決戦の日へ

「いやはや、まさかお前が桐人さんに勝っちまうとはな。俺も観戦したかったぜ。ケケケッ!」


「でも、桐人さんはなんだかんだで本気じゃなかったです。桐人さんが本気と言ったのは、俺に力を引き出させるための口実しかなかった。戦いの中でも不思議とわかったんです。桐人さんが手を抜いていたのが。それにあの『ソロモンの指輪』は全く使っていませんでしたし」


 アダム地下基地のロビー、そこの奥にあるテーブルに学生服の少年と、この季節では普通お目にかかれないような厚手のコートを羽織った白髪の青年が座る。


「それでも、桐人さんの『過負荷駆動オーヴァードライヴ』で放った『風魔大葬撃ディストラクション・ブロー・スレイヤー』を打ち破ったのはすげえぜ。俺なんかじゃ、放たれた瞬間に粉微塵さ。ケケケケッ!」


 真田は苦笑交じりに、その特徴的な笑いをする。


「でも、俺は真田さんの様に相手の動きを読んで戦ったりすることは出来ないし、そもそもの精神力もかなり劣ってます。もし俺が真田さんと戦ったら、負けるでしょうね」


「お、お世辞か。お前はもっと高飛車な奴だと思ってたんだがな」


「いえいえ、本気で思ってますよ」


 京馬は苦笑して答える。

 実際、真田と戦闘したら、京馬の『過負荷駆動オーヴァードライヴ』が発動する前に倒されてしまうだろう。

 仮に発動したとしても真田の化身であるグラシャラボラスの固有能力である『減衰』の力による空間湾曲で『解放された想いの奔流の一撃リべレーション・ラピッド・ストリーム』は空振りで終わり、そこで精神力が尽きた京馬は敗北が決定する。

 それは、京馬が真田とトレーニングルームで一戦交えた時に理解していたことだった。

 そして、そこに感じたのは、それだけではなかった。


「……実は真田さんって、最初はもっと怖い人と思ってました。でも、色々と話してわかりましたよ。本当は良い人なんですね」


 途端、真田はその白い肌を紅潮させる。


「ば、馬鹿野郎っ! 俺は惨殺死体を見るのが趣味な、殺しの前歴もある人間だぞ!?」


「最初は、あんな惨殺死体を見てニヤニヤしてる怖い人のイメージが定着していましたけど、模擬戦してた時、こっちを労わって戦ってくれてたのが分かったし、戦い中でも色々と細かく指導してくれたじゃないですか。そんな人がただの殺人者なんて到底思えないです」


 焦っていつもの不気味な笑いを忘れた真田に京馬は笑って言う。


「まあ、昔は警官やってて、後輩の指導もしてたしな。その名残だ」


 真田は少し、不貞腐れた態度を取りながらも、まんざらでは無さそうな表情で言う。


「全く、お前みたいに俺の事を言う奴は初めてだぜ。普通なら、あの壁にいる女みたいに俺を遠ざけるのにな。ケケケッ!」


 真田が京馬の背後に目を向ける。

 そこに京馬が振り向き、見やると、そそくさと壁の窪みに隠れる咲月の姿が。


「何で京馬君は真田さんとあんな仲良くなったんだろう……昨日はバイクに乗っけてもらったって言ってたし……はっ! まさか!」


 壁の影に隠れていた咲月は、険の表情になり、思慮する。


「まさか、京馬君も嗜虐性に目覚めたということ……!? じゃあ、もし京馬君と私が付き合う事になってあんなことやこんなことしたりした時には、さらにそんなことやこんなことになったり……」


 途端、咲月は紅潮し、顔を横にぶんぶん振り回す。


「い、いや、何考えてるの私っ! 私が京馬君とそんな関係になるなんてことないし、そもそも京馬君は美樹ちゃんが好きになわけでそれで戦ってるわけだしっ!」


 はあ……と、咲月は呟く。


「また、そんな勝算の無い恋をしてるの、私?」


 物憂げに天井を見つめ、そして咲月は落胆する。


「しかし、明日はお前の戦いの目的であるあの少女とディスティニーランドに行くそうだが、気をつけろよ? いくら休戦協定を結んだと言っても、あのアウトサイダーって組織の連中は過去にも一般人を巻き込んで俺らアダムの幹部を殺したり、色々と凄惨なことをやってるしな」


 真田は京馬の瞳に向け、忠告する。


「はい、俺も気を緩まずにします。ガブリエルも言っていたんです。『来るなら』、明日だって」


 その真田に険の表情で京馬は告げる。


「ケケケッ! 良い目をする様になったじゃねえか。最初に俺にビビってた頃とは大違いだ。……だが、お前もまだ高校生だ。それに、明日は俺らアダムで出来うる限りの精鋭達がお前の護衛のために全員集合する。楽しむ事も忘れんなよ」


「ありがとうございます、真田さん。では、こんな時間なんで帰らせて頂きます」


「ああ、じゃあな。今回の戦いが終わったらまたツーリングをしようぜ。前に教えたとこよりも、もっと良い景色を見せてやるよ」


 京馬は席を立ち、お辞儀をする。

 真田は手を振り、笑う。

 それは、いつもの笑いとは異なった穏和な笑みであった。

 京馬は、その笑みに会釈し、扉へと向かう。

 まって、と壁の影から出てきた咲月がその後を追うように京馬についていった。




「うっっっっはー! 夢の国だー! ディスティニーラーンードー!」


「はは……」


 テンションが高まり、大声で叫ぶ咲月の傍ら、京馬は苦笑する。


「……ホント、咲月ちゃんはディスティニーランド好きなのね」


 さらに、京馬の隣にいた美樹も苦笑し、呟く。


「お、あそこにミニフィーいるぞっ! 一緒に写真撮りに行こうぜっ!?」


「行く行くー!」


 賢司が駆け出し、それに咲月が付いてゆく。


「はい、次は賢司くんが撮って! これ、私のカメラ!」


「おう!」


 そして、一人づつカメラを取り出し、互いに写真を撮りあう。


(あんなにはしゃいじゃって……咲月は今日が人類の命運を握る戦いになるかも知れないって、本当に覚えてるのか?)


 京馬は眉間にしわを寄せ、苦慮する。

 辺り一面をメルヘンチックで、中世を彷彿とさせる造形物が取り囲む。

 そして、可愛らしいぬいぐるみを着た人が観客に手を振る。

 まるで、ここだけ自分達のいる世界とは別世界だな、と京馬は思う。


(まあ、それ以上に自分の踏み行っている世界の方が余程別世界なんだけどな)


 そう、心の中で呟き、京馬は空を見やる。


「本当に、今日なのか?」


 この情景を見ると、とても自身が予知夢で見た光景が起こるなどとは思えない。

 が、起こり得ないことが起こっている今の日常を回想すると、逆に起こり得ないなんてことはない、という思考に行き着く。


「どうしたの、京ちゃん? ……ディスティニーランド、つまらない?」


 そんな京馬の腕を掴み、美樹は寄り添う。

 少し、不安そうに京馬を見上げ、美樹は京馬の瞳を見つめる。


「美樹……」


 が、京馬はいつもの焦りは感じなかった。

 ただ……


(お前は、今度は何を企んでるんだ? こんなに近くなのに、こんなに共にいるのに……)


 本当なら、こんな悪魔のいない世界なら、美樹と二人きりでもっと恋人のように寄り添いあいたい。

 ぎゅっと、京馬は美樹の手を取り、握る。

 それは、自然に行われた事だった。

 自分でもわからなかった。

 ただ、自然と美樹の手を取っていた。


「え……? きょ、京ちゃん?」


 その行為に、思わず美樹の顔は紅潮し、戸惑う。


「お前が、何を考えてるかわからない。だけど、今日だけは、今日だけはこうしていたい」


 京馬は、美樹の顔を見ずに、言う。


「うん……」


 美樹は、京馬が自身を見ていないのに関わらず、照れた顔を隠すように、下を向く。


「あっ!? ちょ、ちょっと美樹ちゃん、誘惑禁止だっていったでしょ!?」


 その京馬と美樹を見て、咲月は狼狽にも似た焦りの声を発する。


「京ちゃんが自分で手を握ってくれたの! 私も、『それ以上はしない』! だから、邪魔しないで……!」


「そ、それなら良いけど……」


 美樹の懇願の声に、思わず咲月は言葉を失う。


「まあまあ、良いじゃねえか。さ、じゃあ俺達も手を繋いで、恋人気分でラブラブしようぜ? 何なら、俺は『それ以上』までやって構わねえ」


「うっさい! 前にも言ったけど、賢司君にその気はないからねっ!」


 げしっ! と咲月は賢司にローキックを浴びせる。


「ふぐっ! ちょ、冗談だって! いきなりローキックかますとか、ひどくない?」


 賢司の抗議の声を全く耳に入れず、咲月は物憂げな表情となり、思慮する。


(何で……? 何で私、こんなにイライラしてるの? やっぱり私、京馬君のことを……)


「……嫌な女だね、私」


 そう、咲月は呟いた。


「いやいや、そこまでは思っていねえぜ? ただ、もうちょっと冗談には寛容にな……って、ちょっと待って咲月ちゃん!?」


 そんな賢司を置いて咲月は一人、石畳の道を進む。




「あらあら、美樹ったら、あんなにイチャイチャしちゃって」


「がははは! でも、あいつの『そういうの』はいつものことだろ?」


「同じ女だからわかるんだよ。あれは、本気に恋してるって感じ」


 そんな京馬達を遠めで見るディスティニーランドのグッズ一式を着こんだ少女と対比するような不格好な白いTシャツを着た大男が話す。


「そうなんか? 俺はあんな風に急に迫られたから、こんな真昼間じゃいえないことしちまったけど?」


「あんたはただの戦闘馬鹿だから余計にわからないんだろうねぇ。あーあ、この夢子ちゃんにも、あんなに本気になれる相手が出来るのかしら?」


 嘆息する夢子を不思議そうに大男は覗き込む。


「俺じゃダメか?」


「新島は論外。見た目ゴツいし、デリカシーないし、常識ないし、頭弱いし」


「ひでえ」


 しゃがみ込み、落ち込む新島を無視し、夢子は不機嫌そうに再度、京馬達を監視する。


「さて、人間に慈悲を与えて下る神様に与する反吐が出そうな天使様は何時行動を起こすのかねぇ? 今日出なかったら、折角の休日がこんなつまらない仕事だけで終わっちゃう」


「つまらないって……お前あいつら来るまでめっちゃ楽しんでたじゃん。そんなにグッズ買い漁って……」


「悪かったわね! 私はメルヘンな世界が大好きなんだよ! つまらないこの壊れた世界とは隔絶されたこの夢の国! 素晴らしいじゃないの!」


「ああ、だからお前、あんな能力なのか。なんか納得した」


 ポン、手を叩き納得する新島を無視し、夢子は呟く。


「さあ、頃合いになったら私の『オセ』の実力を思う存分みせつけてやるんだから……」


 口を吊り上げ、ニヤリと夢子は微笑した。

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