蒼白の仮面を被る人間

「ごめん。待たせたね! それで、咲月は一体どこに!?」


 京馬は天橋中央駅にタクシーを止め、美樹の下へ駆け寄る。


「咲月ちゃんは、この近くの空き地にいる! 私に捕まって!」


 告げながら、美樹は京馬に手を翳す。


「握って!」


「あ、ああ!」


 京馬はその差し出された手を、戸惑いながらも掴む。


「私の『混在覚醒状態』は能力の発現を行っても、他のインカネーターに感知されない! 一気に飛ばすよ!」


 そう言って、美樹は背中に赤い触手を生やす。

 無数に生えたそれは、収束し、一対の深紅の羽を構築。

 それを羽ばたかせ、美樹と京馬は空を舞う。


「お、おおっと!」


「もう、しっかり捕まってよ! 京ちゃん!」


 ふらつく京馬。

 しかし、美樹はその手を抱くように強く、しっかりと掴む。

 その手の温もりに、京馬は顔を赤らめた。

 そして美樹は顔を伏せる京馬を横目で見て、微笑。

 闇夜の中、少女と少年が月光に重なり、飛翔していった。

 アビスの力に対する、この『世界の拒絶』が美樹の『混在覚醒状態』にはない。

 そのため、その光景を多くの人々が目撃し、後にニュースで取り上げられることになるとは、今の二人には知る由になかった。




 道行く人の好奇と疑惑の目を知ってか知らずか、京馬と美樹は目的の空き地へと着いた。


「それで、咲月は一体、いつ、どこで、何で攫われたんだ?」


「私が気付いたのは、今から三十分前ほど……咲月ちゃんに流石に言い過ぎたかなって思って、電話をした時なんだ。電話に出た咲月ちゃんは『助けて……』って一言言って、そして電話が切れた」


 美樹と京馬は、空き地の中にある廃ビルの入り口へと歩みながら話す。


「それで何かあったことに気付いて、うちの組織に話したんだ。そしたら、今日はそっちのアダムで『フォールダウン・エンジェル計画』の顔合わせと計画概要の説明があるって言うじゃない? だから、アダムにも連絡して、咲月ちゃんがどこにいるか聞いたんだ」


「それで、そこに咲月がいないことを聞いて、咲月が攫われたと……?」


 京馬達は、扉をゆっくりと開き、中へ入る。

 そして、再度歩む。


「それだけじゃない。家にも、学校にも連絡したけどいないって言ってた。そしてこの近くで、咲月ちゃんのバックが見つかった。さらには、ここで微弱なインカネーターの反応があった。それで仲間に救援を呼んで、今に至るというわけ」


「その仲間の救援はいつ来るんだ?」


 京馬の問い、美樹は一寸の間を置き、嘆息して言う。


「今、アウトサイダーでは天使の襲撃にあってる。そこに大量に人員を割いていてね。とてもじゃないけど、他に人員を割けないって……」


「じゃあ、うちの組織は──」


「アダムも、駄目。同様に襲撃にあってる。これは、明らかに何かある……!」


 美樹は険の表情になり、告げる。

 眼前の扉を前に、美樹は制止する。


「ここね」


 言って、美樹は触手をゆっくりとドアノブへとかける。


「京ちゃん。恐らく、ここに咲月ちゃんが捕えられている。私の言う事に従って」


 京馬は首を縦に振る。


「まず、私がこのドアノブをゆっくりと開けて、隙間を作る。そして、そこから出た『影』に私の魔法で入り込む。そして、『私の力』を感知できない相手に不意打ちを食らわせ、咲月ちゃんを奪還。その後はまた私の気配遮断の魔法を使って逃げる」


「ああ、わかった」


 同意を求める美樹の顔に京馬は頷きで答える。

 美樹は京馬の手をとる。


「ふふ。こういうシチュエーションこそ、私の『力』の特権がフル活用できるね」


 微笑し、美樹は言う。

 そして、ドアノブにかけた触手を動かす。

 僅かに出来る隙間。


「『影の隠匿者シャドウ・コンセルメント』」


 美樹は黒い魔法陣を発現し、魔法名を告げる。

 すると、そこから出た影に京馬達は吸い込まれる。


「私の計算通りだね。ここの窓にある棚で影が出来る!」


 美樹は僅かな隙間から出来た影から、棚が月光を遮って出来た影へと移動する。


「あれは……!」


 その影から、京馬達はその部屋の状態を観察する。

 その部屋は、書類も何もないデスク。無造作に置かれた受話器。壊れた椅子。

 会社の事務室のようだ。

 しかし、そのかつては忙しなく社員が動いていたであろう部屋に明らかに異質な影が二つ。


「咲月……!」


 椅子に綱で縛られ、咲月が気を失っていた。

 そして、傍らには黒いローブを着た蒼白の仮面を着けた人間。

 見た目から、男なのか女なのかすらわからない。


「あれは、何者だ!?」


「わからない……恐らく、天使のインカネーターでしょうね。でも、あの衣装と仮面は何だろう……?」


 京馬の問いに、美樹は答える。が、その奇怪な風貌に疑問を覚える。

 その黒いローブを纏った人間は、携帯電話を掛けようとした。


「まずい! 多分、京ちゃんにかけるつもりだよ! 『機械の音』は私の影では消せない! 一気に畳み掛ける!」


 同意の合図をして、京馬達はその黒いローブの人間の背後の影から這い出る。


「『意志の矢ウィルイング・アロー』!」


「『黒炎の轟きダーク・プロミネンス』!」


 そして、青白い矢と黒炎を同時に相手の背後に叩きこむ。


「な!? う、あああああああああっ!?」


 突然の背後から強襲に男は吹き飛ばされる。

 それを確認するまでもなく、京馬は咲月を縛っている綱を裂く。


「『盲目の嘆きブラインド・グリーフ』!」


 そして、美樹は黒い魔法陣から魔法を発現。

 辺りを漆黒が包み込む。


「逃げるよ! 京ちゃん!」


「ああ、わかってる!」


 窓の方向へと二人は駆け出し、その縁に足を掛け、ジャンプしようとする。


「『太陽の咆哮サンライト・ロアー』!」


 しかし、背後からの声とともに、黄色の閃光が放たれる。

 その閃光によって、美樹の放った漆黒が晴れる。


「う、うわあああああ!?」


「きゃあああああああ!?」


 その閃光に吹き飛ばされ、二人は地面に叩きつけられる。

 が、京馬は咲月をしっかりと包み込み、咲月への衝撃を和らげる。

 黒いローブの人間は、四階の窓から飛び降り、着地。

 その蒼白の仮面は欠け、そこから顔の一部が見える。

 浅黒い皮膚、目は鷹のように鋭い。


「やれやれ、一体どこに潜んでやがったんだ……! まるでわからなかったぞ。そういう能力なのか? 迂闊だった」


 その声色は男だった。

 舌打ちをし、その男は告げる。


「おい、手前ら。面倒くさいから、一回しか言わんぞ。よく聞け。坂口京馬という少年を連れてこい。そしたら、命は助けてやる」


 その問いに京馬は即答する。


「坂口京馬は、俺だ……! お前は誰だ!? 天使か?」


「お前が、京馬か。ははっ! 手間が省けたぜ! わざわざ、この娘をダシにしてやった甲斐があったな!」


 そう言って、男は周囲を灼熱砂漠の世界へと塗り変えた。

 先ほどの闇夜が嘘のように日光が照りつける。

 あまりの暑さに、瞬時に京馬達の額に汗が垂れる。


「俺の名は、アサド。天使のインカネーターじゃねえ。俺は……ああ、秘密だったな、これは。とにかく、お前を攫う任務を任せられているんだ。手短に済まさせてもらうぜ?」


 アサドが赤の魔法陣を展開させる。


「『赤熱濁流レッドヒート・マディ・ストリーム』!」


 魔法名とともに、周囲が燃え盛る。


 そして、渦を巻き、螺旋の炎が京馬達に襲いかかる。


「『影の使役者シャドウ・サーヴァント』!」


 美樹は黒い魔法陣から魔法を発現する。

 美樹の影は三次元となり、美樹と同じ動作をする。


「『黒炎の轟きダーク・プロミネンス』!」


 そして、影と同時に放つ、黒炎をアサドの放った螺旋の炎へぶつける。


「あいつの行いに『怒れ』! あいつを倒すことへの『希望』を抱け! そして、あいつを倒し、みんなを助ける『決意』をっ!」


 京馬は叫び、『想い』を強める。


「くらえっ! 『意志の矢ウィルイング・アロー』!」


 眩い青白い閃光を放ち、京馬は極太の矢を美樹の黒炎と合わせ、螺旋の炎へとぶつける。

 白と黒の力は赤の炎を易々と呑み込んでゆく。


「っ!? ほほう! これが、『報告』にあった『ガブリエルの力』! 思った以上に強力だっ!」


 そして、京馬の感情『希望』によって、『力のキャンセル』が起こり、炎が霧散する。

 突き抜けた一撃が、アサドを襲う。


「『灼熱の曲刀タルウィ・シャムシール』」


 巻き起こる炎とともに、アサドは一刀の燃え盛る曲刀を発現させる。

 そして、それを京馬と美樹の放った一撃に一振りする。


「な、何!?」


「嘘!?」


 揺らめく炎熱を放つ刀は、快音と共に京馬達の一撃を両断する。


「ははは、確かに、お前らのランクでは強力な一撃だった。だが、アダムのランクで言えば『Aクラス』に該当する俺には大した威力ではないな」


 余裕の笑みをアサドは浮かべる。


「『Aクラス』だって……!?」


 京馬は戦慄する。

 アダムの『Aクラス』と言えば、京馬をアダムへと導いた桐人と同ランクだ。

 日本はその国の特性故、『Aクラス』は複数、さらにミカエルが根城にしているため、『Sクラス』のエレン、『SSクラス』のサイモンがいる。

 だが、通常の支部では『Sクラス』に該当するものが一人いるかいないか、『Aクラス』も同様という構成である。

 つまり、このアサドというインカネーターは支部のトップクラスの力と同等ということになる。


「ははは、その焦燥しきった顔、良いねぇ。今は、どの組織からも『救援が来ない』。諦めて、俺に捕まるか、若しくは抵抗して半殺しにされて捕まえられるか。選択するんだな」


 アサドは曲刀の先を京馬達に向け、選択を迫る。


「くっ……!」


 京馬は唇を噛む。


「この力の差は……まずいね」


 一方、美樹は苦悶の表情を浮かべる。


「う……あ、ああ……」


 途端、京馬達の背後からうめき声。


「ここ……どこ? 確か、私は学校から駅に向かう途中で……?」


 瞼を開け、倒れていた咲月が目を覚ます。


「咲月! 大丈夫か!?」


「京馬くん……? それに美樹ちゃん? これは、一体……!」


 咲月は周囲を見渡し、今の状態が緊迫した状態であることを確認する。


「目を覚ましたか。まあ、どのみち三人まとめてもこの俺の敵じゃあないがな」


 アサドは赤の魔法陣を展開し、言う。


「さあ、どうする?」


「決まってる」


 アサドの問いに京馬は即答する。


「お前をぶっ飛ばして、俺達はいつも通りに家に帰って寝るんだ!」


 京馬の答えに、アサドは一寸、顔を沈める。

 徐々に頭が震えだし、口が吊り上がる。 

 次第に声が漏れ、それはさも可笑しな光景を見るかの様な高笑いとなる。


「ふ、ふふ……はは、ははははっ! あーっはっはっはっ! お前は、漫画の主人公気取りか!? いくらお前らが『特別』でも、現実はそんなに甘くないぞ!?」


 アサドは高々と笑いながら告げる。

 そして、さらに赤い魔法陣を展開し、魔法名を叫ぶ。


「『灼熱の滾りバーニング・ボイル』! 『熱砂の雨バーニング・サンド・レイン』!」


 途端、アサドの体全体が赤い揺らめきに包まれ、さらに空間全体に砂嵐が巻き起こる。


「『危機の防護クライシス・ガード』!」


「リフレクション・ミラー!」


「くっ!」


 京馬は『危機』の感情による防御、咲月は『創造』の力による鏡の防御、美樹は触手に身を包んだ防御を行う。

 その各々の防御を砂塵が襲う。


「そんな貧弱な防御で大丈夫かぁ!? ほらほら、いくぞ!」


 アサドの言葉とともに、徐々にその砂塵が激しさを増す。


「つ、強い……! こんなに『危機』を感じているのに……!」


 京馬の頬に冷や汗が伝う。


「終わりだっ!『赤熱濁流レッドヒート・マディ・ストリーム』!」


 さらにアサドは赤い魔法陣を展開させ、魔法を放つ。

 螺旋の炎が三人に襲いかかる。

 それは、先ほどの同じ一撃とは比にならないほどに勢いが増していた。


「ぐわあああああああ!」


「「きゃあああああああ!」」


 その強烈な一撃は易々と三人の防御を破砕し、三人を吹き飛ばす。


「やはり他愛ないな。所詮はただの下位クラスのインカネーターか」


 手を払い、アサドは告げる。

 吹き飛ばされた京馬達は仰向けに倒れ伏せる。

 そして、うめき声を上げ、手を軸に這うように立とうとする。


「あ……圧倒的すぎる……! でもっ!」


 先ほどのアサドの攻撃で京馬達の精神はかなり削られ、『アビスの力』で使用できる精神力はほとんど残っていなかった。

 だが、京馬はそれでも諦めない。


「決めたんだ……! こんな『絶望』、打ち勝ってやるっ!」


 そう言って、京馬は手を空へと掲げる。

 京馬は、以前に使った青白い閃光を放つ剣――『壊れた世界の反逆者ブロークワールド・リベリオンズ』を発動しようとした。


「どうしたっ!? 何で出てこない!?」


 だが、京馬の掲げた手からは何も出てこなかった。


「まだ……俺の『想い』が足りないってことか!?」


 京馬は唇を噛み締める。


「……? ははっ! 何かやろうとしたみたいだが、上手くいかなかったみたいだな」


 そんな京馬の様子を見て、アサドは怪訝な表情をするも、すぐに余裕の笑みを浮かばせる。


「さあ、もう諦めるんだな! 俺はお前達が戦ってきた敵なんかの比じゃないくらい強い!」


「いや、まだだっ! 俺は、諦めないっ!」


 だが、アサドの要求にあくまで折れない京馬。

 その言葉と表情に、アサドはため息を吐く。


「ったく。諦めが悪いな。……じゃあ、こうしよう。俺が十秒数える間に諦めなきゃ、そこに転がってるお前の仲間を一人づつ殺す」


 言って、アサドは燃え盛る曲刀を咲月へと向ける。


「十」


 そうして、死のカウントダウンが始まる。

 喜々とした眼の歪みを覗かせながら、アサドは深々と口を吊り上げる。


(どうした……! 本当に何で出てこない!? こんな危機的な状況だっ! 『条件』は満たしているはずっ!)


 京馬は焦燥の表情を浮かべる。


「九」


 さらに、死は迫ってくる。

 唇を噛み、京馬は打開策を巡らす。

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