明かされてゆく世界の真実

「第二の失楽園……?」


「そうだ。しかし前回とは異なり、『楽園』を追放されるのは、『人間』という一単位だ」


 桐人は、疑問する京馬に答えた。

 しかし、未だ納得していない京馬の様子を見て、桐人は付け加える。


「つまり、『ノアの箱舟』の事だ、と言えば分かるかな?」


「……はい。何となくは」


「それ以外にも、『ソドムとゴモラ』、『アザゼルの件』、色々とあるが……あれは、ミカエルの謀略に対し、俺達が起こした抵抗、その結果と言うべきか」


 桐人は、言葉を探すように顎に手を当て、目を逸らす。

 そして、目を戻して続けた。


「まず、ミカエルの企みを知った俺はサタンと共にコキュートスの脱出を図った。……冥府の神や数々の俺と敵対する『アビスの住民』との戦闘が激しくてね、大変だったよ。だが、幾重もの対決の末、俺とサタンはコキュートスからの脱出に成功した」


「大変だったって……その時の記憶は今でもあるんですか?」


「ああ、若干ね。まあ本当に断片断片で、感覚的にしか覚えてないが」


 桐人はふう、とため息をつき、傍らにあったポットを掴む。そして紅茶を淹れ、ポットを戻す。ゆっくりと紅茶を飲んだ後、桐人は口を開く。


「そして、次に地獄である『ゲヘナ』にいる『原初の女性』、リリスに会いに行った。これは、俺の片腕であった『モレク』という悪魔によって、すんなりと成功した。話を聞いたリリスはミカエルの行いに怒り、俺達と共に下界した」


 手にした紅茶を入れたコップを戻し、桐人は険の表情で聞き入る京馬に向けた視線を、少し鋭くする。


「下界した俺達は、早速ミカエルが狙っている世界の管理人達の護衛に回った。しかし、事態は予想以上に思わしくなかった。だから、俺達はミカエルの計画を阻止しようと、様々な方法を試した。その間も激しい戦闘が続き、世界は災禍に包まれた」


 言った手前、桐人は視線を逸らし、悔しそうに唇を噛む。

 しかし、桐人はそれを表に出さぬよう、穏和な顔を保つ。


「結果、『本来の人』は全滅。そして、世界はミカエルの構築した『今の世界』となった。そして、俺はミカエルの『呪い』……固有能力である『愚かなる生命の堕天フォールダウン・オブ・ライフ』の影響で『天使』という形を成すことが出来なくなっていた。だから、リリスの子達である『今の人間』の遺伝子に自身のアストラルを潜入させ、『転生』という形で今も生き長らえている、というわけさ」


「じゃあ今、ルシファーである桐人さんが『人』として転生し続けて存在しているのは、ミカエルのせいってことですか?」


「そういうことだ。だから奴とは『因縁』がある。俺は奴に奪われたものを取り返さなければならない。かつての栄光と、永遠と、自由と、そして世界の管理者という立場を!」


「それがアダムの目的と重なるから、桐人は今もアダムに所属しているの。アダムは今の世界を本来の世界に戻すのが目的であるから……結果的に行き着く先は同じってわけ」


 語気を強める桐人を抑えるようにエレンは割って入る。


「そして、その『転生』を繰り返す内に、俺のルシファーの力が徐々に強くなり始めていった。だが、天使の形を成す事ができない俺は、その力を使うと制御ができない。『リチャード』であった時は未だ大丈夫だったが、今の体になってからはある程度の力を解き放たないと抑えられなくなっていた」


「そのおかげでさっき話にあった大暴走が起きたわけ。まあ、今は色々と制御する方法を見つけたおかげで、大分安心して力を使えるようになったんだけどね」


 手を水平に持ち上げ、エレンが言う。


「なるほど。でもそうなると、聞きたい事が山ほど出てきましたよ……今でもサタンがコキュートスに幽閉されている理由や、その『原初の女性』であるリリスの現在の所在とか」


 咲月が顎に手を当て目を逸らし、呟く。


「サタンは『闇』を司る世界の管理者だからな。ミカエルの狙いは四界王とサタンを下位次元の存在に『堕天』させることによる『世界の減衰』。それを防ぐため、サタンは自らを永久氷結呪法によって封印したのさ。そして、リリスは……」


 桐人は眉間にしわを寄せ、一寸沈黙する。

 そして、エレンへと視線を向ける。


「どうせ、京馬くん達はすぐに分かってしまうことよ」


「そうだ、な。済まない」


 穏和な笑顔を見せるエレンの後押しによって、桐人は口を開く。


「リリスも、俺と同じ様に本来の人の中で潜在的に存在することを望んだ。しかし、その形は俺とは異なっていた。それは、自分の子供達に自身の力を分け与えるという形だった」


「それって、つまりどういう事ですか?」


 京馬の問いに、桐人は若干躊躇し、答える。


「打倒ミカエルのために自身の体を細分化して子供達に提供したのさ。それから生み出されたのが、科学の概念とアビスの概念を混合された兵器──エレンの『マッシヴ・エレクトロニック』や俺の『シルフィードライン』なのさ」


「つまり、私達のいるこの地下基地や、数々の便利な機械もそのリリスの体が元になって造られているってことですか?」


「ああ、リリスの遺した膨大なエネルギー体は、数々の兵器製造の触媒となっている。この事実は俺の存在と同程度の特Aランクの情報だ。決して他の幹部に口外してはならない。……下手したら、京馬くんでさえも消されかねない」


「……! そんな危険な情報なんですかっ!?」


 桐人の強い口調に、京馬は戦慄する。


「理解あるものなら大丈夫だ。しかし、表向きでは世界平和を謳っているアダムだが、決して一枚岩ではないのが現状だ。いいかい? 本当に信用しているもの以外には絶対にこの事実を言ってはいけない」


「わかりました! ……でも、それを話してくれるってことは桐人さんは俺達を信用してくれているってことですよね?」


「ああ、勿論だとも。それに君達は『特別』だ。俺は、『自分の望み』を君達と共に追い求めたい」


 桐人の言葉には何か芯を通るものがあった。

 そして、京馬は思慮する。


(この人にだったら、自分の『目的』を告げてしまってもいいのだろうか……?)


 京馬は、自身の望む『世界を創造する』という目的を桐人に告げようか悩む。

 傍らの咲月に目をやる。

 咲月は京馬の意志を確認したのか、首を下げて頷く。


「だったら、俺達も桐人さんを信用して話そうと思います」


 京馬は意を決して口を開く。


「俺は、『世界の創造』をしようと思っています」


「……!」


 桐人とエレンは、その言葉を聞き、驚愕した表情を見せる。

 京馬は二人の表情の変化に気付き、しかしそれでも続ける。


「俺は、美樹からその事実を聞きました。そして、それがアダムでは決して口にしてはいけない禁句だということも聞きました」


「だが、俺達を信頼して今告げたのか」


「はい」


 京馬の目を桐人は見据える。


「強い意志の目だ。……それまでして、京馬くんは世界を自分の望むものに変えたいのかい?」


「変えたいです。その思いは、今までの戦いを通して強くなっていきました」


「そうか」


 桐人は険の表情のまま、目を下に向け、思慮する。


「正直、驚いたよ。まさか、君がその事実を知っているとはね。だけど、俺に京馬くんの目的を止める権限はないし、止めようとも思わない。……京馬くんの目的は決して他に口外しないことを約束しよう」


「ありがとうございます」


 京馬は桐人に会釈する。


「まあ、こっちも口外されたらまずい事実があるわけだし、ね」


 言って、桐人は笑う。


「しかし、何で『世界の創造』をすると、アダムの『在るべき世界へと戻す』という目的が同時に叶えることが出来ないんですか?」


「それは、そのまんまだ。アダムは、本当の意味で在るべき形の世界の『復元』を望んでいる。それは勝手な意志で造られた世界では決して出来ないことだからだ」


「だったら、俺の目的は桐人さんの意志と反するんじゃあ──」


「ああ、だが俺は元『世界の管理人』そのものだ。ミカエルを倒し、自身の『呪い』を解いた後に何とか打開策を見つけてやるさ。信頼してくれ」


 そう言った桐人は自身のある笑みを京馬達に見せる。


「はい!」


 その桐人の余裕を含んだ笑みに京馬は安心感を覚える。


「そういうわけで、これからもよろしくね京馬くん、それに咲月ちゃん。今夜はもう遅い。エレンのバイクで家まで送るよ」


「何で私ばっかり……あんたも自由に可変できるシルフィードラインがあるんだから、たまには送迎しなさいよ」


「別にそこまで苦になるものでないから良いだろ? それに一瞬で目的地に着けるのはお前の能力だけなんだから、適材適所って奴だ」


 不貞腐れるエレンに桐人が宥めるように言う。


「ふう、まあいいわ。京馬くん、咲月ちゃん。じゃあ、いつもの駐輪場に行きましょうか」


「「はい!」」


 二人はエレンの呼びかけに応じ、後を付いてゆく。




「まさか、京馬くんが『世界の創造』の事実を知っているとはね」


 桐人は一人、地下の食堂とは思えない優雅な夜の街の景色を眺める。

 その疑似捕縛結界を創造する技術で造られた景色は、様々な色彩のライトを照らし、頭上を飛ぶ飛行機の風を切る音も現実に忠実に再現する。


「本当に、良く出来ているね。この疑似の世界も。だけど、所詮は『疑似』だ。結局はバグだらけの欠陥品であることに変わりはない」


 桐人は振り返り、京馬の居た席へと目をやる。


「共に、『神の夢』を見た仲だ。宿命は決定付けられている。しばらくは、様子見だな。だけどガブリエル、君は何と戦っているんだい? 俺には未だ真意が見えない。何が君を駆り立てる? ……まあ、それを探し出すのも一興かな」


 笑みを零し、桐人は風と共に消えた。

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