第三章:世界を嫌悪する断罪の天使長の黙示録
Plorogue
黄金色に光る雲が敷き詰められる。
その上には輝かしい純白の建造物が浮遊する。
その頂きには玉座。
そこには足を組み、悠然と腰掛ける美青年。
その青い瞳は何でも透き通ってしまうかのような海、大空。
そこに穢れというのは微塵も感じられない。
が、その純然たる瞳には無垢な狂気を感じざるを得ないほどに『澄んでいた』。
「ふふ、そうか。では、僕もそろそろ現界しようかね」
美青年はとても嬉しそうに笑みを深める。
「は。──報告は以上で御座います、ミカエル様。では」
美しい赤髪を後頭部に束ねた美女はミカエルへの報告を終えると、地に付けた膝を戻して背を向ける。
「待て、ケルビエム」
「──は」
振り向き、突然のミカエルの呼び出しに、ケルビエムは無表情で答える。
「君は、しばらくは『今の人間の世界』に潜り込んでおけ。さらに、その間の戦闘は禁ずる。──止むを得ないならば、構わないが」
「……っ!? ミカエル様! それはどういった意図で……!?」
ケルビエムはミカエルの意外な命令に困惑する。
「『ガブリエル』を得ることができるんだ。今回が『今の人間の世界』の終焉となる可能性は十分ある。……単純な話だ。その束の間を『人』として生きて、『人』とはどのような『穢れた』存在なのか、己の記憶に留めてこい。そして、後世に伝えるのだ」
「しかし……」
ミカエルの命令にケルビエムは苦悶する。
「私は、一刻も早く、あの『天使の虐殺者』を殺したいのですっ! 私の子である『ピット』達を……私の部下であった天使達を惨たらしく殺した、あの人間だけはこの手でっ……!」
唇を噛み、ケルビエムは自身の激情──『天使の虐殺者』、サイモンへの憎悪をミカエルに吐露する。
「だからなのだよ」
そのケルビエムの告白に、ミカエルはあくまで悠然に答える。
「だからこそ、そんな奴への憎悪がある君だから、任せようと思っているんだ。ケルビエム。人とはその個性、多種多様。全てがあの『天使の虐殺者』のような人間とは限らない」
「……? 申し訳ありません。仰っている意味が……わかりません」
困惑の表情を浮かべ、ケルビエムはミカエルに問う。
「人とは……万物とは必ずしも一つの側面で語れるものがないということだ。君は、『人』が全てあの『天使の虐殺者』のように視覚してしまっている。……無意識にね。それでは、『人』が本当の意味で『穢れた』存在であるか視認できない」
ふふ、ミカエルは微笑し、続ける。
「君には、そんな一つの激情ではなく、多くの『穢れ』を知っていてもらいたいのだよ。『ヤハウエ』の名を冠する──『この世界の創造主たる神』の名を冠する君に、ね」
ケルビエムはミカエルの言葉に一寸の沈黙。
「は──承知致しました」
そして思慮の果て、ケルビエムは答える。
「では」
ケルビエムはミカエルにお辞儀をし、背を向ける。
眼前に楕円の次元の狭間を展開させ、その漆黒に入ってゆく。
ケルビエムがその空間に収まりきると、狭間は閉じ、消え失せる。
「さて──」
ミカエルは玉座から立ち上がり、眼下の黄金色の雲達を見つめる。
「やっと……やっと会えるね。本当に待ち侘びたよ、ガブリエル」
ふふ、ミカエルは嬉しそうに微笑する。
「──そして、『兄さん』。全ての始まりはあなただった……! あなたにもまた会えると思うと、楽しみでしょうがないよ……!」
口を引き攣らせ、ミカエルは笑う。
憎悪とも悦ともとれるその表情は、『人』と、そして『兄』に対する感情だった。
高くそびえるビル群。
さらにその中でも一層高くそびえるビルが一つ。
その頂きから地上を見下ろす男が一人。
「やあ、久しぶりだな。サイモン」
携帯電話を耳に当て、男は会話する。
「お久しぶりです、アルバート氏。この度は、我々の組織の資金援助に協力して頂き、ありがたく存じます」
「おいおい、そんな畏まらなくて良いだろう? 私と君との仲だ。もっとフランクにいこう……というよりも君のが年上なんだ。もっと堂々としても良いのだがね?」
苦笑し、アルバートは言う。
「では、アルバート。君に話がある」
「……いや、私がフランクにいこうと言ったが、急に変わりすぎではないかね? まあ、君には親父の頃から世話になっているから、それで構わないのだけど」
サイモンの急な口調の変化にさらに苦笑し、アルバートは呟く。
「うちにいる『ガブリエル』の化身の宿り身である京馬くんが、かなり『馴染み始めた』。『フォールダウン・エンジェル計画』を始動させようと思っている」
サイモンの言葉にアルバートは目を丸くする。
「──随分、予定より早いじゃないか」
「うちの桐人の思惑でな。早急に京馬くんを成長させ、よりガブリエルの力を引き出させつつ、『馴染ませた』」
「ああ、あの『明けの明星』か」
「おい、電話越しでもその単語はNGだぞ」
サイモンはアルバートの放った言葉に危惧する。
「悪い、悪い。これは私達、上層部でのトップシークレットだったな」
苦笑し、アルバートは反省する。
「──で、その計画に伴い、そちらの『アダム・アメリカ支部』からも人員を寄越してもらいたくてね。そのためにコールをしたのだが、どの程度寄越せそうかね?」
サイモンの言葉にアルバートは一寸の思慮をする。
「……いやぁ、実は今こちらも立て込んでいてね。あまり人員が寄越せそうにない。私達アメリカ人はそちらにいる日本人より、なかなか積極的でね。力を得たと分かるとこれでもかというくらいに暴れまわる」
ため息を吐き、アルバートは告げる。
「以前はもっと件数が多かったのに、今よりも緊迫していなかった。英雄、リチャードが如何に圧倒的な存在であるか改めて実感しているよ。──もちろん、君やエレン嬢も、ね」
「……済まないな。迷惑をかける」
「しょうがないさ。今はそちらの方が重要なんだ。それに私も、気張っていかないとな。これでも世界で数えるほどしかいない『Sクラス』の力を持っているんだ」
微笑し、アルバートは言う。
「『これでも』……? 何を言う。お前の宿す『大地』の四界王であり、七つの大罪『強欲』を司る『マモン』の強大な力は、数々の天使達を畏怖させていたじゃあないか」
「君ほどではないがね、『
ふふ、はは、と互いが微笑する。
「で、うちからはそういうわけだから、少数しか寄越せない。……まあ、なるだけ実力のある者を寄越そう。『アダム本部』の方ではどうだ?」
「ああ、相変わらずだ。『シモーヌ』はまた部屋に引き籠って『お楽しみタイム』だ。そして、代わりに侍女が応対する。……全く、とんだ組織のリーダーだな奴は」
嘆息してサイモンが告げる。
「そんな感じで、侍女越しから言われたのが『そのためにアンタ達を日本に寄越したんじゃないの! 死んでも蘇るつもりで頑張りなさい! P.S.大量の高級料理を持ってきてくれるなら考えないことはない』……だ。もう、笑うしかなかったよ」
サイモンは呆れ声を電話越しから放つ。
「で、どうしたのかね?」
「もちろん、日本にいるありったけの高級料理を作るシェフをフランスに派遣したよ」
はは、とアルバートは笑う。
「世界の危機を前にして、全く……それに君と同じ『SSクラス』を持っているのに、勿体ない」
「まあ、年頃のお嬢さんだからな、奴は」
「それにやる時はやるからな」
再度、互いに笑いあう。
「そんなわけで、私からは以上だ。では、出来る限りの人員を寄越してくれると助かる」
そう言って、サイモンからの電話は途切れた。
「ふぅ、この分だと他の支部からもあまり人員は寄越されなさそうだね」
眼下の街を見つめ、アルバートは呟く。
「キャシー」
アルバートの一声に反応し、扉を開ける秘書の女性。
「はい、社長。なんでしょうか?」
「これから、私は日本へと向かう。影武者を手配してくれ」
「承知しました。では、いつもの者に任せておきます」
そう言って、秘書は部屋を出てゆく。
「ここで世界が消え、全部無くなるのは困るからな。自ら出るしかあるまい」
笑みを深め、アルバートは両手を拡げる。
「世界の全てのものを手に入れるものはこの私だ……! 誰にも邪魔はさせないっ! はは、ははは! はっはっはっはっ!」
アルバートは全ての眼下のものへ向けるように高笑いをする。
「ふぅ……」
サイモンは耳に当てていた携帯電話を外し、ため息を吐く。
テラスから差し込む光を見つめ、そして背を向ける。
テーブルに置かれたコップの水を飲む。
ガシャ!
が、途端サイモンは手にしたコップから手を離す。
手から離れたコップはタイルを跳ね、入っていた水を空中へと舞い踊らせる。
「あ、ああああああああ! ま、また、貴様か……!」
サイモンは額に両手を当て、悲痛な叫び声を上げる。
「や……止めろっ! 来るなっ! 私に、『入って』、来るなあああぁぁぁぁぁ!」
対象のいない否定の声は部屋中へ響き渡る。
「──つれないな。君の『力』を得た時からの仲じゃないか」
一寸の沈黙の後、含み笑いを浮かべ、サイモンは呟く。
額を覆っていた両手を外し、サイモンは部屋にある鏡を見つめる。
微笑。
「最近、『君』の高ぶりの感情が『僕』にも伝わってくる。そんなに楽しみなのかい──破滅が」
ははは、サイモンは高笑いを上げる。が、途端に歯を噛み、鏡にある自身の顔を睨みつける。
「私が破滅を望むだと……? ふふ、そうかもなぁ。だが、私が望むのは、『世界の破滅』ではない」
含み笑いを得て、サイモンは言う。
「何を言ってるんだい? 君の歓喜はその『破滅』に向けられているよ!? 何故隠す?」
サイモンは光を宿さぬ瞳をきつく、きつく、歪ませ、口元をも歪ませ、喉元を震えさせ、
「私が、私が、望むのはっ! 『貴様』の破滅だっ! そして、リチャードさんへの『贖罪』っ!」
ありったけの『憤怒』を鏡の己へと向ける。
額に右手を当て、サイモンは左手の人差し指を鏡に映る自身の像へ向ける。
「私は……貴様を、『自分』を、許さない……!」
口を吊り上げ、サイモンは言葉を放つ。
「はは、そうか、そうか。しかし、随分勝手じゃないか……自分から求めていたのに」
更に笑みを深め、サイモンは続ける。
「この『破滅の力』を」
その一言が皮切りとなった。
最高潮の怒りがサイモンの内から溢れ出て、口元から吐かれる。
「私が、望んだのはっ! ……貴様ではないっ!」
サイモンは鏡を激しく睨みつける。
途端、鏡は強烈な破砕音と共に粉々になり、地面に断片を落とす。
「私は……私はリチャードさんのように、なりたかった。そう。ただ、それだけだったんだ……!」
サイモンは膝を突き、顔を地面へと向ける。
声は悲痛、後悔、悲哀。
(人の望みは……何かを得て、何かを失う。お前は、その望んだ先に『それ』を得たんだ。そして失った。そして、また望み、得ようとしている……その先に、失うものは見えているのかい……?)
サイモンの頭の中に声が響く。
「ああ」
サイモンは二文字でその声に返答する。
そして、立ち上がる。
差し込む光へ歩む。
「見ているがいい……! 私は、お前の『物語』に、『意志』に、抗ってみせる……!」
そして、光へと目を向ける。
その光は、かけているサングラスの闇でさえ、眩しく照りつける。
「桐人……リチャードさん……私は、あなたのために、耐えてきました……!」
サイモンは拳を握りしめ、その手でサングラスを取り外す。
その目には色彩は見えない。
が、その眩しさは感じることが出来た。
「あなたの、『願い』に、未来に、私は全力を持って応えます」
サイモンは誓いを立て、ゆっくりとサングラスを目へと戻す。
その表情は見えない。
先程までの憤怒なぞ、まるで無かったかの様に。
「京馬くん……『選ばれた』君は……一体、この『壊れた世界』で、何を得て、何を失うのだろうね」
坂口京馬──天橋高校一年生。
彼は偏った趣味もなく、偏った思考もなく、本当に、全く普通の高校生だった。
だが、彼は『神の夢』で手にした天使『ガブリエル』の『想い』の力を手に入れることで、日常から非日常の世界へと足を踏み入れることになる。
そんな中、愛しい幼馴染との悲痛な戦い、殺人狂の『絶望』との戦い……
数々の戦いを経験し、彼はより精神を成長させていった。
そして、彼は『決意』するのだった。
──皆が『絶望』に呑まれず、『希望』を抱く世界に創り変えると。
そして京馬の戦いは、いよいよ最終局面を迎えようとしていた。
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