智天使長ケルビエム
純白の衣を身に纏った小さな天使。
その集団、前方にいる数人が一斉に倒れ伏せる。
その胸から背中にかけて深々と突き刺さる青白い閃光。
「……この私と分かって、あえて対峙するか。随分と、余裕そうだな」
その天使達の最奥、滾る激情を内包したような、しかし清流のように軽やかで美しい深紅の髪をなびかせ、智天使長ケルビエムは言う。
「危機に瀕してる人を見殺しにしたら、悪い夢を見そうだからね」
天使の視線の先、確かな意志を持った目で、学生服の高校生──坂口京馬が告げる。
「ケケケッ! こいつぁ、とんでもない大物を見つけちまったぜ!」
「智天使長ケルビエム──噂に聞く、天使勢の中でも選りすぐりの化け物か!」
そして、京馬の後方、真田と志藤が声を上げる。
その脇を悲鳴をあげ、サラリーマンの男が駆けてゆく。
「私自らの戦闘は禁止されているが──これは『止むを得ない』事態だ」
ケルビエムは口を吊り上げて、笑みを作る。
同時、世界は晴天の荒野となる。
「捕縛結界を展開しないなんて、随分と余裕そうじゃないか。俺ら三人ぐらいじゃあそんな必要もないってことか!?」
「そういう貴様も、前回会った時よりも随分と肝が据わっているじゃないか」
「色々と、経験したからね」
そう言って、京馬は自身の右手を擦る。
「……そのようだな。貴様の中に眠る、『ガブリエル』の鼓動を感じる。どうやら、充分過ぎるほどに『馴染んだ』ようだな」
ケルビエムは右腕を水平に持ち上げる。
そして、その腕を直角として、空間に炎が垂直に吹き荒れる。
それは雷を纏い、細剣を形作る。
「『聖戦』を行うまでもないっ! 私がこの手で貴様を持ち帰り、ミカエル様に献上してやる!」
ケルビエムは完全な剣の形となった炎雷を右手で掴む。
「そうはいかないっ! 俺は、こんなところで負けるわけにはいかないんだっ!」
「ケケケッ! 良いねぇ、滾るねぇ! その心意気、良いぜ京馬!」
「俺は、こんな展開は御免被るがな。仕方ない、出来るところまでフォローしてやる」
京馬の叫びに呼応し、真田と志藤は各々の固有武器を発現する。
そして、京馬は白い魔法陣を地面に展開させる。
「『
叫び、京馬の魔法は発現される。
京馬の全身を白い閃光が駆け巡る。
「ケケケッ! お前も強化魔法を扱えるようになったのか!」
前方に駆け出し、真田が言う。
「『
さらに後方、志藤が緑色の魔法陣から魔法を展開し、自身に強化魔法をかける。
そんな京馬達に天使の大群が白銀の剣を手に襲いかかる。
「雑魚は引っ込んでなっ!」
真田は左手にある鉄球を遠心力最大に、大きく振りかぶる。
「ぐぁっ!」
「うぐっ!」
「ふがっ!」
その天使の群れは真田が遠心力で加速された、鉄球によって一蹴される。
「『
そして、後続にいた魔法を発現しようとした天使達へ京馬は幾重の『想い』の矢を放つ。
「しっ! 上乗せだ!」
さらに、その京馬の矢に沿うように、無数のナイフを投擲する。
それらは的確に対象へと命中し、その体を貫く。
「まとめて、お休みだっ!」
京馬と志藤の連撃に呼応し、真田は空間に大量の鎖を発現させる。
「圧縮しろっ!」
そして、真田が叫ぶと同時、その鎖は天使の一団を包むように迫る。
が、体を貫かれた天使は尚もその場から逃げ出そうと羽を拡げる。
「行かせるかっ! 『
しかし、その天使の抵抗を京馬は察知し、大規模な白い魔法陣から白い閃光の爆撃をお見舞いする。
体勢を崩す天使達。
ガシィッ!
そして、ダメージによって疲弊した天使達を真田の放った鎖が絡め取る。
「終いだっ!」
そして、前方の天使達へ真田は大剣を振りかざす。
が、その斬撃は燃え盛り、雷が猛る炎雷の剣によって受け止められる。
「全く、その程度の力量で私と張り合うか。随分と舐めてるな」
「ぐ、ぐあああああああああっ!」
途端、真田の体を電撃が走る。
「真田さんっ!」
京馬は、ケルビエムへ収束して一本の矢となった想いの一撃を放つ。
「これは、お前への怒りと俺の決意を込めた一撃だっ!」
京馬は、自身の想いを言葉にし、さらに一撃は威力を強める。
その弾道は、崩れゆく真田を沿って、ケルビエムへと向かう。
だが、ケルビエムは強烈な波動を纏う一撃にため息をつき、一言。
「そんなものなのか」
「だが、これを使えばどうなる?」
そのケルビエムに、志藤が『
「同じことだ」
が、ケルビエムは力が減退する鎖をまとわりつかせながらも、京馬の一撃へと炎雷の剣を打ちつける。
そして、京馬の想いの一撃は、ケルビエムの炎雷の剣によって、軽々と斜め上空へと跳ね返される。
その一撃は、京馬の捕縛結界に黒い空洞を穿つ。
「な、何っ!?」
自身の一撃がケルビエムに全く効いていないことにうろたえる京馬。
「所詮はこの程度であることは、まあ分かっていたが……あの剛毅とかいう奴の方が遥かに骨があったな」
嘆息して、ケルビエムは告げる。
同時、先ほどまで瀕死であった天使勢に光の粒子が降り注ぐ。
その粒子を浴びた天使達は傷が見る見る内に回復されてゆく。
「雑魚風情が、生きがるから死を急ぐことになる。まあ安心するんだな。貴様らのアストラルは、私の腹の中で穢れを抜き取り、この我が子達の様な清いアストラルへと昇華してやろう」
同時、ケルビエムは炎雷の剣を横薙ぎに振るう。
「『
途端、周囲をサークル上にして炎雷が立ち昇る。
「これは、私が世界を創造された偉大なる神から授かった概念操作能力。私はこの周囲に炎と雷を自由に発現し、操ることが出来る。それも無限に、だ」
途端、そう言ったケルビエムに幾重の鎖が巻きつかれる。
「……だから、生きがると死を急ぐと言っているだろう?」
嘆息し、ケルビエムは目の前に立ち上がった男へ言葉を放つ。
「ケケケッ! 『時間』まで、悪いが、もうちょっと生きがらせてくれ」
微笑し、真田は言う。
「『
途端、真田とケルビエム、さらにその後ろにいる天使達を取り囲む周囲に、大量の鎖が発現される。
そして、真田は跳ねあがると同時、鎖の一端へと地に足をつける。
「さあ、斬殺ショーの始まりだ!『
真田は足を折り曲げ、勢いよく、別の鎖へと跳躍する。そして、また次の鎖へ、また別の鎖へと次々に別の鎖へと移動する。
真田が鎖を跳躍する度、その速度は加速度的に上昇し、真田の存在は全く視認できなくなってゆく。
「その程度の芸当がどうしたと言うのだ? 爆ぜろ」
ケルビエムが告げると同時、周囲に雷撃を込めた爆撃が幾重も生じる。
が、
「っ!? 外した、だと……!」
ケルビエムは一寸、驚きの表情を見せる。
「そうか、その貴様の『
ケルビエムは、金属音とともに裂傷を刻みながら語る。
そして、その後方の天使達は一人、また一人と胴体を切断され、半身を真っ二つにされ、次々に霧散してゆく。
「……舐めた真似を」
ケルビエムは歯を噛み、怒りの表情を出す。
途端、周囲に熱気が込み上げてゆく。
「貴様の、構築する能力の力場ごと、吹っ飛べっ!」
ケルビエムが告げると同時、ケルビエムを起点とした大爆発が引き起こされる。
「なっ……!」
そして、それまで存在が消えていた真田は姿を現し、防御の姿勢をとる。
「「『
そして、後方にいる京馬達も危機を察知し、防護結界を展開させる。
「ぐ、あ、ああああっ……!」
強烈な爆風によって吹き飛ばされる京馬達。
そして、捕縛結界は多数のヒビと空洞が出来、黒と青のコントラストが上空に出来上がる。
「死ね」
そして、ケルビエムはさらに炎と雷を纏った細剣を横薙ぎに払う。
その横薙ぎで生まれた炎雷の一撃は、周囲の空間を破砕しながら、京馬達へと向かってゆく。
「このままじゃ、やられるっ! 今こそ力を貸してくれ、ガブリエルっ!」
途端、京馬を青白い閃光が包む。
「ありがとう、ガブリエルっ! 『
京馬はその光を確認し、安堵の一言。
そして、京馬の持っていた弓は、さらに光を強めた長大な青白い閃光を纏う剣へと変化する。
「さあ、俺の、人の、『道』。それを、その想いを、あいつに叩きこむ!」
京馬は剣を振るう。
「いけえええええええぇぇぇっ!」
京馬の放った青白い閃光の一撃は、空間を喰らうかの如く迫る炎雷の一撃と拮抗する。
そして、徐々にその一撃を呑み込んでゆく。
「はあああああぁぁぁぁぁっ!」
さらに気合いを入れ、京馬は手に力を込める。
パアアアアァァァン!
霧散される炎雷の一撃。
さらに、京馬は右足を前へと踏み込み、駆ける。
「ほほう、思った以上だっ!」
その京馬の意志を感じ取り、ケルビエムは受けの姿勢で構える。
ガギイイイイィィィィッ!
両者の刃が擦り合わさる。
「何故、さっきの人を殺そうとした!?」
京馬は対面するケルビエムに問う。
「単純なことだ。奴の存在が、ミカエル様の構築する『この世界』へ悪影響を及ぼすと判断したからだ」
「……そんな、悪い人には見えなかったぞ?」
京馬は剣先に力を込めながらさらに問う。
「奴は社会から疎外され、それでも生にしがみつき、さらにはその社会への反逆の想いが臨界点以上に達していた。私は、それで判断したのだ。奴は、一度死ぬべきだと」
「そういう人を助けるのが、天使としての職務じゃあないのかっ!?」
京馬は叫ぶ。
その『怒り』の想いにより、さらに剣からの威圧は増してゆく。
「違うな。私達を祈るものならまだしも、あのような穢れきったアストラルを持つ『悪魔の子』を、救うなんてことは大罪だ」
「『悪魔の子』……?」
「そうだ、貴様のような……いいや、この世界に住むほとんどの人は『イヴ』様から生まれた『本来の人』ではない。貴様らは……あの醜悪な『リリス』から生まれた穢れた存在っ!」
ケルビエムは眉間にしわを寄せ、激しい激情を露わにする。
「全ては、アダムを唆したミカエル様の兄が原因だった! あの、『明けの明星』の愚行は、私達、天使の大罪そのもの……!」
ケルビエムの炎雷の剣は、炎の勢いを増し、雷撃が激しく踊り狂う。
「ぐ、ああああああぁぁぁぁッ!」
そして、その現象に呼応するようにケルビエムの炎雷の剣は力を増し、京馬を吹き飛ばす。
が、京馬は足に力を込め、剣を地に突き立て、耐える。
「そうか……ミカエル様が仰っていた、『本当の穢れ』。それは、自身の罪を罪と認識せず、意志ある反逆を内包する、『悪魔の子』としての『本能』! それが、歴史を繰り返す内に肥大化している……?」
ケルビエムは顎に手をやり、思慮する。
「人はこの世界に順応し、浸透していった。が、次第に『この世界』のシステム──科学、社会への理解を深めると同時に、不可解と感じるものも出てきた。ここ最近の化身を宿したものの増加も、それが起因している?」
「何を言ってるか……さっぱりだが、これだけは言える。あんたたち、天使は間違っている! 俺は、人の想いが無下にされるような『この世界』を変えてやりたいんだっ!」
再び、京馬は駆け出し、ケルビエムへと剣を振るう。
「世界を変える……?」
ケルビエムは表情を変えず、京馬の一撃を炎雷の剣で受け止める。
「そうだっ! 俺は、『絶望』で嘆く人達を救う救世主となる! 皆が希望で満ち溢れた、そんな世界をっ!」
「絵空事を……それは、悪魔の子である貴様らでは、まず不可能なことだ」
「それでも、俺はやってやる! この、ガブリエルの力でっ!」
「──!」
京馬の一言にケルビエムは眉をひくつかせる。
「創造主であるヤハウエ様に、告げるというのか。その『想い』の力で……? 止めておけ、貴様の脆弱な精神じゃ、いとも簡単に崩落するぞ。下手したら、アストラルごと消滅する」
「耐えてやるさ」
京馬は笑みを浮かべる。
「──愚かだ。非常に愚かだ。一つ言おう、貴様はあのお方について何もわかっていない。貴様の考える善悪なんてものはあの方の概念の中じゃあ、意味のないものだと知るだろう」
ケルビエムは呆れ声を洩らし、さらに炎雷の剣を威圧を強める。
「そして、私に万に一つでも勝とうと考えた貴様達の思考も愚かだ」
「別に勝とうなんて思っちゃいないさ」
京馬はさらに笑みを浮かべ、告げる。
「ただ、時間稼ぎをしたかっただけだ」
「ほう、なるほど……私と対峙した時、既に救援を要請していたというわけか」
京馬の言葉に、しかしケルビエムはうろたえることはなく、むしろ喜々とした表情を浮かべる。
「それで、その援護は誰だ? ……あの『天使の虐殺者』なら非常に嬉しいのだが」
「残念ながら、サイモンさんじゃない。だけど、お前と対等以上の相手ではあるよ」
「……あのケツアクウァトルの娘か」
「あと、桐人さんだ。あの『風雷コンビ』はSSクラスの化け物でさえも倒したことがある」
京馬の情報にケルビエムは苦笑する。
「ああ、奴が来るのか……それでは、私は役不足だな」
「……? さっきとは違って、やけに消極的だな?」
「奴の相手は、ミカエル様が一番ふさわしいだろう」
「……!」
ケルビエムは告げると同時、炎雷の剣を爆散させる。
「ぐあっ!」
その挙動から、京馬は剣で防御の姿勢をとるが、遥か後方へと吹き飛ばされる。
「奴が来るのが先か、貴様らがやられるのが先か……」
言った手前、ケルビエムを赤い閃光が包み込む。
「これはっ!?」
京馬は険の表情となる。
「貴様には二度見せることになるな。ケルビエム・ヤハウエ。私の真の姿だ」
そして、光が収束すると同時、先ほどの人物は消失した。
京馬の眼前には空を包み込むがごとくの巨躯を持つ巨人。
その胴体から生える四つの顔は赤い閃光を放ち、目や鼻という器官が見当たらない。
そして、長大な純白の羽をはためかせ、ケルビエム・ヤハウエは告げる。
「私のこの姿の一撃は、貴様らを一瞬で粉微塵にするだろう」
ケルビエム・ヤハウエは長大となった炎雷の剣を回転させる。
その風圧は熱風となり、捕縛結界をさらに破砕させてゆく。
「こ、これが、ケルビエムの本当の姿……! こんな恐ろしいものが、俺達と同じ次元に存在する生き物だというのか……!?」
志藤はケルビエム・ヤハウエの圧倒的な神々しさに気圧される。
「ケケケッ! まるで世界の終焉と対峙している気分だぜっ!」
そして、真田は大剣で自身の体を支えつつ、苦笑する。
周囲に、絶望が漂う。
「さあっ! 行くぞ!」
ケルビエム・ヤハウエは炎雷の剣を地面に叩きつけるように振るう。
周囲の空間を破砕させながら京馬達に迫る一撃。
が、
バリイイイイィィィン!
ケルビエム・ヤハウエの炎雷の剣が突如として、破砕する。
「馬、馬鹿なっ! この私の剣を受けるまでもなく破砕するだと……!」
うろたえるケルビエム・ヤハウエ。
そして、空間は広く、広い辺り一面を水面が覆う世界へと変わってゆく。
その世界に果ては見えない。
空間上部を覆う黄土色の空は、何やら形容しがたい不安感を駆り立てる。
「リチャードさんの氣を散策してたら、変なものと遭遇しちゃったわね」
いつの間にか、京馬達とケルビエムの中間に、一人の和服を着た女性が立っていた。
いつ、その空間にその女性が出現したのか、京馬達は視認できなかった。
それはケルビエム・ヤハウエも同じであったのだろう。
顔から表情を読み取れなくとも、その狼狽したケルビエムの感情が伝わる。
そして、その女性は頭上に掲げた紫の扇を戻し、嘆息。
「昨日ぶりだね、京馬くん。約束、覚えてるわよね?」
その女性──夜和泉静子は京馬に背を向け、言う。
「はい……今日、昨日の件を桐人さんに伝えようと思っていました」
静子の背中に京馬は言葉を放つ。
「そう」
京馬の言葉に笑みを浮かべ、静子は答える。
「……貴様は、何者だっ!? 人間ではないな!?」
そのケルビエム・ヤハウエの問いに、静子は首を横に振り、一言。
「私は、下手な人間よりも、人間だよ」
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