『異形』を従える姫

「また……なんだね。また、私のせいで仲間が……」


 倒れ伏していた咲月が顔を起こし、呟く。


「八」


 朦朧とした意識の中、アサドの死のカウントダウンが響いてくる。

 咲月は以前、自身の甘さで仲間を殺してしまった過去を回想する。

 それは、自身の罪。

 それは、消し去りたい過去。

 咲月は思慮する。

 贖罪したい──


「七」


 自身の行った罪への『結論』。

 それは、今自分のために戦っている眼前の少年との『約束』。


「六」


 その少年は咲月が思っている以上に『強かった』。否、急速に『強くなっていった』。

 そんな少年は、こんな自分を受け入れてくれた。

 自分に初めてできた『同じ力』の同級生の友達。


「五」


 その少年との『約束』を、自分の罪への『結論』を……

 生きている内に、導き出さなきゃ、いけない。

 たとえ、組織の『禁忌タブー』に触れようとも。


「四」


 いつからだろうか。その『友達』をよく見るようになっていったのは。

 いつからだろうか。毎日会いたくなっていったのは。


「もう、わかった──」


 京馬が焦燥の顔をアサドに向け、諦めの言葉を連ねようとする。


「いいや、京馬くん! 私は、こんな奴に、『結論』を出す前に、殺されないっ!」


 咲月はふらつきながらも、立ち上がる。


「三」


 アサドはそれでも、意地の悪い笑みを浮かべ、カウントを止めようとしない。


「私はっ! もう、逃げないよ!」


 咲月は、決意を叫ぶ。

 何が起こるか、わからない。

 しかし、良い事ではないのは確かだ。

 あの時の、組織の皆の引き攣った恐怖の顔──

 咲月は魔道少女へと姿を変え、杖を構える。


「二」


 怖い。

 でも、それ以上に少年との『約束』を叶えられないことが……否、少年が消えてしまうと思うと──


「『過負荷駆動オーヴァードライヴ』!」


 咲月が叫ぶと同時、咲月の内から黄金の輝きが迸る。

 その心は、なんだろう?

 恋?

 わからない。

 以前のその感情とは違うような、でもこの失うと思うと感じる切なさは。

 もう、引き返せない。

 咲月は祈るように目を閉じる。


「一」


 そんな輝きを前にしても、アサドは怯むことなくカウントを続ける。


「『天地創造オールヴァース』!」


 咲月は意を決して、その言葉を放つ。

 途端、砂漠が割れ、幾重もの巨大な『根』が姿を現す。

 それは咲月を包み込むと、その部分が肥大し、球根のようになる。

 そして、さらに根は渦を巻き、空間の空高くへと連なる。


「零! さあ、時間切れだっ! 燃やし尽くしてやるっ! 『灼熱の曲刀タルウィ・シャムシール』!」


 アサドは曲刀を突き出し、叫ぶ。

 その叫びに呼応し、灼熱の斬撃は波動となり、咲月を襲う。


「咲月!」


 京馬はその一撃が致命的な一撃となることを悟る。

 青白い矢を発現し、その波動へと向ける。

 ──が、遅かった。

 その灼熱の波動は、咲月を包み込む緑の塊に接触する。

 しかし、そこでアサドの予想とは異なる現象が起こる。


「馬、馬鹿なっ!」


 そのアサドの一撃は球根ごと咲月を焼き尽くすはずだった。

 が、球根に触れた途端、吸い込むように凝縮し、霧散したのだ。

 その現象にアサドは異様なまでの不気味さを感じる。

 自身の経験上、そんなことは『起こり得なかった』からだ。

 根は身動ぎをする。

 大気が、空間が、震える。


「ihekndrd」


 その球根の奥から、低い声と、高い声の複声が響く。

 その言語を……京馬はわからなかった。

 どの言語にも精通して把握できる、インカネーターであるのにも関わらずに、だ。


「な、何だ……? 一体、何が起こっているんだ……!」


 京馬は唖然として、その光景を眺めていた。

 それは、アサドも同様だった。


「な、何だ、これは……! こんなに、得体の知れない『力』は、初めてだっ……!」


 先ほどまでの余裕と悦に浸ったアサドの表情は、しかし、今には無かった。

 動揺。

 恐怖。

 その顔は引き攣る。


「『過負荷駆動オーヴァードライヴ』!」


 瞬間的にアサドはこの得体の知れない『力』に対し、自身の最大限の力をぶつけることを決意する。


「もう、任務など関係ないっ! 京馬もろとも、俺の捕縛結界ごとぶっ壊して、お前を殺す! 『そんな力』、この世界にあっちゃいけねえっ!」


 焦燥の声と共に、アサドの前方に複数の『灼熱の曲刀タルウィ・シャムシール』が発現される。

 それは宙を浮き、切っ先を咲月を包む球根へと向ける。


「『無限の炎蛇焦炎波インフィニティ・タルリィ・バーニングウェーヴ』!」


 アサドが告げると同時、複数の曲刀は赤い閃光を放つ。そして縦に勢いよく回転し、球根へと向かってゆく。

 それは途中で赤の巨大な波動へと変わり、球根へと打ち付けられる。

 その連撃はまさに際限がなく、強烈な爆砕音が幾重も空間に響き渡る。

 徐々に破砕してゆく捕縛結界。そして、攻撃の規模も次第に大きくなってゆく。


「ははは! 俺の『無限の炎蛇焦炎波インフィニティ・タルリィ・バーニングウェーヴ』は攻撃が続く限り『無限』に威力が増大してゆく! そんな防戦一方の状態だと、いずれは京馬達も巻き込んで、『消滅』するぜ!」


 安堵の表情から、再びアサドは悦の表情へと変わる。

 が、


「hstenriut!」


 球根から、また声が。

 しかし、その声には先ほどのような無機質ではなかった。

 明らかな、『感情』があったのだ。

 途端、砂漠の世界が、別の世界へと浸食されてゆく。


「な、何だっ!?」


 そこは、赤黒い空を上空に、拡がる漆黒の森であった。

 そして、地響きとともにさらに大量の根が地面から出現する。

 その大量の根は、先をアサドへと向け、神速の速度で襲いかかる。


「その程度……まとめて焼き切ってやるっ!」


 アサドは直線状の攻撃を扇に拡げる。

 そして、アサドへと届くはずであった根の一撃は止まる。


「何だか知らないが、俺の力の前じゃあ、無意味だったようだな!」


 突如の現象にアサドは険の表情となっていたが、それを防ぐことによって、また表情を緩む。

 が、その額には冷や汗。

 何故なら、アサドはあることに気付いてしまっていたからだ。


(こ、こいつ……俺の攻撃を前に『傷一つ付いちゃいねえ……!』)


 その事実にアサドが気付いたのは、攻撃を直線から扇に変えた僅かな時間だった。

 その合間に見えた植物の化け物は『全く焦げた痕も、傷ついた痕も』なかったのだ。


 ガオン!


 そして、奇妙な音とともにアサドの攻撃が『喰われた』ように霧散する。


「な……! 何だこれはっ!?」


 アサドは途端、その顔を恐怖の色で埋め尽くす。

 その奇妙で恐ろしい現象は、アサドの戦意を喪失させるのには十分だった。


「ひ、ひい! 可笑しい……可笑しい可笑しい可笑しい可笑しいっ! 何だ、何なんだ、これはっ!」


 アサドは、たじろぎ、そして曲刀を虚空へと突き刺す。

 すると、そこには漆黒の空間が。

 身を翻し、アサドはその空間に身を投じようとする。

 が、


 グシッ!


 そのアサドの手足を地面から突き出た赤い触手が拘束する。


「逃がさないよ……! あなたが逃げたら、私達が、『死ぬ』」


 その触手は美樹が自身から発現させて、地面に潜ませたものであった。

 美樹は口を吊り上げ、微笑する。


「さあ、『自身が生み出した怪物』に喰らわれなさい……」


 美樹はか細い声で呟く。


「nrudhco!」


 奇声とも取れる様子の声を球根が発すると、その中央が開かれる。

 そこには、純白のドレスに身を包んだ咲月。

 その目に生気はない。

 そして、手を上部に、指を鳴らす。

 途端、地面が振動し、幾重もの異形の怪物が姿を現す。

 同時に、アサドを瞬間的に地面から生えた巨大な触手が巻き付く。


「ostehfir」


 咲月の喉元から、異形の言葉が放たれる。

 呼応し、怪物達は巻きつかれたアサドへ猛然と迫る。

 アサドの顔は恐怖によって、歪んでいた。

 四肢を動かし、もがく、もがく。


「く、くそ、『過負荷駆動オーヴァードライヴ』を使ったせいで、俺の精神力が……! あ、あああああっ!? ひ、ひぃっ!? 来るな……来るな来るな来るなっ! 嫌だぁ! 死にたくないぃぃぃぃぃっ!」


 アサドの声が聞こえたのは、それが最後だった。

 後は、声にならない呻きのみ。

 飛び散る血、肉。


「あ、あ、ああ……ぐ、ぐえ、がはっ!」


 その光景に京馬は気持ち悪くなり、嘔吐する。


「こ、これは、一体……!?」


 涙目となった京馬は、ポケットにあったティッシュで口を拭う。

 おぞましい光景に、京馬は誰ともない問いを投げかける。


「これが、咲月ちゃんの化身の正体。『神の実から生まれ出でるもの』。どうやら、『過負荷駆動オーヴァードライヴ』によって一時的に力が解放されたみたいね」


 その京馬の問いを掴み、美樹が背後から答える。


「これが、咲月を殺すべき、と言った意味なのか……?」


 美樹は首を横に振る。


「ううん。私の言葉は間違っていた。咲月ちゃんは『生かさなきゃ』いけない。この『世界を破滅させるもの』を拘束するためにも、ね」


「一体、何なんだ!? この禍々しい力はっ!? 『神の実から生まれ出でるもの』って何なんだ!?」


 京馬の強い問いかけに、しかし美樹は口を紡ぐ。

 そして、一寸の沈黙をして、口を開く。


「それは……多分、ここで教えてもわからないよ。一つ言えることは、咲月ちゃんは『世界を創造できる神』自身を化身として宿し……いえ、『封印』している」


 美樹は言いかけた言葉を、正しい言い方へと変換して続けた。


「『世界を創造』……?」


「そう。咲月ちゃんは、概念も、ルールも、全てを一から作れる、まさに『創造神』を『封印』している。それが解き放たれたら、『私達の世界』は消滅する」


 京馬は美樹の言葉に唖然とする。

 咲月の化身が、『創造神』で、世界を滅ぼす?

 半ば、冗談のような話に京馬は疑念を抱く。

 が、眼前で起きた禍々しく超常的な現象の中のさらに超常的な現象を思い出し、京馬の疑念は薄らぐ。


「……それで、こんな化け物が解放されないようにするにはどうしたらいいんだ?」


 京馬は薄い疑念を残しつつも、美樹に問う。


「今は、何も出来ない。アスモデウスは、『時期』が来るまで待てって言ってるよ」


 嘆息し、美樹は告げる。


「『時期』……? それはいつなんだ?」


 京馬の問いに、美樹は首を横に振る。


「わからない。ただ、アスモデウスは『時期』が来た時に教えるとだけ言ってる」


 美樹は淡々と自身の悪魔との対話で得た情報を伝えるようだった。

 途端、空間に沸いていた異形の怪物と巨大な植物達が霧散してゆく。

 ──そして、倒れゆく咲月。その衣装は、元の制服に戻る。


「おっと!」


 それを京馬は駆け出し、支える。


「大丈夫か、咲月!?」


 咲月は京馬の呼びかけに答えることなく、目を伏せていた。

 そして、空間は鳴動し、徐々に崩れてゆく──

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