襲撃

 紫の腐臭漂う粘性の物質。

 それが硬質の機械に纏わりついている。

 辺り一面の壁面のその情景は、さながらこの世のものとは言えない異質を感じさせる。


「こんな捕縛結界、初めて体験したっ! 一体何なの!? まるで『生きて』いるみたい!」


 白銀の鎧を来たブロンド髪の女性が、うねる機械と粘性の物質の複合物を槍の切っ先で払い、そして柄を使い吹き飛ばす。

 勢いよく叩きつけられた無機質な怪物は、地面に落ちると同時、染み込むように地面へと吸い込まれてゆく。


「私の造り出した『兵士』と拮抗するほどの力もある! これが、単一の捕縛結界の力だと言うの!?」


「アダムのアメリカ支部長であるアルバートの捕縛結界……! 噂以上の代物だねっ!」


 錯乱に近い叫びを上げるブロンド髪の女性に対し、冷静に自身の体の節々から伸びる触手を振るい、黒髪をたなびかせながら、少女が呟く。


「いきなり内の組織に堂々と入ったあげく、にこやかに笑ってこんな常識外れな捕縛結界を展開してきて……何なのあのおっさん! 美樹ちゃん、絶対にここを抜け出して、一泡吹かせてやろう!」


「そうだね、ミシュリーヌ! アダムの奴にこんな好き勝手やられるわけにはいかない!」


 ミシュリーヌと美樹は互いに背を向け、縦横無尽に迫る怪物達を次々に霧散させてゆく。

 が、途端に怪物達は畏縮するように後ずさる。


「あらあら、アルバート社長の事を悪く言うのやめて下さる? やること容赦ない、欲しいものは何でも欲しがる貪欲な野心家ですけども、そこに惚れる女もいるのですよ?」


 流動性の怪物どもの攻撃が静まり、粘性の壁がパクリと開く。

 そして、その空白の楕円を埋める艶かしいシルエットが一つ。


「へえ、それは、趣味が悪いねっ!」


 口元に笑みを作り、ミシュリーヌは数十もの白銀の鎧を着た兵士を出現させ、その女に突撃させる。


「話はちゃんと最後まで聞いて下さらない?」


 そう言って、女は手に黒と赤のまだら模様を彩どった鞭を発現し、横薙ぎに払う。

 快音と共に、兵士達の胴体は瞬時に真っ二つとなる。

 しかし、その内部は空洞だ。

 胴下半分を失った鎧はそれでも目的のためにカタカタとのたうちまわる。


「なっ……! 私の『絶対忠義の兵士パトリオット・ソルジャーズ』を一瞬で……!?」


「ふうん、一体一体にバランスよく力配分を均等しているのね? 精度がいる分、精神力もそこそこないと出来ない芸当だわ。……アダムのランクで言えば、あなたはCランクに該当する力の持ち主ね」


 何もなかったように、その女性は語る。

 そして、歩を進め、その姿が露わになる。

 肌触りのよさそうな黒いスーツを身に纏い、その首には金色のネックレス。

 そして、横に流した黒髪はしとやかで、この穢れた空間とは対比である。


「何にしても、『味方』すればかなり使えそうね」


 艶のある極めて高価そうな靴が歩みを止める。


「『味方』……? 何を言ってるの? 今はアダムとアウトサイダーは休戦協定を結んでいるはずでしょ?」


 ミシュリーヌが首を傾げ、その女性の深緑の瞳を訝しげに見つめる。


「そんなの、建前上でしょ? ふふ、あなた達の計画なんてアルバート社長は最初から見抜いているわ」


「へえ……それで、あなた達は私達を味方につけ、アダムを潰そうってわけだね?」


 美樹は、口元を吊り上げ、微笑してそのスーツの女性に言う。


「察しが良いわね。それとも……あなたの中の悪魔が教えてくれたのかしら」

「半分正解。私が聞いて、アスモデウスが答えてくれた」


「あら、そう」


 スーツの女性は、可笑しそうな、そして愉快そうに笑う。

 美樹はその態度を若干気に食わなそうに見つめ、しかし平静を保とうとする。


「報告では、至って普通な高校生とあったけど、なかなか賢そうじゃない?」


「それはどうも。でも、私達アウトサイダーがそう簡単に味方になると思っているの?」


「そうは思っていないわ。だから、私達はあなた達と同様にこうやって実力を見せているんじゃない。……あの桐人とエレンにやったように」


「なるほど。でも内の浅羽様とキザイアの力を甘く見ないことだね。下手したら、あなたが愛するアルバートも殺されちゃうよ?」


「それはないわ」


 首を横に振り、スーツの女性は即答する。


「何て言ったって、そちらの最高戦力と謳われている二人と互角に渡り合った人達だよ? それをあのアルバートが上回るとでも?」


 その女性の絶対的な自信の表れに、訝しく美樹は思う。


「いいえ。さすがに社長も、そんな実力のものを相手に戦ったら勝てないでしょうね」


「じゃあ何? そちらも秘密兵器なるものがあると?」


 美樹の問いに、スーツの女性は満足気な笑みを見せ、首を下に振る。


「ええ、その通り! 『彼』が味方になってくれたおかげで、私達の計画もこんなに早期でシンプルにすることが出来た! 『彼』を見つけ、そして味方にすることが出来た社長の手腕……素敵」


 そしてスーツの女性は、表情を恋い焦がれた乙女へと変わってゆく。


「その『彼』っていうのは何者なの?」


「それを簡単に教えると思って?」


「そう。私達、下っ端には過ぎた情報ってことね」


 美樹は嘆息して告げる。

 そんな美樹をスーツの女性は疑問の表情で見つめる。


「あら、そこは『実力行使で聞くまでっ!』……っていう展開ではないの?」


「私だって、自身と相手の実力ぐらい見極められる。あなた、Aランク以上の実力の持ち主でしょ? 今の私達じゃあ、絶対に敵いっこないよ」


 手を水平に持ち上げ、美樹は言う。


「確かに、そうね。実際、私の兵士達なんて足元にも及ばなったわけだし」


 ミシュリーヌが嘆息して告げる。


「あらあら、つまらないわねえ……何にしてもあなた達が充分に戦力になることがわかったわ。それに理解力もあって、こっちも助かるわ。……まあ、分かれたそっちの『仲間』は馬鹿みたいに大暴れしてこっちの被害も甚大だけど」


 スーツの女性は深いため息をついて告げる。

 その情報を聞き、美樹とミシュリーヌは双方の顔を見合わせる。


「ああ、新島と夢子か……」


「よりにもよって、最悪の組み合わせだね。もしかしたら、あの二人ならあなたとも良い勝負になるかもねえ? 行ってみれば?」


「いや、もうこっちに上がってる情報だけでお腹一杯よ。その二人、特に男の方は桁外れの実力の持ち主らしいわね。さすがに、それ相手だと手が焼きそう」


 苦笑し、スーツの女性は告げる。


「あの『嫉妬』を司る七つの大罪の悪魔であり、さらにはこの世界の創造神が創りだした『原初の神獣』、リヴァイアサンと対をなす存在を宿っているからね。……新島は内でも指折りの実力の持ち主だよ」


「ただ、おつむが弱すぎるのが難点だけどね」


 ふふ、と笑い、ミシュリーヌは告げる。


「何にしても、この『伏魔殿』でのデータ採取はもう終わる。捕縛結界の攻撃も無いわ。後は、安心してあなた達のリーダーとアルバート社長の戦いが終わるまで待ってなさい?」


 そう告げると、スーツの女性は背を向け、空いた壁へと歩を進める。

 が、三歩ほどでその歩みを止め、首を背後へ向ける。


「そうそう、言い忘れた。私は、アルバート社長の秘書、キャシー。キャシー・ブルックスよ。あなた達、アウトサイダーと『本当の意味で』同盟を結ぶのならば、今後よく顔を合わせる事になるでしょうね」


 そして手を振り、壁の奥の闇へと消えて行った。




 黄金の剛腕が粘性の地面に叩きつけられる。

 すると、ゴオンという衝撃音とともに、その地面から、針状の長く鋭い岩石が次々と瞬間的に生える。

 それは、黒服を纏うサングラスをかけた男へと向かってゆく。


「精神力を凝縮した『土属性』の攻撃かっ!」


 男は後方、上空へと空高く側転し、地面を打ちつけた腕にその両銃の標準を定める。

 そして、発砲。

 しかし、その堅牢な腕は僅かに軋むだけだ。


「厄介だな。貴様の固有武器は」


 舌打ちをし、男は呟く。


「はっはっは! どうだい? 私の『黄金の強化装甲ゴールデン・グリード』は! 攻撃と防御を兼ね合わせた贅沢な『固有武器』! 全く、『強欲』を司る私の『マモン』らしいだろうっ!?」


 黄金の鎧、そして機械の様な頭部を全て覆う兜を被った男は叫ぶ。


「固有武器だけではない。この捕縛結界、土の四界王としての固有能力、そして司る『強欲』を顕現したようなその固有能力。お前は力を持ち過ぎだ。サイモンの代わりにエロージョンドが跋扈し、犯罪に手を染めるインカネーターが多数いるアメリカの支部長を任せられるだけあるな、アルバート」


「はっはっはっは! お褒めの言葉をありがとう、浅羽帝」


 アルバートは兜のモニターにある緑のモノアイを浅羽に向ける。


「俺の下の名を知っているのか。さすが、上層部であることはあるな」


 苦笑して、浅羽は言う。


「それと、君の過去も知っているよ。日本最大の暴走族マーダーエンペラーの幹部にして、そこから成り上がり、その後は暴力団黒崎組の幹部。そして……」


「止めろ。俺の過去は今の現状と関係ないだろう。それとも、詮索した相手にそれを自慢げに話すのが貴様の趣味なのか?」


「はっはっは! 失敬、失敬。いやあ、でも少し気になることもあってねえ」


 眉をしかめ、眉間にしわを寄せる浅羽に対し、アルバートは大笑いして告げる。


「君の失った『両目』……どこで、替えを手に入れたのかねえ?」


 アルバートの問いに、浅羽は途端、険の表情へと変わる。


「それを知って……どうしたい」


「いやいや、私は強欲でねえ。欲しいものは何でも手に入れたい性分でね」


「……よく、アダムはお前を手駒にしようと考えたな」


 浅羽は、呆れのため息を吐き、呟く。


「はっはっはっは! アダムは、『そういうところ』だからねぇっ!」


 アルバートは両手を浅羽へ向け、その腕に茶色の魔法陣を纏わせる。


「ははっ、さすが世界平和を謳うアダムだ。反吐が出る」


 浅羽の眼前、粘性の地面から様々な恐竜を模した黄金の機械がぬめりと這い出る。

 そして、突進。

 さらに壁から鋼製の触手が次々と襲いかかる。


「そんなものでは俺は殺せないぞっ!」


 その襲撃を浅羽は軽やかな動きで華麗にかわしてゆく。

 その両銃で次々に機械の怪物達と触手を屠る。


「では、これではどうかね?」


 アルバートが告げると同時、今度は周囲を取り囲まんとばかりの鋼製の銃が生える。


「ちっ!」


 浅羽は両銃を合わせる。すると紅い閃光が放ち、一刀の刀となる。


「ファイアっ!」


 アルバートの号令とともに、銃の大掃射がくる。

 しかし、

 神速の速度で浅羽はその銃弾を両断してゆく。


「私の精神力が込められたこの銃撃の雨に耐えられるかね?」


 さらに無数の銃が生え、追加の砲弾を浅羽に浴びせる。


「こんなものっ! 桐人との戦闘に比べたら、生ぬるい!」


 斬撃の加速は増し、浅羽は追加の砲弾も斬り伏せてゆく。


「はっはっは! 素晴らしい! 伊達に組織のリーダーを務めていないねぇ!」


 しかし、アルバートの大笑いは止まない。


「やっぱり、君も『欲しい』ねぇ!」


「それは御免だな。貴様みたいな何時裏切るかわからない奴と手を組めるか」


 全ての銃弾を斬り伏せ、浅羽は言う。


「それに俺は、俺が頂点となるため。それだけを目的としている。貴様のような欲しがりではない。必要なら欲し、必要ないならば、切り捨てる」


「いいねぇ。流石、もう一つの『強欲』を司るベリアルを宿す宿主であることはある」


 顎に手を当て、アルバートは興味深そうに呟く。


「……それで、貴様は何が目的で俺達を襲撃してきた? 殲滅ではあるまい? だとしたら、こんな『茶番』をしないで、いくらでも手を打てたはずだ」


 嘆息し、浅羽は言う。


「はっはっは! 気付いてくれながらも、私の遊びに付き合ってくれていたか。君も中々、お人好しなところがあるねえ」


「貴様が俺の両目のことについて聞いてきてから察しがついていた。良かったな。貴様があの言葉を発しなかったら、今頃細切れになっていたよ」


「おお、怖い怖い。私は何時でも運が良いねえ」


「そう、誘導しているだけだろう。道化め」


 はっはっはっはっは!


 アルバートは一段と高い大笑いを上げる。


「そうか、そうだね! 私は道化だ! そして、君も、この世界も皆、道化だ!」


 アルバートは、目を据え、虚空を見る。


「こんな、壊れた世界は、な」


 そして、どこか遠くへ語りかけるように呟く。


「ああ、そうだ。だが、壊れていない……いいや、完璧な世界なんてどこにもありはしない。結局は、俺達は不規則な神の枝の一端にぶら下がっているだけだ」


「君は、その枝から幹へと登りつめたいのかい?」


 アルバートの問いに、浅羽は首を横に振る。


「いいや、俺はこの世界を永遠に統べる王になりたい。ただ、それだけだ」


「はっはっは! そうかい! それはまた、大きな野望だねえ」


「どの口が言う、『黄金の覇者ゴールド・ルーラー』」


覇者ルーラー、ねえ。変な肩書きが付いたものだ」


 ふう、とアルバートはため息をつく。


「さて、では本題に入ろうか。私の実力は今の戦いで十二分ほど実感してもらえただろう?」


「ああ、それと貴様の胸糞悪くなる性分もな」


 悪態づいて、浅羽は黄金の鎧を見つめる。


「はっはっは! 済まないねえ。その性分は見逃してもらえると助かる」


 大笑い、しかしその後、アルバートは険の表情になり、告げる。


「それでだ。私の腕を見込んで、アダムを潰すために共闘しないか?」


「嫌だ。理由はとてもシンプルだ。貴様が気に食わない」


「まあそう言わんで、私の話を聞いてくれ」


「何だ? 手短にしろ」


「最後の四界王のシンボル……『大海公の三又槍』を私は保有している」


「何だとっ!? あの一世紀ほど行方を晦ましていた代物を……貴様が保有しているというのか!?」


 アルバートの言葉に、浅羽は驚愕する。


「ではアダムは、ミカエルを倒した後に『世界を在るべき姿に戻す』ための前準備をしっかりと済ませたわけか」


 苦虫を噛み潰したような表情の浅羽に、アルバートは首を下に振る。


「そうだ。つまり、君達の休戦協定も、意図を読んで承諾したわけだ。残念だったね、つまりは本当に君達はアダムの道化でしかなかったわけだよ。だが……」


 アルバートは口を吊り上げ、言う。


「それを今、私が保有しているのを他の上層部は知らない。あの本部の総帥、シモーヌでさえもだ」


「つまりは……取引か?」


「それ以外何だと言うのかね?」


 微笑し、アルバートは告げる。


「さあ、それでもこの誘いを断るかね?」


 満足気に笑みを見せ、アルバートは問う。


「だが、断る」


 が、浅羽はその誘いを一蹴する。


「何故かね?」


 その答えに、アルバートは首を傾げ、さらに問う。


「俺が……それを貴様から奪い取るからだっ!」


 口を大きく吊り上げ、浅羽は叫ぶ。

 その周囲に黒と赤の闘気が揺らぐ。

 が、


「止めな、浅羽。こいつらと今闘りあったら、『戦争』で闘う力が無くなるよ」


 後方、鋭い女性の声が響く。


「キザイア。珍しいじゃあないか。その『姿』でいるのは」


 浅羽が振り向くと、そこには黒いローブに身を包んだ褐色の肌の女性が立っていた。


「そうならざる得なかったんだよ。こいつら、とんでもない『秘密兵器』持ってやがる。この私と同等ほどの、ね」


 その紅色の唇を噛み、キザイアは言う。


「はっはっは! そう、君達、アウトサイダーと同盟を結んでいる『ゾロアスターの悪星』、その首領であるキザイア嬢と同等以上の力を持つ化け物を私は保有しているっ! どちらにしろ、君達は私に従うしかないのだよ!」


「……ちっ、『人間風情』が」


 舌打ちをし、キザイアはアルバートを睨みつける。


「どうやら、その提案を呑むしかないようだな」


 嘆息し、浅羽は告げる。


「殺し合いをするのは、その後でよかろう?」


 アルバートは一層、笑みを深め、浅羽に告げる。

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