狂気の案山子

「もう、しばらく歩いたな。一体この道はいつまで続くんだ?」


 辺り一面を平原と草を人工的にむしった細道が延々と続いてゆく。

 それを、京馬は道なりに進んでいた。


「おい、ドリームキャット! 本当に、この『物語』は終わりがあるんだろうな!? まさか、ここで俺が何もしないのを良い事に、ずっと監禁するつもりなのかっ!?」


 延々と続く道に嫌気が刺した京馬は、どこともない上空に叫ぶ。


「いやいや、そんなことはないニャ。むしろそうしたいんだがニャ、夢子様のこの能力も強力であるが故に、ちゃんと『終章』を用意しなければならんニャ。だから、『物語』はちゃんと進むように出来ているし、出来るようにしないとこの世界は構成出来ないのニャ」


「おわっ!?」


 突然の背後の声に京馬は驚き、青白い矢を発現させて振り返る。


「どうもニャ、京馬君。その様子だとあんまり楽しめて無さそうニャね」


「ドリームキャット!? 一体何時からそこにいたんだっ!?」


 その京馬の敵意に、ドリームキャットはにこやかな笑みを見せ、答える。


「私はこの夢子様のドリームランドの語り部ニャ。どこにでもいるし、見方を変えればいないニャ」


「……? どういう意味だ?」


「そのまんまの意味ニャよ?」


「意味が分からないな。もっと分かりやすく言ってくれ」


 その京馬の要求に、ドリームキャットは首を傾げる。


「これ以上の分かりやすい言葉はないニャよ? ……ひょっとして、京馬君は思ったより馬鹿なんかニャ?」


「うるさいっ! ……まあ、そもそも敵の言う事を信じるのが馬鹿馬鹿しい、か。もういい、俺は俺なりの考えた末の行動をとるよ」


 ドリームキャットの茶化しに、京馬は若干不貞腐れながらまた道を進んでゆく。


「もうすぐ、イベントが発生するニャー! 戦闘準備をしていた方が良いニャよー!」


 背後から聞こえるドリームキャットの声は、距離が遠退き、徐々に薄れてゆく。


「イベントって何だよ! 調子狂うなぁ」


 京馬は、今までの戦いとは異なった、この捕縛結界内の状況に困惑していた。

 そして、以前の美樹や氷室の色々な『想い』が入り混じった戦いとは異なったこの空間が戸惑いを与え、京馬の『想い』を力に変える能力で出来た青白い矢も、その影響で若干威力が減衰していることを今の発現で京馬は感じたのであった。


「ん? あれは……何だ? 案山子が、動いている?」


 思慮しながら道を歩く京馬が正面に視線を戻すと、道の地平線の手前で、不規則に踊る案山子を発見する。


「『京馬君が細道を歩いていると、道の向こうで案山子が踊っていました。不思議そうに京馬君はその案山子に近づいていきます』」


「要するに、あいつに近づけばいいのか?」


 京馬はナレーションに従い、その案山子へと近づいてゆく。


「ははっへ、はは、ははへへへへへっ!」


「うわ! 気持ち悪いな、こいつ……」


 京馬は、その案山子の様子を視認できるほど近づき、そして気味悪がる。

 その原因は、案山子が白目を剥き、そして涎を垂らしながら踊り狂っているのを目撃したためだった。


「『京馬君がよく近づき、その案山子を見ると、案山子はうわ言のようにこう繰り返すのでした』」


「う、うぇへ、脳みそ、脳みそ、欲しい、欲しいよぉ!」


 案山子はそんな事を繰り返し叫び、そしてその白目を京馬に標準する。


「あ、あった! 脳みそ、脳みそだっ! お前の、脳みそ、僕に頂戴ぃぃぃぃぃっ!」


「『案山子は、京馬君を見つけると、その脳みそを求め、京馬君に襲いかかります』」


 ナレーションと共に、案山子はその狂気を牙に変え、京馬に襲いかかる。


「ちっ! 『イベント』ってのは、こういうことか!」


 間髪いれず、京馬は発現した五つの矢を案山子に放つ。


「ぐ、ぎゃあっ!」


 案山子に矢は深々と突き刺さり、倒れ込むとその体は緑の粒子を撒き散らし、霧散した。


「なんだ、意外と呆気ないな」


 拍子抜けして発現した弓を霧散させ、京馬は呟く。


「京馬君、油断しては駄目よ! 奴は、西の魔女が生み出した『狂気の案山子』! 他にも無数にいるはず!」


 突然、腕に装着したルビーの腕輪から声が響く。


「その声は……グリンダさん?」


「その腕輪にある私の魔力を介して、声をかけているわ! とにかく、気を抜かないで! 西の魔女が、そんなやわな刺客のみを送るとは思えない!」


 途端、草影に隠れた無数の案山子が姿を現す。その数は数十。


「……これは、ちょっと疲れるかもね」


 京馬が再び、ガブリエルの弓と矢を発現した時だった。


「『炎陣暴風フレイム・サイクロン』!」


 声と共に、京馬を取り囲むように一帯を埋め尽くす炎の渦が巻き起こる。

 断末魔を上げ、次々と案山子達は霧散してゆく。


「ったく、二重結界を施しても、コロコロ、コロコロ場所が変わりやがる。厄介な相手だ」


 京馬の背後にいる男は嘆息して呟く。


「その声は……剛毅さん!?」


 京馬は振り返り、その声の主の名を呼ぶ。


「おう、助けが遅れてごめんな。予想以上にこの捕縛結界の拘束力が強くてな。無理矢理二重結界で塗り替えようとも中々上手くいかなくて、挙句の果てにお前同様にこの捕縛結界に引き込まれちまった」


 気まずそうに頬を掻きながら剛毅が言う。


「それは……どういうことですか?」


 京馬は剛毅の言う言葉が理解できず、問う。


「あー、要するに俺も敵に出し抜かれて、今この場にいるってわけだ。猫のぬいぐるみの語る『物語』を沿って進んだら、お前に行き着いた」


 そう、ぼやきながら剛毅は答えた。


「『西の魔女がルビーの腕輪を奪おうとして召喚した狂気の案山子達は、突如現れたおじさんの魔法によって跡形も無く消し飛んだのでした』」


 ドリームキャットのナレーションが響く。


「だから、誰がおじさんだ! 俺はこうみえても二十二歳だぞっ!?」


 剛毅は顔に青筋を作り、叫ぶ。


「つまり、剛毅さんもこの『物語』に巻き込まれて、『役者』になったってことですね……」


「ああ。この『物語』で俺は、お前と一緒の村に住むお前と仲の良かったおじさんに似た魔道士という設定らしい。さっき、グリンダとかいうおばさんに会ったろ? 俺もお前が旅立った後に会ってな。お前を助けるためにグリンダが俺を雇い、ここに転移呪文で呼びだした……っていう流れになってる」


 はあ……と剛毅はため息を漏らし、告げる。


「最初は、この『物語』に反するように色々と試したんだが、そうしたら一向に先へ進めねえ。それにさっき言った様に、二重結界で無理矢理に俺の捕縛結界に塗り替えようとしたんだが、逆に二重結界で返されちまった。何度も繰り返したが、駄目だ。こいつ、捕縛結界の構築に相当に手練てやがる」


 唇を噛み、剛毅はこの『物語』を展開した敵について告げる。


「そんな……剛毅さんの力を持ってしても、この『物語』には逆らえないなんて……」


 京馬は剛毅の告げた敵の力に戦慄する。

 剛毅は、アダム日本支部でも五本の指に入る屈指の力を持つインカネーターだ。

 剛毅自身には伝えられていないが、日本支部最高責任者であるサイモンにお墨付きをもらっていて、次期最高責任者の候補にも挙げられていると、京馬は桐人から伝えられた。

 その剛毅でさえも破れられない捕縛結界。

 その事実から、京馬達を取り込んだ相手がどれほど強力な相手なのか、京馬は悟ったのである。

 そして、京馬は思う。これは一筋縄ではいかなそうだ、と。


「だが、色々と試してみて分かったことがある。こいつの固有能力は、恐らく捕縛結界内で作用するものだ。言い方を変えれば、この『物語』さえなんとか乗り越えれば、こいつは倒したも同然になる」


「えっ、そうなんですか!?」


 剛毅の告げる言葉に、京馬は驚愕する。

 そして、同時に顔が僅かに緩む。

 それは、その言葉が光明を得るものだったからだ。


「こいつのような奴は捕縛結界特化型のインカネーターと言ってな。あまり見ないレアな奴だが、大抵はその力の比率を捕縛結界に大幅に傾けている。だからこその、この強い拘束力と構築力。だが、逆に他の力は通常のインカネーターよりもかなり劣っているケースがほとんどだ。さらに、この大々的な空間制御。それは、『ルール』による制約で補っているってのが、俺の経験上とこいつの『物語』を分析して分かった」


 剛毅は、自身が分析し、考察した事柄を述べる。


「だから、この『物語』を進み、乗り越えれば、こいつはもう成す術を無くすんだ。……相手の手の平にいるってのは癪だが、気張って行こうぜ!」


 剛毅は親指を立て、微笑む。


「はい! 剛毅さんさえいれば、こんな『物語』、楽に乗り越えられますよ!」


 京馬も親指を立て、答える。




「ぬぅ……さすが、『炎帝の魔術師』。鋭いわね」


 薄暗い部屋に水晶の青白い光が漂う。

 その部屋内で椅子に座り、険しい表情でテーブルに置かれている水晶を見つめる少女が一人。


「がはは、ばれてやんの。夢子、ちょっと遊び過ぎたんじゃねえの?」


「うっさい、馬鹿! このぐらい想定の範囲内よ!」


 横の壁に腕を組み、もたれ掛かる大男の茶化しに、夢子は叫ぶ。


「ホントか? まあ、まずそうになったら俺が『入って』助けてやるよ。……ところで、もう一人いた護衛はいつ登場させんだ? ルールでは取りこんだ奴は全部合流させなきゃなんねんだろ?」


「んなことは分かってるんだよ、新島。まあ、次辺りで登場させないとね。しかし、こいつは気性の荒い奴だね。復活した登場人物を何度も殺して、殺して……死体を見て笑ってる……気持ち悪」


「この『役者』は骨が折れそうだね。ふふ、私を『役者』に使った罰じゃない?」


 新島の上部、天井から触手と共に体を下ろし、一人の少女が言う。

そして、妖艶で艶かしい体と対比する無垢な笑みを浮かばせる。


「お、戻ったか、美樹。とりあえず、もう一回、昨日の夜と同じことしようぜ?」


「違うでしょーが! この筋肉馬鹿! 戻ってきた仲間に対しての第一声がそれか!」


「良いよ、新島」


「良いんかいっ! この淫乱ビッチ!」


 ぜえぜえと息を切らし、夢子は続ける。


「で、どうなの外は?」


「天使の『楽園』が登場した。けど、アダムの『神雷を超越した女帝』が粉微塵にしたよ」


「へえ、じゃあ雑魚天使はある程度消し飛んだね。今の所は、アダムが優勢って感じ?」


「どうだろうね。少なくとも、『御前の七天使』は生きてるのは確実だろうし、ミカエルが手を打っていないのも考えづらいし」


「俺らはいつ動けばいいんだ?」


 美樹と夢子の話を割り、新島が問い掛ける。

 その新島に呆れ声を洩らし、夢子が告げる。


「はあ……やっぱりアンタ、何も聞いてないのね。良い?」


 夢子は子供に説教をするように、答える。


「私達は京馬君を監禁し、ある程度戦況がアダム側に好転したら解放し、離脱。劣勢のミカエルは京馬君を手に入れようと接近するのは確実ね。ここまでは分かるでしょ?」


「うんうん、で?」


「勿論、それを阻止するためにアダムの実力者達はこの場に集うわけ。派手な戦闘が行われる中、私達は戦闘に参加していないインカネーターどもを殺し、手薄になったこの場一体に拡がる捕縛結界の発生装置、『メイザース・プロテクト』を破壊する。結界が解かれ、民間人がその戦闘に巻き込まれ、多くの死人が出る」


「そりゃひでえ」


 新島の一声を無視し、夢子は続ける。


「そして、混乱と疑惑の中、アダムが怪しむのは勿論、私達アウトサイダー。膨れ上がった『悪』へのイメージは、私達に向けられる。それをキザイア様が……」


「そう簡単に上手くいくかな?」


 夢子の説明を遮り、美樹が言う。


「ん? 何よ? この作戦に不満でもあるの?」


「いや、確証は出来ないけど……これは、アダム、アウトサイダー、天使、本当にそれだけの戦いなのかなって」


「どういう事?」


「他にも勢力がいたとしたら?」


「何か心当たりでもあるの?」


「いや、何となく、そう思っただけだよ」


 美樹の一言に呆れ声を漏らし、夢子は言う。


「何よ、何となくって? そんな感覚的なものを言ったってどうしようもないじゃない。……もしかして、新島とヤって馬鹿がうつった?」


「ふふ、そうかもね」


 美樹は微笑する。

 その含んだ笑みに疑問を抱きつつも、夢子は言う。


「ともかく、私達はその一定の期間まで京馬君をこの捕縛結界に監禁しておかなきゃなんないの。それを頭に入れておいて、行動してね。新島」


「んあ? まあ、結局わかんねえけど、了解」


 その新島を嘆息して夢子は見つめる。

 それを不思議そうに見つめ返す新島。


「ふふ」


 その二人の光景を見て、美樹は笑う。

 自然な笑みだな、と美樹は思った。

 自身がこの力を得る前はこんな自然な笑みが出たであろうか。

 仲間内でも、怯え、どことなくぎこちない笑みを返していた過去の日常。

 明らかな偽りの友情。

 この悪魔の力を得て、失うものもたくさんあった。

 が、結果、得られたものはもっと多くのものだったかも知れない。

 だがそれは、自分だけではない。


(京ちゃん、気を付けて。『彼』は異質を感じる。アスモデウスもそれを感じ取ってる。『私達の夢』をもしかしたら、もしかしたら『彼』は壊そうと……)


 美樹は、無数の触手を手足から発現させ、闇に消えた。

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