見えざる敵
巨大な鉄塔の上部、強く吹き付ける風の中で、一人の黒づくめのローブを纏った人間が足を乗せるのがやっとの鉄骨に立つ。
危険極まりないその状況であっても、しかし、その人間は悠然と景色を眺める。
「キザイア様、件の咲月の『力』を確認致しました」
そこに空間が滑り、揺らいだ後、執事の男が現れる。
「ホホウ!? デ、ドウダッタ? ソノ『形』ハ?」
その男の報告に黒づくめのローブを纏った人間は問う。
「『千匹の仔を生みし森の黒山羊』でございます」
「フフフ。ソウカ……! 思ッテイタ以上二強大ナ存在ダナ」
「私はその存在がどのようなものか分かりませんが、良い報告であったようでなによりです」
その蒼白の仮面でキザイアの表情は伺えない。
が、その声色で喜々であることに、男は気付いた。
「デハ『天使』ドモヲ、ソロソロ撤退サセヨウカネ。ソウ言エバ、アサド達ハドウシタノカネ?」
「死にました。アサドは咲月の力に呑み込まれ、同伴したナディームは謎の和服を着た女に殺されました。推測するに、現人神の類かと」
「現人神? コノ国ニハソンナブッ飛ンダ奴モイルノカネ!? フフ、オモシロイネェ」
男から放たれた報告は凶報であったのにも関わらず、だがキザイアはまたも声色に喜々を浮かばせる。
そのキザイアの満足気な笑みを確認すると、男は一瞥する。
「報告は以上になります。では、私は『事後処理』をして参ります」
「アア、任セタ。オマエニハ期待シテイルヨ」
その言葉と同時にまた空間が滑り、男の姿は消失する。
キザイアはその不可思議な現象に目を留めず、鉄塔からの宵闇の中、黄色や赤などの様々な色彩のコントラストを嗜む。
しかし、その視線の先の色彩のコントラストは波立つように揺らめく。
ふう、その景色を見てキザイアはため息をつき、蒼白の仮面を左手で鷲掴みし、外す。
「普通の人間ならば、この景色はもっと普通に堪能できるんだがね」
仮面を外したキザイアの声色は女性であった。
しかし、その声には男勝りな勝気な印象を与える。
「インカネーターであるから、捕縛結界での激しい戦闘が空間のうねりで把握できる。私はこの景色は選ばれた者こそが手に入れる事が出来る、素晴らしいものだと思うがね」
突如、巻き起こる炎とともに鉄塔にもう一人の人間が現れる。
その髪は白黒のメッシュ。そして服装は闇に溶け込む黒のスーツ。表情はかけている漆黒のサングラスによって伺うことができない。
「ああ、浅羽か。そっちの京馬の奪取は失敗したよ。済まないね」
浅羽の登場に目を向けることはなく、キザイアは景色を見つめ続ける。
「そうか。まあ、ついでのことだ。どのみち、私のお気に入りがその内良い方向へと持っていくさ」
まるで悪びれる様子もないキザイアに、浅羽は嘆息し、答える。
「しかし、君の固有能力には改めて驚愕したよ。さすがだ」
浅羽は、キザイアとともに闇の中に映えるコントラストを見つめる。
「ふん。こんなもの、一端に過ぎないよ。言っておくが、私を御しきれると思うなよ『傲慢の赤王』」
「私は君を御そうなんてこれっぽっちも思っていないよ。互いの利害が一致している間は友好にしようではないか」
「ふん。何が友好にだ。現に休戦協定を結んだとか言って、この有様ではないか」
キザイアの一言に、浅羽は口を引き攣らせる。
「嘘は言っていまい?」
「ものは言い様だ」
「こっちはこんなにも気を緩めているのに、随分と冷たいじゃないか」
キザイアのあくまで冷徹な対応に、嘆息して浅羽は告げる。
「それは日頃の行いが悪いからだ。裏切り、謀略、一体ここまで登りつめるのにどんな無慈悲な行いをやってきたのか。まあ、お前の固有能力がどんなに力の差があろうと拮抗出来うる代物であるのも、私が警戒を解かない理由であるのだがね」
「それは褒めているのか?」
「……どっちもだね」
「そうか、それは光栄だ」
はは、浅羽は笑い、サングラスを取り外す。
その瞳孔は深く、勇猛な深紅に染まっていた。
「さあ、まだパーティは始まったばかりだ……! アダムの偽善者どもよ! 無能な世界の管理者である天使どもよ! ……全て、俺の思惑で破滅に向かうがいい!」
浅羽は世界を包み込むように両手を掲げる。
ははははははっ!
そして、世界を見下す声高な笑い声が、宵闇に響く。
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