『フォールダウン・エンジェル計画』

「はあ……」


 放課後、京馬はアダムの地下基地へ向かうため、電車に乗っていた。

 革吊りに手をかけ、京馬はため息をつく。


「一体、何だったんだ。今日の一日は……」


 京馬はこの夕刻までの出来事を思い出し、さらにため息を吐く。

 咲月が出て行った後、京馬はひたすら美樹の手作り弁当を食べながら、眼前のおぞましい嫉妬オーラに晒されていた。

 さらには、京馬がいつもつるんでいる四人組からも冷たいオーラが滲み出ていた。ただし、京馬の大親友である賢司だけは苦笑いを浮かべるだけであったが。

 そしてその一人、本橋尚吾は「二股とか、まじねえよテメー! このうらやま……けしからん!」とか何だか意味不明な罵倒をしてきたが、そんなのはどうでもいい。

 問題は、咲月がその後、全く話しかけてこなくなったことだ。

 こちらが、話しても「ああ」とか「うん」とか、二文字の返事や簡単な応答しかしてこない。

 おまけに放課後も「やることがあるから先に行ってて」と言われる始末。


(俺、咲月に嫌われたのかなぁ……?)


 京馬は首を下に向け、項垂れる。

 だけど、しょうがないことじゃないか。

 京馬は自身の行いに全く間違いはないと、気持ちを切り替えようとする。


(あの時、咲月のお弁当を選んでいたら、更にあの状況が酷くなることが確実だったんだ! それを考えたら、俺の選択は正しいはず……!)


 そう、京馬は思慮する。


(大体、何であんな些細な事であんな悲しい顔するんだよ! まるで、咲月が俺のことを……)


 京馬は、自身の思考を止める。


(咲月が俺のことを……好き?)


 心で言い放った言葉を、しかし京馬は否定する。


(いや、そんなわけないだろ!? 俺と咲月は友達だ! それに咲月には俺が美樹が好きだとも言ってるし……)


 そして、新たな苦悩を京馬は思い出す。


(そうだ……美樹とあんなにベタベタ出来てすごい楽しくて、嬉しいのに……)


 京馬は昼食の後、さらに続く美樹のアプローチにたじたじだった。

 体育のバドミントンでは、半ば強引に京馬とペアになったかと思うと、わざとらしくこけて京馬に抱きついてきたり。

 さらに移動教室では、一緒に移動中に腕を掴み、小脇に抱えて胸に当ててくる。

 その他諸々。

 京馬は何度か理性が吹っ飛んで、押し倒しそうになるが、それをギリギリの精神で耐えていた。

 それは、一重に美樹の化身『アスモデウス』の固有能力『誘惑の奴隷テンプテーション・スレイヴ』のせいである。


(あんな能力を美樹が持っていなかったらな……これじゃ、生殺しだよ……つらい)


 京馬は嘆息する。


(この誘惑は、美樹から俺への勝負みたいなものなんだろうな……)


 京馬は美樹と『世界の創造』をどちらが先にやるのか競走するという約束をしていた。

 もし、ここで美樹の誘惑に負け、交わってしまったらそこで美樹の言いなりの奴隷となり、そこで美樹の勝利となる。

 そうしたら、その約束も、そして京馬自身が掲げた『目的』もなくなってしまう。

 それは避けなければならなかった。

 だから、京馬は誘惑に耐える。そして、その先の明るい未来を夢想する。

 その京馬を誘惑する少女との真の幸せを──


(『世界の創造』。それはどうやってするのか……美樹はそれはアダムの最終目的『世界を在るべき形に戻す』ことと同時に叶えることはできないと言ったけど……)


 さらに京馬は思慮する。


(結局、美樹はその答えを答えてくれなった。『それは、京ちゃん自身で探してね』、か)


 京馬は、美樹の誘惑に耐えながらも、『世界の創造』について聞いていた。


(色々と自分で調べてみるしかないか……そして、咲月の化身『イシュタル』)


 京馬は苦悶の表情を浮かべる。


(美樹が言うには……非常に危険な化身らしい。今まで咲月以外の人間が『一度も』宿したことのない化身だと聞いてるけど、一体……)


 京馬が思慮していると向かいのドアが開く。


(とりあえず、地下基地へ行ったら情報収集だ。考えるにはやっぱり情報が少なすぎる)


 京馬は電車を出て、アダムの地下基地へと向かって行った。




「おう、京馬」


「こんにちは。剛毅さん」


 京馬はアダムの地下基地にあるロビーに入ると、入り口前に佇む剛毅に挨拶された。

 そして、挨拶を返すと同時、周囲を見渡す。


「……それにしても、すごい人ですね……!? いつもはほとんど人ががいないのに。この人達は一体?」


 京馬は、何時もは無人に近いアダムの地下基地のロビーにたくさんの人が屯しているのを見て、目を丸くする。

 その人群れはブロンドの髪の白人や、漆黒の肌を持つ黒人など、様々な人種がごちゃ混ぜになっていた。


「ん? 連絡がいってなかったか? 昼前に定時連絡として、メールで連絡が入ってきたと思ったんだが……まあ、急すぎだよなあ。思った以上に集まりが早かったから急遽、今日になったんだが」


 京馬は、剛毅の言葉で一寸の思慮を行う。


(あ、そういえば……昼食前に『アダム』からメールきてたな。でも、色々と大変で読み飛ばしちゃったんだ!)


 京馬は、剛毅の言っていた定時連絡を読み飛ばしてしまったことを思い出す。

 何故、京馬がそのようなことをしてしまったのか、自身で理解していた。

 そう、咲月と美樹が原因だ。

 嘆息して、京馬は剛毅に言う。


「ちょっとその時は忙しくて……すみません。その定時連絡、読み飛ばしてしまいました。それで、この人達は?」


「ああ、こいつらは各地から集めてきた、俺らと同じアダムのインカネーター達だ」


「……! この人達全員が、インカネーターなんですか!? うわぁ、めっちゃ多い……」


 京馬はインカネーターという、化身を宿すことで魔法などの不可思議な能力が使える人々を本当に限られた特殊な存在だと思っていた。

 しかし、立派なコンサートホール並みの規模を誇るアダム地下基地のロビーを埋め尽くす人々を見て、その考えに疑問を持つ。


(五十……いや百人はいそうだぞ……!? インカネーターってこんなに多かったのか……!)


「こんなに多くのインカネーターを見るのは初めてだろう? 前にも言ったが、本来はここにいる日本支部のインカネーターも、アダムの業務よりも日常を優先し、任務以外は滅多にこないんだ」


 微笑し、剛毅は語る。


「そんな、いつもならたまに顔を出す奴らが今回は来ている。さらにサイモンさんが、アメリカ支部や中国本部……さらには本部まで人員を寄越すように呼びかけてな。そして、ここに大量のインカネーターが集まったわけだ」


「へえ……でも、今日は何でこんなに多くのインカネーターを集めてきたんですか?」


 京馬は首を傾げ、剛毅に問う。

 剛毅は京馬の顔をまじまじと見つめる。

 そして、一寸の沈黙を経て、口を開ける。


「それは、お前がガブリエルとより深く『馴染んだ』からだ。……って言ったらわかるだろ?」


「……ミカエルとの、天使達との決戦が真近に近づいているからですか」


 京馬の答えに剛毅は首を縦に振る。


「ああ。今日はその顔合わせと、『フォールダウン・エンジェル計画』の計画概要の説明のために、こうやって各地のインカネーターが集合したのさ」


 なるほど、という理解とともに京馬は少し緊張をする。

 この人達はつまり、『自分の影響』によって集まってきたということだ。

 それは、ここにいる人達全員が自分のことを知り得ているということ。

 要するに京馬はここでは有名人なのだ。

 その事実に気付くと同時、京馬は周囲の自身を見つめる目が好奇であるということにも気付く。

 よく見ると、京馬を見て耳打ちするものもいる。

 ……正直、あまり居心地の良いものではないな。

 京馬は眉をしかめる。

 そんな京馬の心情を察したのか、剛毅は言う。


「ああ、まあ気にするな。みんな、今回の作戦の中心であるお前に興味がいっちまうんだ。なんてたって、こんな大規模な作戦の中心人物になるんだからな。しょうがない」


「それは、わかるんですけど……」


 やるせない気持ちでもやもやする京馬。


「やあ、君が京馬くんかいっ!? ……お、そこにいるのは『炎帝の魔術師』じゃないか!? 活躍は聞いているよ! 久しぶりだねぇ」


 そこに突拍子もなく割り込んでくる男が一人。

 金髪の髪と白い肌。

 そしてその肌は若干のしわが。

 恐らく四十前半かそこらの年齢だろうか。

 高そうなスーツを身に包む。

 さらに瞳は碧眼で、その瞳の奥にはどことなくギラギラとした野心を秘める。


「アルバートさん!? 久しぶりです! まさか、今回の作戦にはアルバートさんも参加するんですか!?」


 剛毅の問いに、アルバートは首を縦に振る。


「ああ。……いやぁ、実は私が最高責任者を務める『アダム・アメリカ支部』は今、あまり人員を割けることが出来なくてね。色々と検討した結果、私が来ることになった」


 嘆息し、アルバートは告げる。


「この方は?」


 京馬は見知らぬ外人と親しげに話す剛毅に、その外人の説明を求める。


「この方は、アダムの活動資金を援助してくれているアルバート・テイラー氏だ。『アダム・アメリカ支部』の最高責任者とともに、アメリカの大きな証券会社の社長を兼任する……まあ、凄くて、偉い人だ」


「ははっ! よしたまえ。この地位と金を獲得できたのも、運の巡りが良かっただけだよ」


 苦笑し、アルバートは告げる。

 そして、京馬に目を向け、言う。


「そして、君の活躍も聞いているよ! アウトサイダーとかいう組織のCランクに該当するインカネーターを、化身を宿して僅か一週間足らずの状態で倒したそうじゃないか! 素晴らしいよ!」


「え!?……い、いや、まあ、本当に運が良かっただけですよ……」


 突然のアルバートの賛辞に京馬は照れながら答える。


「ところで、エレン嬢や桐人はどこだい? 見た所、ここにはいなそうだが……」


 アルバートは周囲を見渡しながら、尋ねる。


「ああ……桐人とエレンは……病室です」


 剛毅は顔を伏せ、答える。

 そして、京馬はその剛毅の顔を覗き込む。


(やっぱり、剛毅さんも心配しているんだな……)


 京馬は剛毅の俯いた顔を見て判断する。

 前回のアウトサイダー横浜支部を侵攻した時、エレンが敵の手によって重症を負ったという知らせを京馬が聞いたのは、京馬が病室で目を覚ましてからしばらくしてからのことだった。

 話によると、京馬達が作戦遂行中にエレンと桐人がアウトサイダーの『最大の実力者』と推測される敵と交戦。

 なんとか敵を退けるも、エレンが敵の攻撃によって負傷し、意識不明の重体を負ったと京馬はサイモンに聞かされた。

 そして、桐人がそのエレンに付きっきりで看病していることも。


「病室? あの『風雷コンビ』がやられたというのか!?」


 アルバートが驚愕する。


「いや、桐人も負傷したが、支障はありませんでした。だが、エレンの方が精神、肉体、ともに重傷でして……今は桐人が付きっきりで看病しています」


「あの『神雷を超越した女帝ケラウノス・オーヴァー・クイーン』を打ち負かすほどの相手か。恐らく、サイモンクラス並みの実力を持っているのだろうね。……アウトサイダー、一筋縄ではいかなそうだな」


 危惧した表情を浮かべ、アルバートは呟く。


「『神雷を超越した女帝ケラウノス・オーヴァー・クイーン』? それは何ですか? エレンさんの肩書きですか?」


 そして、京馬は聞き慣れない単語を反復し、問う。


「ああ、そうだ。エレンの『マッシヴ・エレクトロニック』は知っているだろう? あの兵器は、雷系の攻撃で最大であったアビスの住民、『ゼウス』の『雷霆ケラウノス』の威力をも上回る威力を誇っている。そのため、畏怖と尊敬の念を込めて、エレンは『神雷を超越した女帝ケラウノス・オーヴァー・クイーン』という肩書きを得たのさ」


 その京馬の問いに、剛毅は答えた。

 そして、人差し指で頬を掻きながら、剛毅は語る。

「俺の『炎帝の魔術師ソーサラー・オブ・ペイモン』も似たようなもんだ。炎という属性の元管理者である炎帝『ペイモン』による多種多様な魔法行使を自在に使えることから付けられた肩書きで──自分で言うのもなんだが、組織である程度の知名度を得られたものがもらえる、いわゆる『称号』みたいなものだ」


「『称号』、ですか。……何かカッコいいですね! いいなぁ」


 『称号』という響きに京馬は少し憧れを持つ。


「……まあ、お前も色々と業績を積んでいけば、その内『肩書き』は付くようになるさ」


 剛毅は告げる。

 そして、剛毅は京馬を見てあることに気付く。


「そういえば、咲月はどうした? 今日は別々で来たのか?」


 その言葉に一寸して京馬は頷く。


「……はい。何か、やることがあるらしくて、先に行くように言われました」


 京馬は嘆息して告げる。

 そんな京馬の顔を剛毅は怪訝に見つめる。


「もしかして、お前ら喧嘩でもしたのか?」


「い、いえ! そんなことは……」


 剛毅の言葉に京馬は強く動揺する。

 実際、喧嘩なんてものはしていない。

 だが、咲月が昼食の時に見せたあの反応。

 そして、その後のやり取り──

 京馬は咲月との関係に、明らかなヒビが入ったのを理解していた。


(俺が、謝るべきなんだろうか……?)


 京馬は先に美樹の弁当を食べてしまったことへの謝罪をすべきか悩む。

 だが、あんな明らかな拒絶の態度を示されると、どうも言葉を発しづらい。


「咲月とは……例の、誰も宿したことがないという化身『イシュタル』を持つインカネーターの娘のことかね?」


 アルバートは咲月の名前に反応し、問う。

 その問いに剛毅が答える。


「はい。未だに謎の多い化身です。『この世界』では性愛の女神に位置付けられているのに関わらず、その固有能力は物質と化身の交配による様々な力の『生み出し』。今は、未だ咲月自身の力が非力な状態なので、そこまで強力ではないんですが……成長したら、間違いなく『SSクラス』レベルの力を得られるでしょうね」


 剛毅の見解に、アルバートは首を縦に振り、尤もだという反応を示す。

「咲月ちゃんは非常に興味深いインカネーターだ。出来れば、『アダム・イギリス支部』の『研究班』にお願いして色々と検討したいところなんだが……一度、断られてるからねぇ」


「はい。……少なくとも、咲月が高校を卒業するまで待って下さい。下手したら、咲月の『人格』に影響が出る危険があるので。後……一応、聞きますが、研究所長の『メイザース』には咲月の事は言ってないですよね?」


 剛毅は忠告するように問う。

 その問いにアルバートは苦笑し、答える。


「ああ。もちろんだとも。あいつにそんな話をしてしまったら、無理矢理でも咲月ちゃんを連れ出して、色々と検証し出すからなぁ……」


 そんな二人の会話を、京馬は真剣に耳を傾けていた。

 何故なら、その二人の会話が、美樹が忠告した咲月の化身『イシュタル』の話題であったからだ。

 ……これは、『情報』を得るためのチャンスだ!

 京馬は、とりあえず会話の流れに乗り、色々と二人に聞いてみることにした。


「咲月の化身である『イシュタル』は、そんなに強力な化身なんですか?」


 まず第一に京馬が気になったことを問う。


「ああ、そうだ。というか、実際お前が手を合わせてみて理解できたろ? あの咲月の固有能力の恐ろしさが」


「はい。ですけど、咲月自身も言ってましたが、その咲月自身の固有能力は応用力が抜群にある代わりに精神力の消費が多少割高であることに加え、その分、決定打に欠ける……器用貧乏な能力だと」


 京馬の返答に、剛毅は顎に手を当て、どう説明しようかと思慮する。


「……まあ確かに、その通りだな。だが割高と言っても、能力の応用力の高さからいって、消費はかなり低燃費だろう。あの消費量でどんなものでも生み出してしまう咲月の『創造』の能力は、鍛えあげれば反則的な強さを誇るぞ」


「そうですか……あと、『イシュタル』は『謎の多い』化身と言ってましたけど、それはどうしてですか?」


 京馬は納得し、次の質問を剛毅に投げかける。

 そうだな、と剛毅はさらに思慮をして答える。


「インカネーターの固有能力が、必ずしもその化身の『由来』に依存するわけではないのは知ってるな?」


「はい。桐人さんから頂いた『インカネーター指南書』にも書いてありました。確か、インカネーターの固有能力は、神話などの物語で描かれる化身の『由来』だけでなく、その宿り主であるものの『性質』も加味されて決定される……でしたっけ?」


 剛毅の問いに疑問交じりで京馬は答える。


「その通りだ。例えば、身近ではエレンの『ケツアクウァトル』だな。あの文化と農耕、そしてその性格から風や水を司る『創造神の一柱』は、本来ではあんなに『雷』に特化した能力ではなかった。だが、エレンの『性質』により、化身の固有能力はそのように固定化された」


「実際、エレン嬢は通常よりかなり極端な力の傾倒だがね。おまけに初期の頃から異常な力の増幅を繰り返してな。あれには手を焼いたよ。英雄『リチャード』の孫に当たるためなのかよくわからんがなぁ」


 剛毅の説明にアルバートが割り込む。


「それと、咲月の化身に何の関係が?」


「咲月の宿す『イシュタル』は、性愛を司る女神だ。つまりは、咲月の固有能力である『創造』の能力とはカスってもいねえ。いくら、インカネーターの固有能力が宿り身の『性格』で変動しようとも、『もともとない』能力は発現できないはずなんだ」


「つまり、咲月は本来ではあり得ない力の発現をしているってことですか?」


「そうだ。それに合わせて、咲月以外、『イシュタル』を宿したものがいないことも含めて、だな」


 京馬は考える。

 咲月の宿す『イシュタル』。

 それは、どうやら非常に強力で、相当特殊で、謎の多い化身であるらしい。

 だがそこに、美樹の言っていた『危険性』が孕んでいるとは現段階では思えない。


「じゃあ、続いて申し訳ないんですけど、『イシュタル』という化身自体に、この世界を脅かすような『危険性』を孕んでいるとかってのはないですよね?」


 直球で京馬は剛毅に聞いてみる。


「……? いや、そんなのは聞いたことねえなぁ。ちょっと調べればわかると思うが、神話内でもそんな記述はないぞ? 世界を脅かすって言ったら、別の神話体系でたくさん見受けられるがな」


「そうですか……」


 剛毅の答えに、京馬は自身の探すものがないことを理解し、俯く。


「……どうした、京馬? 咲月の化身のことでこんなに喰いつくなんて……やっぱりなんかあったのか?」


「い、いえ! 違うんですよ! より仲間の能力のことを知りたいなーなんて思ってただけで……」


 手を横に振り、京馬は否定する。

 途端、空間に静寂が来る。

 京馬は皆の視線が階段を上がったロビー上部のホールへと向けられていることに気付く。

 そして、京馬も皆と同じ方向へと目を向ける。


「ようこそ、皆さん。今日は遠いところからわざわざ来て頂き、ありがとうございます」


 視線の先には、黒いコートに身を包む白髪の老人。

 ──サイモンさんだ。

 京馬はその老人の名を心で呟く。


「私が今回の『フォールダウン・エンジェル計画』の総指揮官に任命されたサイモン・カーターです。よろしくお願い致します」


 皆の目が自身に注目していることを確認し、サイモンはお辞儀する。


「さて、皆さんも確認されたでしょうが、今回の計画はとてもシンプルな内容となっています。偶然にも約千年ぶりに人へ宿った『ガブリエル』。それを囮とし、ミカエルを『アビス』から現界させ、我々が一斉に叩きつぶす……という計画です」


 ですが、とサイモンは注釈する。


「実際に『この世界』でそれを行った場合……例えば、この東京で行ったとすると、間違いなく都心は消滅。いや、その周辺の神奈川、埼玉などの隣接する都道府県にも甚大な被害が出るのは皆さんも容易に想像できると思います」


 一息つき、サイモンは手を眼前で払う。

 すると、機械の感知音とともに半透明の緑のキーボードが出現する。

 そのキーボードを操作しつつ、サイモンは説明をする。


「そのため、我々『インカネーター』が使用できる捕縛結界にミカエルを捕縛することが必要となります。しかし、作戦当日は多くの天使……それも、『Sクラス』レベルの強力な『御前の七天使』や下手すると『四大天使』唯一のミカエルの協力者、『ラファエル』との熾烈な戦いになると予想されます」


 言って、サイモンは手の動きを止める。

 そして、横隣りに縦五メートル、横は七メートルになるであろう巨大なディスプレイが表示される。

 そこに表示されるのは巨大なドーム状の球体。


「そこで、我々が『アダム・イギリス支部』の『研究班』──通称、『黄金の夜明け団』に開発を依頼した、この装置型超特大捕縛結界『メイザース・プロテクト』によって、ミカエルとその天使共々を一気に捕縛します」


 サイモンの話とともに、映像は移り変わってゆく。

 その言語はイギリス語で表示されるが、インカネーター達は化身の『全ての人種と対話できる』能力を引き継いでいるため、首を傾げることなく、興味深くディスプレイを覗き込む。


「しかし、その強度はそこまで強くありません。例と致しまして、『神雷を超越した女帝』の『マッシヴ・エレクトロニック』の三分の一の威力でかなりの損害が出るほどです」


 サイモンは半透明のキーボード、そのエンターキーをひと押し。


「そこで、我々はその強度を上げるべく、研究を重ねました。その結果、『ミスリル』などの『アビス』で存在する『魔法鉱物』を絶えず、供給することによって幾倍化の強度に上昇させることに成功しました」


 さらにエンターキーを押し、サイモンは続ける。


「その『魔法鉱物』は『補給班』により供給、さらにその管理は『設備班』によって行います。そのため、皆さんは気にせず『メイザース・プロテクト』発動後、各自プランを立て、的確に、そして臨機応変に作戦に集中して下さい」


 言い終えると、サイモンは先ほどとは逆向きに手を払う。すると、緑の半透明のキーボードは霧散。そして、ディスプレイも消える。


「これにて、今回の計画概要の説明は以上です。今回の内容をまとめた資料を、入口前の『整備班』のものが配布していますので、それを任意でお持ち帰り下さい。では」


 言って、サイモンは背を向け、去ってゆく。

 同時、呼び出されたインカネーター達も帰ってゆく。


「あの結界……もしかして、トレーニングルームの?」


 京馬は剛毅に顔を向け、問う。


「ああ、その通りだ。試験運用として、うちで使わせてもらっていた。……それをお前の試験でエレンが調子こいてぶっ壊しちまったんだがな」


 剛毅は苦笑する。


「あの時、その件をメイザースに報告したら、あいつ、かなり面喰ってたな。『馬鹿なっ! 私の作った結界がそんな脆弱なわけがない!』とか言ってよ!」


 はは、苦笑が笑いに変わり、剛毅は言う。


「それで、か。最近、奴からもっと資金援助を促すように懇願されたのは」


 苦笑し、アルバートが呟く。




 揺らめく電車の中、メールチェックと同時に午後八時を回ったその時刻を確認し、京馬は窓を見つめる。

 そこから見えるのは漆黒とネオンライトやLEDライトの灯り。

 他は……何も見えない。

 結局、咲月は来なかったな……

 京馬は嘆息する。

 あの後、京馬は咲月に連絡をしようとしたが、結局連絡が取れず、帰ることになった。

 そして、剛毅とアルバートは久方ぶりに飲みに行こうという話になり、京馬は一人、電車で帰ることになる。


(何で……何で咲月はアダムの地下基地にも来なかったんだろう)


 剛毅は、咲月はアダムの構成員の中でもかなり組織にどっぷり浸かっている方で、このような集まりは必ず出席していたと言っていた。

 そんな咲月が、今回は出席していなかった。

 あまり積極的に組織と関わりを持たないものもいた、今回の集まりにだ。

 京馬は、内心、酷く落ち着かない状態であった。


(俺、そんな嫌われるようなことしたのか!? 何なんだよ、ちくしょう!)


 心の中で悪態をつき、京馬は心を落ち着かせようとする。




 京馬は、電車から降りると、着信があることに気付く。


「美樹!?」


 そのディスプレイに表示される名に京馬は目を釘にし、急いでかけ直す。


「……もしもし! 京馬です!」


「京ちゃん!? 今どこにいる!?」


 途端、美樹から問われる。

 その声には焦燥があった。


「今は、うち近くの『空渡』駅にいるけど、どうかしたのか!?」


 京馬の心情は、美樹の焦燥に重なる。

 この『空渡』という駅名は、京馬が住むこの地方の名でもある。


「今、駅にいるんだね!? じゃあ、天橋中央駅まで来てっ!」


 京馬の問いを無視し、美樹は叫ぶ。


「ちょっと待って! 一体何があったんだ!?」


 京馬は再度、美樹に問う。


「攫われたんだよ!」


「え?」


 京馬は動詞のみで返答する美樹にさらに問い返す。


「咲月ちゃんが攫われたんだよ!」


「なんだって!?」


 ようやっと、事態が把握できた京馬は急いで、近くのタクシーを呼んだ。

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