傲慢の赤王の謀略
喧騒が聞こえる。
死を怯える恐怖の声が聞こえる。
炎、氷、風、岩、光、闇。
様々な者が放つ、様々な対象を『殺す』ための『手段』は、入り混じり、対比するような色鮮やかな色彩を放っている。
……この美しい景色が、『殺意』によって放たれているのか。皮肉なものだ。
そう、桐人は思いながら煉瓦の道を、盲目の老人と共に駆ける。
「桐人、来るぞ!」
「ああ、分かってる。元『ご主人様』に手を上げるとは、恩知らずな奴らだよ」
可笑しく笑い、桐人は正面に飛来する天使達へと手に握る剣槍を向ける。
「後ろのアウトサイダーのエロージョンドとインカネーターは任せておけ」
「全く、サイモンさんを狙うなんて命知らずにも程がある」
「全くだ。こんな老いぼれなんかの為に無駄に命を散らすなんてな」
嘆息し、サイモンは錫杖を後ろへと構える。
「一瞬だ」
「組織の命だろうが、哀れだ」
桐人は、常人を遥かに凌ぐ超俊足で剣槍を振るう。
同時、サイモンは錫杖を軽く振るう。
一瞬だった。
二人の目の前にあった生物はまるで何もなかったかのように消え失せる。
「どちらの勢力もこんな脳無しを差し向けて、何を考えてるんだろうか」
「さあな。足止めにもならん」
ふう、とため息を吐き、サイモンは続ける。
「しかし、戦略を練り易くするために『メイザースプロテクト』の空間を十倍に拡張させたのは誤算だったか」
「そうかもね。この広い奥行きの中だと、動きやすい代わりに目的地に辿りつけにくい」
苦笑し、桐人は呟く。
二人が進む正面、更に立ちはだかる人影が二つ。
その人影を視認し、桐人とサイモンは表情を険しくする。
「ようやっと、来たか」
「あのでかいのは、お前に用がありそうだな」
「個人的には、あっちの黒服に引導を渡したいところだけどね」
二人は俊足で駆ける足を止め、その人影へと武器を向ける。
「がははははっ! 久しぶりだなぁ、桐人! ここまで、我慢してきたんだ。楽しませてくれよぉっ!」
「貴様の『修行』が終わるまで待たせたんだ。良い結果を期待するぞ。ウリエル」
嘆息し、サイモンと同様、黒いサングラスをかけた黒服の男が言う。
「……一応、聞かせてもらう。何故、休戦協定を結んだアウトサイダーがアダムに牙を向けた? 浅羽帝」
呆れ声を漏らし、桐人は浅羽に問う。
「俺の下の名を知っているということは、貴様も知っているのか」
「ああ。貴様が黒崎組という暴力団の一幹部であり、更に過去に『死んだ』ことになっていること」
桐人は睨みつけ、続ける。
「その後……貴様はアビスへと『代わりの眼』を探しに行ったこともな!」
その一言に、浅羽は眉をぴくりと微動させる。
「どうりで、俺の『服従』を受けなかったわけだ。高位の存在では、その力を弱めてしまうからね」
「流石、アダムの中でも上位に位置する幹部どもだ。よく情報を知り得ている」
口を吊り上げ、浅羽は笑う。
「だが、問題はその方法と、どうやってアビスから帰れたのか、だ。『神の木』の中でも中枢と言われるあの空間は、およそ人の理では自由に行き来出来ない」
「それは、俺も知りたいところだ。正直、奇跡としか言いようがない」
浅羽は微笑し、答えた。
「しらばくれるなよ? 偶然、アビスに人が入れることはあるかも知れないが、貴様のように、何年も留まれるほどあそこは安定した世界ではないはずだ」
「ふふ、それを知ってどうしたい? まさか、貴様はアビスでさえも自分の世界にしたいと? なあ、ルシファー!」
浅羽は叫ぶ。まるで、威嚇をするように。
「そうだ。俺は、『傲慢』だからね。こんな『神の枝』の一端なんかより、全てを支配する絶対的な神になりたいのさ」
その一言に、浅羽は舌打ちをする。
「……流石だ。俺と同じ『傲慢』を司るだけある。しかし、だ」
浅羽は、一刀の刀を発現させ、その切っ先を桐人へと向ける。
「宣言しよう。貴様は、この地で果てる」
その言葉は、まるで断言したかのようなはっきりとした声色で発せられる。
しかし、桐人は物怖じをまるですることなく、高笑いをあげる。
そして告げる。
「そうか。だが、知っているか? 予言とは、神が人へと告げる言葉だ」
桐人は、浅羽を睨みつける。
「俺は、神だ!」
桐人の体の内から黒と白の異形とも言える閃光が放たれる。
白肌で黒髪の桐人の身体は、次第に正逆へと変わってゆく。
「く、くっくっく! は、はは! がははははははっ! それだ、その『お前』こそ俺の頂き!」
その桐人の変化に、ウリエルは歓喜の声をあげる。
「『
ウリエルが告げると、周囲がセピア色に染め上げられる。
瞬間、ウリエルの両脇から腕が生える。
空間から浮き出るように白と黒の螺旋が描かれた剣が召喚。
四本の手でその柄を握り締め、ウリエルは桐人へと駆ける。
「一刀でも二刀でも駄目。だから次は四刀か。性懲りもなく、芸が全くないな」
「生憎、俺は直球が好みでな!」
四方から振り上げられる混沌を模したような剣は、桐人の目の前で硬直する。
否、それは桐人が手を振り払う動作に連動して現れた、何かの黒いもやによって塞き止められていた。
「だが、変わらない。その程度の貧弱な一撃じゃあ、俺に届かない。貴様が同じ『原初に生まれた天使』とは嘆かわしい」
「ああ、俺もその肩書きは大っ嫌いだ! 俺は、『ウリエル』で、そんな『この世界』の創造神の肩割れなんざになりたくも無かったっ!」
ウリエルは激情を込めて腕に力をさらに加える。
「何っ!?」
その倍増した力によって、桐人は後方へと吹き飛ばされる。
「何も、俺はただ四刀流にしたかっただけじゃねえ。お前を、『この世界』最強とされるルシファーを殺すために、力を蓄えてきたのさ! ……浅羽っ!」
ウリエルは自身の後方に位置する黒服の男へと叫ぶ。
「約束通り、ここは俺に任せろ!」
「ああ、思う存分その力を発揮するがいい」
「がはははっ! 有難うよっ!」
浅羽の声に、ウリエルは歓喜の笑みを滲ませ、白煙が上がる桐人の方角へと駆ける。
「……さて、では私の相手はお前のようだな」
光の見えぬその眼光で、サイモンは浅羽に言う。
「俺が貴様の相手? 馬鹿を言うな。貴様は、俺達の組織の『仲間』だろう?」
「仲間になった憶えはないっ!」
浅羽の言葉に、サイモンはその激情を露わにする。
その表情は、殺意と敵意と──そして悔み。
「良いのか、そんな事を言って? 貴様の中の『這い寄る混沌』が黙っちゃいないぞ?」
「ぐ、くぅ……!」
冷や汗を垂らし、サイモンは苦悶の表情となる。
「哀れだな。力を求め、その力に食われるとは。これが、表向きの『この世界』最強とは」
その浅羽がサイモンを見つめる表情は、見下し、嫌悪を催すように引き攣っていた。
「幼い頃の私のただ唯一にして最大の過ちだった。それは、理解している。が──」
サイモンは浅羽を睨みつけ、告げる。
「それによって得られたものもあった! だから、私はその『代償』によって得られたものを大切にしたい! ……一言、言っておこう。私は、未だ諦めたわけじゃない!」
浅羽は、サイモンを小馬鹿にしたように笑い、告げる。
「そうか。だが、貴様の行動によって、その『仲間』から随分と疑われているのではないか? 何故、事が起きてからの行動がこんなにも緩慢なのか。そして何故、一瞬で空間内を移動出来る『
浅羽はにやりと、口を引き攣らせ、続ける。
「ここまでの桐人の誘導も実に見事だったよ。こちらの雑魚を囮にここまでおびき寄せて、うちのウリエルと対峙させる……そして、もう少しでこちらの捕縛している京馬君の所といった具合だ」
ふはははははっ、と浅羽は高笑いをあげる。
「そして、そこには貴様が指名して京馬君の護衛に抜擢された真田という雑魚がいる! 実に、事が上手くいっていて清々しい気分だっ!」
浅羽の言葉に、サイモンは表情を曇らせる。
「桐人という殻の中のルシファーは、ミカエルの『堕天』によって精神を蝕まれ、暴走状態にある。それを抑えるために桐人は自身の『傲慢』を抑えていたのは大分前から知っていたことだった。しかし──」
後に続く言葉の手前、浅羽は可笑しそうに、そして哀れそうな笑みを見せる。
「俺が対峙した時に見せたあの桐人が変化する前に見せる鎖──あれが力を減衰させる『グラシャラボラスの鎖』と分かった時に得心した。どうにも納得しづらかったんだ。その感情を抑える程度でルシファーの暴走を止めることが出来るのか」
浅羽は、煙草を口に含め、火を付ける。
ひと吹きし、愉快そうな表情を浮かべる。
「まさか、あんな雑魚にそんな重要な役回りがあったとはな。俺も事実を知った時には驚愕したよ」
「……真田は、元々インカネーターとしてはBクラス以上で剛毅と同等の優秀なインカネーターだった。だが、常に桐人の中のルシファーを拘束する必要があった。あいつは、雑魚ではない」
サイモンは目を背け、呟く。
「それは、支部長クラスの中でも選りすぐりしか知り得ない情報なわけだ。その事実を知ることが出来たのだから、大黒ふ頭での一戦は非常に価値があった」
満足そうに、浅羽は告げる。
「さて、それでは案内しようか。丁度、天使どもも京馬君の場所に勘付き始めた。……いよいよ、というわけだ」
浅羽が告げると同時、世界は石造りの家が立ち並ぶ、古代の都市へと変貌する。
「これが、『ソドムとゴモラ』か」
「そうだ。かつて、俺のベリアルが統治しようとし、失敗した古代都市」
浅羽は、周囲を見渡し、嘆息する。
「ベリアルは言っていた。ルシファーにも、そしてミカエル擁する天使どもにも負けた哀れな大罪悪魔だと」
「まるで、貴様の先を暗示するかのようだな」
サイモンの一言に、浅羽は激情を込め、叫ぶ。
「ふざけるなっ! 俺は、ベリアルを宿すが、その先を超えるこの『眼』を手に入れたっ! そして……」
浅羽は、決意の表情を浮かばせ、告げる。
「俺は、屈辱を知っている……!」
ぎしりと歯を噛み、浅羽はその表情を天に向けた。
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