『発信源』
ただただ広い中庭。
メイザース・プロテクトによって拡張されたディスティニーランドを象徴する城内にあるその場所には幾つもの死体が拡がる。
その中心に佇む人影が一つ。
「……英雄を宿す癖に、この様とは。本当にどうしようもない『私』だったな」
黒衣を纏った老婆は嘆息し、呟く。
その手には、学生服の布が血でへばり付いた片足。
「さあ……貴様らの『悪』。頂くぞ。ふふふ」
不気味な笑みを浮かべ、老婆──キザイアは黒のうねりに呑まれて消えた。
機械の駆動音が聞こえる。
慌しく動く、白衣を纏った者と作業服を纏った者達。
「充電を間に合わせろっ! 俺達は戦うことは出来ない! でも、この知識と腕で勝利に貢献出来る! 命を捧げるつもりで動くんだ!」
ホログラム上のキーボードを打ち込み、四之宮銀二は叫ぶ。
「下がりなさい! みんな!」
電磁音を交じった声色でエレンは叫ぶ。
その先、遥か前方の人影達は一斉にエレンの構える先から退避する。
瞬間、極光が放たれる。
極光は、メイザース・プロテクト内で強固になった建造物を悉く、一瞬のうちで消滅させる。
「エレンさん! 交戦中であった天使ども全ての消滅を確認! 次はA-1の対象をお願いします!」
「オーケー! 全部消してあげる!」
通信機から聞こえる声に頷き、エレンはまた別方向にその大量破壊兵器を向ける。
「退避完了! お願いします!」
「ええ!」
再び、発射されるマッシヴ・エレクトロニックの強大な一撃。
それは、全てを抉り取っていく。
が、途中でその進行方向が逸れ、彼方の空へと飛んでゆく。
「な、あれは……! う、うあああああああっ!」
途端、通信機から聞こえる断末魔。
「く、御前の七天使!? 生き残りはいるっ!?」
戦慄の表情で通信機越しに叫ぶエレン。
「……大丈夫だ。後は我々に任せろ」
「良かった。まだ生きてた奴がいるのね!? 残存戦力は!?」
安堵のため息を吐き、エレンは問う。
「Aクラスが二人、B、Cは三人づつだ。まあ、厳しい布陣だが持ち堪えてみせる。こちらから、あなたの一撃が発動できる時がきた時は知らせる」
「良い報告を期待しているわっ! ……共に、生き残りましょう」
「そうだな。く、奴が来た、切るぞ!」
ブツリと、交信が途絶える。
「次から次へと……! 蛆虫のように沸いて来る! まるで、ゾンビじゃない! こんなに天使どもが多いなんて……!」
苦虫を噛み潰したように、エレンは歯軋りする。
「確かに、ゾンビのようですよ! 倒した箇所からまた無限のように奴らの反応が出てくる! さすが、この瞬間を何百年も待ってただけありますよ!」
傍らで、必死にキーボードを打ち込む銀二が悲鳴を上げる。
「桐人、サイモン、剛毅、京馬君、それに咲月ちゃん……みんな、無事でしょうね!?」
祈るように叫び、エレンはまた指示のあった場所へと極光の一撃を放つ。
爆炎、氷柱、雷光、様々な攻撃が飛び交う戦場はまるで天変地異が起きたような混沌。
その中でもとりわけ目立つ極光の一撃。
その極光の『発信源』へと低空で飛翔し、向かう少女が二人。
「もうすぐだよ、咲月ちゃん!」
「はあ、はあ、うん! 早く行かないと、賢二君が……!」
「賢二は……」
触手を凝縮して作り上げた漆黒の翼をしなびかせ、美樹は言いかける。
が、顔を背け、躊躇いの表情を咲月に見せないようにする。
「そうね。早く行かないと!」
後に続いた言葉は、美樹が思慮して辿りついた解答だった。
白と黒の翼を持つ少女達は、目指す先へとさらに加速を上げる。
「エレンさんっ!」
「咲月ちゃん! ……と、美樹、ちゃん?」
エレンは声の響いた方向へと首を向ける。
その表情は喜び。
が、もう一人のいるべきはずもない、基、いる目的が分からない異質な存在にその表情を変える。
「これは、どういう事?」
疑問の表情でエレンは咲月に問い掛ける。
「話すと長いことになるんだけど……」
口を開け、告げようとする咲月を遮り、代わりに美樹が告げる。
「ちょっと、緊急事態でして。とりあえず、落ち着いて私の話を聞いてくれると助かるんですが」
マッシヴエレクトロニックの照準を向け、警戒するエレンに美樹は真剣な眼差しで言う。
「大丈夫よ。私はそんな馬鹿じゃないから」
ふう、とエレンはため息を吐き、宥めるように微笑して告げる。
「ありがとうございます」
美樹はお辞儀をする。
表情が緩くなる。
だが、エレンの向けた威嚇が未だ自身に向けられている現状、安堵とまではいかなかった。
「時間がないので、はっきりと言います。私達はアウトサイダーのキザイアに命を狙われています。今もキザイアの手から逃げている最中です」
「そう、それで私に助けを求めてきたのね?」
美樹が続けようとした言葉を、エレンは遮って告げる。
「そうです。話が早くて助かります」
再びお辞儀をし、美樹は言う。
「キザイア、ね。元々、アウトサイダーとは違う組織の人間だし、目的も不明。私達、アダムの上層部では最もマークしていた人物だからね。ある程度は調べさせてもらったわ」
エレンは微笑し、告げる。
「奴の狙いは、咲月ちゃんでしょう?」
エレンの言葉に、咲月は驚く。
自身が先ほどまで知らなかった情報。
それを、エレンはさも当然の如く告げたからであった。
「志藤を隠れて護衛に付けさせて、何かあれば私の電磁ネットワークを介して報告するように言ったのだけどね。報告にあったのは、蒼白の仮面の男と、高位の天使のにがよもぎの戦闘に咲月ちゃんが巻き込まれそうになって逃走したところまでだけ」
険の表情になり、エレンは続ける。
「あいつは、多分やられたのかもね」
「そんな……志藤さん……!」
そのエレンから告げられた言葉に咲月は項垂れる。
「まあ、可能性の話よ。でも、報告出来ないほどの異常事態であることも事実。あまり楽観できない状態でしょう。で──」
告げた後、エレンは美樹へと顔を向ける。
「今までの奴の行動と、こちらから調べさせてもらった情報で咲月ちゃんが狙われてることは分かったわ。だけど、あなたが狙われる理由は何? 口封じ?」
「……正確には、咲月ちゃんだけだと思います。ですが、キザイアの性格を考えて、私も口封じとして始末する可能性は高いと思います」
エレンの言葉に、美樹は一寸の間を置き、告げる。
「そう。だったら、私に美樹ちゃんを助ける義理はないのだけど──」
瞬間、美樹は黒炎を全身に纏う。
想定であろうとするほどの素早い臨戦態勢に、エレンはしかし、微笑む。
「と、言うとでも思った?」
「え……?」
美樹は、発せられた意外な言葉に目を丸くする。
「まあ、美樹ちゃんは知らないだろうけど、私には、美樹ちゃんに少し借りがあってね。だから、これでチャラよ」
「わ、私が……?」
「そう。まあ、どちらかというと、借りを返すというより、贖罪、って言った方が良いかもね」
少し、顔を伏せてエレンは言う。
が、どうにも見当が付かないといった美樹の表情を見て、エレンは笑う。
「な、何が可笑しいの?」
そのエレンを見て、美樹は困惑の表情を浮かべる。
「い、いや、やっぱり美樹ちゃんって、人間なんだなって思えて」
「はあ?」
思わず、美樹は間の抜けた声で言う。
「ごめん、ごめん。あーあ、敵じゃなかったら友達になってたかもね。桐人は分からないけど、私は好きよ。美樹ちゃんの事」
「え、ええ。そう……?」
突然のエレンの告白に、美樹は戸惑う。
それは隣にいる咲月もそうだった。
その二人を見て、エレンは苦笑する。
「はは、何を言ってるのかしら。私。まあとりあえず、後のことは私に任せなさい?」
「は、はい」
「……? 分かりました」
困惑、しかし快諾したエレンの言葉にやっと二人は安堵の表情になる。
「さあ、二人で京馬君を助けに行って」
しかし、後に続くエレンの意外な言葉で、二人は首を傾ける。
「ここに留まる訳にはいかないでしょう? だとしたらどこへ? 安全な場所? この戦場にはないわ。だったら、好きな人の傍が一番でしょう?」
突然告げられたその言葉に、咲月の頬は紅潮する。
「そうね……」
一方で美樹は微笑み、頷く。
「さあ、早く!」
エレンの急かしに、半ば強制的に二人は駆け出し、翼を生やす。
「ふふ」
美樹は笑む。しかし、咲月は困惑の表情を浮かべたままだった。
しかし、
「ありがとう、エレンさん!」
不意に自身から沸いた言葉を告げる。
それは、咲月自身も何故沸いてきたのか分からなかった。
二人の対比の翼は飛翔する。
「さて」
エレンは二人を見送った後、思慮する。
キザイア・メイスン。『ゾロアスターの悪星』の首領にして、『百年前に死んだとされる魔術師』。
その彼女が、今、この戦場に存在する。
それは、何故か。
咲月の理解の範疇を超えた能力の発芽。
三年前の悲劇。
『奴』の言動。
そして、
「『神の実より生まれ出でるもの』」
忌々しげに、エレンは呟く。
「桐人も感づいてる筈だわ。あの化物どもの存在に」
エレンの視線は虚空を見つめる。
「エ、エレンさんっ! 次はB-4から!」
「緊急事態よっ! 何とか、耐え忍ぶように伝えて頂戴!」
「……は?」
エレンの返答に、銀二は面を食らう。
「言ったでしょう? 緊急事態よ! ここに、『御前の七天使』を凌ぐ敵が来る! こっちは手を貸せないわ!」
「は、はい! B-4! こちらも交戦に入り、援護は出来ない! 持ち堪えよ!」
何がなにやら分からないといった表情。
しかし、銀二はエレンの指示に従い、命じる。
「来るわ!」
言葉より先か後か。
一瞬でエレンを取り囲む空間は雷鳴轟く荒れた荒野と化す。
「ほう、私の『
「久しぶりね。あれ? あんた、そんな婆だっけ?」
ブロンド髪の美女と醜悪な黒衣のローブを纏った老婆は相対する。
「まあ気にするな。これから、貴様はアストラルのみの体となるのだから」
「油断した私を殺し損ねて言う台詞かしら?」
不適に笑み、エレンはキザイアに言う。
「くく、お前は、今度は『悪』に勝てるかねえ?」
ニタリと、邪悪な笑みでキザイアは言う。
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