暗雲立ち込める戦いの始まり

 強風が吹き荒れる。

 眼下には、多数の人々が点のように散りばめられる。または凝縮。

 様々な点在するアトラクションは鮮やかな色彩を彩る。


「ああ、エレンか」


 そして城の頂に立つ綺麗に整った顔の美青年はため息を吐き、告げた。


「その反応を見ると、大体は察しているようね」


 耳に装着した無線機から電磁音のエレンの声が響く。


[バッドニュースであることはね」


 桐人は苦笑して告げる。


「京馬君が、アウトサイダーの捕縛結界に捕らわれたわ。しかし、動きが随分と早いわね。天使の襲撃の後だと思ったのに」


「真田と剛毅は?」


「同様ね」


「剛毅は二重結界を使えるだろ?」


「それもダメみたいね。どうやら、敵は相当な捕縛結界の使い手みたい。……ふふ、京馬君を捕えるのには打ってつけの能力ね。まあ、あの二人が入れば簡単には敵の手に陥ることはないでしょう」


「やれやれ、とうとう仕掛けてきたか。で、今の現状は?」


「サイモンが現場に向かっているわ。でも、敵の方も時間稼ぎで多数のインカネーターとエロージョンドをサイモンに当たらせている。もう少し時間がかかりそうね」


「サイモンさん、か」


 桐人は眉間にしわを寄せ、目をつむる。


「……桐人も感じていたのね」


「ああ。どういう事情か分からないが、『動きが遅すぎる』。まるで、敵の行動を許しているような……」


「その件で、ちょっと気になることがあってね」


 目を見開き、桐人はエレンの言葉に険の表情になる。


「気になること?」


 問う桐人の声が鋭くなる。


「……ええ」


 桐人の声色の変化に、エレンは一寸戸惑い、告げる。


「私が、あの黒づくめのローブの奴の事を話したら、サイモンはまるで怯えるように、顔を強張らせていたわ。気付かないように必死に取り繕っていたつもりだろうけど……長い事一緒にいたからね。分かるのよ」


「そうか……」


 エレンの言葉に、桐人は核心にも似た頷きの返事をする。


(『C』の時もそうだった。サイモンさんはやっぱり……)


 桐人は、唇を噛む。


「──桐人。あなたは何を知っているの? たまに不安になるのよ。サイモンが何か重要な事を隠しているんじゃないかって」


 エレンの訴えにも似た問いに、桐人は躊躇いながらも重い口を開ける。


「まだ、確証ではないが……もしかしたら、サイモンさんは近いうちに敵になるかも知れない」


「なんですって!?」


 桐人の言葉に、エレンは動揺する。


「何で、そんな重要な事を隠していたのよっ!?」


「それは……」


 エレンの訴えに、桐人は言葉を連ねることを躊躇する。


「済まない。お前が悲しむかもしれないと思って……」


「そんな事、みんなの命が関わっているのに……!」


「じゃあ、俺を、お前の祖母を、サイモンさんが殺しかけていたとしてもか?」


「……!」


 無線機から聞こえるエレンの声は、沈黙となる。


「俺も、最近までは分からなかった。が、あの静子と出逢ってから、俺がリチャードであった時の記憶がより鮮明に見えるようになった。……そこに映っていたんだ。子供の頃のサイモンさんが、血だらけのサラさんを抱えて薄ら笑みを浮かべて、俺に立ちはだかっていたのが」


「……嘘よ」


 突然の桐人の告白に、エレンはさらに動揺した。


「俺も、嘘だと思いたかった」


「嘘よ! 嘘だわっ! じゃあ、何でサイモンは私達一家のために命を張ってまで尽力したのよっ!? 知っているでしょう!? サイモンは、私達のためにアダムの総統という称号まで捨てた! 『C』の時だってそう、命を投げ売る覚悟であの正体不明のインカネーターを……!」


「それが、サイモンさんの罪滅ぼしだとしたら!?」


 桐人はエレンの抗議を遮り、言葉を放つ。


「……サイモンさんは自身の犯した罪に、贖罪を求めていたとしたら?」


 桐人は言葉を続ける。


「俺も分からない。だが、サイモンさんは私利私欲でそんな事をするような人ではないことは分かっている。理由があるんだ。それを恐らく、アウトサイダー側は知っている。そして、それをネタにサイモンさんを脅している可能性がある」


「じゃあ、私が……!」


「駄目だ。お前は今回の作戦の重要なキーとなる。その持ち場を離れるな。……俺が確認しに行く」


「あんただって、天使の察知っていう重要な役割を担当しているでしょう!? 『ルシファー』であるあんた以外に代わりはいないはずっ!」


「その役目は、もう終わりそうだからさ」


「え……?」


「天使はもうすぐそこまで来ている。早速仕事だな、エレン」


「く……! こんなタイミングで……!」


「サイモンさんの事は大丈夫だ。俺が何とか説得してみる。お前は、マッシヴ・エレクトロニックを発現して待機していろ」


「了解。失敗したら、一生口聞いてやんないからね?」


「ああ。任せておけ」


 ブツッ! という電子音を響かせ、無線機は沈黙する。


「さて、色々と厄介な事になったな」


 桐人は、上空にため息を吐き、思慮する。


(サイモンさんを脅かしているものが俺の予想通りなら……)


「まあ、分かっていたさ。俺がルシファーであった時に出会った『デモゴルゴン』。奴を見た時から、アビスの中でも『神の木』に影響を与えるような化け物が潜んでいることぐらい」


 決意の表情を固め、桐人は舞う風と共に、シルフィード・ラインを発現させる。


「それでも、それでも俺は自身の『願い』を成就してやる。俺は、こんな下らない世界。いいや、アビスを中心とする全時空の世界を統治してやる。そのためには、『神の木から生まれ出でる実』如き、叩きつぶし、蹂躙させてやる」


 決意の言葉を呟き、桐人は風と共に消えた。




 中世の建物とは対比するような現代を通り越して、未来的な造形の巨大な機械が立ち並ぶ。

 しかし、通行人はそこにあるのが当然の様な、全く気にしない素振りで通過していく。

 そんな浮かれてはしゃいでいる通行人とはまた対比した焦燥に駆られた数人の白衣を着たアダムの構成員達。


「桐人さんから、南上空に『楽園』が現れたと連絡を受けたっ! 君達、魔法鉱石の準備をっ!」


 それを指揮しているのは、茶色で短髪の少年、銀二だ。


「「「「了解っ!」」」」」


 銀二が告げる言葉と共に、白衣を着た構成員達は手元の魔法鉱石を機械の大径の穴へと注ぎ込む。


「さあ! その真価を見せてくれよ! 『メイザース・プロテクト』、発動!」


 銀二は、3Dホログラムのキーボードを叩き、勢いよくエンターキーを押す。

 その刹那、大気圏をも包み込むような巨大な緑の格子が発現する。

 それは、一寸すると消え、辺りを静寂が包む。

 そして、先ほどまでいた通行人は消え、いるのはアダムの構成員達のみとなる。


「どうやら、あの空に浮かんでいる白い建物が残っているということは成功したみたいね」


 カツカツと靴が地面を打つ音を鳴らし、一人の美女が銀二の前に歩み寄る。


「大の大の大成功ですよっ! エレンさん、では早速あのクソ活け好かない天使どもに一発お見舞いしてやって下さいっ!」


「……また、ぶっ壊れないでしょうね?」


「あれは、超劣化版って言ったじゃないですかー! 大丈夫、『黄金の夜明け団』の『統括局長』、メイザース様が自ら太鼓判を押した結界です!」


「あいつの太鼓判押しって、それが一番信用ならないんだけど? ……まあ、いいわ。『充電』も終わったことだし、開幕の一撃をお見舞いしてやるわ」


 エレンはマッシヴ・エレクトロニックを上空に向ける。


「さあ、何匹残るんでしょうね?」


 ふう、とため息をつき、エレンは険の表情となる。


「吹っ飛べっ! クソ天使っ!!!」


 気合いの一言を告げ、エレンの右手から極太の閃光が解き放たれる。

 それは、空間全体を呑み込むように肥大化し、空を埋め尽くす。


「く、ああああああっ!」


 その衝撃に、エレンは耐えきれず叫ぶ。

 銀二を始め、構成員達は地面に身を屈め、衝撃に耐える。

 空と大地が怯えたような大きな震動をし、世界を光が包む。


「私達の『枷』よ! 粉微塵に消えなさいっ!」


 エレンが叫び、光は一層輝きを増し、放出される。

そしてその閃光は止むと、辺りを再び静寂が包む。

 しかし、空の上部には変化があった。


「すごい……! あの天使の居城が跡形も無く……!」


 体を起こし、銀二が呟く。


「もしかして、今ので一網打尽出来たんじゃないですかっ!?」


「いいや、こんなもんで一掃出来たら、アダムはとっくに天使を滅ぼしているわよ」


 銀二の問いに、エレンは首を横に振って答えた。


「まあ、良くて5割、少なくとも3割の雑魚は一掃出来たでしょうね。『御前の七天使』は間違いなく無事でしょうけど」


「今ので、3割……? 天使ってのは、そんなに頑強な体を持っているんですか?」


「違う、私のあの一撃に拮抗した一撃を放ち、一時的に時間を作ってあの城から力あるものは抜け出したのよ。……でもあの惨状を見ると、『その程度』の力しかないみたい。順調ね」


 不安を顔に出した銀二に対し、エレンは微笑む。


「安心なさい? 私は、ここの防衛と敵をまとめて一掃する固定砲台を任されている。あんた達の無事は保障するわ。だから、私のマッシヴ・エレクトロニックの調整とメイザース・プロテクトの管理に集中して」


「エレンさんが付いていれば、『御前の七天使』が来ても安心ですね! 承知しました! 僕達、裏方は戦いが出来ない分の仕事をしてますよー!」


 エレンの言葉に、一息安堵し、銀二は構成員達に再び指示を送っていく。


「『御前の七天使』だけ、ならね」


 エレンは薄暗い空を見つめ、呟いた。

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