絶体絶命の中で

「咲月! 大丈夫か、咲月!?」


 京馬は自身が抱える少女を揺さぶり、呼びかける。


「ん……? 京……馬くん?」


 薄目を開け、咲月は京馬の呼びかけに答える。


「気が付いたか!? 良かった……」


 京馬は、安堵のため息を吐く。

 そして、咲月は自身の足で立ち、京馬は支えていた腕を解く。


「ふう、良かったね。……とりあえず、咲月ちゃんは私への借り、一ね。私が攫われたことに気付かなかったら、一体どうなっていたか」


 咲月の意識が戻るのを確認し、美樹が告げる。


「何? 美樹ちゃんが私を助けてくれたの? てっきり、京馬くんが私の危機に駆けつけて、美樹ちゃんが呼ばれてきたって思ってたんだけど……」


 咲月は怪訝な表情になり、告げる。


「まあ……私も学校では、あんな感じだったけど、流石に言い過ぎたかなって思ったんだ。それで電話して、咲月ちゃんが攫われたことに気付いたんだけど」


 頬を掻き、美樹は呟く。


「そう……とりあえず、ありがとね。私も何だかムキになってごめんね」


 苦笑し、咲月は言う。


(……何か、とりあえず仲直り? したみたいだな。良かった)


 京馬は胸を撫で下ろす。


「で、咲月。一体、あの能力は何だったんだ!? しかも、俺は咲月が『過負荷駆動(オーヴァー・ドライヴ)』できるなんて知らなかったぞ!?」


 京馬は、咲月へ自身の疑問をぶつける。

 その問いに、咲月は躊躇しながらも、口を開く。


「……そうだね。『あれ』を見ちゃったんだもんね? 言わなきゃ、納得しないか」


 顔を沈ませ、咲月は続ける。


「あれは、私の『イシュタル』の『本来』の力。私は、あんなグロテスクな化け物が嫌いだったから、今の『魔道少女』としての『生み出し』しか行っていないけど、本来ならあんな化け物の方がイメージを固着化しやすいんだよ」


 咲月は固有武器である杖を発現させ、続ける。

「この、『六茫星の杖ヘキサグラム・ロッド』は、私の『意志』の具現みたいなものなんだ。対して、もう一つの固有武器──私が『ガメちゃん』って呼んでる食虫植物こそが、本来の私の固有武器」


 杖を霧散させ、咲月は顔を正面に向ける。


「でも、私はどういうわけか、『過負荷駆動オーヴァードライヴ』すると、自我が抜けて本来の力で暴れまわる。その『創造』の力は自身だけでなく、『空間全て』の力を喰らうことができて、化け物を生みだす」


 はは、乾いた笑いをして、咲月は言う。


「それを仲間に見せたら、言われちゃったんだよ。恐怖に引き攣った顔で、私の顔を見て、『化け物』だってね。そして、私の『過負荷駆動オーヴァードライヴ』は仲間がいる空間では使用禁止となった──あと、この力は本当に特殊でね、制約みたいなものもあるんだ」


「制約?」


 京馬は、咲月の放つ言葉に問う。


「うん。何故だかわからないけど、自身の捕縛結界内と『この世界』では発動できない。何だろう──体の内から拒絶反応が出るんだ。まるで、それを行ったら、何か恐ろしいことになるって……」


「……!」


 その咲月の一言に、美樹の表情は険となる。


「だから、この力は相手側の捕縛結界内に捕えられた時にしか発動できないんだ」


「そうか……まあ、あんな禍々しい力、あまり他人には知られたくないもんな。隠していた気持ちもわかるよ」


 京馬は頷く。

 直後、京馬の携帯電話が鳴り響く。


「は、はい! もしもし!」


 京馬は、ディスプレイ表示される名前を確認すると、急いでその電話に出る。


「おう、京馬かっ!? 大丈夫か!?」


「はい、大丈夫です! ……剛毅さん、何かあったんですか?」


 京馬は電話越しの剛毅の声が明らかな焦燥であったのに疑問を抱く。


「今、アダム地下基地周辺の渋谷で天使の襲撃にあってる! 丁度、こっちがお前の監視を外した時だ! だから、お前の安否を確認するために電話をしたんだが……どうやら、大丈夫そうだな」


 剛毅は焦燥を安堵に変え、一息する。


「はい。でも、こっちは謎の白い仮面と黒いローブを纏った男に咲月が攫われて……何とか救出したんですが、危なかったです」


「白い仮面と黒いローブ……? わかった。とりあえず、俺がお前たちの下へ向かう! 場所はどこだっ!?」


「場所は──」


 京馬が自身の場所を告げようとした瞬間、世界は再度、砂漠へと塗り替わる。

 ブツッと携帯電話の着信が切れた。

 京馬はその事象で捕縛結界に自身が捕縛されたことを理解する。

 それは、携帯電話などの『京馬達の世界』の法則から構築された科学の概念──つまりは電位の差異からの電子の受け渡しで生じる起電力、それに伴うエネルギーを用いる電子機器が『アビスの世界』に準ずる捕縛結界内では使えないためだ。


「ふふ、まさか、アサドがやられるとはなぁ。俺も同伴して正解だったようだ」


 そして、京馬達の眼前には白い仮面で顔を覆い、黒いローブで全身を包んだ人間、声色からして男と思われる人物。


「俺は油断しないぞ! 最初から全力で京馬を除く貴様らを殺してやるっ!」


 そう言って、男は茶色の魔法陣を展開させる。


「『召喚怪物サモン・クリーチャー』、サンドワーム!」


 男が魔法名を言い放つと同時、京馬達の背後から地響きとともに、巨大な塔が地面から生える。


 ビギャアアアォッ!


 その塔はおぞましい雄叫びとともに体を曲げ、その登頂を京馬達へと向ける。


「何、このでっかい芋虫!?」


「これは……! 『アビスの住民』、サンドワームだよ! 自身の意志も持たない、低級の化け物! でも、その力は侮らない方がいい……!」


 咲月の誰に問うでもない問いに、美樹は答える。


「さあ、他の奴も出てこいっ!」


 男はニヤリと口を引き攣り、さらに幾重も茶色の魔法陣を展開する。

 すると、京馬達の周りから、次々とサンドワームが生えてくる。


「こんなものっ! 『意志の矢ウィルイング・アロー』!」


 京馬はサンドワームの一匹に『怒り』を込めた青白い矢を放つ。

 が、その攻撃は固い金属音を響かせ、虚しく霧散する。


「なっ……!」


 京馬は予想外に強固なサンドワームの体に驚愕する。


「さらにっ! 『渇きの大惨禍サースティ・カラミティ』!」


「う、うあっ! なんだ、力が……!」


「……! う、動けない……! 力が吸いとられている……!?」


「この魔法は……!」


 男が茶色の魔法陣を展開し叫ぶと同時、京馬達を重い疲労が襲う。


「この魔法は、貴様らの精神力を限りなく零にする! 何もできないその体で、こいつらに貪り喰われるといいっ!」


 地べたに這いつくばる京馬達にサンドワームの群れが涎を垂らしながら迫ってゆく。


「くそっ! こんなに願っても応えてくれないのかっ! 『ガブリエル』!」


 京馬は歯を噛み、叫ぶ。

 サンドワームは、その無数の鋭い歯を京馬達に披露し、その大きな口で呑み込もうとする。


(嘘だろっ!? あんなに頑張って、乗り越えてきたのに……こんなところで、大事な人が殺されるのを見つめることしかできないのかっ!?)


 京馬は、想う。

 俺も、『過負荷駆動オーヴァードライヴ』が使えれば──

 何を願っても、応えてくれない。

 これが、氷室の言う、絶望?

 京馬は、惨劇から逃避するよう、目をつむる。

 ……が、予想された彼女達の悲鳴を京馬は聞くことはなかった。


「どうした、サンドワームっ!?」


「……え?」


 京馬が目を見開くと、自身達に向かってくるであろうサンドワーム達はピタリと動きが止まっていた。


「……死になさい」


 女の声とともに、巨大なサンドワーム達は墜落音とともに倒れる。

 京馬は砂塵に包まれるその声の主へと視線を向ける。


「……ふう、熱いわね。この世界は」


 その声の主は紫と赤の浴衣を着た透き通るような白い肌を纏った和風美女だった。

 櫛でまとめた美しくしなやかな髪から一滴の汗が伝い、それが同時にその美女に艶やかさを加味させる。

 手に持った黒と紫の刺繍を施した扇を煽ぎ、美女は男に告げる。


「君、ちょっとこの子達を殺すのを待ってもらえるかな? 聞きたいことがあるの」


 その美女の存在は、この空間内では異質だった。

 殺気と戦慄が渦巻く場において、彼女はあくまで淡々と、そしてまるで平然と黒いローブを身に纏う男に話しかけていたからだ。


「……それにはまず、お前の自己紹介をしてもらってからにしてもらおうか。こっちも秘密裏に動いていてね。不穏分子と判断したならば、お前に対する『対応』を考えなければならない」


 その男の言葉に美女はため息を吐く。


「ふう……これだから格下のお子様は」


 美女はか細い声で呟き、続ける。


「それは……ひ・み・つ☆」


 そして、唇に指を当て、片方の手の指を眼前の男に振る。


「ふざけてるのかっ!」


 男はその反応に激昂し、両手に鉤爪を発現させる。


「残念だけど……私も秘密にしなきゃならないことがたくさんあってね。『自分と相手の力量もわからないお子様』に、それも、私に悪態をついた愚か者に、名乗る名なんてないわ」


「何だと……! ならば、その傲慢な貴様の腕を試させてもらおう! 『渇きの大惨禍サースティ・カラミティ』!」


 男は再度、茶色の魔法陣を展開し、魔法を発現させる。

 美女はその言葉に呼応するように、扇を縦に、空間を引き裂くように上から下へと振るう。

 ……そして、男の放ったはずの魔法は空間に何も変化を持たせず、一寸の静寂が来る。


「……? どうした!? 『渇きの大惨禍サースティ・カラミティ』! 『渇きの大惨禍サースティ・カラミティ』!」


「はい、おしまい。さあ、これで実力はわかったでしょう?」


 焦燥を全面にだした男を脇に美女はさぞ滑稽なものを見つめるように、クスクスと微笑む。


「お、お前、一体何をしたんだ……!?」


「本当に質問ばかりね、君。そっちに失礼があるんだから、まずは自分から謝って、名乗りなさいよ」


 美女は嘆息する。

 京馬達は、その異様な光景をただただ眺めることしかできなかった。

 自身達を瀕死に追い込んだ謎の白い仮面を被る黒いローブの男、それをまるで赤子のように扱う和服美女。

 ……一体、何者なんだ?

 京馬は眼前に自身を庇うように立つ和服美女の背中を見つめる。


「……く! す、すまない! 私が、悪かった。だが、私の正体を教えることはできない……! 代わりに、先にそちらの要件を済ませるということでどうだ?」


 男は歯を噛み、しかし嘆息をした後、諦めとともに告げた。


「うーん……まあ、良いわ。わかった、じゃあこっちの要件を先に済まさせてもらうわ」


 一寸の思慮をして、美女は頷く。

 そして、振り返り、倒れ伏せる京馬の方へと顔を向ける。

 足を曲げ、体を下げる。


「色々と取り込み中に悪いね。実は君達からちょっと気になる人の『氣』を感じ取って、ね」


 美女は宥めるように、京馬に笑みを向ける。


「気になる人の『氣』?」


「そう、私の、『最愛なる人』。どんな『世界』があろうとも、その人となら、敵対してもいい。そんな人」


 美女は頬を紅潮させ、語る。


「あなた、『リチャード・パーソンズ』っていうアメリカ人を知らない?」


「え……?」


 京馬は、その美女から発せられる予想外な人物の名に目を丸くする。


「あなたから、あの人の『氣』を感じ取ったのよ。……いえ、あなただけではないわ。最近、この場一体から強くあの人の『氣』を感じ取るの。こんなの、数十年間在り得なかったことだわ。ねえ、知らない?」


 京馬は、その問いに思慮する。

 何だかわからないが、どうやらこの人は『英雄』であり『最強』の肩書きを持つアメリカにいた伝説のインカネーター、リチャード・パーソンズの所在を聞いている。

 だが、その『英雄』はエレンの祖母とサイモンを残し、行方不明となった。

 その後、リチャードは転生し、京馬の恩師である桐人となった。

 その事実を、どうやらこの美女は知らないらしい。

 そもそも、そんな大昔の人を『最愛の人』と呼び、かといって老いてもいなく、街で見かけたらどの男でも振り返るであろう美貌を持つ女を、京馬は少し不気味に感じる。

 ……本当のことを話してもいいのだろうか?


「……はい、俺は、リチャードが今どんな状態になっているか知っています」


「本当っ!?」


 美女は目を丸くし、感嘆の声を上げる。


「だけど、条件があります。……あの男を倒して下さい。できるなら、何で俺達に襲ってきたのかも聞けたら、ありがたいです」


 京馬は、思慮した自身の結論で導き出した問いを美女に放つ。

 とりあえずは、自身と仲間の無事が最優先だ。

 ここで、この強力な味方となる美女の力を借りれば、とりあえずはこの状況を好転できると京馬は考えた。


「ふふ、そんなの造作もないことだわ。二秒で終わらせてあげる……でも、嘘をついていたのなら、君達も容赦しないよ?」


「約束は、必ず守ります!」


「……よし、わかったわ! 契約成立ね!」


 美女は立ち上がり、男へと視線を向ける。


「何だ、話は終わったのか?」


「ええ、ちょっと契約を結ばせてもらったわ。君は私の敵になった──とりあえず、やられなさい」


「なっ!?」


 男が身構えるまでもなく、美女は男の背面へ瞬時に移動する。

 そして、男の肩へ扇を置く。


「う、うあっ!?」


 途端、男は地に足を付き、体を支えるために両手を地に置く。

「はい、おしまい……もう君の精神力はからっきしの筈よ。さあ、観念して君が何故、あの子達を狙うのか白状しなさい」


 告げる美女に男は振り返り、恐怖の顔で見つめる。


「ほ、本当に、何者なんだ貴様は……? 『アダム』でも、『アウトサイダー』でもない。ましてや『天使』では絶対あるわけがない……」


「言ってるでしょう? ひ・み・つだって」


 美女は微笑む。


「く、予想外だ……! アサドがやられたことも、こんな化け物が京馬達の味方になることも!」


「え? 今、何て言った?」


 男の呟きに美女は耳をひくつかせる。


「だから、予想外と言ったのだ。お前のような化け物が、我が組織の耳にも入っていないことを、だ」


 男は呟きを復唱する。


「誰が、化け物ですって……!?」


 男の放つ言葉に美女の顔は憤怒となる。


「私は……私は、人間なのよ!? それも、こんな美しい容姿で、永遠に変わらない美貌でっ! そして、あの人を想う、並みの人間以上に清い心を持っている……そんな私を、化け物ですって!?」


 美女は、自身の激情を吐露する。

 その感情の変化に男はたじろぐ。

 が、


「ああ、貴様は、化け物だっ! そして、私はそんな化け物に屈して、『あのお方』の秘密を話すわけにはいかないっ!」


 負けじと男は決意の表情となり、告げる。


「『過負荷駆動オーヴァードライヴ』、『灰燼世界アッシュ・ワールド』!」


 告げた男を光が包み込む。

 光の重圧に、京馬達は圧倒される。


(何て、圧倒的なパワーなんだ……!)


 その重圧は、インカネーターとして未熟な京馬でさえも力の差をはっきり区別できるほど、強烈であった。


「そういうの、私嫌いよ?」


 が、その圧倒的な光の重圧に対し、眼前の美女はあくまで平然と毒気を突く。

 そして、この緊迫の状況を美女は一言で終えさせた。


「死になさい」


「……っ!?」


 途端、男の眼は焦点を見失い、倒れ伏せる。

 収束する光。

 捕縛結界でさえも一瞬で崩れ去る。

 そして、辺りを一寸の静寂が包み込む。


「ああ……しまったわ、つい……殺すつもりはなかったのに……」


 その静寂の中、美女は嘆息して告げる。


「い、今……一体、何をやったんですか……?」


 突然の現象に京馬は驚愕し、美女へ問う。

 その京馬の問いに対し、美女はゆっくりと振り返り、唇に指を当てて一言。


「それは……ひ・み・つ☆」


 無邪気な笑みを浮かべ、美女は告げる。

 その言葉と美女の表情は、先ほどの戦慄を微塵も感じさせない。

 そう、取るに足らない日常の一部を垣間見たような、そんな表情。


(すごい……! 俺達が束になっても叶わない、さっきの奴と同等のAクラスレベルの相手を一瞬で、そしてあんな余裕そうに倒してしまった……!)


 京馬はその美女の余裕に恐怖を感じながらも、感嘆も覚える。


「さあ、一応こちらは役目を果たしたわ。まあ、動機までは聞けなかったけど……」


 そう言った美女の目は、京馬への催促。


「ああ、そうですね。では、今リチャードがどうなっているのか話します」


 その目線の意図に気付き、京馬は告げる。


「では、率直に言います。今、リチャードはこの世にいません」


「……!?」


 京馬の一言に美女は、目を丸くさせ、驚愕する。


「ですが、リチャードは転生して、別の人間……椎橋桐人として今生きています」


 その表情を確認し、京馬は付け足す。


「転生……! そうか、あの人はそうやって、『呪い』から逃げていたのね」


 その京馬の言葉に思慮して、美女は呟く。


「それで、その……リチャードさんの転生した桐人というのは、どこにいるの? できれば今すぐにでも会いたいわ」


 続いてきた美女からの質問に京馬は一寸の間を置く。


「桐人さんのいる場所は知っていますが……一度本人に了承を得てから会わせる、ということで良いですか」


 京馬は問う。


「どうして?」


 その京馬の問いに美女は問い返す。

 だが、その表情に疑問は見えず、京馬の意図を見透かしているようだった。


「やっぱり、そちらの一方的な話しだけで桐人さんと会わせるかどうかの判断はしかねます。俺達の所属する『アダム』は敵が多いんです。ですので、桐人さんに伺った後で、会うということで良いですか?」


 京馬の問いに、顎に手を当て、美女は思慮した後に告げる。


「……ええ、そうね。そうしましょう。私は、あの人を信じるわ……私は夜和泉静子。伝えるのは、名だけで良いわ」


「わかりました。では、桐人さんに夜和泉さんのことを伝えておきます」


 京馬の頷きに、静子は微笑む。

 が、思い出したようにハッとする。


「ああ、そうだ。私の携帯アドレスを送るわ」


「あ、はい!」


 そして、互いの携帯の連絡先を交換し、双方は携帯をしまう。


「じゃあ、よろしくね」


「わかりました!」


 一瞥すると、静子は歩き出す。

 京馬とすれ違い、咲月を通り過ぎ、そして美樹を──


「何を企んでいるの?」


 静子は、立っているのがやっとの美樹の側面で止まる。


「何のことですか?」


 その静子の問いに、美樹はあからさまなシラを切る。

 それは、自身の考えをこの和服美女が知り得ているのを自覚していたため。


「ふふ、まあ良いわ。『キツネ』に徹するあなたに悪いわね」


 その一言に美樹は眉を細める。


「そう……アスモデウスは言っている。あなたは、アスモデウスでさえも恐怖する超越的な存在だって。そんなあなたが、桐人と接触する意図は?」


 ふふ、と静子は美樹の問いかけに微笑。

 そして、一言。


「愛とは、偉大なものよ?」


「それはどういう──」


 その一言を放つと同時、美樹を通り過ぎ、そこにはまるで誰もいなかったように静子は一瞬で闇へと消えた。


「……気に食わないね」


 自身の問いをはぐらかされ、美樹は嘆息する。


 キキィー!


 そして、疲弊しきった京馬達に自動車が急停止した摩擦音。


「おう! お前ら! 大丈夫かっ!?」


 自動車の窓越しから、剛毅が叫ぶ。

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