『ビッグフット』

「ち、何だこれは! どっち進めばいいのか分かんねえよ!」


 剛毅が苛立ちで唸る。

 京馬達一同は、鬱蒼と生い茂る木々の中を進んでいた。

 その森林は、草が京馬達の腰辺りまで生えており、木々の先端は空を覆うように無数。

 空は晴天。しかし、その自然が光を奪い、辺りは夕闇のように淡く暗い。


「ケケケッ! 切っても、切っても再生するし、厄介だな!」


 一興を興じるように、不気味に笑い、真田が言う。


「また、標識ですよ……なになに? 『我らの偉大なるオズが治める王国を目指すならば、この標識に従い、歩を進めよ。さすれば、道は開かれん』……また、この文章から始まるのか、くどいなぁ」


 苦笑して、京馬は後に続く文章を読み上げる。


「『道無い道を進め、さらに続く沼の池を横断せよ。そこには試練が待ち受ける』……試練? また、敵が登場するのか」


「次はライオンか。いよいよ、この茶番も終わりだな。シナリオがオズの魔法使いと同じ展開なら、後はオズの王様に会って、西の魔女を倒せば終わりだ」


 ふう、とため息交じりに剛毅が告げる。


「ケケケッ! あくまで、『同じ展開』ならな」


「そう願いたいもんだぜ。全く、お遊びに付き合うのもいい加減飽きた」


 両手を水平に上げ、剛毅が真田の言葉に答える。

 そんな話をしながら、一同が歩を進めると、前方に今までとは異なった景色が見える。


「あ、沼の池が見えましたよ! うわ、随分と大きいな。これは池っていうより、湖じゃないですか?」


 先頭を進む京馬が、前方の茶色の淀みのうねりを指差す。


「それに深そうだ。面倒くせえ。焼き払ってやる」


 剛毅はうんざりした表情を浮かべ、両手に赤い魔法陣を展開させる。


「『炎帝の双剣フランベルジェ・オブ・ペイモン』っ!」


 剛毅は空間から空いた僅かな裂け目から炎を纏う双剣を抜きだす。


「ケケケッ! 力は温存するんじゃなかったのか?」


 その剛毅の背後から、真田は言う。


「うるせえっ! この程度、俺の精神力ならちっぽけな消費量だっ! 『前奏プレリュード』!」


 舞うように双剣をくねらせ、剛毅はその双剣の照準を沼の湖へと向ける。


「『交響曲シンフォニー』!」


 剛毅が叫ぶと同時、炎の波が沼地を呑み込む。

 猛り、全てを呑み込まんとする業火は、抉って掬いとるように沼の池を蒸発させる。


「この威力で、単なる固有武器の一振り……やっぱ剛毅さんはすごいや……!」


「アダムで強さが認められた『肩書き』を持つだけあるな。張り合う相手が桐人さんじゃなけりゃ、俺ももっと称賛出来るんだがな。ケケケッ!」


 京馬が感嘆し、真田が興味深げにその業火を見つめる。


「……さ、全て焼き切ってやったぜ。とっとと進もうぜ」


 剛毅が面倒くさそうに告げ、一同はクレーター状になった沼の池であった土地を進んでゆく。




「何だ? こりゃ、闘技場……か?」


 京馬達一同が沼の池を抜け、草を整備された道を進んでゆくと、ドーム状に拡がる空間へと到達していた。

 その外観はアスファルトと岩壁で囲まれた、建造物。


「向こうに、何かいますよ?」


 京馬が、正面にある大径に空いた入り口と思われる箇所を指差す。


「ありゃ、ライオンだろうな。だが、何で二足歩行?」


「しかも、着ぐるみっぽいぜ。ケケケッ! さっきまでと違って、貧相なナリだな」


 小馬鹿にして、真田は笑う。


「弱そう……でも、注意した方が良いですよね? 案山子、ブリキ人形と段々敵も強くなってきてる。こいつはそれ以上に強い可能性がある。気を引き締めないと」


 京馬が、ガブリエルの矢を発現して構える。


「ようこそだワン。俺はライオン。臆病な心を克服するためにお前たちを倒すんだワン」


 一同が闘技場に入ると、ライオンの着ぐるみを着た大男が話しかける。

 その第一声で、京馬達は顔を見合わせる。


「……おい、お前。ライオンなら、ふつーガオーとか叫ばないか? 何でワン? 犬かっ!」


「あ、そうだった! 俺はライオンだガオー! そういうことだから、お前達をやっつけるガオー!」


 剛毅のツッコミで慌てて大男は口調を変える。

 そんな大男を見て、訝しげに一同は顔をしかめる。


「そんな『なんだこいつ?』みたいな顔は止めるガオー! なんか、こんなことやってる自分が恥ずかしいガオー!」


 赤面して、大男が告げる。


「いいや、恥ずかしいだろ。何やってんだ手前?」


「う、うるさい! とりあえず、夢子の物語に準じなきゃいけないんだからしょうがないだろ! とっとと勝負しろ!」


 そういって、大男は先程までの口調を止め、背負わせた白い布で覆われた棒を掴む。

 それを京馬達に向け、その布の端を引っ張る。

 覆われた棒の形状、姿が露わになる。


「……!?」


 披露された物を見て、剛毅の表情が変化する。


「どうしたんですか、剛毅さん?」


 剛毅の表情の変化とともに、僅かに体が硬直したのを京馬は感じ取った。

 それは、臨戦態勢。

 強敵と感じた時、身構える姿勢。


「成程。こいつは馬鹿に出来そうにないな。面白そうだ、ケケケッ!」


 同時、真田も鎖に繋がれた大剣と鉄球を発現させる。


「そうこなくちゃなあ! 舐めて力を発揮できませんでしたなんて言い訳されたら、俺もやり切れねえからな!」


 背丈の二倍程あるであろう棒を軽々と回転させ、大男は言う。

 が、意気揚々としていた大男は剛毅を見つめると、表情を疑問へと変える。


「手前、黒崎組って知ってるか?」


 剛毅は、その大男に問う。

 その声は震えていた。

 それは、怯えや恐怖ではなかった。

 正逆。その声は憤怒。相手を恐怖に陥れるような念恨を内包する。


「黒崎組。懐かしい。俺が『この力』を手に入れる以前から世話になったとこだ」


 その一言に、剛毅は合点したようにこくりと首を傾ける。


「そうか……! 手前が、『ビッグフット』か!」


 剛毅は手を交差させ、赤い魔法陣をその両の手に発現させる。

 引き出される、炎を纏う装飾が施された煌びやかな双剣。

 しかし、その剣が纏う炎は憤怒を象徴させるかの如く、猛々しい。


「『炎帝の双剣フランベルジェ・オブ・ペイモン』! 『炎の憤怒フレイム・レイジ』! 『爆風の鼓動ブラスト・ビート』!」


 剛毅は魔法名を告げ、自身の身体能力を強化させる。


「一体……!? 剛毅さん、こいつは!?」


「止めな。どうやら、あいつは、剛毅が悪魔に魅入られる原因の一端となった奴らしい。今、お前の声は届かねえよ」


 駆け寄って剛毅に問おうとした京馬を真田は止める。


「原因の一端……?」


 京馬の問いに真田は無言。

 しかし、その表情は恐怖でも感嘆でもあり、興味深そうにも見える。

 額には、汗。唇は笑み、目はその二人を凝視していた。


「へえ……! 懐かしいねえ! 俺の昔の名前を知ってる奴がまだいたなんて!」


「忘れもしねえさ! 俺のたった一人の肉親と、彩乃を殺した野郎どもの組織! お前はその中でも特上の有名人だからなっ! 『ビッグフット』!」


 加速して、両者は激しく激突する。

 大男は、巨大な棒を振り回し、うねるように軌道を描き、剛毅へと打ち付ける。

 一方の剛毅は、双剣の両刃を交差させ、その一撃を捕えて受ける。


「俺はそんな『ビッグフット』なんて名じゃねえ! ちゃんと、新島大吾って名前があるんだ!」


 新島は棒の力を緩め、滑り込むように剛毅の双剣の刃から棒の切っ先を外す。

 しゃがみ込み、新島は無防備となった剛毅の胴体へと棒を振り上げる。


「ぐっ!」


 その一撃を、辛うじて剛毅は反応し、片手の刃で受ける。

 が、衝撃に耐えられず体はよろける。


「ほいよっ!」


 よろけた剛毅の手薄となった受けの部分、その下腹を狙い、横薙ぎに新島は棒を振るう。


「ちっ!」


 剛毅は体を倒し、その横薙ぎの一撃をすれすれで避ける。

 さらに続く連撃を、体を倒した勢いを利用した背転で後方に下がり、空ぶらせる。


「へえ、やるじゃん。『炎帝の魔術師』なんて肩書きがあるから、てっきり格闘戦は苦手だと思ったんだけどな」


 棒を肩にトントンと鳴らし、新島は言う。


「いいや、俺は格闘戦は苦手だ。インカネーターになるまでは自身があったんだがな。ある天才のせいでその自身も打ち砕かれたよ」


 ため息を漏らし、剛毅は告げる。


「そうか、そいつとも戦ってみてえなあー。そいじゃ、そろそろ挨拶も止めて本気で行こうぜ?」


 にやけ、新島は言う。その表情は子供のように純粋な好奇心を持っていた。


「この戦闘狂が!」


 剛毅は、赤い魔法陣を周囲に大量に展開させる。


「そうこなくちゃあ、ねえっ!」


 同時、新島も茶色の魔法陣を展開させる。


「『炎影の支配者ミラージュ・ルーラー』! 『不可視の爆心地インジブル・マイン』! そして、『極限爆砕エクストリーム・エクスプロージョン』、三つ分だ!」


「やばい、京馬! 下がるぞ!」


「うわ、わ!」


 剛毅の声で、真田は危険を察知し、鎖の空間移動で京馬を抱えて遥か後方へと下がる。

 闘技場を埋め尽くし、それでは飽き足らず、その空を強烈な爆炎が拡がる。

 捕縛結界には大量のヒビが発生し、キノコ雲が立ち昇る。


「ケケケケッ! 容赦ないねえっ! 剛毅の奴、本気で殺しにいくつもりだ」


「す、すごい……! あの『極限爆砕エクストリーム・エクスプロージョン』の三つ分の破壊力……! ここまでなんて!」


 真田と京馬は、闘技場から遠く離れた木々の生い茂る林で連続で爆炎が上がる光景を目の当たりにする。

 それは、例えるなら戦場でのミサイルの大掃射の撃ち合い、否、それを軽く凌駕するような大爆炎の連続。その爆発の発生は、止まることを知らない。


「これは……既に敵は粉微塵なんじゃあ?」


「ケケケッ! いいや、あの野郎はそんなやわな敵じゃねえよ。力を隠してただろうが、何となく感覚で分かる。あいつは、インカネーターでも指折りの化け物だ」


 真田は冷静な分析をして語る。

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