『人』であった時の仇

 爆炎が上がる中、剛毅はその黒煙の中で異様に佇む影を見つめていた。


「──は。まさか、無傷とはな。あの天使の筆頭の一人、ケルビエムでさえも手傷を負わせた代物なのに」


 苦笑して、剛毅は人影に告げる。


「いんや、俺の『固有能力』じゃなけりゃ──そんじょそこらのちょっと強ええぐらいのインカネーターじゃ、粉微塵になるような威力だった。お前、やっぱ良いな。もっと手の内があるなら見せてくれよ?」


 黒煙が晴れ、笑む新島が告げる。


「固有能力、ね。手前の周囲を見れば分かる──重力か」


 そう言って、剛毅は新島の周囲に目を泳がせる。

 そして自身の予測が確かだと確信する。


「なるほどね。そのクレーター……『アビスの法則』に則った重力の『バリア』を帯びれば俺の炎と爆風は貴様を逸れて地面を抉る。恐ろしい能力だ」


 剛毅は舌打ちをし、告げる。


「良く分かんねえけど、多分当たりだ。浅羽の兄貴も同じ様に言ってたなあ。とりあえず俺は『すごいバリアー』って呼んでる」


 がっはっは、と豪快に笑い、新島は言う。


「とりあえず、今の会話でお前が真正の馬鹿だってのも分かった」


 呆れ顔で剛毅は告げる。


「そうだな、俺は馬鹿だ。みんな言ってる。だがな」


 新島は巨大な棒を振り回し、構えを取る。


「こっちの方はてんで馬鹿じゃねえぜ?」


 にやりと笑み、新島は告げる。


「そうみたいだな。それはお前が過去にあの黒崎組の幹部であった時から知っているぜ。『ビッグフット』」


 剛毅も双剣を振り回し、その切っ先を新島へと向ける。


「俺は新島だっ! ……ったく、そう昔の通り名で呼ぶの止めてくんねえかなあ?」


「俺はお前の所属していた黒崎組には偉い御恩があるからな。そう呼ばせてもらう」


「はいはいそうかいそうかい。じゃあ、勝手にしな!」


 新島はそう言って、緑の魔法陣と茶色の魔法陣を展開させる。


「『豹の足パンサーレッグ』! 『水牛の爪バッファー・クロウ』! ははっ、どうだ! これで俺はさらに俊敏性と攻撃を強化した!」


「へえ……」


 自慢げに言い放つ新島を見て、剛毅はさらに納得したような笑みをする。


「お前、『大地』と『大気』の属性を同時に扱えるのか。さらに確信したよ。お前の化身は『ベヘモス』か」


「そうだとも! こいつは、俺が『人として生きる』ことを決意し、そして俺に『野望』を与えてくれたっ! ベストパートナーだ!」


「神獣は、地にその重みを轟かせるであろう……か。俺の仇は一筋縄じゃいかねえ奴が多いぜ」


 苦笑し、剛毅は呟く。


「こいつと共に強者という強者に、ひたすらに挑み続ける! それが、俺だっ!」


 叫び、新島は駆ける。

 来たかっ! と、剛毅は受けの姿勢でカウンターを狙う。


「なっ!?」


 それは、一瞬だった。

 剛毅の視界から新島が消え、代わりに赤い鮮血が視界を覆う。


「これで終わりかぁ!? そんな訳ねえよなあっ!?」


 新島の挑発が聞こえる。

 それは、剛毅の耳の傍であった。

 ……何が起きたんだっ!?

 突如の不測の事態に、剛毅は思考を巡らせる。

 仮にも強化されたとはいえ、アビスの力で強化された目で相手を捕えられることが出来ないほどの早い『詰め』。

 否、確かに詰められたとはいえ、それは早くはなかった。

 俺は、知っている。

 剛毅は以前にもその経験をしたことがある。

 思考の末の回答は即、得られた。


「手前、重力で生じた『揺らぎ』と走りの緩急で、俺を惑わせたなっ!?」


「んんっ? なんだそりゃ? これは俺とベヘモスの合体技! 名付けて、『忍者走法』!」


 自慢げに新島は告げる。


(こいつ……自分の『能力』を理解してねえで、こんな芸当をしたってのか!?)


 新島の反応から剛毅はそう、判断する。

 その恐ろしい戦闘センスに驚愕するとともに、剛毅は戦慄を覚える。

 もし、新島がもっと自身の固有能力を理解したら──


「手前は、恐ろしい奴だ……! 馬鹿で良かったぜ」


 そう言って、剛毅は引き攣り、笑う。


「さあ、こっから挽回出来るか!? やってみろよ!」


 楽しそうに、新島は言う。


「挽回も何も、俺は、無傷だぜ?」


「はぁ?」


 にやりと笑う剛毅を見、新島は怪訝な表情をする。

 突如、炎が剛毅の体を破り、新島目がけて襲う。


「ちっ!」


 新島は棒を振り払い、その強いエネルギーを内包する炎をかき消す。


「こいつは、何だってんだ!?」


「「「幻覚さ。俺の魔法のな」」」


 困惑する新島に、複数の声が同時に語りかける。

 見渡すと、剛毅の分身が所狭しと並ぶ。


「「「『炎影の支配者ミラージュ・ルーラー』。俺のお気に入りの魔法の一つだ。自分と同じ気配を持ち、かつ同じ力を持たせたように『見せかける』。その炎の分身を多数造る便利な魔法さ。馬鹿なお前には打ってつけの魔法だな」」」


「ち、くしょうっ! 卑怯だぞ!」


「「「卑怯もくそもあるか。俺達は殺し合いをしてるんだぜ? それに俺は戦士でも、そして人間社会に律した善良な人間じゃねえ」」」


 へっ、と剛毅は自嘲の笑いをする。


「「「俺は『魔術師』で、人の、この世界の理から外れた『インカネーター』だ」」」


 そう告げた剛毅の声色は、はっきりと芯の通ったものであった。

 声色が内包したものは、決意。

 剛毅の体を突き動かすものであった。


「へえ。だけど、忘れんなよ? 俺もその『インカネーター』なんだぜ?」


 新島は剛毅の表情を見て、とても興味深そうに笑う。


「そして、過去には殺し屋! たくさんの腕自慢を殺してきた!」


 言うより早く、新島は駆ける。

 が、数歩新島が駆けると爆発。


「ぐあっ!?」


 完璧に意を突かれた新島は驚愕の叫び声を上げる。


「「「そしてもう一つのお気に入りの魔法、『不可視の爆心地インジブル・マイン』。目にも気配にも察知されない俺のエネルギーが凝縮された『爆弾』が無数にこの空間に配置されてるぜ?」」」


「またまた卑怯だぞぅ……!」


 苦虫を噛み潰した声で新島が叫ぶ。


「「「そして、これで分かったぜ。手前、あのバリアは意識下で認識しねえと働かねえみたいだな?」」」


「ああ、そうだよ! 俺もインカネーターとしては未熟でなあ! 未だにベヘモスの能力、完璧に使いこなせちゃいねえんだよっ!」


 ムキー、と子供が憤慨した様な表情をし、新島が告げる。


「「「さあ、一気に畳み掛けるぞ!」」」


 剛毅は意気込みの言葉を放ち、その分身たちから大量の赤の魔法陣が発現する。


「ちっ、きしょおおおおおおっ!」


 新島は激しく悔しがり、巨大な棒を地に打ち付け、叫ぶ。


「『重力圧縮グラビティ・コンプレッサー』!」


 新島の叫びと共に、全ての空間が歪み、悲鳴を上げる。


「「「な、なんだとっ!?」」」


 その直後、新島の立っている地面以外の地が陥没。

 捕縛結界のヒビは裂け、黒い空間が点在する。

 地は、無となり存在するのは新島のみとなる。


「あーあ。またやっちまった。加減わかんねえから、これやると大概の奴は消滅しちまうんだよなあ」


 呆気にとられたような表情でため息をつき、新島は呟く。

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