幻想世界の支配者

「ああ、僕の可愛い天使達が次々と息絶えてゆく」


 悲しそうな顔で熾天使長──ミカエルは黄金の雲の下を見つめる。


「私の能力が無かったらね」


 ミカエルの背後から声が響く。

 その声に反応するように、ミカエルの口はつり上がる。


「全くだよ。君がいてくれたおかげでこんな勇猛な聖戦が出来た。感謝するよ、レイシア」


 振り返り、ミカエルは声の主に屈託の無い笑顔を向ける。


「勇猛、ね」


 少し自嘲染みたその口調を、ミカエルは意に介せずに続ける。


「君のラファエルの能力と、その『白蛇の大錫杖オリジン・オブ・クロウザー』の力は本当に素晴らしい! 惜しいのは、やはりその力を守りにしか使ってもらえないところか」


 心底、もの惜しそうにミカエルは言う。


「それが、私の『償い』だからね」


 きっぱりとした口調でレイシアは告げる。


「そうだよね。まあ、良いさ。だが……ああ、本当に残念でしょうがない」


 嘆息してミカエルは呟く。


「まあ、あとは僕のこの捕縛結界である『サンダルフォン』で京馬君を捕えれば、勝利は決まったようなものさ。何せ、ここは『神の頂き』へと続いているからね」


 ふふ、と悦に満たされた表情を浮かべ、ミカエルは告げる。




 戦場のある一点が赤く染まっている。

 それは、建物を溶かす猛々しい業火。

 さらに、度々そこから沸き上がるように発生する雷は、まるで憤怒に駆られた神の懲罰。


「恐ろしい……」


 その光景を屋根の上から見つめる美しい金髪の女性。しかし、その表情は戦慄によって引き攣る。


「智天使長ケルビエム……流石、ミカエルの右腕と呼ばれただけある。うちの組織中堅クラスなんかではどんなに投入しても敵わない……」


 業火によって灰になり、雷によって体はバラバラに裂かれ、ケルビエムの前に立つ者は全て一寸で人の形ではなくなってゆく。

 それは、獅子奮迅、一騎当戦、否、そんな勇猛で甘美に表現されるものではなかった。

 虐殺──天使の形を模した魔神の、神を冒涜する者への『懲罰』をそう女性は形容する。


「ミシュリーヌ、ここはやばい! お前は、あくまで『伝達』が主の任務だ! 後は、俺達に任せろ!」


 呆然とするミシュリーヌに仲間の内の一人が声を掛ける。


「何を──」


 不安の顔で訴えかけようとするミシュリーヌの声を遮り、男は告げる。


「なぁに、俺らも伊達に天使やアダムどもの相手をしてきたわけじゃねえ。お前が夢子達の下まで向かう時間稼ぎにはなるだろうさ」


 親指を立て、男は笑みをミシュリーヌに向ける。

 死の覚悟をするにしては、やけに明朗な笑顔で告げる男。

 その表情をする男の行動に、ミシュリーヌは疑問を持つ。


「どうして、そこまで……?」


 ミシュリーヌの疑問に、男は少し照れくさそうに顔を伏せ、そして意を決した様にその顔をミシュリーヌへと向ける。


「この際だ。はっきり告白するよ」


 より真剣な表情となった男は、ミシュリーヌの側まで寄り、はっきりとした声で告げる。


「俺は君が好きだ。ずっと前から、組織で会った時から好きだった。一目惚れって奴さ。ああ、でも誤解はするなよ? 今の俺は君の内面も知って、もっと好きになった」


 その男の突然の告白に、ミシュリーヌはキョトンと茫然としながらも、少し頬を紅潮させる。

 一寸の間を置き、戸惑いの目の泳ぎをしながらその告白にミシュリーヌは返事をする。


「ご、ごめんなさい」


 後に続く言葉は無かった。

 少し物足りないその言葉に、しかし男は満足気な笑みを見せてその背をミシュリーヌへ向ける。


「そうか、ありがとう。ふぅ、まあ分かってた事なんだけどね」


 ため息を漏らし、次に男はその顔を少し下へと向ける。


「済まない。俺の自己満足に付き合わせて」


 そう告げて、男は灼熱と雷鳴の地獄へと駆け出す。

 その男を茶化しながらも、他の仲間も共に駆けてゆく。


「ごめんなさい、本当に……」


 ミシュリーヌはその仲間達の後ろ姿を眺め、呟く。


「なんて、世界は残酷なんだろう」


 ミシュリーヌは業火の地獄を見つめ、過去を回想する。

 自身が受けた辱しめを、この悪魔の力を宿す要因となった事件を。


「私は、男を愛することなんて出来ないの……!」


 物憂げな眼を地獄から離し、そして背を向けて駆け出す。


(美樹ちゃん、夢子、新島……! 伝えなきゃいけない。 あいつら、天使は、『殺せない』!)


 ミシュリーヌの眼下、空間から白銀の板金が出現し、それは折り畳むように何枚も重なり、形を成してゆく。

 そして創り出されたのは、白銀甲冑の虎。

 走り出す虎のその背にミシュリーヌは跳躍、跨ると虎の首元のたずなを握りしめて、さらにそのスピードを加速させた。




 瓦解した城の上空、青の晴天から陽が射す。


「よくやった、京馬」


「ケケケッ! とりあえずは上出来だったぜ?」


 目に射す陽の光を手で覆い、遮る京馬へと剛毅と真田が声を掛ける。


「ありがとうございます。でも──」


「手応えがまるで無かった、だろ?」


 首を下に振り、答える京馬の声を遮り、剛毅が告げる。


「はい。自分で言うのもなんですけど、俺のガブリエルの矢を凝縮させた想いの一撃はかなりの威力を持っています。並みのCクラス程度のインカネーターだったら直撃で確実に倒せると思っています。だけど、それでも、こんな捕縛結界を使えるインカネーターの最後の相手がこんなもので呆気なく終わるなんて考えづらいんです」


 京馬の考察に、剛毅は頷く。


「そうだな、その通りだ。しかし、お前も成長したなぁ。素直に嬉しいぜ」


 剛毅は少し満足気に言い、続ける。


「俺も真田も同じ見解だ。明らかにあのライオン役の『ビッグフット』よりも奴は劣っていた。そしてこの物語の根源──オズ。そしてユグドラシル。こいつの宿すアビスの住民は恐らく、『オセ』だ」


 剛毅の結論に、京馬は首を傾げる。


「『オセ』、ですか? 確か、『インカネーター指南書』ではあらゆる者に変身出来るのが主な固有能力ですよね?」


 京馬の問いに、剛毅は首を下に振るが、その表情は険しい。


「ああ、本来はそれこそが『オセ』を宿すインカネーターの固有能力だ。内の組織にもいるが、対人特化の諜報以外ではあまり戦闘向けではない能力。より精神力が強く、化身と親和性が高いものは変身したものの力を変換コンバート出来るらしいが」


「ケケケッ! こいつは例外──つまり、内のエレン姉さんみたいに力が宿り先に強く傾倒した存在なんだよな?」


 剛毅は、真田の問いに首を横に振る。


「いいや、確かに力が極端に捕縛結界特化した奴だが──こいつは、『オセ』の親和性が極限に近い存在とも言える」


「……ああ、成程な」


 一寸の思慮の後、真田は得心して相槌を打つ。


「え? つまり、どういうことですか?」


 納得する二人に、京馬は説明を求める。


「ケケケッ! 京馬、悪魔ってどういう存在か知ってるか?」


「え? 悪魔っていうのは、俺達の世界よりも高次元の空間、アビスの住民で俺達この世界の人間に化身を宿して愉悦を楽しむ存在ですよね?」


 問う真田に顔を顰めながら京馬は答える。


「まあ、七割は正解ってところかね。ケケケッ!」


 腑に落ちないといった京馬の表情を見やり、剛毅がその説明に付け足す。


「それは、悪魔のみではなく、天使、神々も含めてだ。実質性質はどのアビスの住民も変わりない。ならば何故そのような大別があるのか。まあ、勝手にこの世界の住民である俺達人間が大別したっていうのもあるが、それだけじゃない」


 剛毅は険の表情で京馬を見る。


「一部を除く悪魔ってのは、ミカエルの固有能力によって低位の存在に成り下がったアビスの住民。つまり、劣化させられちまった哀れなアビスの住民とも言える」


「ミカエルの、固有能力で……?」


「ああ。俺も詳細はそこまで分からねえが、ミカエルはそんな固有能力がある。その力に俺達人間が呑み込まれら最後、『人としての形を成すことが出来なくなる』」


 ゴクリと、京馬は唾を喉元に呑み込む。


「お前の、俺らの対峙する総大将はそんな恐ろしい固有能力を持っている。そして、そのミカエルの固有能力にかかった神々は低位の存在の『悪魔』と位置付けられるようになったのさ」


 一寸の沈黙が京馬を包む。


「……ここからが本題だ。この捕縛結界の術者は『オセ』が悪魔である前の『神』を熟慮し、扱える可能性が高い」


 剛毅は、戦慄の表情で語る。


「そんな事が、可能なんですか?」


「ああ。余程、化身に気に入られ、かつそのインカネーターのポテンシャルが高ければ、可能っちゃ可能だ。大抵は『過負荷駆動オーヴァードライヴ』による一時的な精神力の急上昇を利用して、一定時間ミカエルの『堕天』を解呪させるもんだが……どうやら、こいつはその必要が無いらしい」


 剛毅は一寸、思慮して続ける。


「今回の敵の化身『オセ』は別名を『オズ』とも言う。その語源を読み取り、考察すると関わり付けられるのは『オーディン』。かつて、別の世界をミカエルの様に支配したアビスの住民の王。北欧神話の最高神であるオーディンだ」


 剛毅の告げる言葉に京馬は驚愕の表情となる。


「オーディン! あの、有名なオーディンですか!?」


「そうだ。ルーン魔法という新たな呪術体系を打ち立てたオーディンだ。この捕縛結界にある樹、ユグドラシルはかつてのオーディンが統治したアースガルドの根源である『神の頂』だった。それがあるということは、その樹と対となる『管理者』のオーディンも存在することになる」


 剛毅が告げ終わると同時だった。

 京馬達の傍の空間が湾曲する。

 その現象を確認し、瞬時に京馬達は後方に下がり、臨戦態勢となる。


「まあ、そう構えるな。私だ、オズだ」


 その湾曲した空間から出てきたのは地面に付く白髪の老人と如何にもとした魔法使いの風貌をした女性。オズとグリンダだった。


「遅れて済まない。彼方に吹き飛んだ西の魔女を拘束するのに時間がかかってね。しかし、予想以上だったよ。まさか、君達にあそこまでの力があったとは」


 感嘆の声を漏らし、オズは京馬達に告げる。


「本当にありがとう。京馬君達のおかげで、ようやくこの世界も平穏が訪れそうだわ」


 お辞儀をしてグリンダが礼を言う。


「さあ、その箒を私に」


 オズが京馬の手にしている箒へと手を伸ばす。

 京馬は剛毅を見やり、判断を促す。


「どうせ、物語を終着させなきゃいけねえ」


 こくりと、京馬は首を下に振り、オズに箒を渡す。


「ありがとう。これで、私に『接続』出来る」


 無表情に、オズはその箒を受け取り、片手で握りしめる杖に箒を合わせる様にまとめる。

 途端、箒のその姿は布の繊維の様に解け、杖に巻き付いてゆく。

 繊維の一つ一つは淡い閃光を発し、それらは合わさり、極光となる。

 その極光が止むと、オズの杖は消え去り、代わりに長大な槍が姿を現す。


「おぉ……! 我が、グングニル! 久しくその姿を見るとなんと美しい!」


 神々しく眩く輝きを見せる大槍を眺め、オズは感嘆の表情を浮かべる。


「さて──」


 しばらく大槍を眺め終えた後、オズは周囲の京馬達を見渡す。


「少し、残念なお知らせをしなければならないな」


 ため息を漏らし、オズは告げる。


「あの箒を取り戻したら、君達は元の世界に帰れると言ったが……あれは嘘だ」


 大槍を振り回し、オズは言う。


「何故、君らが私の世界に堕とされたのか分からない。原因が分からない以上、戻す手立てが見つからないのだよ。だから、仕方なく私の仕事を手伝ってもらったわけだが」


「まんまと、俺らは手前のボランティアに付き合う事になったわけか」


「はははっ! まあ、その通りだ。我が、『スレイプニル』にも人の形をして協力してもらったんだがね」


 オズが告げる手前、グリンダに光が迸り、その形が変形してゆく。

 光が止むと、そこには一頭の巨大な黒馬。

 地に付く足は八本。

 その異様な風貌は、馬と言うより怪物というに相応しい。

 その馬に跨り、オズは手を顎に手を当てる。


「ふむ、だがこのままでは君達も困るであろう? よければ、この私の世界に永住してもらっても構わないんだが、どうかね?」


 オズの提案に、剛毅は告げる。


「樹からの『接続』で俺らは消えちまうんじゃなかったのか?」


 その剛毅の言葉に、オズは可笑しく、可笑しく笑う。


「は、はは、はっはっはっは! そうであったな! では、別の褒美を取らせよう」


 オズは、大槍を剛毅へと向け、告げる。


「その儚い命、我の力の復活への手向けにしてやろう!」


 オズの一声に、京馬達は再び臨戦の構えを取る。


「真の我が名はオーディン! かつてのアースガルド、そして新設されたオズの世界の最高神である! この力で葬られるのを光栄に思うが良い!」

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