蹂躙する巨獣を宿す男

「剛毅さん……大丈夫かな」


 心配そうに、京馬は黒煙で遮られる戦場を見つめる。


「確かに、剛毅と戦う奴は相当手強い。だが、それ以上にあの『炎帝の魔術師』は相当に厄介だぜ」


 ケッケッケ、と笑いながら真田が告げる。


「でも、やっぱり俺達も助けに入った方が良いんじゃ?」


「止めとけ。あいつの『策』に巻き込まれるぞ? ケケケッ! 全く、あんなナリしやがってせこい戦い方ばかりしやがる」


 京馬の提案を、真田は陽気に笑い一蹴する。


「誰が、せこい戦い方だ。ったく、俺達はまだまだ戦い続けなきゃならねんだ。『賢い』戦い方をしねえと生き残れねえぜ?」


 突如、背後からの声に京馬は驚愕する。しかし、真田は『やっぱりか』という表情を見て振り返る。


「剛毅さんっ!?」


「まあ、驚くなよ。お前も知ってるだろ? 俺の姿も気配も消せる『炎熱の蜃気楼ブレイズ・ミラージュ』を」


 剛毅は不敵に笑み、京馬に告げる。


「ケケケッ! 激情に身を任せたと見せかけての敵の能力の解析か。やっぱせこいねぇ」


「うるせえっ! 手前も、相手の能力の解析が如何にインカネーターでの戦闘の有利に働くか知らねえわけねえだろう!?」


「ケケッ! そうだね。そうやっておまえは勝ち星上げてんだから。だからルシファーでない桐人さんにも──」


「そこであいつの名前出すな! ぐ、くそぅ……大体あいつだってちょこまか動いてせこい戦い方するじゃねえか。さらに『ソロモンの腕輪』なんて反則モン持ちやがって!」


 悔しそうに叫ぶ剛毅を、愉快そうに真田は笑う。


「まあ、確かに敵の戦力や手の内が未知の現状ならば最良の策だ。『仇』を前にして冷静にいられるお前がいて助かるぜ。ケケケッ!」


 そう言う真田を京馬は見やる。

 剛毅をなじる真田の表情は愉快そうに見え、しかし羨ましそうでもあった。

そうだ。真田さんにも『仇』となる相手がいる──

 京馬は思う。

 真田の『仇』を口にする時の声色は明らかな殺意を内包し、表情は常に憤怒だ。

 もし、真田がその仇と対峙したらどうなるのであろうか。

 真田はきっとその激情を剥き出しにし、全力でその仇に力をぶつけるだろう。

 ……真田さんは、剛毅さんの仇を前にした冷静沈着さが羨ましいのかも知れない。


「う、うわあ!?」


 突然の大きな空間の揺らぎに、京馬はその思考を止める。

 目を前方へ向けると、直後まであった森林とドーム状の建築物の空間がすっぽりとなくなっていた。


「ちっ! あの野郎、どんだけ力を持ってやがるんだ。この威力、エレンのマッシヴ・エレクトロニック並みじゃねえかっ! 折角用意した策も粉微塵だ!」


 戦慄とした剛毅の表情は、京馬に不安をもたらす。


「さ、策がない!? ご、剛毅さん! 俺達はどうしたら……」


 その感情を内包した声で京馬が呼びかけると、横隣りで別の人物が代わりに答える。


「ま、他にも策はあるんだろ? まさか、『炎帝の魔術師』たる御方が一手封じられただけでお手上げなんてこたあねえだろ? ケケケッ!」


「当たり前だ。早速用意しろよ。京馬、真田。今度は三人がかりであいつを仕留める」


 先程とは一転して、剛毅は意気込んで言う。


「俺の、『仇討ち』に協力してくれ。頼りにしてるぜ? 手前ら!」


 剛毅の言葉に二人は頷く。




「さて、と。後はあの病気面の奴を殺して、京馬を持ち帰れば終わりか。どう見ても、あの剛毅とかいう奴より二人とも弱えんだよな。つまんねえ」


 嘆息し、新島は周囲を見渡す。


「ちっきしょー! 俺もインカネーターを察知するやり方覚えてればなあ。夢子―。他の二人は何処いった?」


 新島は、青と黒が点在する崩れた空へと問う。


「『だから、あれほどそっちの鍛練も怠るなって言ったんでしょうが! まだ生きてるわよ、炎帝の魔術師!』」


 その問いに答えるのは、ドリームキャットの声。言葉は夢子。


「え? まじか!? うへへ、またあいつと戦えるのかぁ! 楽しみだ!」


「『こっちとしては不都合だわ! ったく、本当に三度の飯より戦いが好きなんだから……良い? 今度は多分、三人で連携して襲ってくるよ。充分に気をつけて!』」


「応よ!」


 意気込んで答える新島に、夢子は釘を刺すように告げる。


「『気を付けるってことは、京馬君を殺さないようにするって事だよ? さっきみたいな大技はNG』」


「応よ!」


「『……まあ、良いわ。あんたが殺しそうになったら、私が超頑張って京馬君だけでも逃がすから』」


 はあ、というため息を吐き、夢子は諦めたように言う。


「さあ、どっからでも何人でも来いよ! 俺が全員殺してやるっ!」


 がっはっは、と豪快に叫ぶように新島は笑う。




 空間から生えるように鎖が出現する。

 それは横平面に網目の構造を造り、空中に足場を形成する。

 真田のグラシャラボラスの能力で出来たその鎖の足場を京馬達は駆けていた。

 眼下には、そこが見えない程の大きなクレータが見える。


「天使のインカネーターなのに羽の一つも生やせないのか。他の奴らと同様に羽で空を羽ばたいてくれたら、こっちの負担も少なくて助かるんだがな。ケケケッ!」


「すいません。俺が未熟だから……」


 真田の言葉に京馬は表情を曇らせる。


「しょうがねえさ! むしろ、この僅かな時間で京馬は異様に成長している。『成り立て』でそうそう力を使いこなせちゃ、俺も真田も立場がねえよ!」


「まあ、そうだがな。ああ、京馬。そんな事言ってなんだが、そんなに気に病むなよ。あくまで今回俺がサポート役にしか徹せない愚痴だ。本音ではお前は凄えよっていう気持ちが二割ほどあるからな。ケケケッ!」


「は、はあ。そうなんですか?」


 え、二割ほどしかないんだ。という心の声を押し殺して京馬は苦笑して答える。


「そろそろだ。手筈通り上手くやってくれよ? いくぜ!」


 剛毅の合図とともに、真田と京馬は別の方向へと鎖の足場を形成し、移動する。

 深い奈落へと落ち行く剛毅。

 しかし、その周囲を中心に剛毅の捕縛結界を展開させる。


「『ビッグフット』。手前は聞きたい事が山ほどあるんだ。何故、『俺の仲間』達を殺した後、手前らは消えて行ったのか。何故、浅羽とお前はこのアウトサイダーを作ったのか。そして、何より……」


 剛毅は、唇を噛み、呟く。


「何で、手前らは生きてるんだ?」




 辺りを炎が取り囲む。

 炎上した城内。

 しかし、煌びやかな玉座には焦げ跡はなく、まるでその炎によってさらに彩られるように感じる。


「ん? これは、『物語』が次に移動したってのか? おーい、夢子―」


 だが、返事は無い。

 木霊する大男の声。


「何がどうなってるんだ?」


 首を傾げ、新島は呟く。


「遅れちまったな。さあ、第二ラウンドだ」


 その新島の眼下に炎が燃え盛る。


「お、夢子の言う通り、おまえ生きてたのか。今度はあんなあっさりとした終わりにしないように気を付けないとな」


 まるで、おもちゃを見つけた子供のように新島は目を輝かせる。


「『炎帝の魔術師』を舐めてもらっちゃ困る。手前ぐらいの相手なんて幾度も切りぬけてきたからな」


「そりゃ、楽しみだ。俺は浅羽の兄貴とウリエル以外で自分より強え奴を見た事がねえ」


 楽しそうに、新島は答える。


「それは、単に手前の世界が狭かっただけだ。井の中の蛙って奴さ」


「胃の中のか、かわず? 何だそれ?」


 首を傾ける新島。


「でも、世界が狭いねえ……確かにそうだ。俺は、毎日意味も良く分かんねえでよく分かんねえ雑魚ばっか殺してきた。そんなもんのために、父ちゃんからこの新島流滅死極星棒術を教えてもらったわけじゃねえ」


「じゃあ、何のために手前はその力を振るう?」


 剛毅の問いに、新島は喜々として答える。


「それは、俺が最強のスーパーマンになるためだ! どんな奴でも、どんな得物でも、どんな兵器よりも! 誰も俺の力には敵わない……ってのを目指してる。へへっ、凄えだろ? そして最後に、てっぺんまでいった浅羽の兄貴と一騎打ちをするんだ。どっちが本当に強えのかのな」


 無邪気に笑み、新島は答える。

 そんな新島を目を据わらせ、剛毅は見つめる。


「小さいな」


「え? 何だって?」


 剛毅がぼそりと呟く。

 そのか細い声に、新島は耳を立てる。


「小さいって言ってんだ、脳筋。そして、もう一度言う。手前が見てる世界は狭過ぎる」


 剛毅は叫ぶ。


「んなっ!? じゃ、じゃあおまえはもっと大きい夢でも持ってるのかよ!?」


 青筋を立て、新島は剛毅に問う。


「いいや。俺も小さい人間だ。自分の復讐と、仲間の安全。自分の周りが平和になればそれで良いって思ってる。だがな」


 にやりと、剛毅は不敵に笑み、後に続ける。


「俺の知ってる奴は、少なくとも『二人』は、そんな世界さえもまるごと変えちまうようなでっかい夢を持ってるぜ」


「へえ、そりゃ面白そうだ」


 剛毅の言葉に、新島も不敵に笑む。


「だったら、そんな大口叩くそいつらも、強えんだろうな」


「ああ、そうだな。一人は俺が逆立ちしても勝てないような、人から見たら文字通り化け物だ。そして、もう一人は──乳臭え普通の餓鬼だが、まっすぐな目をしてる根性馬鹿だ」


「最後に言った奴、全然強そうに思えねえんだけど?」


「そりゃ、今は弱いさ。でも、『神の夢』ってやつを見たとか何とか。『選ばれちまった』らしい。それが無けりゃ、只の普通に生活して、普通に就職して、ひいひい働いて禿げそうになるサラリーマンになったのかもな。尤も、生死を賭けたこんな殺し合いばかりやる生活よりもマシかも知れねえが」


「普通の生活、ね。俺にはよく分かんねーや。子供の頃から殺し合いしてきたし、何よりそれが楽しーつーか、充実? してるし」


「無垢な殺し屋って奴か? 殺しに悲しみも、恐れもないってか」


「あー、そうだな。何か俺、特別に教育されてたみてえだし。何が特別かも俺には分からんけど」


 ぼりぼりと頬を掻く新島。

 その様子を見て、剛毅は目を鋭くさせる。

 ……こんな、何も感じない奴に綾乃や母さん、みんなは!

 歯を食いしばる。

 が、ふうと剛毅は深呼吸をして表情を緩める。

 冷静なれ、自分。

 冷徹なれ、自分。

 ……全ては、今の『仲間』のため!

 剛毅は、決意と共に空間から双剣を発現させる。


「お、殺気立ってるじゃねえか。俺はいつでも良いぜ? さあ、殺し合おう!」


 剛毅の変化に気付き、新島は巨大な棒を構える。

 が、


「一つ聞く。手前らは、旧『黒崎組』の幹部どもは死んだはず。あの情報は嘘か?」


「え? ああ、なんつえば言いんだろ。一部は本当で一部は嘘で──」


 その質問に、新島は答えそうになるが、慌てて口に手を当てる。


「あ、やべえ! 黒崎組の話とアウトサイダーの話は浅羽の兄貴に言っちゃいけねえって言われたんだっけか!?」


「それ言わないと、俺は殺し合いを止めるぞ?」


「ま、まじでか!? で、でも……いいや駄目だ! それ言ったら、みんなと絶交になる! 約束も無しになる!」


「……どうしてもか?」


「駄目なものは駄目だ! 死んでも言わないもんねー!」


 べー、と舌を出し、告げる新島を剛毅は睨みつける。


「分かった。じゃあ、手前を死ぬより辛い拷問にかけて、聞き出してやる」


 あくまで、無表情に、剛毅は告げる。


「そうこなくちゃなあ! やれるもんならやってみなっ!」


「じゃあ、いくぜっ!」


 新たに幾つもの赤の魔法陣を展開し、剛毅は叫ぶ。


「『炎帝の宴ペイモン・パーティー』!」


 剛毅が告げると同時、幾つもの赤の魔法陣は炎に変わり、踊るように空間を舞う。

 それは、まるで『舞曲ワルツ』。

 炎は、燃え盛る王宮で舞踏会をしているようだった。


「何のつもりか知らねえが、こっちもいくぜ!」


 新島は、炎の舞踏に目を送ることもなく、重力を操る力を使った変則的な詰めで剛毅へと駆け出す。

 そして、一振り。

 それは、剛毅の右肩から左の腰を両断する。


「またか、手応えがねえ。幻覚か! この卑怯者!」


 新島は周りに目を配りながら、叫ぶ。


「幻覚ね。合ってるちゃ合ってるが、今度はちゃんと『この中』に俺はいるぜ?」


 木霊する剛毅の声。

 が、その余裕のある声にふっ、と新島は口を吊り上げ、笑う。


「良いのか? 姿を現わせねえと、またこの俺の『重力圧縮グラビティ・コンプレッサー』でぺしゃんこにしちまうぞ?」


「おお、それは怖いな」


 その声は、正面にある一つの炎の渦から発せられる。

 新島は、棒を構えてその炎に自身の『重力』を込めた一撃を振ろうとした。

が、


「何っ!?」


 新島の体に痛みが走る。

 一寸、新島は何が起こったのか分からなかった。

 だが、その痛みの『種類』と角度から直ぐに何が起きたのか理解した。

 それは、背後から斬撃。


「そっちに、いやがったのか!?」


「手前に正面から立ち向かえば、その『すごいバリヤー』とかいうやつで全くダメージが通らないからな。また、不意打ちだ」


 振り向くと、剛毅がしてやったりとした表情で新島を見つめていた。


「ちっ!」


 新島は、棒を回し、自身の体に食い込む刃を弾き、回転させた棒で剛毅を腹部を突く。

 しかし、剛毅の体は炎になり、突きは炎の渦に空洞を空けただけの結果に終わる。


「さあ、さっきの大技を仕掛けてこいよ。お前も、こんなのばっかじゃ苛立つだけだろ?」


 剛毅の挑発に、新島は舌打ちをし、棒を地に打ち付ける。


「そんなに、潰れてえんならしてやるよっ!」


 新島が『重力圧縮グラビティ・コンプレッサー』を放とうとした時だった。

 空間は突如、姿を変える。


「お? 元に戻った? ああ、そうだった! あれ使っちゃ、勝負をもっと楽しめねえ!」


 同時、新島は我に返り、その発動を止める。

 辺り一帯は、元のドーム型の闘技場へと戻っていた。


「『新島! 頭冷やしなさいよ! あんたは、ライオンで、その特性を引き出せるんだよ!』」


 ドリームキャットの声が空間内に響き渡る。


「ち、これは想定外だ。まさか、『二重結界』がこうも早く解除されるなんてな」


 剛毅は苦虫を噛み潰した表情で呟く。


「あー、そうだった! ライオンの衣装!」


 新島が叫ぶと、自身をライオンの着ぐるみが包み込む。


「さらに、俊敏性と攻撃力上昇! 『忍者走法』!」


 自慢げに叫び、そして姿を現した剛毅に不規則な詰めで迫る。


「ち、くしょ! 真田!」


 一瞬で間を詰めた新島の一振りを双剣で止め、剛毅は叫ぶ。

 すると、幾重もの鎖が新島を包み込もうとする。


「遅えんだよっ!」


 新島は体を捻り、その包囲網を易々と潜り抜け、その捻りから回転で剛毅に棒を叩きこもうとする。

 が、その一撃は何もない空間に虚しく振るわれる。


「な、何!?」


 突然の現象に、驚きの声を新島は上げる。

 その現象は、真田の鎖によって引き起こされた空間を留まらせる力の減退。

 鎖によって空間が歪み、新島の体の座標がずれたためだ。


「これで、終いだっ!」


 駆け出し、剛毅はその新島の無防備な横腹に双剣を振るう。

 しかし、その一振りは新島の手前で止められ、双剣は弾かれ破砕する。


「忘れたか? 俺には『すごいバリアー』があるんだよっ!」


 にやりと笑い、新島は剛毅目がけて棒を突こうとする。

 が、


「『想いの矢ウィル・アロー』! 悲しみによる衰退をお前に叩きこむっ!」


 新島が背後からの声を聞いた時には既に遅かった。

 京馬の『悲しみ』の感情を内包した『衰退』の付加能力を持つ五つの矢は、多角で射られる。

 不意を突かれた新島は、三つの矢を防ぐが、両足に二つ矢が突き刺さる。

 その攻撃と同時、再度幾重もの鎖が新島を取り囲むように発現。

 それも巨大な棒で幾つかは弾くが、左腕と足に巻き付く。


「こんなチンケなもんで俺を拘束出来ると思うなよっ!」


 叫び、鎖を引き千切ろうとする新島。

 しかし、自身の体から力を引き出す時、鈍く、遅く感じた。

 その隙に、何重もの鎖が新島を雁字搦めにし、矢が刺さってゆく。


「な、ち、力がでねえ! なんじゃこりゃあ!?」


 動揺する新島。

 それを、ため息を吐き、剛毅が見つめる。

 その横に、並ぶように立つ二人の男。


「よくやった。真田、京馬。何とか、最低限の力でこいつを拘束できた」


「全く、『炎帝の魔術師』。恐れ入るぜ、こんな事も想定済みで、一瞬の内に二つも策を用意しやがったなんてな」


「本当に、凄いです!」


「まあまあ、そんなに褒めてくれるな、二人とも」


 頭を掻き、まんざらでもなさそうに剛毅は答える。


「ケケケッ! 『プランA』は、こいつがあの大技を放った時に滅茶苦茶隙が出るってんで、俺の鎖で剛毅を助けて、京馬の狙撃、さらには剛毅の囮から、こいつを拘束してさらにまた京馬の『減退』の矢で今みたいに拘束するっていう簡単な仕事だったんだがな」


「このよく分からない捕縛結界の使い手を利用した『プランB』は、そっちよりも慎重さが必要でしたからね。無事に上手く出来て良かったです」


「まあ、それも結局は力の節約のためのものだったからな。もしお前達が失敗しても、俺には未だ策があった。とりあえず、こいつが馬鹿だったのと、自身が力を完璧に理解してないってのが助かった」


 剛毅は戦慄の表情で、拘束され、倒れ伏せる新島を見つめる。


「『ビッグフット』。恐ろしい奴だ。単純な力ではSクラス以上……まあ、あの『この世界』の神が最初に造り上げた神獣を宿したインカネーターって事実だけでも凄いが……」


「エロージョンドのベヘモスはただの木偶の坊だけどな。ここまで戦闘力に差があるってか。今更ながら、エロージョンドとインカネーターの差がはっきりしたぜ。ケケケッ!」


「いいや。ベヘモスは他と違って特殊だ。元々、アビス以外には興味を示さない住民だ。人を生物とさえ思ってもいない。だからこそ、通常の化身より力の譲渡はかなり少ない。そして余程波長が合わない限り適当に精神を宿し、世界を観察する。咲月や京馬のようなイレギュラーを除けば、インカネーターとして目覚めるのは1、2を争うほど稀なケースだ」


 剛毅は顎に手をやり、告げる。


「気になったんですけど、その『神獣』っていうのは何なんですか?」


 二人の会話に若干、入りづらそうにしながら京馬が問う。


「ああ、『神獣』ってのはな。俺ら……いいや、『本来の人』とともに創造された『原初の獣』だ。分かりやすく言えば、全ての人以外の地上の動物の『根源』であり、ある意味祖先でもある。今の犬とか、牛とか、動物のベースになっているんだ」


「へえ……」


「ケケケッ! 補足するとベヘモス以外にももう一体『神獣』がいてな。そいつは『レヴィアタン』といって『海の』動物のベースになった。そいつは同時に『嫉妬』を司る七つの大罪の悪魔でもあってな。ベヘモスと比べれば割とこの世界に興味を持っているんだぜ。尤も、それも僅かな差だがな。こいつを宿すインカネーターもそうそう発見出来ねえ」


 真田は、いつもの不気味な笑みで答える。


「お、お前ら! こんなんで勝ったなんて思うなよ!」


 うつ伏せのまま、顔を上げて新島が叫ぶ。


「負け惜しみか? 殺し合いってのは、存外騙し騙されの駆け引きじゃねえか。それは、手前の経験からも分かってるだろ? ビッグフット」


「そういうことじゃねえよ」


 にやりと、新島は笑う。


「お前らは、結局、俺の力の一部としか戦ってねえんだよ!」


 新島の放つ一言に、ぴくりと一同は反応する。


「どういうことだ?」


 剛毅の問いに、新島は少し悔しそうな表情を浮かべ、口を開く。


「ここにいる俺は、夢子が力を伝搬させた人形! ……って言ってたような気がする! ホントなら、俺が直接出向いてお前ら全員ケチョンケチョンにしてやったってのによ! 何でも、自分の『力』の可能性を試したかったんだと」


「何だとっ!?」


 剛毅は、驚愕の声を上げる。

 剛毅だけではない。新島の一言に、全員は驚愕する。


「ま、まさか……じゃあ、俺達がこんなに苦労して倒したのに、本体はもっと強いっていうのか!?」


「ああ、本体の俺は今の十倍は強いぜ! がっはっは! い、痛つつ……顔上げ過ぎて首痛い」


 京馬の問いに、新島は不敵に笑み、答える。しかし、調子に乗って顔を上げ過ぎたため、首の関節に痛みが走り、苦痛の表情を浮かばせる。


「ケケケッ! 恐ろしいねえ! そいつは、骨が折れそうだ」


 そういう真田の表情は言葉と対比し、笑む。


「そうだな。そうしたら、俺も本気を出さざる得なかったわけだ。手前との相手を節約しながら出来て良かったよ」


 ふう、とため息を吐き、剛毅が告げる。


「な、なあ、もうちょっと驚けよ! 今の十倍だぜ、十倍! 凄いだろっ!?」


「そしたら、俺はその力の差の分を知恵と作戦で補うさ」


「ケケケッ! そういうギリギリを何度も俺らは潜り抜けてきたんだ。今更十倍だろうが何だろうが驚かねえさ」


「ふ、ぐぐ……何だこの敗北感」


 二人の答えに、新島は悔しがる。


「まあ良いさ! 次会った時は、お前ら全員殺してやるかんな! べーだ!」


 舌を出しながら、新島は霧散していった。


「……十倍か。やっぱ二人とも凄いなあ。俺は素直に驚いちゃいましたよ」


 一寸の静寂の後、京馬が口を開く。


「ああ。実際、あいつが十倍の強さで来たら俺らに勝ち目はないな」


「えっ!?」


 淡々とした表情で呟く剛毅の言葉に、京馬は驚く。


「ケケケッ! あくまで本当だったらな。もっとマシな嘘をつけないのかねえ。馬鹿だから無理か」


 笑いながら、真田は言う。


「え? え? つまり、あいつは嘘をついてると……?」


「嘘、というより見栄だな。全く、戦い以外は本当に幼稚な奴だ」


「冷静になって考えてみろよ、京馬。あの力の十倍なんてSSクラスを超越するレベルだぜ? そんな奴がこんな地味な作戦に抜擢される筈ねえ。つーか、こんな作戦しなくても単騎で俺らを一瞬で粉微塵出来ちまう」


 呆れ声を出し、真田は告げる。


「まあ、何にせよベストの状態でこの死線を潜り抜けたってことだ。後は、西の魔女を倒せばこのふざけた捕縛結界ともおさらばだ。とっとと次へ進むぞ!」


 剛毅の声に呼応し、二人は先へと進む剛毅の後に続く。




「ちっきしょー! なーんか虫のいい話だと思ったぜ。夢子! あいつと全力で戦いてええええぇぇぇぇっ!」


「言ったでしょ? 私の力の可能性を試してみたいって。まあいいじゃない。もし私が負けそうになったら、今度こそあんたをフル出力で投入したげるから」


 新島の嘆きを涼しい顔で受け止め、夢子は淡々と告げる。


「しかし、『炎帝の魔術師』。とてもじゃないけど、Bランクに留まってるインカネーターとは思えない。下手したら他の支部のAランクのインカネーターより強いんじゃないの?」


「そりゃ、お前もだろ。そんなだらだらとした世界の構築ばっかしないで、本気だしゃー大抵のインカネーターは捻り潰せるじゃねえか」


「それは私のポリシーってのがあるんだよ。それに今回の作戦は殲滅ではなく京馬君の確保。あの胡散臭いアルバートとかいう外人の捕縛結界で見せた本当の『とっておき』は余程の窮地でなきゃ発動させないんだから。あれには夢もないし、何よりつまらない」


 嘆息し、夢子は告げる。

 二人が話をしていると、奥にある扉が、がちゃりと開く。


「あら、ミシュリーヌの『犬』? 何だろう?」


 その扉から現れたのは銀の鎧で包まれた犬。

 否、銀の鎧で『構築』された犬であった。

 その口には、折りたたまれた紙が挟まれている。


「どれどれ……」


 夢子は、懐くように寄り添う犬からその紙を取り上げると、そこに書かれた内容を読み上げる。


「『アウトサイダー、アダム、共の戦力をなぎ倒しながら、炎雷の天使ケルビエムが接近中。準備されたし』……ケルビエム、あの破壊力馬鹿天使か。遂に天使側も本腰を入れてきたってことね」


「あの糞強い天使が来るのかっ!? やべえ、楽しみだ!」


 紙に書かれた内容に、夢子の表情は険しくなる。が、一方で新島は対比した歓喜の表情を浮かばせる。


「しかし、今のところミカエルの出現の報告は無し……それに、いくらアダムの用意が周到であってもここまで天使勢が劣勢になってるなんて腑に落ちない。これは……何かあるかもね」


 夢子は、手前の水晶から目を横目に離し、思慮する。

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