合流

 闇夜の町を漆黒が駆ける。

 その背後、数人の人間が迫る。


「全く、無駄死にしたいのか」


 老人はふう、というため息を吐き、呟く。


「いたぞ! こっちだ!」


「殺せ!」


「あのサイモンだ! 全力で一気に畳み掛けろっ!」


 様々な国籍、衣装、そして多種様々な武器を持った者が黒のスーツを身に纏った老人へと襲いかかる。


「踊らせられているというのに、憐れだ」


 振り向き、哀れみの表情をサイモンは浮かばせる。


(このメイザース・プロテクト内では狭過ぎる故に察知がされやすい。下手に、アビスの力での移動をしなければ良かった。こんなに大量の敵を相手にするとはな。『瞬間転送トランス・ポーテーション』さえ使えれば……)


 サイモンはその表情を憂鬱へと変える。

 しかし、光の無い目を覆うサングラスはそのサイモンの表情を隠す。


「俺の、『アイム』の炎をくらえっ!」


 一団の一人、リーダーと思われる男が火炎の大蛇を発現させる。

 その火力は、辺りの建造物を溶かすほどの強力。

 しかも、その溶かした建造物は、『メイザース・プロテクト』によって通常とは段違いの強固さを誇ったものである。

 それを一瞬にして、溶かしてしまうという事実は、その男の実力を示すのには充分であった。

 が、サイモンはその光景、否、光を失ったその体で受ける相手の実力を全く意に介せず、そして右手に持った錫杖を軽く振るう。

 途端、空間はページが破けるように裂かれる。


「何だっ!? 反応が……」


 男は、その両手を掲げ、火炎の大蛇をサイモンに襲いかけようとした。

 だが、その大蛇は微動だにしない。

 その現象に、疑問を持つより同時か、もしくは早くかに自身の体に起きている違和感に気付く。


「あ、ああ! 俺の両腕があぁぁぁぁぁぁっ!」


 男の両腕は、綺麗な断面図が出来上がるように、すっぱりと『なくなっていた』。


「リーダー!? この、化け物があぁぁぁぁぁっ!」


 激情の表情で、その他数人の仲間がサイモンに襲いかかる。

 緑、青、茶色、様々な魔法陣と異形の武器を発現させた『アイム』を宿すインカネーターの仲間達は、変則的に移動しながらサイモンへと向かう。


「そう、動くと、手元が狂う。勘弁してくれ」


 サイモンは嘆息し、錫杖をその一団の動きに合わせる様に動かしてゆく。


「う、ぐあ!」


「きゃあああ!」


「う、ああああああ!」


 一団の断末魔が空間に響く。

 しかし、狙いであるサイモンの両足は硬直。

 その中の一人、右腕から頭部左側にかけて、綺麗にスライスされた過去の人だったものが、サイモンの目の前に倒れ伏せる。

 一寸の間を空き、その切り口から血が噴き出される。


「だから、言ったのだ。私も完璧ではない」


 ……だが、昔の私だったらお前も生かせたであろうな。

 サイモンは、視線を下に落とし、告げる。


「く、くそ! よくもケニーを! 許さない! 『龍公の銀爪ストライク・オブ・ブネ』っ!」


 辛うじて、左手のみを裂かれた女は、生きている右手から細長い銀のかぎ爪を発現させる。

 その瞳からは多量の涙。

 サイモンは、その女の表情と、その伝うものを見て、理解する。

 ……そうか、こいつはお前の愛する人だったのか。


「やああああああぁぁぁぁっ!」


 頭上へと跳ねあがった女は、そのかぎ爪をサイモンの頭部へと照準する。

 が、振るったはずの一撃はサイモンに至らなかった。

 代わりに、女には『振るい終わった』自身の行為だけが認識される。

 その腕を、女は見やる。

 そして、その顔は驚愕に、しかしその表情を激情へと変え、キッと眼を鋭くしてサイモンを睨みつける。


「……どうして、殺さないっ!?」


 女の問いに、サイモンは即答する。


「私は、殺すつもりなんて毛頭ない。その男は他のものと比べ、実力があった。だからこそ私の意表を突き、手元を狂わせた。そして、死んだのだ」


「……! つまり、ケニーは、無駄死にだと言いたいの……!?」


 うろたえ、が、その表情を隠すような激情で女は言う。


「事実だ。貴様は受け入れるがいい。死ぬより辛いことだが、貴様は私の復讐心だけで生き続けろ」


 告げ、サイモンはその場を去ろうとする。


「う、うあ、ああああああああ!」


 途端、女は叫び出す。


「『獣を誘惑する誘引物質クリーチャー・フェロモン』!」


 女が告げると同時だった。

 サイモンの視界に、女が消える。

 建造物を破壊し、サイモンの前に、巨躯の怪物が姿を現す。

 その頭は龍、しかし体は獅子、両腕は鳥、尾は蛇。

 その、口には先ほどの女の足を覗かせている。

 その怪物の登場と呼応として、街影や上空から多数の異形の化け物達がサイモンの前に登場する。


「自身を囮にし、エロージョンドを呼び寄せたか」


 無表情に、サイモンは呟く。

 その呟きより早く、エロージョンド達はサイモンに襲いかかる。


「『空間破壊スペース・ディストラクション』」


 一言、サイモンは言った。


「「「ぎゃああああああああおおおおおおおぉぉぉぉっ!?」」」


 一瞬だった。

 エロージョンド達は、一瞬でその空間から姿を消す。

 そこには、エロージョンドだけでなく、建造物以外の『全てがなくなっていた』。


「馬鹿な事を……!」


 辺りから全てが消え失せた後、ようやくサイモンの表情に変化があった。

 その表情は悲痛。


「やっと見つけた。サイモンさん!」


 背後から、聞き慣れた声がする。

 その人物がそこに現れたのをサイモンは一寸、気が付かなかった。

 ……その姿で私の察知を遅らすか、成長したな。

 サイモンは、先ほどの悲痛を緩め、その声の主へと振り返る。


「やあ、桐人。お前も、京馬君を奪還に来たのか?」


 サイモンは頬を緩ませ、桐人に問う。


「……はい。どうも、サイモンさんが苦戦してそうだったんで」


 そう言う、桐人の表情は笑む。

 しかし、サイモンはその表情の影にある自身への疑惑に気が付いた。

 そして、悟る。

 ああ、桐人は私の真実を知ってしまったんだな、と。


「では、京馬君の下へと行きましょう! 恐らく、ミカエルの行き先もそこのはずです!」


「ああ、そうだな! お前が入れば、百人どころではなく、千人、万人力だっ!」


 サイモンと桐人は共に歩を進める。

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