世界を喰い殺すもの

「へえ、俺が味方ってか。この『這い寄る混沌』が、ねえ」


 辺りを、生々しい肉壁が包む。

 鼓動するように脈打つその壁面には、ところどころに紫の毒々しい骸がへばり付くように散在している。

 およそこの世の光景とは思えない風景を、どこにでもいそうな平凡の高校生──深山賢司は気にも留めずに口を開く。


「そう。じゃなかったら、今の現状を説明出来ないよ」


 その賢司をまるで、化け物と対峙するような戦慄の眼差しで見つめる美樹。


「だが、俺は『絶対悪を嗜む魔術師』──キザイア様の手先だぜ? あの方の正体はお前も知ってるだろう?」


「ええ。でも、だからこそより『他のあいつ』にお前の裏切りを悟らせ難く出来たんでしょう?」


 美樹の言葉に、賢司は口を閉じる。

 それは、美樹にとって何よりも解り易い『答え』となる。


「……お前がこの世界の破壊を阻止するなら、私はお前の正体を他の者に伏せて協力するよ。何て言ったって、私の理想の世界のベースになる大切な世界だから」


 美樹の言葉に、しばらく黙りこむ賢司。

 しかし、思慮の後、賢司は口を開く。


「そうか、ありがとう。だが、これはここ以外では他言無用だ。お前と俺を取り囲む仲間にもだ。『他の俺』は未だ他にもたくさんいる。何時、何処で聞いているのか一端の俺ですら分からないんだ」


「分かった。──ともかく、お前がこの世界の破壊を阻止する味方と分かってほっとしたよ」


 安堵のため息を吐き、美樹は告げる。


「あ、あの……」


 若干、気まずそうな声色を発し、賢司の傍にいた咲月が挙手する。


「どうしたの、咲月ちゃん?」


 その咲月に、美樹は声をかける。しかし、その表情はどこか緩く、まるで後に続く咲月の問いを予想していたかのようだった。


「何だか、当事者というか、主要人物の私が言うのも何だけど、全然話が見えてこないんだけど……」


 はは、と乾いた笑い声を咲月は上げる。


「ああ、そうだよね。咲月ちゃんには、話さないといけないよね──」


 そう言って、美樹は咲月に真実を告げる。




「つまり、私の中に眠る『千匹の仔を生みし森の黒山羊』を……破滅の種を、無理矢理芽生えさせようとしている他の『神の実から生まれ出でたもの』がいるってこと?」


「概念的には合ってるけど、少し違う。『這い寄る混沌』は、世界を創っては破壊を繰り返す。『神の実から生まれ出でる者』の中でも特殊で傍迷惑な存在。アスモデウスは奴のことをこう言ってた。『神の木に纏わりつく蔦』ってね」


「『蔦』、ね。まあ良い表現かもな。だが、蔦も枝分かれする。この俺の様にな」


 皮肉な笑みを浮かべ、賢司が告げる。


「その『這い寄る混沌』は賢司君の他にもいて、アウトサイダーの協力者であり、ゾロアスターという古代に『この世界』に干渉してきた悪魔の一団を使役している『ゾロアスターの悪星』の首領──キザイアって人もなんだね?」


 咲月の言葉に、美樹は満足気に首を下に振る。


「そう。そして、キザイアが内の組織に協力するようになった交換条件は、咲月ちゃんの情報の調査と開示。この前、咲月ちゃんが誘拐されたことがあったでしょ? あれは、実は京馬君が目的ではなく、咲月ちゃんが宿している『神の実から生まれ出でたもの』の『種類』を確認するためだったんだ」


「種類?」


 首を横に傾け、咲月が問う。


「『神の実から生まれ出でたもの』は、アビスの中でも群を抜いて高次元の存在。はっきり言ってしまえば、本当の意味で全時空最強の存在。しかも、その存在は複数いるんだ。人という思考の概念では完璧には捉えきれないけど、その存在には個々にはっきりとした特徴がある」


 そう言って、美樹は視線を賢司へと向ける。


「例えば、そこにいる賢司を化身とする『這い寄る混沌』は、気まぐれに世界に干渉し、再生し、壊す。その実態は複数の意志を統合した思念体。私のアスモデウスから聞いた話では、そんな存在だと言っていた。あくまで、人としての思考ではの話だけど」


 嘆息し、美樹は続ける。


「そして、咲月ちゃんの宿す『千匹の仔を生みし森の黒山羊』は、ひたすらに『あらゆるもの』を生み出す、ただそれだけに執着した存在なんだ」


「それって、つまり私の能力……」


 咲月の呟きに、美樹はこくりと頷き、告げる。


「その通り。咲月ちゃんのその固有能力は、奴の力の一端によるためのもの。あくまで一端だけどね」


 美樹の言葉に、咲月の表情は陰になる。


「もう分かってるでしょうけど、咲月ちゃんが『過負荷駆動オーヴァー・ドライヴ』した時に発動したあの力は、さらに奴の力を引き出したものなんだ。あれは、相手の力を吸収し、新たな『生物』を生み出す。より奴に『近い』力の形態なんだ。咲月ちゃんは記憶がないから、どんなおぞましいものか分からないでしょうけど」


「どうりで、私のあの『過負荷駆動オーヴァー・ドライヴ』を見た時、みんな恐怖に怯えてたような顔をしてたわけだ。嫌な能力だね、あはは……」


「嫌な能力? 馬鹿言うな。あれは、正にお前らの言う神に近い能力なんだぞ」


 苦笑する咲月に対し、訝しげに賢司が口を挟む。


「『千匹の仔を生みし森の黒山羊』は、様々な時空中でも最も強い世界構築能力を持つ。故に、お前みたいな下等な存在で発揮される何百分の一の力でも非常に強力なんだ。だが、どうだ」


 賢司はまるで、人ではない何かになったような異様な禍々しさを漂わせ、咲月に告げる。


「運良く手に入ったその素晴らしい力をお前は、上手く扱えないどころか無意識に抑えようとしている。正直、さっきも見ていて不愉快だった。『あいつ』を持っていながら、あんな陳腐な力しか行使出来ていないお前にな」


 軽蔑するような眼差しで、賢司は咲月を見つめる。


「わ、私は……!」


「だけど、そんなことすれば咲月ちゃんの内に眠る奴が目覚めて、世界は滅び、全く関係ない世界が再構築される。そんなことは許されない! あなただって、それを良しとしないから他の『意志』を裏切ったんでしょう!?」


 言いかけた咲月に割って入り、美樹が賢司を睨みつける。


「まあ、当たらずも遠からずだな。だが、俺が言いたいのはそんなことじゃないぜ? 俺は、咲月にもっと強くなれって言ってんだ」


「どういうこと……?」


「そのまんまだ。確かに今の貧弱な精神力じゃ、少しの力を引き出すだけで奴は暴走し、この世界を破滅へと導くだろう。だが、こいつがより屈強な精神力を得ることが出来れば、より奴の力を引き出すことが出来る」


 賢司の言葉に、美樹と咲月は表情を変える。


「私が強くなれば……?」


「そうだ。そのためにはまず、過去への『結論』を出さなきゃな」


「……!」


 賢司の言葉に咲月は、はっと目を見開く。


「な、何で賢司君がその事を……?」


 賢司はその咲月の表情に、口を吊り上げる。


「少しでも、世界の破滅を防ぎたいなら、お前はもっと『心』を強くすることだ」


 にやりと、賢司は笑んで告げる。


「本当に、そんなことが可能なわけ?」


 その賢司を訝しそうな表情で見つめ、美樹は問う。


「信じる信じないはお前達次第だ」


 ふっ、と賢司は笑う。


「……まあ良いや。大分本題から逸れちゃったね。私には、関連して聞きたい事がある」


「何だ?」


 美樹は真剣な眼差しで賢司に問う。


「お前達、『這い寄る混沌』はその咲月ちゃんに眠る『神の実より生まれ出でし者』の種類を判別して、どうしようと思ったの?」


「それは、別に隠す事も無いことだ。そいつが、『天敵』かどうか見極めるためさ」


「天敵?」


「ああ、そうさ。この俺を含めた『這い寄る混沌』に唯一対抗する他の『神の実より生まれ出でたもの』かどうかを見極めたかったのさ」


「そんな存在がいたのね。その存在の名は?」


「そいつは、言えねえさ。『俺ら』の中でもそいつの名を呼ぶのは禁句だからな──!」


 賢司が告げ終わると同時だった。

 途端、美樹の捕縛結界は溶けるように消えてゆく。


「ちっ、マジかよ! おい、お前ら。逃げろ! 『来るぞ』っ!」


「逃してたまるか。この裏切り者め」


 言葉と同時、どす黒い十字の刃が四方を取り囲むように土を突き刺す。


「ちょ、ちょっと! この先に行けないっ!?」


 賢司の言葉と同時、駆け出そうとした二人だが、その先に何かの障壁があるように、二人の行く手を遮る。


「まさか、『私』が裏切るとはね。驚いた。そんな事は何億も前の時間軸でも起こり得なかったことだ」


「……キザイア!」


 黒衣を翻し、現れたのはしわくちゃの老婆だった。その声は枯れ、しかしその威厳と重圧はこの世のものとは思えない。

 賢司は、苦虫を噛み潰したように歯ぎしりを立てる。


「おかしいと思ったのさ。お前がもっとその娘を観察しておきたいと言った時からね」


 指を突き立て、キザイアは賢司に告げる。


「どのみち、『俺達』は未だ『あっちの世界』のように壊さないんだろう? だったら、このまま泳がせてもいいじゃねえか」


 賢司は口を吊り上げながら言う。しかし、その頬には汗。


「そいつが表舞台に立つのはシナリオ外だ。お前も分かっているだろうが、そいつに眠る『同類』は『私達』にもどのような影響を及ぼすのか分からない」


「はっきり言えよ。『怖い』って」


 賢司の挑発に、老婆の表情は険しくなる。


「何がお前をそこまで駆り立てる? 『お前である私』は、何を感じ、何を経験した? あの京馬とかいう『配役』の一人に何故そこまで肩入れする?」


 キザイアの問いに、賢司は馬鹿らしいと言わんばかりの笑い声を上げ、そして告げる。


「はっはっはっは! さあな! だが、俺はその方が『面白い』と思ったのは確かだ!」


「お前を除いた『私達』は面白くはないよ。しかし、今のでお前は明らかに『私達』とは異なることが明白になった。消えな」


 告げ、キザイアは黒の魔法陣を展開させる。


「へえ、キザイアでの『アンリ・マンユ』の固有能力は『賢司』である俺に意味がないと判断したか」


 言い、賢司は後ろにいる咲月と美樹に告げる。


「ここは俺が時間を稼ぐっ! お前達は、あの『神雷を超越した女帝』がいる『発信源』へ向かえっ! あいつなら、こいつをやれるはずだ……!」


「で、でも……」


「そうだよっ! ここには高密度に精神力が凝縮された『壁』が……!」


「そんなもん、俺が消し飛ばしてやる!」


 賢司の言い終わる手前、その手からプリズムの魔法陣を発現させる。


「あれは、『マナ』の魔法陣!」


 その賢司の手から発せられた魔法陣に美樹は驚愕する。


「喰い殺せ、『悪』よ!」


「させねえよ!」


 賢司は、自身から発現させた魔法陣を握り叫ぶ。


「さあ、やっと出番だぜ! マルドゥーク!」


 色鮮やかな閃光が辺りを包む。

 それは、神性を通り越した、神秘を超越したような、美樹と咲月は一寸、その光に心を奪われる。


「何してる、早く行けっ!」


「う、うん!」


「分かった!」


 二人は、瓦解した『壁』を通り抜け、純白の羽と漆黒の羽で『発信源』へと向かう。


「ち、もっと精神力がある体なら……!」


 悔しそうに舌打ちをし、賢司は呟く。

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