偽りの淫魔女
ケシの花畑が辺りを包む。
その中心、石造りの道がくねり、だが確かな位置へと続いている。
終着は一つの巨大な扉。
その先には鮮やかな緑一色の王国が見える。
剛毅、真田、京馬の三人はその王国を見て、安堵する。
「もう少しですね」
「ようやっと到着か。さて、さっさとオズの王様に会うとするか」
「ケケケッ! 早く西の魔女を倒して、こんな世界から解放されたいね」
「西の魔女……」
真田の言葉に、京馬は表情を曇らせる。
(あれは、本当に美樹じゃなかったのか……?)
京馬は思い悩む。
この敵の捕縛結界の始めで出くわした西の魔女。
その姿、雰囲気、そして『氣』の形……それは、京馬の愛した人物と合致していた。
……自分は、西の魔女と戦えるのだろうか?
その自身の問いに、答えることは出来なかった。
この捕縛結界の特性は今までの戦いである程度分かってきた。
まず一つは、咲月の能力の様に変幻自在に物や生物を生み出す事が出来る事。
その能力によって、京馬を惑わすために美樹と同じ様な人物を創造することも可能だ。
だが、先ほどのライオン──新島の様に外部から他人をこの捕縛結界内に入れる事も可能なのだ。
つまり、あの西の魔女という『配役』を美樹が演じていて、西の魔女は美樹自身であるという可能性も十分有り得るのである。
最悪、その場合、京馬はその美樹と戦わなければならない。
京馬と美樹は、この捕縛結界に入る前に自身達が望む世界の為に戦う事を宣言した。
だが、こんなにも早くその場が訪れることを、京馬は予測していなかった。
否、予測はしていたが、心の深層では未だ先のことであると高をくくっていたのだ。
「決めたんだ……戦う」
ぼそりと、京馬は呟く。
「ん? 何か言ったか、京馬?」
剛毅と真田が振り向き、京間に言う。
「い、いや、何でも……あ、もうすぐ着きますよ!」
苦笑し、京馬は誤魔化した後、手前まで見えた扉を指差す。
「『エメラルドシティへと着いた京馬君達は、その王国の王様であるオズの王様の玉座へと向かいました』」
城内に響き渡るドリームキャットの声。
その声に従い、三人は真っ直ぐにエメラルド一色の城を進む。
「君達か……グリンダの言っていた子達は」
玉座に着いた京馬達に待ち構えたのは、杖──というよりは槍の様な太く長い形状である武器を持った隻眼で白髪の老人だった。
その髭は、体の半身に達する程長く、黄金の鎧の上から羽織る白いローブは地面に浸るように伸びている。
老人は、京馬達を品定めするように眺め、玉座から腰を上げる。
「申し遅れた。私はこのエメラルドシティの王であるオズだ。君達がここに着た経緯と理由は知っている。西の魔女の妨害があったであろうに……よく無事で来れたな。道中は大変であったであろう? 少し休まれてはどうかな?」
「いえ、大丈夫です」
オズの労いを剛毅が首を振り、拒む。
その剛毅を京馬と真田が見つめる。
「それよりも、現状の打開策を教えて頂けないでしょうか?」
淡々とした表情で剛毅は言う。
それは、目の前の王にまるで無関心のようであった。
その剛毅に、オズは宥める様に笑いかける。
「まあ、そんなに慌てるな。ここにいれば、西の魔女も簡単には手を出せんよ」
「いえ、こちらも急いでいるもので。早々に、西の魔女をどうにか倒したいのです」
剛毅の言葉を聞き、オズは呆れ声を漏らす。
「全く……まあ良いか。奴を倒すと言ったな? 悪いが、それは難しいだろう」
「えっ!?」
オズの返答に、京馬は驚愕する。
「落ち着いて聞いてくれ。『倒す』のは難しいと言ったのだ。何せ、この私とグリンダさえも奴の悪行を防ぐのがやっとだったのだから。だが、打開策はある」
京馬達を宥めるように、穏やかな口調でオズは話す。
「強大な魔力と強靭な精神力を持つ西の魔女だが、その根源はその所持している箒にある。つまり奴から箒を奪取すれば、その力は大幅に弱まるのだ。そうすれば、私とグリンダの遠隔魔術で奴を足止めすることは出来る」
「足止め? その箒を奪っても西の魔女は倒せないのですか?」
京馬の問いに、オズは嘆息して告げる。
「ある程度の力を無力化は出来るだろう。しかし、奴はこの世界の根幹である『樹』を根城にしていてね──ああ、異世界から来た君達は知らないか。ここには、世界の中心となる樹があってね。西の魔女はその樹と自身を『接続』することに成功したため、無尽蔵の力を供給することが出来る」
オズの言葉に、剛毅は先ほどまでの、まるでこの威厳ある王に全く興味を示さなかった態度を変える。
「つまり、不死ということか」
「そうだ」
オズの頷きに、剛毅は得心したような表情になる。
「なるほど。そうなると、その箒はその『樹』から供給できるキャパシティを増幅する装置ってことか」
「なかなか理解が早くて助かる。そうだ。そのため、最近まで姉に劣っていた奴は私の統治するこの世界では脅威となったのだ。まあ、もともとがそこまで優秀な魔女ではなかったのが幸いだったが」
顔を逸らし、オズはため息を漏らす。
「しかし、それなら西の魔女の箒を奪った後はどうするんです?」
京馬の問いに、オズは口を吊り上げ、告げる。
「私とグリンダでその『接続』を断ち切る。だが、君達はその光景を見物できないだろう」
「何故ですか?」
「『樹』からの『接続』は、この世界に大きく干渉し、一時的に世界が不安定になる。そこに異世界から来た君達がいた場合、最悪、世界から君達という存在を抹消してしまう危険性がある。だから、君達が箒を奪取した後、この世界から帰ってもらう」
オズは申し訳なさそうに、苦笑する。
「グリンダは君達に東の魔女を倒した後の褒美をとらせようとしたらしいが、悪いな。ことが急で、その暇がないんだ。今も実はグリンダは西の魔女の手から君達を遠隔から必死で守っているのだよ。察してやってくれ」
「いえ、褒美なんて大丈夫です。それよりも、その『樹』の名前を教えて頂けないでしょうか?」
剛毅の問いに、オズは怪訝な表情を浮かべる。
「君は、変なところに興味があるな。まあ良い。その世界の根幹である『樹』の名──それはユグドラシル。この世界を支える神の木だ」
「そうですか。ありがとうございます」
剛毅は、お辞儀をして答える。
「……? では、早速だが西の魔女の根城へ向かってくれないか。道中は私とグリンダの魔術で君達への西の魔女の邪魔を防ごう。生憎、西の魔女が『樹』に接続されている以上、私達が自身の領土を離れるのは危険なのでね。箒の奪取は君達に一任する」
「承知しました」
「では、よろしく頼む。案内はその少年の嵌めているルビーの腕輪から声を出してする」
オズは微笑して、命を発した。
辺りを邪念が散りばめたような紫の瘴気が包む。
枯れ果てた木、湿った土、ところどころに散在する墓と骸。
「いかにも、って感じですね」
魔女の根城に続く道と呼ぶにふさわしい周囲の光景に、京馬は感嘆する。
「そういえば、剛毅さん。なんであんな質問したんですか?」
「何がだ?」
「この世界の根源である『樹』の名前なんて──ここは、アウトサイダーの敵が作った世界で、さっきだって途中までまるで興味なさそうにオズさんの話聞いてたじゃないですか」
「ああ……ちょっと気になることがあってな。まあ、気にするな。俺が個人で気になったことなんだ」
まるで真偽を晒さない様に話す剛毅に、京馬は若干の疑惑を持った。しかしそれ以上に口を割らないであろうと考え、京馬は『そうですか』の一言で片付けることにした。
「ケケケッ! ユグドラシルねえ! まさか、オズの魔法使いなんて話でその単語が出てくるとは思わなかったなぁ!」
いつもの不気味な笑いを上げ、真田は呟く。
京馬達が禍々しい道中を抜けると、雲を突き抜けた大きな木にもたれるように建築された城の扉を開ける。
「ようこそ。我が城へ。はははっ! まさか、私のテリトリーに自ら入ってくれるなんて手間が省けたよっ!」
城内に、甲高い女の声が響く。
(この声は……美樹! いいや、西の魔女!)
中心の大階段の先、窓からの雷光で照らされる美しく整った肢体が写る。
その手には、一見、藁で出来た簡素な箒がある。
「お前達の狙いは分かっているんだよ! この箒だろう!? だが、残念だ! この箒を手にした私には、あのろくでもないオズの爺でさえも敵わない!」
甲高い笑い声を上げ、西の魔女は黒炎を京馬達に放つ。
「死ねっ!」
その炎を京馬達は四散して回避する。
「あのベヘモスの奴より強いのかねえ? ケケケッ!」
真田の減衰の鎖が西の魔女の周囲を取り囲む。
「こんな貧相なもので私を縛るつもりか?」
西の魔女の足元から這い上がるようにプリズムの魔方陣がせり上がる。
それが、鎖に触れた途端、鎖は霧散する。
「ほう……? マナの魔方陣か。となると、こいつは……」
その直後、剛毅は赤の魔方陣を展開させる。
「『
城一帯に、剛毅の分身が多数出現する。
「こんな子供騙し、私には通用しないよっ!」
再度、プリズムの魔方陣の発現により、剛毅の分身はたちどころに消え失せる。
(この気配……美樹じゃない!?)
京馬は、弓から五つの想いの矢を放つ。
「俺の、悲しみと怒りの矢だっ!」
「無駄なことを……」
美樹はまたプリズムの魔方陣を発現させ、京馬の想いの矢をかき消そうとする。
が、
「何っ!?」
その京馬の放った矢は、かき消されずに西の魔女へと向かう。
「くそっ!」
西の魔女は、発現した黒炎でその矢を防ぐ。
「『残念だったね。西の魔女! 京馬君の嵌めたルビーの腕輪は、あなたが使っているユグドラシルの力である魔法を消す効果を無効にする!』」
京馬の嵌めたルビーの腕輪から拡声器のようなエコーがかかったグリンダの声が響く。
「グリンダさん!」
「『さあ、これで彼女に攻撃が届く! ただ、倒すことは考えては駄目! 不死であることは変わらない!』」
「隙を突いて、あの箒を奪えば良いんですね!?」
「小癪なっ!」
京馬は西の魔女が放つ黒炎をサイドステップの跳躍でかわし、新たに発現した五つの矢を叩き込む。
「私の箒と同じユグドラシルの一部から作製したルビーの腕輪……それにオズの爺の力が加われば、出来る芸当か! やってくれる!」
西の魔女は舞う様に避けながら、黒炎で避け切れなかった矢を相殺してゆく。
「この偽者がっ! これを受けてみろっ!」
京馬は五つの矢を収束し、一本の大きな矢を構築する。
「俺の、怒りと決意を込めたこの一撃!」
京馬から放たれた極太の青白い閃光は、西の魔女に一直線に向かってゆく。
「そんな遅い球!」
西の魔女が避けようとした瞬間、京馬の一撃は突然、消え失せる。
「なんだとっ!?」
その一撃は、瞬間移動して西の魔女の目と鼻の先へと到達していた。
「へえ。あいつを対象としなけりゃ、力のキャンセルは起きねえのか。ケケケッ!」
その現象の正体は、真田の減退の鎖による空間の湾曲であった。
「ぐ、う、うあああああああっ!?」
箒と黒炎で京馬の一撃を受け、西の魔女は苦悶の表情を浮かばせる。
「真田、そうでもねえぜ? どうやら、固有能力限定らしい。俺の魔法は補助全般使えねえ」
その西の魔女を見つめながら、剛毅が言う。
「そうかい。でも、この捕縛結界の術者は凄えぜ。物語に沿えば、こんな強力な力を使えるのか」
「だがその分、脱出口を設けなければならない。それがあのルビーの腕輪。まあ、後は京馬とお前の補助に任せる。どうやら、今回の戦闘では俺は役立たずのようだ」
嘆息し、剛毅は告げる。
「ぐ、くそっ! 何だ、こいつの力はっ! どんどん増幅している!?」
「美樹の偽者めっ! 消え失せろっ!」
京馬は、自身の気持ちを弄んだような『配役』への怒り、そしてこの捕縛結界の術者であるインカネーターを倒す決意を込める。
「まるで、あの時のようだ……」
徐々に押され始めている西の魔女を見つめ、京馬は思う。
今のこの状況は、自身がインカネーターとして完全に覚醒した悲劇と同じような状況だと。
救えなかった。
自身が愛した少女を。
救いたかった。
でも、出来なかった。
しかし、その彼女は生きていた。
だが、その彼女は悪魔の手で穢れ、そしてその大罪に浸る。
今の相対する魔女のような邪悪を纏って──
「こんな小僧如きに押されるだと……! この西の魔女が……!?」
必死で自分が放った一撃に耐えているその彼女と似た偽者。
だが、そこに自分が芽生えた感情は無い。
だが、
「さようなら。美樹」
京馬は偽者に告げる。
自身の少女への決別の言葉を。
「ぐ、ぐああああああああああっ!」
京馬の想いの一撃に呑まれ、西の魔女は彼方へと吹き飛ばされる。
光が京馬に差し込む。
城の屋根が吹き飛ばされ、青の空が広がる。
宙に舞う箒。
それを手に取り、京馬は口を開いて呟く。
「そして、また会おう。俺が創造した世界で」
晴天を見上げた京馬の瞳は真っ直ぐに一点を見つめていた。
「おいおい、呆気ねえな。あのライオン役の新島って奴の方が強かったんじゃねえのか?」
西の魔女が消え、晴天の光が差し込む城内。
その差し込む光を見つめながら嘆息し、真田は隣にいる剛毅に同意を求める。
「可笑しいな……」
「あ? 何がだ?」
顎に手を当て、何やら思慮している剛毅に真田は問う。
「可笑しいんだよ。最後がこんな軟弱な相手なんてな」
真田は剛毅の言葉を聞き、頷く。
「ケケケッ! ああ、そうだな。こんな豪勢な捕縛結界を有している奴が、こんな簡単に物語を終わらせるとは思わねえ」
「そうだ。この物語は未だ先がある。今までの展開から見ても、あくまでオズの魔法使いという物語はベースに過ぎない。それにな」
剛毅は、苦虫を噛み潰したような表情をして告げる。
「ユグドラシル……北欧での神話にあった『あそこの世界』の本当の『創造神』の名。そして、オズ」
剛毅の言葉で、真田は得心した表情になる。
「ケケケッ! なるほどな。かつてアビスで滅びたとされる『ヴァルハラ』を初めとするあの世界の遺物の名を借りるってことは……」
「ああ。こいつは、とんでもない化物と戦う羽目になるかもな……!」
煌びやかな青の天井と対比するような戦慄の表情で剛毅は告げる。
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