破滅の種

「何なの? あの閃光は!?」


 京馬との再会の後、美樹は意気揚々と工場から去ろうと動きだそうとした矢先であった。

 突如、頭上に迸る閃光を手で覆い、美樹は見つめる。

 その光は、異様であった。

 『聖』でもあり、『邪』でもある。

 一見の正反する概念が同居した様な白と黒の不可思議な輝き。


「あれは……! 馬鹿なっ! あの『お方』が生きているだと!?」


 美樹の頭の中の悪魔が驚愕の声を上げる。


「どうしたっていうの!?」


 美樹は、アスモデウスの酷く動揺した声に、焦燥とする。

 常に冷静沈着であった自身の中の悪魔がここまで『感情』を揺り動かすのを初めて見たからであった。


「いや、いやいやいや……そんな訳がない……あの方は確かに一度死んだはずだ……私達の目の前で、『二度目の神への反逆』で……!」


「だから、どうしたっていうの!? あの光には、あなたをそんなに動揺させる『何か』があるっていうの!?」


 狼狽するアスモデウス。

 その悪魔に美樹は苛立ち、心の声を荒げる。

 そして、その閃光は止み、再度美樹達の周りは闇に包まれる。


「す、すまん。恐らく、私の気のせいだ……! さっきのように、私達に関わるようなことではない。忘れてくれ」


 平静さを取り戻し、アスモデウスは言う。


「……まあ、いいよ。あなたが言いたくないならね」


 嘆息し、美樹は告げる。

 気になる気持ちはあったが、アスモデウス程の悪魔が動揺する事柄だ。

 今は疲弊している状態であるのに関わらず、そんな厄介な事に突っ込むのは避けたかったのだ。


「しかし、今回は驚くべきことばかりであったな。あの桐人……そして、咲月とかいう小娘」


 心を落ち着けたアスモデウスは先程の京馬達の出会いを思い返し、そして危惧するような鋭い声で呟く。


「ええ、そうね。でも、本当なの? あの子に宿る化身が『世界を滅ぼす』可能性があるって」


「ああ」


 美樹の問いにアスモデウスは二文字で即答する。

 即答するその言葉に、美樹は息を呑む。

 そこまで、あの大悪魔でさえ戦慄する恐ろしい『何か』を、京ちゃんと共にいる女が持っている……そう、考えるだけで、美樹は不安に包まれる。


「あの小娘の宿す『イシュタル』。あれは元々は性愛の女神だった。その性質は、私達と似て非なるようなものだった」


「性愛の女神……? だけど、あの子の固有能力はそんな性質のものではなかったけど?」


 美樹は、頭の中の悪魔と対話しながら駆け出し、身近のビルへ飛び移る。

 もう、美樹にこの工場にいる意味は無かった。

 佐久間は死に、志藤は忽然と姿を消し、そして氷室は――恐らく、あのタイミングで京馬が来た事を考えるとやられたのだろう。

 『終わり』だ。

 間も無く、この工場はアダムに制圧され、天使との激戦の地となる。

 自分が浅羽にお願いされた『任務』も終えた。

 後は、只管に、気付かれぬ様、お家へと帰るだけだ。


「そうだ。本来の奴にあんな力は『存在しない』。あれはどちらかというと私なんて可愛いぐらいに思えてしまう、『神の枝から分かれた創造神の一柱』の能力」


 そう言ったアスモデウスの声色は恐怖を匂わす。


「それだったら、どうしてあの子がそんな能力を?」


 美樹は、ビルからビルへと飛び移りながら、アスモデウスと心の中で対話する。


「それは、『イシュタル』が『アビス』で喰われたから……かも知れん」


「『アビス』で喰われた? 神が? 誰に?」


 あまり要領を得ない会話をするアスモデウスに眉を細め、美樹は問い正す。


「『神の実から生まれ出でたもの』……」


 アスモデウスの震える声、そして伝わる感情。

 美樹はアスモデウスが絶対的な恐怖に震えあがっているのが理解できた。


「恐ろしい……『イシュタル』は『ギルガメシュの一件』の後、そいつに『喰われて』しまった。そして、『この世界』では存在が消えていた。それが……」


 アスモデウスは戦慄した声で語る。


「あろうことか、あんな小娘に! そして、あの得体の知れない桐人を擁する『アダム』にいるっ! ……これは、偶然か!?」


「ちょっと、落ち着いて! 私には、全然話が見えてこないよ!?」


 一人話を進めるアスモデウスに困惑し、美樹は制止する。


「あ、ああ。済まない……この大悪魔たる私が……」


 自身の狼狽に恥じらいを生みつつ、アスモデウスは続ける。


「要するに、あの小娘は『イシュタル』の名で化身を使役しているが、実のところ、それは『全く違う』。その正体は、今『この世界』で認知されているどの『神』よりも高位な、『圧倒的な存在』だ」


「どの神よりも高位な、『圧倒的存在』……?」


「そうだ。人という、いわゆる私達の『玩具』なんかでは認識できない、名を名乗ることすらできない、そんな『圧倒的存在』」


 美樹はアスモデウスの答えに細めた眉を和らげる。

 が、動きを止め、自身の首を傾げる。


「でも、それが世界を滅ぼすっていうのと、どういう関係があるの?」


「『神の実から生まれ出でたもの』は、一つだけ世界を創ることが出来る。そして、自身の『木』を植え付け、生える。半ば、強制的に。そんな存在が既存の世界に現れれば、世界は破滅し、新たな全く別の世界を形成してしまう」


「もっと分かりやすく言って」


 聞き慣れない言語と難解な言葉にため息をつき、美樹は簡潔に伝えるよう、アスモデウスに要求する。


「つまり、やつらは『アビス』以外の世界に現界すれば、その世界を滅ぼし、勝手に別の世界に創り変えてしまうのだ。それが行われた時、『この世界』の全てのものは、その別の世界に存在することなく消滅する」


「な……なんですって!?」


 アスモデウスから、衝撃の事実を聞かされ、美樹は驚愕とともに恐怖を覚える。


「だったらあの時、全力であの子を殺すべきだった……!」


「いいや、冷静に考えれば、それも得策ではなかっただろう。今はあの子の中に化身が宿って寝ている状態だが……その宿り木が無くなれば、逆にこの世界に奴を導いてしまう結果を招く恐れがある……!」


「じゃあ、どうすれば良いの!? 指を咥えて見てろっていうの!?」


 アスモデウスの絶望的な見解に、美樹は困惑する。


「いいや、策はある。とりあえず、今は様子見だ。時期がきたら、私がその策を伝える」


「……あなたを信じてるよ」


「ああ、任せろ。俺も、こんな愉悦を楽しめる世界と宿り主が消えるのは困るのでな」


 ふはは、とアスモデウスは威厳を出そうとするも、虚勢を張るような笑いを放つ。

 そして、美樹とアスモデウスは、深い闇へ、闇へと勇んで進んでゆく。

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