浸食されてゆく『日常』
「みんな、心配を掛けてごめんね。無事退院できました。これからも、よろしくね!」
クラスの生徒全てが目を釘にし、その少女を見つめる。
それは、二度と回復しないであろうという状態であったその少女が回復し、学校に戻ってきたこと。
さらに、改めてその少女の美貌──否、以前にも増した妖艶な美しさに目を奪われたからだった。
「美樹!?」
京馬は驚愕の声を空間に響かせる。
見れば、隣の席にいる咲月も唖然としていた。
「前の席は咲月が来てからの席替えでないからな。じゃあ、空いてる席は……お、丁度良いな。あの坂口の後ろに座れ」
京馬と咲月を擁する世界平和のために活動する組織『アダム』──その組織に対抗する新興組織『アウトサイダー』に所属するウリエルが、先生として一般人に扮した姿、『右京リエル』。
その右京リエルが美樹に指示を出す。
美樹は頷くと、足を京馬の後ろの席へと歩ませる。
そして、京馬の前まで来ると腰を屈めた。
「──また、一緒に授業できるね、京ちゃん」
「……!」
京馬の耳元に美樹は囁く。
その甘い声に京馬の鼓動は早くなる。
クスッ、と美樹は微笑み、京馬の後部にある席へ座る。
見ると、男子の嫉妬の目が京馬へと突き刺さる。
思わず、京馬は苦笑いをした。
同時に焦燥の感情が。
(一体、どうなってるんだ……!?)
京馬は何故この状況になったのか頭を回転させ、必死に考える。
(『休戦協定』とか言ってたよな……? それで『ウリエル』がこの学校に派遣されたのはさっき説明でわかったことだ)
そう、この授業のHRが始まった直後、京馬と咲月はウリエルの説明で、数十分前に決まった『アダム』と『アウトサイダー』の『休戦協定』のために自身が派遣されたと説明していた。
しかし、そこに何故美樹が……?
疑問とともに思わず、隣り席の咲月を見つめる。
見ると、咲月も困惑して首を傾ける。
この咲月は京馬と同じ『アダム』に所属する『インカネーター』……天使や悪魔、神などの超常的な存在の化身を宿すことで、この世界では起こり得ない魔法などの不可思議な能力が使える能力者だ。
それは京馬も同様である。
そして、後ろに座る美樹も──
美樹は京馬が愛していた幼馴染である。
しかし、悪魔『アスモデウス』の化身に体も精神も奪われ、完全にその悪魔と同化する。
京馬は、その美樹と対峙し、京馬の化身が持つ『想い』の力を解き放ち、勝利する。
その戦いで廃人同然の状態であった美樹は、『特殊』な状態のインカネーターとなり、病院を抜け出し、新興組織である『アウトサイダー』に加入したのだった。
その理由は、アダムでは達成できない目的──『世界の創造』をするためだと言っていた。
(くそっ! ウリエルの力なのか、捕縛結界が発動できない!)
京馬は、インカネーターならば誰でも使用可能である断絶した空間──捕縛結界を創りだす能力が発動できず、唇を噛む。
「まあまあ、京ちゃん。別に私達は本当に争うつもりはないから、気楽に行こう、ね?」
そんな京馬の心情を察し、美樹は後ろから京馬の耳に囁く。
「じゃあ、HRが終わった後、この状況を説明してもらってもいい?」
首を捻り、京馬は美樹に問いかける。
すると、屈託のない笑顔で美樹は頷く。
その惹き込まれる笑顔に思わず、京馬は頬を赤らめる。
そして、この秘密の会話のようなやり取りは、クラス全員の嫉妬の目を向けさせるのには十分だった。
男子全員の嫉妬の矢に京馬は圧倒され、目を背ける。
そんな京馬を、とても複雑そうな表情で隣の席の咲月は見つめていた。
軽やかというにはやや強めの風が窓から舞う。
そんな天橋高校吹き抜けの階段に男女が三人。
「で、一体何でこんな状況になったんだ?」
京馬は美樹に問う。
「それは、ウリエルが説明した通り、『休戦協定』が結ばれて、京馬くんを監視する人員として私達が選ばれたからだよ」
美樹は、流した前髪を摘みながら言う。
「その『休戦協定』ってのは何なんだ?」
「京ちゃんは……自分が天使に狙われている理由、知ってる?」
「ああ、俺の宿す化身『ガブリエル』の『本神』を俺から引きずりだして、この世界の現界させるためだろ?」
京馬の答えに美樹は首を下に振る。
「そのために、ミカエルが直接、この世界に現界することも?」
「ああ。そして、俺はそのミカエルをおびき寄せる役割になってるんだよ」
「なんだ……知ってたのか。てっきり、私は京ちゃんが知らずに利用されてるものだと思っていたよ」
安堵のため息を吐き、美樹は言う。
「その京馬くんの現状とその『休戦協定』には何の関係があるの?」
京馬の隣にいる咲月が美樹に問う。
しかし、美樹はじっと咲月を睨みつけ、一寸の沈黙。
「……え、ちょ、私、何か変なこと言った!?」
美樹の露骨な態度の変化に咲月は困惑する。
「いえ……ただ、私がここにいる目的の一つに、あなたの監視が含んであってね。前にも言ったけど、あなたの化身は非常に危険なんだ」
「それにしても、その態度の変化はちときついものがありませんかね?」
苦笑交じりに咲月は言う。
「──それに、『私の』京ちゃんに凄い馴れ馴れしいんだよ。あなた。HR中もずっと京ちゃんと話してて……正直、ムカつく」
「んなっ! それはこっちの勝手でしょ!? 何でそれをとやかく言われなきゃ、いけないんですかねっ!?」
美樹の理不尽な悪態に咲月は青筋を立てる。
「その『友達以上恋人未満』的な態度が気に入らないんだよ! この泥棒猫っ!」
「はあっ!? 彼女とかに言われるならともかく、京馬くんを思いっきり利用しようとしたあげく、何人の男とも寝るような淫乱ビッチに言われたくないよっ!」
「なんですって!」
「なによっ!」
京馬を中心に火花が飛び出る。
そして、その光景を怪訝に見つめる他生徒達。
「お、おい止めろよ、二人とも……みんな見てるぞー」
京馬は苦笑いしながら囁く。
……何だこの状態。
京馬は二人を制しつつ思慮する。
(いや、この自分を二人の美少女が取り合う光景……夢にまで見たことなんだけど、何か違うような……?)
普通のラブコメ的展開なら良しとしても、この二人の関係が決してそのような状態でないのは京馬も理解していた。
……なんだかなあ。
複雑な気分とともに困惑の表情を浮かべる。
「……ふん! まあ、いいや。でも、これ以上京ちゃんと近くならないでねっ! そしたら、私の黒炎で精神全部抜き取ってやるんだから!」
「こっちだって、京馬くんを『
言い合いは収束し、互いは一寸沈黙する。
「「ふんっ!」」
互いの顔を背ける二人。
……空気が悪い。
何だか、自分が悪くないのに胃に穴が空きそうだ。
「……は、話の続きだったね!」
しばらくしてから、美樹が口を開く。
「この『休戦協定』は、互いの目的……ミカエルを倒して、世界の危機を救い、四界王の封印を解くまでは共にその目的のために戦おうという『協定』なんだ」
美樹は落ち着きを取り戻し、続ける。
「そして、ミカエルの現界位置と言っても過言ではない京馬くんの監視を、アダムだけじゃ不公平だということで私とウリエルが学校へ来たわけ」
「でも、こっちは咲月だけだぞ? そっちは二人、それにあの『限りなくSSクラスに近い』ウリエルも一緒じゃないか?」
美樹は首を横に振る。
「いいえ、そちらからはもう一人、監視がいるよ」
言って、美樹が階段から真下を覗き込み、京馬を手招きする。
「いた、いた! ほら、あそこ!」
美樹が指差したところには、作業服を着こんだしっかりとした身体の老人が。
「いたって……あれは用務員の──」
途端、その用務員が振り返る。
「……えっ! あれ、サイモンさんっ!?」
「えっ! 嘘、嘘っ!? ……あ、ホントだ! 手、振ってる!?」
咲月も一緒に覗きこみ、目を丸くする。
そして、二人とも手を振るサイモンに手を振り返す。
「……というわけで、バランスを保つためにこんな感じで派遣されてきたわけ」
「しかし、何でそんな強力な監視を付けたんだ?」
振り返り、京馬は美樹に問う。
「それは……京ちゃんがガブリエルとかなり深く『馴染んだ』ため……つまり、近いうちにミカエルがこの世界に現界するからだよ」
美樹の答えに京馬の表情が険となる。
「そうか……遂に始まるのか……!」
京馬は覚悟を決めた『決意』の表情を浮かべる。
京馬は以前、自身が見せられた『予知夢』によって世界がミカエルによって滅ぼされ、自身の体を抉りとられる光景を目の当たりにしていた。
……あの結果を変えなければならない。
それは、京馬がアダムに加入した理由の一つだった。
自分が世界を救う。
以前は少し、憧れのシチュエーションだったという節もあったが、今は純粋にその結果だけに目的を絞っている。
(じゃなきゃ、『世界の創造』はできないからな)
京馬は最終的な目標を新たに心に打ち付ける。
──皆が『絶望』に呑まれず、『希望』を抱く世界に。
「これが、天使と私達『悪魔の子』の最終決戦になるよ。お互い、『目的』の為に頑張ろう!」
微笑む、美樹の美しさに京馬は目に釘になる。
本当だったら──こんな悪魔なんていない世界だったら──
むぎゅ
突如、眼前の少女が京馬を抱き寄せる。
「もう、そんな目で見つめないでよっ! ……体が熱くなっちゃうじゃん」
「お、おおおおお!? み、美樹!?」
突然の少女の抱擁に京馬は驚き、混乱する。
(こ、この感触……! 胸っ!)
自身の体に接触する豊満な胸の感触に京馬は鼓動が早くなる。
覗きこむと制服の合間から見える谷間、下着も見える。
(これは、俺を『
そう判断し、自身の感情を必死に京馬は抑え込む。
途端、京馬の腰に掴むものが。
「もうっ! 京馬くんを誘惑するの、禁止って言ったでしょ!?」
そう言って、咲月が京馬を勢いよく美樹からひきはがす。
そして、その勢いから京馬は足を滑らせ、階段の手すりに後頭部を殴打。
「「あ」」
そのまま、京馬は倒れ込む。
その光景を二人は茫然と見つめていた。
「はい、あーん。京ちゃん」
「こっちの弁当も美味しいよ! ほら、あーん」
京馬の眼前には、右と左の箸に握られる唐揚げ。
(本当に今日は何なんだこれ!?)
京馬は嬉しいような、困るような、とても複雑な心境だった。
昼食の時間。
今日もいつも通り、賢司を始め、その他大勢の仲間とともに飯を食べようと思っていた矢先だった。
「ねえねえ、京ちゃん。実は私、京ちゃんのためにお弁当作ってきたんだ……良かったら……食べない?」
突如、京馬の席に弁当を置き、美樹は上目遣いで懇願する。
「いいよっ! いいに決まってる!」
その反則的な色香に京馬は抗えず、即答する。
「じゃあ、椅子半分開けて。私、座るから」
「えっ!?」
京馬は驚きながら、尻の半分を乗せる形で椅子の左側に半分のスペースを開ける。
そこに迷うことなく座る美樹。
「ちょ、美樹っ!?」
「これで、『はい、あーん』が出来るねっ!」
屈託のない笑顔で美樹は微笑む。
「ぬ、ぬうう……!」
それを横目で見つめる咲月。
ガラガラ……!
咲月は椅子をスライドさせ、もう片方の京馬の右側に寄せる。
「京馬くん! 実は私もお弁当作りすぎちゃったっ! 食べてよっ!」
「いや、俺は美樹の……」
言いかけた言葉が止まる。
「私のじゃ……ダメ?」
見ると、半泣きの咲月。
……これは、喰わないとまずい。
一寸の沈黙のあと、
「い、いいよ! いやー今日はこんなに多く飯が食えていいなー」
引き攣る笑いをしながら呟く。
「本当!? 嬉しいっ!」
咲月は先ほどまでの悲しい表情が嘘のように明るくなる。
その向日葵の様な笑みは咲月の可愛らしさを十二分に引き立てる。
その表情を見て京馬は顔を赤らめる。
バキッ!
途端、何かの破砕音が聞こえた。
それも複数。
京馬が顔を正面に向けると、禍々しいオーラを放つ。男子生徒達。
その手元には、力が入りすぎて折れた箸。
恐ろしい嫉妬の波動に京馬は思わず、たじろぐ。
……その中で唯一、可笑しいものでも見るように賢司は笑っていた。
そんなわけで、京馬は今の現状に至る。
クラス男子のおぞましいほど禍々しい嫉妬オーラを一斉に浴び、
「京ちゃん♪ 早く食べてよぅ。ホラ、そこの魔法少女(笑)の弁当なんか無視しちゃっていいよ!」
「(カッチーーーン!)京馬くん~! この唐揚げ、本当にとっても美味しいんだよー! ……そこの変態触手女の作った唐揚げなんか比じゃないんだからっ!」
……両サイドから吹き荒れる闘志の炎に挟まれる。
「いやー、どっちもとっても美味しそうだなー……」
言葉を挟み、間を開けて京馬は思慮する。
……これはどういった行動を取れば正解なのだろう?
美樹の唐揚げを先に食べてみよう。
すると、さっきの反応から鑑みて、咲月はまた泣きそうな顔になるに違いない。
そして、今日の放課後にアダムの地下基地へ行く時はとても気まずい雰囲気になる可能性がある……
じゃあ、咲月の唐揚げを先に食べたら?
きっと美樹は憤慨するだろう。そして、咲月に罵声を浴び、さらに状況がわるくなる可能性も……
どうすれば良い?
京馬はさらに思慮する。
(そういえば、何で咲月がこんなに躍起になっているのか、さっぱりなんだよなぁ……)
美樹は、以前に自身が京馬が好きであることを告白している。
そして、今現在はアスモデウスの固有能力『
だが、咲月はどうだろうか。
恐らく、美樹の誘惑から京馬を守るために退けているのだろうが、それにしては度が過ぎている気がする。
考えられる理由を、京馬は一つだけ思案する。
それは、美樹が咲月にだけ露骨に態度を変えていることに腹を立て、咲月が対抗心で美樹の妨害をしている可能性だ。
今までの経緯から見て、非常に高い可能性だ。
ならば、後で自身がその美樹の誘惑に耐えることを咲月に宣言し、咲月の美樹への怒りを宥めれば、全て丸く収まると京馬は思慮する。
よし! と、意気込んで京馬は決断する。
「じゃあ、こっちから頂こうかな!」
そう言って、京馬は自身の左から差し出される唐揚げを食べる。
「あっ……」
その光景を見て、咲月は唖然とする。
「うふふ、先にこっちのを食べてくれた……どう、京ちゃん? 美味しい?」
「うん、上手い! ありがとう、美樹!」
美樹の跳ねるような笑みに京馬は顔を赤らめて答える。
「じゃあ、次は咲月の──」
京馬は右に差し出された唐揚げも口に運ぼうとする。
が、箸は右奥へと引き抜かれる。
「いいや、やっぱ私のはナシで。自分で言ったのに、ごめんね。京馬くん」
視線を下に向け、咲月は言う。
とても、悲しそうな顔を伏せ、お弁当を片付けてゆく。
予想外の咲月の反応に京馬は困惑する。
「咲月──?」
京馬は何か言いかけようとしたが、咲月は折りたたんだお弁当を手に教室から出て行ってしまった。
「お、おいっ!? ……どういうこった?」
京馬は茫然と開かれたドアを見つめるしかなかった。
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