 京馬はしばらく考える。

 何故、あの『出来事』を見せられたのか。

 世界の破滅は本当に現実で起こるのか。

 普通だったら、ただの己の夢想であると考えるだろう。

 しかし、今自分の周囲に浮かぶ不可思議な『力』が一般の常識を覆す。


「とりあえず、あの予知夢を信じてみよう。そしてあんな事にならないためにも、俺は行動しなきゃならない! 出来る限りのことはしよう」


 京馬はそう決意し、予知夢と同じように朝食を食べ終え、学校へと向かった。



 通学中、京馬はずっとあの予知夢にようにならないにはどうしたらいいのか考えていた。

 顔は正面を向いているが、周囲をあまり視認できていない。

 歩き慣れている道を京馬は感覚で歩き、思慮する。

 と、突然肩に手を置かれる。

 こんなことしてくるのは間違いなく──


「よ! 京馬! 挨拶したのに、スルーとかマジ心痛むぜ」

「ああ、賢司か? ごめんごめん! 考え事してたから気付かなかったよ」


 突然の心への侵入者に、京馬は動揺しながら必死に弁明した。


「考え事ってーと……数学の小テストのことか? あ、いいやお前のことだ。どうせ葛野葉のことを考えてたんだろう? な、そうだろう?」


 賢司はニヤニヤしながら言う。

 予知夢ではズバリ正解だったが、現実では不正解だ。

 残念だったな、賢司。

 と、京馬は内心思ったが、誤魔化す様に笑う。


「で、どうだったよ? 今日の朝は進展あったのかよ? まあ、あったら俺を含め、男子全員からの嫉妬で恐ろしいことになるがな」

「そんなんじゃねーよ」


 『前回』と同様に、しつこく聞いてくる賢司に、京馬は若干不機嫌になる。

 呆れ声で漏らした言葉に賢司はムッとしながら、


「じゃあ、なんだよ?」


 と、口を尖らせる。

 他に思い当たるものが無い賢司は、簡潔に問う。


「その……世界平和、とか?」


 特に解答例を思い浮かべなかった京馬は、つい自分の思考そのままの解答を口にする。

 はっと、京馬が思った時にはもう遅かった。

 ぷ、ぷぷぷ、と笑いを堪える賢司の表情の変化が目の前で起こる。


「は、はははは! つくならもっとマシな嘘つけよ! まあ、そういうことにしてやるよ! 世界平和のために葛野葉を想う京馬くんカッコいいねえ!」


 なんでそんなこと言ったんだ、俺。

 と、京馬は自身の発した言葉に後悔する。

 でも……なんか馬鹿にされるのは癪だ。

 京馬は茶化しながら言う賢司に、


「お前も白井とか、峰岸とか、色々な子に手を出しすぎるなよ。軽い男だと思われるぜ」


 と、釘を刺した。


「ちょ、白井はともかく何で峰岸のことまで知ってんだ? 俺まだ誰にも言ってねえぞ?」


 賢司は突然他の男子生徒には言っていないことを京馬が知っていることに動揺した。


「まさか、女子の間では軽い男として俺はもう噂になってるのか!? て、ことは峰岸も俺を警戒して……あ、おい待てよ! 京馬~!」


 これは茶化した罰だ。

 京馬は意地の悪い顔をする。

 まあ、実際には峰岸の件は思わず口が滑ってしまっただけだが。

 しかし、これであの予知夢がより現実味を増したのだった。



 放課後、京馬は部室に向かっていた。その足取りは心無しか軽く、傍から見ても有頂天なのが分かるくらい。


(予知夢通りなら、ここで俺は気を失って美樹に先生を呼ばれ、運ばれるはずだ……)


 京馬は授業中にも予知夢で起こった悲劇の回避を考えていたが、このイベントは絶対外さないようにしていた。


(何せ、美樹と一気に近づくことが出来る、『俺の人生』の千載一遇のチャンスだからな)


 そう思い、部室の扉に手を掛けようとしたその時、


 ジリッ!


 また、ラジオのノイズのような音が聞こえた。

 これで、また――気を失って……いない?

 京馬は待ち侘びた現象が起きなかったことに動揺する。

 そして思わず、京馬は目を泳がせながら、振り返る。

 すると、そこに歩いている美樹と目が合った。


「や、やあ美樹! こんなとこで何をやってるの?」


 動揺が顔と声に反映される。

 どもり、明らかに焦りが滲み出る表情を無理矢理に苦笑に変える。

 だが、京馬のシャツの中は冷や汗でダラダラだった。


「この先の図書館で調べ物があって……京ちゃ……京馬くんはこれから部活?」


 だが、どこか美樹も焦燥とした表情で、京馬に問う。

 不自然な京馬の表情をまるで気にしていない様だ。

 そして、自分の名前を慌てて呼び直したのが、しっかりと聞き取れた。

 本当は京ちゃんと呼びたかったんだろうな。

 と、京馬は予知夢の出来事を思い出し、推測する。

 それを考えると嬉しい。

 やはり、『こっち』の美樹も、京馬をしっかりと見ていてのだ、と。


「うん、これから部活。これから大会近いし、頑張らないと」


 京馬は昔のことについて話題を切り返したかったが、どうも言葉がまとまらず、普通の会話をしてしまった。


「そっか。私から見たら、京馬くんも賢司くんも今でも十分頑張って見えるよ……二人ともレギュラー取れると良いね。じゃあね」


 そう言って、美樹は手を振り、京馬の脇を進む。

 交差する時、京馬は美樹の顔を自然と追う。

 美樹の表情は、何故だか少し悲しそう俯いていた。

 だが、そこで京馬は掛ける言葉を見つけられなかった。

 扉を閉め、美樹の姿が見えなくなる。

 だが、京馬はしばらく立ち止まったままであった。



 部活を終え、賢司とも別れ、京馬は一人電車に乗って考えていた。


(あの時、どうして俺は気を失わなかったのだろうか……? 予知夢通りなら気を失って、美樹と良い感じになったのに。これじゃあ、距離が離れていく一方だよ……)


 嘆息して京馬は思う。


(とりあえず、今はあの悲劇を回避することを考えよう。まず桐人っていうあのイケメンに捕まらないで交渉をしないといけない。そして、俺の予知夢について話すんだ。天使や悪魔、魔法なんてものがあるんだ。信じてくれるに違いない)


 自分の考えをある程度まとめ、京馬は自宅へ向かった。



 自宅の自分の部屋に入ると同時に京馬は自分の中にあるガブリエルの力を高めた。

 青白い閃光とともに最初に発現させた時より多数の白い粒子が拡散する。

 京馬のガブリエルの力は予知夢の時より増大していた。

 もしかすると、あのラジオのノイズのような音が聞こえた時、気絶しなかったのはこの力の増大のおかげなのかも知れないと推測する。

 そして、京馬は息を吸い、言葉を放つ。


「いるんだろ、桐人! 出てこい!」


 そう京馬が言うと、淡い緑の閃光とともに風が巻き起こり、部屋の中に桐人が登場した。ドアや窓を開けた形跡はない。

 ワープのような魔法を使用したのか……?

 そのように京馬は、不可思議の現象を思慮する。

 段々と、この通常では起こり得ない現象への理解が己の中で浸透しているのがわかる。


「あらら、ばれちゃった? 僕は結構、気配消すのは得意なんだけどね」


 突然の京馬の声に、桐人は全く驚かなかった。

 まるで、それも予定調和のような……そう、全てが自分の思案の中にあるような、そんな様子だった。


「アンタが俺の前に来たことはわかっている! 俺を監禁して、ミカエルを誘い込むエサにしようって魂胆だろ!?」


 京馬が問いかける。


「ご明察。しかし、不思議だね。何でそこまでわかるんだい?」


 桐人の問いは京馬の予想していた答えだった。

 先ほどまで思慮して考えた言葉を連ねる。


「実は、今朝の予知夢で今日一日とこれから起こることがわかったんだ! このガブリエルの力でね! だから、先に言っておく! アンタ達が行おうとしていることは失敗に終わって、ついでにミカエルに世界は滅ぼされる! 少なくとも俺を監禁しても何も良いことは起こらないことは確かだ!」


 京馬の発言に、桐人は目を細める。


「予知夢、ね。確かにそんな現象が起こっても何も不思議には思わないね。だって現に僕達はこんな力が使えるのだから。でも、これだけは間違いだ。ガブリエルの力に予知夢なんて力は存在しない」


 桐人の言葉に京馬は少し動揺した。

 予知夢について、自分の予測と反した答えを桐人が告げたからだ。


(そんな、まさか……だが俺は確かに見たんだ! そして感じたんだ、あれはこれから起こる出来事を予知した夢だって!)


 京馬は桐人に訴える。


「でも確かに見たんだ! 俺がアンタのオリエンスの力を見せられ、ついでにグラシャラボラスの鎖っていうので縛られ、何日間も拘束されて──最後には部屋が破壊されて、俺はミカエルに肉を抉られ──」


 だが、言葉は途中で途切れる。

 あの時の惨状を思い出し、京馬が吐き気を覚えたからだ。


「──わかった。君の言う事を信じるよ。しかし、予知夢、か。誰だ? 第三者が関与している? 

だとしたら何が目的だ? 俺達を助ける情報を流して得をするのは? いや、もしかしたら……そもそも確定ではない可能性も──」


 桐人は顎に手をやり、考え込む。

 京馬はそんな桐人の独り言の中で一つの違和感を覚えた。


「アンタ今、『俺』って言わなかった?」


 唐突に京馬は聞く。

 それは、ほんの些細な違和感なのかも知れない。

 しかし、桐人の口調の変化を何故だか、京馬は異様に気になってしまったのだ。


「ああ、どうもたまに『素』がでてしまうんだよね。気になったかい?」


 いや、と京馬は返した。

『素』ってなんだ?

 裏表があるってことか?

 京馬は、そんなよくわからない返答に疑問を抱きつつも、頭を切り替える。

 そうだ、今はそんなことは重要ではないことはわかっている。

 京馬はあえて口調の変化の件は忘れることにした。


「そうか、ならいいんだが」


 再び桐人は考え込む。

 そして一寸の後、思いついたように指を鳴らす。

 開口して一声。


「君はどのようにしてガブリエルの力を得た?」

「それは──」


 桐人の問いに、京馬は考える。

 実際に力の発現をしたのは、予知夢の中で拘束されていた時だ。

 しかし、力を得たとすると、もう一つの最初に見た夢が思い出される。


「俺は予知夢の前に、もう一つ、変な夢を見た」


 京馬は思慮して導き出された答えを告げる。


「荒野の中、白い閃光と黒い閃光が激突して、白い閃光が叩き落とされ、俺に向かってきたんだ。それを俺は何とか回避して、落ちた白い閃光を見たら実は天使だった。俺はその天使から散った羽に触れた。その時、力を得た感触があったんだ」


 京馬は力を得たであろう夢の経緯を語る。

 すると桐人はまるで、貴重な宝を発見したような瞳孔の開きを見せる。

 しかし、桐人は目を閉じ、高揚を抑えるように一息。


「そうか……まあ君はとりあえず、拘束はしないでおこう」


 一言、桐人は平静を保つように言う。


「本来は組織の命令は絶対だけど、今回は特別だ。──ちょっと思う事もあるしね。だけど、監視は

これまで同様行うよ。ついでに僕達の組織に加入してもらう。君にも囮だけではなく戦力として活躍してもらいたいからね」


 どうやら、桐人に自分の訴えが通じたらしい。

 これで、自分が何も出来ず、ただ惨劇を鑑賞するような状態ではなくなった。

 京馬はひとまず安堵した。


「……わかった。じゃあ、その『組織』ってやつに俺は加入するよ。むしろ、自分にこんな力がある事を知ったんだ。あんな惨劇を起こさないように俺も戦ってやる!」


 京馬は望むことだといわんばかりに意気込んで同意する。

 それは、あんな凄惨な惨劇を二度と繰り返してたまるものか、という京馬の想いから来る決意の一言だった。

 そして、

 ……実際はあんな死に方したくないからなんだけど。

 という、後から来る京馬の心情も多分に含んでいるが。


「良い返事だ。しかし、今のままでは全然戦力にならないから、徐々にこちらで鍛えさせてもらうけどね」


 桐人は忠告するように言った。


「わかった! 俺も頑張るよ!」


 桐人の言葉に、京馬は活力ある声で返答する。

 しかし、ここで京馬はある事に気付く。


「ん……? ちょっと待てよ……? 監視?」


 一連の会話で生じた単語を京馬は思い出す。

 ──監視はこれまで同様行う? これまで……?

 京馬の顔にその違和感が描かれていたのかわからないが、桐人は察したように答えた。


「ん? ああ、監視といっても君が便所にいってた時とかナニをした時は記録を消去していたから安心だよ。監視させてるのもその手は平気な口だし──」


 そこんとこは大丈夫だよと言わんばかりに桐人は親指を立て、爽やかな笑顔で答える。

 京馬はあまりの恥ずかしさと怒りから思わず、一言を桐人に放った。


「そういう問題じゃないよ!」


 京馬の抗議の声は室内に響き渡る。



「しかし、何でこんなに叫んでいるのにうちの親は来ないんだろう?」


 桐人はあることに気付き、呟く。


「それは僕達の魔法を使う時の粒子が関係している」


 京馬の疑問に対し、桐人は答える。


「実は僕達が使っている魔法は、この世界の法則に従っていない。つまりはこの世界に在ってはいけないものなのさ。それを僕達は別次元からの濃縮エネルギーで顕在化し、無理やり法則化しているんだ」


 そう言って、桐人は緑の魔法陣を展開させる。

 その周りには京馬が力を発現させた時とは異なる、緑の粒子が拡散する。


「その濃縮エネルギーがこの粒子──精霊と呼ばれるものなのさ。この粒子の色は使う力の、いわゆる『属性』というやつを現していてね。僕は『大気』の属性だから緑。京馬くんは『光』の属性だから白。」


 桐人は周りに浮かぶ粒子を眺めて、説明する。


「そして、そんな無理やりなことをやっているからこの世界にバグのような現象が起こる。それは、力を使用している人間を人は認知できなくなるというものだ。正確には人以外にもだが。試しにその窓をその光魔法で壊してみてくれ」

「なるほど。って、ええっ!?」


 京馬は桐人の説明に半信半疑ながら納得しつつも、その後の命令に目を丸くする。


「いや、窓って結構高いよ!? そんなにポンポン買えるのもじゃないんだからね!? 今は認知できなくても、魔法を解いた後はどうするのさっ!?」


 京馬は何を言ってるんだと言わんばかりの抗議をする。


「いいから、いいから、もし窓が壊れたら僕が、弁償するからさ」


 お茶目にねだるように桐人は言う。


「そ、それなら良いけど……くそぅ、折角の初めての魔法が、こんなことで使われるとは……」


 嘆息して京馬はぼやく。

 手を翳し、白い魔法陣を展開する。

 京馬は、不可思議への知識が自分の中へ流れ込んだ時に、魔法の使い方は理解していた。

 やり方は非常に簡単だ。

 自分の意思で念じ、その存在をイメージすることで使用することが出来る。

 たったそれだけであった。

 知識の奔流が伝えたイメージはある一点の光の形。

 それを京馬はイメージする。

 そして、京馬のイメージは光の光線となって、前方の窓へと発射される。


 バリイィィィィィン!


 光の光線によって貫かれた窓は破壊され、ガラス片が飛び散る。

 予想外の結果に京馬は唖然とする。


「あ……れ? 初めての魔法が成功したのは良かったけど、窓、ふっつーに割れてますけど……?」


 京馬は桐人へ抗議の目を向ける。


「まあ、見てなって」


 京馬の目も気にせず、桐人はさも問題なさそうに言った。

 ふと京馬が視線を窓に戻すと、元あった場所に急速にガラス片が集まり、窓が再生した。

 おお、京馬は驚愕の声を上げる。


「どうだい? 大丈夫だっただろう?」


 桐人は生じた現象に満足気に言う。


「こんなふうに、構造が単純なものならすぐ再生される。これはこの世界が魔法で起こった事象を否定し、元に戻ろうとする性質によるものなんだ。しかし、複雑なものは再生が難しいのか、糸が切れたように再生されない。人間や精密機械なんかは特にそう。だから、この力を人間に向けて使用しないこと。簡単に殺人できちゃうからね」


 桐人は笑んで、さらりと恐ろしいことを口走った。


「じゃあ、この力をもし殺人鬼が手に入れたらエライことになりそうだね」

「だからこそ、僕達がいるのさ」


 京馬の言葉に反応し、桐人は真剣な顔になって告げる。


「僕達の組織、『アダム』はそんな力の乱用者は絶対に許さない。力に呑みこまれた者もね。そしてこれから、君はうちの組織に入り、そんな狂人と天使達と戦ってもらう。──さっきも言ったが、これは拘束しないための代わりの条件だよ」

「もちろん全然オーケーだよ! なんか正義のヒーローみたいでカッコいいし」


 桐人の確認の意志を確認するような言葉に対し、京馬は快諾する。

 その言葉に偽りはなく、京馬の内はそんなヒーロー像が浮かび上がっていた。

 そうか、桐人は頷く。


「ああ、それとさっきからずっと気になってたことなんだが──」


 言い忘れた様に途端、桐人は話を切り替える。


「目上の人には敬語な。これ、社会で生きる上で当然のことだから」


 目を細めて桐人は告げる。


「……はい」


 若干、口調が変わった桐人の言葉に、京馬は思わず委縮し同意した。



 予知夢の惨劇が回避され、荷の肩が下りた京馬は、しかしあまり上機嫌ではない様子で学校に向かっていた。

 昨日、桐人の話が終わった後、京馬はファイルごと簡単な組織に配属するための同意書を貰った。

 それを今日中に書き上げ、印を押し、都内の地下にあるバーのマスターに提出しなければいけないらしい。

 記入する必要事項は住所、電話番号、名前、生年月日、家族構成など、簡易的なもので特に問題はなかった。

 さらに場所においても、これでもかというくらい正確な地図があるので迷わないと思うで心配ではない。

 しかし、問題はそこではない。


「俺みたいな一介の高校生が、そんな洒落たバーに、しかも学生服で行くってのがなあ……」


 嘆息して京馬は呟く。

 京馬のイメージでは、都内のバーというのは洒落た服を着た大学生や、スーツの社会人、さらにはハードボイルドなおじさんが屯している場所である。

 そこに平凡とした制服を着た、青臭い高校生が尋ねるのである。

 想像しただけで、物凄い浮くのがわかる。


「まあ、でも拘束されないだけマシ、か」


 さらにもう一つ、京馬には別の悩みの種が。


「予言の惨劇が回避されたのは良いとしても、同時に美樹と仲良くできるチャンスまで回避されちゃうとはねえ……はあ」


 さらに嘆息して京馬は呟いた。

 京馬は、未だ美樹との距離が縮められたイベントを逃したことを後悔していたのだった。



 一方、そんな京馬を天橋高校の屋上から望遠鏡で見つめる人物が一人──

 京馬の通うこの天橋高校は、丘にそびえて立つため、丘の大きさと合わせれば下手なビルなんかよりもずっと大きい建造物になる。

 そのため、その屋上はこの高校周辺の天橋区を一望するにはうってつけの場所である。

 そこに一人の金髪のブロンドの髪を持つ美女が、望遠鏡を携えて佇んでいた。

 美女は持っている望遠鏡を覗き込み、生徒を一人残らず監視する。


「いたいた、あれが坂口京馬くんね。監視班に任せっきりだったからわからなかったけど、結構可愛い顔してるじゃない」


 ふふっと笑い、その美女は言葉を続ける。


「でも、私が見たいのは彼じゃない。もうひとつの化身を宿している人物──桐人の推測が間違っていなければ、必ずこの学校にいるはずだわ。七つの大罪の内の一つ、色欲を司る『アスモデウス』を宿らせた人物が──」


 美女はしばらく望遠鏡で周囲を見渡した後、望遠鏡から目を離し、嘆息して言う。


「ふう……さすが、アスモデウス。姑息に隠れるのは上手いようね。もうちょっと尻尾が出るまで待ちましょうか」


 言葉を呟き終わると同時、美女は電磁音とともに屋上から一瞬で消えていった。

 そこにはまるで人がいたという事実がなかったように、風の吹く音しか流れていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る