罪と叶えられぬ贖罪
「どういうことだ、アルバート? エレンから聞いたぞ。独断でアウトサイダー本部に攻め入ったと」
「はっはっは! 悪いね、サイモン。運良く、あの怪しい組織の中枢を見つけてしまってね。少し、様子見がてら挨拶をしたまでだよ」
深夜の路地裏、蛍光灯に照らされ、二人の男を照らす。
派手で煌びやかなネックレス、時計、腕輪。そして、高価な灰色のスーツを着たアルバートは、険の表情で問うサイモンに対し、にこやかに答える。
「組織の体勢上、シモーヌに報告すべきではないか? シモーヌは、今回の件は一切報告を受けていないと怒っていたぞ?」
「おお、そいつは怖いねえ。シモーヌが切れたら、サイモン以外に止められる者はこのアダムではいないだろうからね」
冗談を言うように、アルバートはいつもの高笑いをする。
「……アルバート。お前は何を企んでいる?」
そのアルバートに、サイモンは鋭さを込めた口調で問う。
「企んでいるなんて人聞きの悪い。私は、このアダムのためを思ってだね──」
ガコオォンッ!
アルバートの抗議の声をかき消すようにサイモンは手を翳す。
その手が標準を合わせられた壁は、不自然な窪みを作り、『消滅』した。
「正直に言うんだな。私の『破壊』の力を知っているだろう? 精神力無視の破壊だ。いくら貴様が手を打とうと、この破壊に成す術はないはずだ」
「今日の君は怖いね? どうしたんだい? 娘のように可愛がっているエレン嬢がまた問題でも起こしたのかい?」
「まだ、しらばくれる気か? お前と私は付き合いが長い。そのオーバーな笑いはそれを隠している時だ。そんなことはとうの昔から知っている」
サングラスに蛍光灯の光が差し込む。
光が見えないはずのサイモンの目は、しかしアルバートを憤怒の眼で見つめているようだった。
「やれやれ、昔から思っていたが……本当に、本当に君が一番厄介な相手だよ。最強に近い力を持ち、その上頭も切れる」
嘆息して、そしてアルバートは両手を水平に上げる。
が、口を吊り上げ、アルバートは告げる。
「でも、どんな人間にも弱点はある。まあ、君がただの『人間』だったらの話だがね」
「貴様……何が言いたい?」
サイモンは怒りを露わに問う。
しかし、その頬には水滴がつらりと垂れる。
「いやぁ、何時の時代も情報が最大の武器だってね。……私は、知ってしまったんだよ。君がその力を手に入れた経緯。そしてさらに、第二次世界大戦中に起きた、『英雄』の失踪の真実」
アルバートの言葉に、サイモンの頬に伝う水滴は体積を増してゆく。
その口は震え、その表情は強張る。
「まずは、後者の方から報告しようか? いやはや、私も驚いたよ。あの精鋭達のいる班を皆殺しにしたのが、まさかあの『英雄』に最ももてはやされてた子供だったなんて」
にやり、とアルバートは笑う。
「で、どうだったけかな? 最後は、その『英雄』の恋人であるサラを人質に、『英雄』を殺そうとして、失敗して、何食わぬ顔をして、そしてその子供を我が子のようにたっぷり愛情を与えて育てていたんだっけ?」
「や、止めろ……!」
アルバートが言葉を発する度、サイモンの顔は徐々に引き攣ってゆく。
「その後、その子が子を生んで……そして──」
「止めろと、止めろと言っているのだあぁぁぁぁぁぁっ!」
サイモンが叫びを上げ、手に錫杖を発現し、振るう。
それを、予期していたかのように、アルバートは茶色の魔法陣を発現させ、辺りを紫の粘性物、そして機械が取り囲む捕縛結界を展開させる。
だが、サイモンの強烈な一撃は、その捕縛結界の大部分をパンッ!と消滅させる。
「おお、危ない危ない。普通の捕縛結界だったら、術者ごと消滅させられていたね。さすが、『伏魔殿』だ」
声がサイモンの頭上に響く。
同時、結界は寄り集まるように、機械の可変の音を響かせ、元の状態へと戻ってゆく。
「はっはっは! 怖いねぇ! あの温厚なサイモンが、ここまで逆上するようなものなんてねえ! ……まあ、無理も無いか」
「どこだっ! アルバートっ! 殺してやる、今、即刻に!」
怒りと焦りで我を忘れたサイモンは、錫杖を空間に何度も叩きつける。
が、アルバートの捕縛結界は、破壊と再生を繰り返す。
「はっはっはっ! 私の『伏魔殿』は、『自立型自己可変自己修復』結界だっ! 私の精神力を消費せずに、自己的に修復を行う! さすがは、アビスの中でも一、二を争う鉄壁の要塞っ!」
はぁはぁ、サイモンは息を切らし、そして頭上のアルバートの声に告げる。
「……貴様は、それを知ってどうしたい? 私を、脅す気かっ!」
「まあ、そうなるだろうねぇ。だけど、私の要求はとてもシンプルなものだ。ただ君に、私の行動の邪魔をしてもらいたくない。これだけだ」
「残念だが、その要求は呑む事は出来ない。組織を、桐人やエレンに害を及ぼす行動を見過ごす事は出来ないっ!」
「じゃあ、その二人に、君の行ったことを言ってしまってもいいのだね?」
「それもさせん。それは……私が時期が来た時に告げる。それまでは、彼らと共に、リチャードさんの血が流れた子と、その生まれ変わりと、共にいたいのだ……!」
サイモンの切実の声に、アルバートは呆れのため息を吐く。
「君は大人の中の大人だと思っていたが……存外、思った以上に中身は子供のままだね」
頭上から聞こえるアルバートの声にサイモンは首を下に振り、そして告げる。
「ああ、そうだ。私は子供だ。駄々をこねて、甘える。そして、怯える」
「開き直りかい? 全く、いつもの君のとは大違いだ。私からしてみれば、そんなに知られたくないことではないがね」
「そうだな。今こうやって、裏切り、策謀を笑いながら練る貴様には分からんだろう」
「それが分からなかったんだ」
思い出したように、アルバートは告げる。
「そう、君の様な情に厚い男が何故、そんな暴挙に走ったのか。今の事実を知った後で、ずっと疑問に思っていたんだ。だがそれは、前者の君がその力を手に入れた経緯を知ることで、納得をした」
アルバートは愉快な声で告げる。
「君は、その力を得るために、アビスで『契約』をしたんだってね?」
「……ああ」
アルバートの言葉にサイモンは唇を噛む。
「シヴァという絶対的な破壊神は、普通、人間では御しきれるものではない。運良くシヴァのインカネーターに成れたものは君以外にも歴史上ごまんといたよ。しかし、それらインカネーターは『シヴァ』という破壊神の力が強烈過ぎて、限定的にしかその力を発揮出来なかった」
アルバートは語るたびにその語気を強めてゆく。
「だが、君は違った! 歴史上でも、最もシヴァを行使し、そして完全に近い形でその力を振るう事が出来た! でも、それは、人である以上超えられない壁のはずなんだ!」
アルバートは高笑いを伏魔殿中に響かせる。
「そう、君は、アビスの住民と契約し、その魂を売った! それも、シヴァほどの力だ。そんじょそこらのアビスの住民では御しきれる事は出来ない。だから、君は……」
「そうだ。私は、『他の世界を創造した神』と契約を『したつもりだった』」
気分良く語るアルバートの言葉を遮り、サイモンは告げる。
「あの時の私は、その事実を知らず、快く承諾した。いや、盲目だったというべきが正しいか。とにかく、力が欲しかった。リチャードさんと肩を並べる程の力を。必死だったんだ」
「だが、それはパンドラの箱だった。君が契約した、その神は……」
「『這い寄る混沌』」
サイモンは言う。
「私は契約し、『奴の化身』になった。あの時は、気付きもしなかったよ。自分に語り、嘲り、そして誘う。悪魔の中の悪魔と思っていたものが、神の木に纏う蔓だったなんてね」
サイモンはそう言って、サングラスを取り外す。
「私も奴に、神の木のようにこの目を盲目にされた。毎夜見せる奴の破滅。あの時は気が狂いそうだった……!」
「はっはっは! だが、君はあの任務中に遂にそれに屈した。破滅の誘惑にね!」
「だからこそ、私は贖罪しなければならない! 自分が犯した罪をっ!」
「それが、パーソンズ家の援助、桐人の捜索かい?」
「いいや、それだけではない!」
サイモンは叫ぶ。
「私は、今回の任務に自分の命を全て捧げるつもりだっ! リチャードさんの生まれ変わりである桐人と、その孫であるエレンの悲願のために!」
「だから、それを妨害する私の要求を呑めないと?」
「その通りだ……! 貴様に、アダムのSSランクと言うものが、どれほどのものか見せてやろう……!」
途端、サイモンにどす黒い闘氣が纏わりつく。
「恐ろしい……! やはり、君は人の枠を完全に超えているよ……!」
頭上のアルバートの声は、その圧倒的な威圧を前に震える。
「貴様の存在を『魂ごと消し去って』やる!」
サイモンが錫杖を振り上げようとした瞬間だった。
「やれやれ、アルバート。おふざけが過ぎるよ。破壊の力を舐めちゃいけない。まともに食らったら、お前はこの世界の理から外れることになるよ?」
途端、黒いローブに身を包んだ老婆がサイモンの目の前に現れる。
「誰だ、貴様はっ!? まとめて消滅するがいいっ!」
だが、激昂するサイモンはその老婆ごと、究極とも言えるその一撃をお見舞いしようとする。
「『いい加減にするんだ、サイモン。僕の力をそんなにさも自分の力のように自慢げに披露するなよ』」
「は、あ、ああ……」
その老婆から発せられる少年の声に、サイモンは言葉を閉ざす。
手が震え、凝縮した氣は徐々に霧散してゆく。
「お、お前は……!」
その声を聞いたサイモンの表情は恐怖に引き攣る。
「『所詮は君も僕の化身の一人だ。身の程をわきまえろ』」
続く言葉に、サイモンは膝を地に着ける。
その眼前には、老婆の代わりに、とてもこの世に存在するとは思えない、形容しがたい化け物が立つ。
「はぁはぁ、や、止めろ。止めてくれ。私を、奪わないでくれ……」
過呼吸になり、目に涙を流し、その化け物に懇願するサイモン。
「『だったら、この男の要求に承諾するんだ──最も、そうしない方がこっちとしては有難いことなんだけどね?』」
「わかった。わかったから、私を解放しろ……!」
サイモンの口調は命令。しかし、その声色は懇願だった。
「『良い子だ、サイモン。しかし、ここまで長い間僕に体を預けない君の精神力は、人として驚嘆に値するよ。おかげで、僕のシナリオは大幅に狂った。ここまで、僕を苦戦させたのは君が初めてだ。明けの明星……奴は本当に運のいい奴だ』」
舌打ちをして、化け物は呟く。
そして、徐々にその体を闇に包み、姿を消す。
「さあ、そういうわけだ。今回は、君は大人しくしてもらうよ? まあ、今回が最初で最後かもしれないけどね?」
「……図ったな、アルバート!」
サイモンは地面に顔を下げ、歯ぎしりする。
「いいや、これは偶然だよ? 私も驚いた。アウトサイダーは、存外アダムが思っていたより、厄介な相手だったようだね」
「それは、どういう意味だ?」
「この世界には、『君のような存在』が他にも存在しているということさ。……本当に、恐ろしいよ」
はっはっは! アルバートは大声で笑い、その捕縛結界は消えてゆく。
「くそ……! どうしてだっ! どうしてなんだっ!? 何故、世界は私の邪魔ばかりするっ! 死に場所でさえもっ!」
サイモンは、コンクリートの地面に拳を打ちつける。
皮膚が裂け、血が地面に滲む。
だが、そこからは虚しく衝突音が響くだけだった。
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