終焉の胎動

 ……かつて、こんな屈辱はあったのだろうか。

 アダムの地下基地、そこの医務室の白い壁に拳を叩きこみ、桐人は項垂れる。


「俺が……俺が傍にいたのに、エレンを守れなかったっ!」


 仰向けにした両手に顔を埋め込む。


「くそぅ……」


 悲痛の声を上げる桐人の眼前、呼吸器を取り付けたエレンがベッドに横たわる。


「あれは……間違いない、『テスカポリトカ』だった……!」


 顔を上げ、桐人は唇を噛む。


「奴は……俺とエレンが一度殺したはずだ……つまりは、『そういう能力』! アウトサイダー……甘く見ていたっ!」


 眠るエレンを見つめ、桐人は呟く。

 背後、扉を開けるものが一人。


「桐人、そう気に病むな。エレンも命を取り留めたんだ。それで、御の字でよかろう?」


「サイモンさんっ! でも、俺は決めていたんだ! 俺が傍にいる限り、エレンは守り通すってっ! 何が、『この世界』の『最強』だ……! 一番、大事な人も守れないなんてっ!」


 項垂れる桐人を見つめ、サイモンは言う。


「だが、お前はエレンの死……最悪の結果を回避できた」


「俺は、常に最善を目指す。それが……一番最善を尽くしたいもので、これだっ! 命より大切なものすら守れないなんて、『最強』が鼻で笑われる……!」


「それが、『この世界』だ。全てが全て、最善の結果で終わるなんてことはほとんどない。わかっているだろう? ……まあ、お前らしい『傲慢』だがな」


 ため息を吐き、サイモンは告げる。


「俺は、『人であって人ではない』。そんな世界なんてものは捻じ伏せる」


 ベッドの手すりに力を込め、桐人は言う。

 その瞳は、表面上の桐人でしか見た事の無い人々が驚愕するであろう剣歯を剥き出しにした野獣の如く。


「それが、お前の『願い』だったな。……そして、それは同時にリチャードさんの願いでもある。私も、命を賭してでもお前の『願い』に協力するつもりだ」


 光を失ったサイモンのサングラス越しの瞳は見えない。

 だが、きつく眉間に皺を寄せたサイモンの表情は、その『決意』を物語る。


「だから、今は受け入れろ。それにもうすぐ始まるぞ。天使と、私達『悪魔の子』達の最終決戦が」


 その言葉に、桐人は野獣の眼をサイモンへと向ける。

 歯軋りをし、悔しそうな表情を頭を振り回して払い除けると、ため息混じりに桐人は口を開く。


「わかっている。今回の戦闘で京馬くんは急速に成長し、急速に『ガブリエル』と馴染んだ。そろそろ、ミカエルが動き出すはずだ」


「計画通り、だな」


 顎に手を当て、サイモンは口元を吊り上げる。


「ああ。だがしかし、アウトサイダーという不穏分子がいる以上、慎重に行動しないとね」


 沈んだ顔は戻らないまま。しかし、あくまで冷静な声色を保ち、桐人は告げる。


「全くだ。お前の『本気』でも殺せなかった浅羽と、エレンに重傷を負わせた『黒いローブの人物』。特に後者は、『SSクラス』相当の実力の持ち主だと判断できる。そんな奴らが介入してくるのであれば、何かしら手を打たないといけないな」


 サイモンは危惧した表情を浮かべて告げる。


「京馬くんの『予知夢』のような展開は避けなければならないからね。だけど、予測できる分、対処はしやすい」


 頷いた桐人は椅子から立ち上がり、額に手を当てる。

 ふう、とため息を吐き、再度落ち着きを取り戻そうとする。

 そんな桐人を見つめつつ、やれやれとサイモンもため息を吐く。


「とりあえず、最終決戦のために集めるか。各地の幹部達を」


「そうだね。そして、始めよう。俺の『終わりの物語』を──」


 互いが頷き、互いが『想う』。

 その行く末に――希望があると信じて。




 ネオンライトの明かりでさえも遮り、夜をより漆黒に塗り潰す。

 そんな光のない路地裏を妖艶な色香を放つ少女が歩く。

 黒いチャイナドレスから覗く艶かしい太ももは、僅かな月明かりで、艶美な彩りを放つ。

 対し、清楚なお嬢様の様なハーフアップの髪型は、彼女が清純と淫欲が同居しているかの様な、正反する不思議な魅力を際立たせる。


「待て。お前、どこに行こうとしている?」


 少女を呼び止めるのは二メートル近くの巨漢だった。

 腕には入れ墨、藍色のスーツを着込んでいる。


「ちょっとそこの事務所の方に用があって」


 少女は巨漢の脇を指差す。

 その脇を縫うとそこには塗装の剥がれた廃ビル。

 巨漢はその指先が指す対象を見ずに告げる。


「悪いがそこに行くには許可が必要でね。あんたみたいな女が易々と入っていける場所じゃないんだ」


「私は関係者だよ? 『浅羽様』に呼ばれたから来てあげたのに」


 嘆息して少女は告げる。


「その浅羽様から、『誰も通すな』と俺は命令されてここにいるわけだが?」


 巨漢は眉を細め、告げる。


「どこの組か知らないが、こんな大それてアホな殺し屋を寄越すなんてたかが知れてるな……」


 巨漢はそう言って、少女の体を下から上へと舐めるように見つめる。


「……お前、良い体してるな。よし、お前をここから逃がしてやるから、代わりに一晩付き合え」


 いやらしい目を向け、巨漢は少女に言う。


「ふふ、いい誘いだけど、さすがに一晩は困るなぁ……だって私、今日呼ばれたんだし」


 微笑して少女は言う。


「手前、自分の立場わかってんのか!? 四の五の言わず、俺らに輪姦まわされればいいんだよ!」


 巨漢が叫ぶと、路地の影から何人もの男達が湧いて出てくる。


「ふふふ、こんなに相手してくれるの? こんな大人数は初めてかも……」


 艶のある声色で少女は告げる。


「……何だ、こいつ? 頭おかしいのか?」


 か弱い少女が一人、そしてこの大人数の舐め回す様な男の視線。

 普通なら、怯え、助けを請う筈である。

 だが、少女は笑っていた。

 それも、その『色欲』で男共の脳内を掻き乱すかの様に。

 怪訝な表情を巨漢は見せる。

 が、その少女の表情をしばらく見つめると、息を呑む。


「ま、まあそんなのはどうでもいいな! おい手前ら! こいつをロープで縛りあげろっ! 拘束して、犯しまくろうぜっ!」


 いきり立つ劣情に我慢が出来ず、巨漢は息を荒げていた。

 巨漢が背後を向いて、仲間に声をかけた時だった。


 プシュッ


 途端、巨漢は何かが飛び出る音を聴いた。


「え?」


 疑問の声とともに眼前が深紅に包まれる。

 ボトッと落ちてきたのは、自身の右腕。

 周囲のざわめきが聞こえる。

 それはやがて悲鳴となり、巨漢は今の自分の状態を認識する。


「俺の……俺の腕があああぁぁぁぁぁぁっ!」


 巨漢は地面にへたり込み、背後にいた少女へ目を向ける。


「て、手前! 何しやがったっ!?」


 微笑む少女。

 聖母マリアとはかけ離れた淫魔サキュバスの妖艶の微笑みで。

 だが――彼女を知る者は知っている。

 彼女は、そんな淫魔サキュバスをも超越した『色欲』の大悪魔を宿している事を。


「私、やるのは好きだけど誘ってない相手に『やられる』のは嫌いなんだ。乗る方が好きだし。後……自分より格下の相手に拘束されるなんて屈辱は絶対嫌」


 そう言った、少女の腕には無数の赤い触手。

 それはうねり、うねり、禍々しく踊る。


「こいつ……! ば、化け物かっ!? 手前ら、撃て、撃てええええぇぇぇぇぇっ!」


 巨漢が言うよりも早く、周囲を取り囲む男達は少女に発砲する。

 少女は口を引き攣らせる。

 そして、その眼前に男達が放った銃弾が数発撃ち込まれる。

 沈黙。


「何だ……? 何故、頭が吹っ飛ばない……?」


 銃口から放たれた弾丸は確かに少女へと軌道を描いていた筈であった。

 だが、

 何が起きたのか分からず、驚愕するよりも、只只茫然とするしか無かった。


「ふふふ、本当にスローモーションに見える。やっぱり凄いね。『アビスの力』」


 屈託のない笑顔を浮かべ、少女は触手を振り上げる。

 すると、その触手に絡め取られていた何かが飛散する。

 それは、地面にぶつかり、無数の金属音を奏でる。


「これは……薬莢!?」


 腕を押さえる巨漢は、驚愕の声を上げる。


「数は十発……ちょっと、酷いんじゃない? こんな可愛い女の子にそんな大量の弾丸をぶち込もうとするなんて」


「う、うあ、うああああああああっ!」


 巨漢は足と失われていない片腕を動かし、後ずさりする。


「もう、本当に酷い……! まるで、私が醜いみたいじゃん」


 嘆息して、少女は言う。

 その眼前には新たに二十はある弾丸。


「正当防衛……だよね?」


 呟き、大量の触手を躍らせる。




 淡い月の光に照らされる夥しい鮮血。

 血が滴る触手を体内へと戻し、美樹は嘆息。


「諦めが悪いって本当に困るね。私だって、そんなに人は殺したくないのに」


「しょうがあるまい。私達の性質は、通常のインカネーターとは異なるからな。『力の発現』に対しての『世界の拒絶』がない」


 美樹の頭の中の悪魔が答える。


「でも、だからってあんなに殺気だって何発も銃弾を撃たれたら、誰だって切れるでしょ? 終いには銃火器類まで使ってきたし」


 美樹は右横にある破砕した銃火器を見つめる。


「ふはは、それだけお前の存在に脅威を感じたんだろう」


「ちっとも、嬉しくないよ」


 嘆息して、美樹は告げる。

 そして、歩を進ませ、眼前にある廃ビルの鉄製のドアに手をかける。

 ドアノブを捻り、美樹は正面、ドアの向こうを見つめる。

 そこには、その廃ビルの規模ではあり得ない大規模の空間が広がっていた。


「毎回通るたび思うけど、まるで夢の国に行った気分になるね」


「夢の国、か。まあ、ある意味その通りだとも言えるがな」


 美樹の眼前には山々に囲まれ、聳え立つ城があった。

 城の上部には噴き出すように炎が立ち上り、燃え盛っている。

 周囲は夜だが、その立ち上る炎によって明るく照らされる。

 その城の入り口となる扉は、美樹の身長の三倍以上の大きさであり、その扉の左右には門番らしき兵士。

 美樹が扉の前まで進むと、二人の銀の甲冑に身を包んだ門番に制止される。


「こんばんは。美樹ちゃん。まあ、一応規則なんで通行証の提示をお願いね」


 兜を取り外し、しなやかな長髪のブロンドの髪をなびかせ、門番の一人の女性が美樹に声をかける。

 その女性の神秘的な碧眼とブロンドの髪は、貴族のような気品を醸し出す。


「ミシュリーヌさん。お久しぶりです」


 ミシュリーヌと呼ばれた門番の女性は、微笑みかけて口を開く。


「横浜支部壊滅以来かな? ……いやあ、あの時は大変だったね。よく捕えられず戻って来れたものだよ」


「運が良かったんですよ」


 言って、美樹は懐にあったプラスチック製の通行証を提示する。

 ミシュリーヌはその通行証に手を当て、茶色の魔法陣を展開する。


「……うん。大丈夫だね。さ、浅羽様がお待ちかねだよ」


 ミシュリーヌが告げると同時、扉が独りでにゆっくりと開かれる。

 美樹は扉を潜り、中庭を抜けると、煌びやかな金色の装飾物が立ち並ぶ王宮まで直進する。


「本当に、夢の世界みたいだね。まるでお姫様にでもなった気分みたい」


 赤い絨毯を踏みしめ、美樹は言う。


「まあ、私達の役回りはどちらかというと姫に毒リンゴを与える魔女だがな。所業と見た目的に」


 頭の中の悪魔の一言に美樹は嘆息。


「なんか、あなたと一緒にいるのが辛くなってきたわ……」


 自身の行いや戦闘時の姿を思い起こし、美樹は自己嫌悪に陥る。


「まあ、妖艶な魅力を持つ魔女なんていうのも悪くなかろう? むしろ今の世ではそちらの方が需要あるかも知れんぞ? ほら、あの咲月とかいうのも魔女のような格好をしていたであろう? 街を見てみても、魔女の絵や人形を割と多く見かけたし」


「それは、アニメとかマンガとかの、どちらかというとサブカルチャーと言って……ああ、もう何かいいや。面倒臭い」


 ため息を一つ吐き、美樹は歩を進める。




「やあ、ごくろう。待ちかねたぞ、美樹」


 王宮に着いた美樹に玉座に座る男が一言挨拶する。

 その男は、猛々しい燃え盛る炎をイメージしたような赤いコートを羽織っていた。そのコートの奥には炎の揺らめきのような赤い模様が描かれた黒色の鎧。そして、その髪は白と黒のメッシュが施され、形はオールバックに。


「はい、すみません。浅羽様。何せ、『ゲート』を通る前に大人数の男達に襲われたもので──」


「ああ、そうだったな。君は、『アビスの力』に対する『世界の拒絶』が働かなかったのだな。いかん、いかん。済まないな」


 美樹の一言に、浅羽は額を中指で叩きながら謝罪する。

 お茶目に、口元を吊り上げて笑う浅羽。

 その様子に、美樹は憤慨しそうになるも、グッと唇を噛み締める。


「で、先週の君の報告と、こちらで独自に調査した結果から、君に新たにある任務を与えようと思っている。……だが、その前に君に良い報告だ」


「それは、何でしょうか?」


 短く息を吸い込み、美樹は問う。


「今回の一件で君は組織内のEランクからCランクに上がった。おめでとう。組織に入ってから間もないのにこれは素晴らしい昇進と言っても過言ではない」


 そう言って、浅羽は笑みを見せる。

 だが、美樹は納得いかなそうに首を傾ける。


「どうした? 君が願っていた昇進だぞ?」


「いえ……確かに嬉しいのですが、正直私がそのようなランクの昇進を得られるほど、今回の件で活躍できたようには──」


「そうかね? 君は以外に謙虚だね? 理由は三つだ。今回の横浜支部防衛の任務で『無事帰ってこられた』こと。さらに『有益な情報を提供してくれた』こと。そして、上手く『人を使えた』ことだ」


 そう言った浅羽は三本の指を掲げ、続ける。


「詳細に教えてあげようか。まず、君はアダムが擁する『限りなくAランクに近い』Bランクのインカネーター、『炎帝の魔術師ソーサラー・オブ・ペイモン』がいる戦闘において捕えられず、無事に組織に帰ってこられたこと。まあ、これからも戦闘を繰り返すことでわかってくるとは思うが……上位の敵を相手に無事でいられるということは非常に価値のあることだ」


 そう言って、掲げた薬指を折る。


「さらに、君は『京馬くん』に関する有益な情報を提供してくれた。内容は覚えているかね?」


 浅羽の問いに、一寸の思慮をして美樹は告げる。


「確か、『京ちゃんが以前より正義感とか意志の力が強くなった』というのと、『共に行動していた少女が何でもござれのオンパレードな固有能力を持つ』だったと思います」


「そう、それだ」


 浅羽は首を下に振り、肯定する。


「その報告とともに、あの本部においても相当の実力を持っていた氷室を倒すという結果。要するに京馬くんが『ガブリエル』の力にかなり『馴染んでいる』ということ。つまり、ミカエルが現界する日がもう目の前まで迫っているということだ」


 浅羽は口を引き攣らせる。


「もうすぐ、『始まる』……いや、もう私が『始めた』、か」


 くく、と含み笑いを浮かべ、浅羽は続ける。


「そして、その報告で我々アウトサイダーの最重要計画が進行しやすくなった。これもかなり大きい。また、後者の報告は……以前君に話した非常に強力な『助っ人』が欲していた情報らしくてね。これは私も予想外だったが、非常に良い『交渉材料』となった」


 中指を折り、浅羽は一息入れる。


「最後に……これは、組織というより私個人の評価、と言っても良いかもしれないな。それが、『善い』行いでも、『悪い』行いでも、人を『上手く使いこなす』ということは組織というものを動かすために重要なことだと私は考えている」


 浅羽は美樹の目を見つめ、告げる。


「君は、あの布陣を使いこなし、目的を達成させた。しかも、上司すら手駒にして、だ。私はその行動に感動すら覚えた」


 告げ終わると同時、浅羽は最後の指を折る。

 何故だろう。

 美樹は以前まで活け好かないと思っていた男の言葉にむず痒さを覚える。

 それは、ただ単に褒められたというだけではない。

 何か、この男に引き込まれるような──そう『カリスマ』というべきものだろうか?

 そんな不可思議な感性を感じていた。


「以上だ。言われてみれば、君がどんなにこの組織に益をもたらしたのかわかっただろう? つまりこの昇進は大袈裟でもなく正当な評価だということだ」


 さて、と一息入れて浅羽は手を戻し、告げる。


「そんな君の次の任務は──」





「よっ! 久しぶりだな! 京馬!」


「お、おお! 賢司、おはよう!」


 この流れも何度目だろう?

 京馬は何時ものごとく背中を親友である賢司に叩かれ、返事をする。


「つーか、また入院かよ!? お前はどんな危険な仕事してんだ!?」


「前にも言ったろ? 『世界のため』だって」


 京馬は冗談でも言うかのように笑って答える。

 実際には、冗談でも何でもないのだが──


「ああ、そうかい、そうかい。まあ、俺も詮索はしないって決めたしな。……ったく。あまり無茶すんなよ!」


 口を尖らせて、賢司は言う。

 そんな賢司の対応に京馬は安堵を覚える。

 ……全く、本当に良い友達が出来たものだ。

 色々と察してくれ、いつも通りの声をかける、その友人に京馬は感謝する。

 そして、自身の右手を見て、先週の戦いの後を思い出す。




「あ、やっと目が覚めた! 京馬くん、良かったあ!」


 京馬はぼやけた目を開け、周囲を見渡す。

 ここは、アダムの地下基地、その病室……か。

 視線を右に向ける。

 そこには、千切れ飛んだ右腕が、まるで何事もなかったかのように存在していた。


「ああ、その腕? それは私の『イシュタル』の力で創った肉をくっつけさせたんだよ! 付けたばっかだから、まだ上手く動かせないだろうけど……」


 京馬は右腕に神経を集中させる。

 ……確かに、動かない。

 眼前には心配そうに見つめる咲月の顔。

 そして、咲月の後ろには、激戦を共にした剛毅、真田、そして──


「お前はっ!?」


 京馬は一番奥で腕を組み、佇む男を確認し、叫ぶ。

 反射的に『ガブリエル』の力を解放し、片腕で青白い矢を構える。


「待て、待て。焦る気持ちはわかるが、俺はもう敵じゃない……アダムの幹部の一人になったんだ」


 嘆息して、冷静に男は告げる。


「俺……元アウトサイダー、志藤秋人は先日を持ってアウトサイダーを止めた。今日からお前らアダムの構成員──幹部として働く」


 古びた作業着を着た男は、苦笑する。


「……『目的』の合致というやつだ。裏切り者、薄情者、どんな罵声でも受け付けてやるぞ」


「ケケッ! 本当は俺がこいつをぶち殺して、その『目的』ってのを俺が引き継ぐつもりだったのによ!」


 真田が志藤を見つめ、告げる。


「まさか、相討ちになるとはねぇ……まあ、これも因果かね」


 両手を水平に持って行き、志藤はため息を吐く。


「で、こちらの最高幹部さんと色々と話した結果、なし崩し的にこんな結果となった、と」


「だが、お前の固有能力を含めた実力はこれからの戦闘で非常に戦力になる。俺からは願ったり叶ったりだぜ」


 志藤が告げ終えた後、剛毅が言う。


「おや、あの『炎帝の魔術師ソーサラー・オブ・ペイモン』からそんな言葉を貰えるなんて光栄だね」


 笑みを見せ、志藤は言う。


「アウトサイダーで話は聞いていたよ。幾つもの上位の天使と戦い、勝利に貢献してきた、『炎帝の魔術師ソーサラー・オブ・ペイモン』。見た目は近接に特化するタイプに見えるが、どちらかというと補助と遠距離攻撃に特化したオールラウンドタイプ。四界王『ペイモン』による無尽蔵とも言える大量かつ多種類の炎魔法同時発動は敵に回した時、非常に脅威だと」


 志藤の言葉を聞いた剛毅はむず痒そうにし笑みを見せる。


「そんな褒め言葉、言ったって何も出て来ねえぞ?」


「いいや、俺は事実を言ったまでだ。それに、うちの支部長を……『過負荷駆動オーヴァードライヴ』から『召喚悪魔サモン・デーモン』したクロセルを倒したそうじゃないか。あの状態の支部長はAクラス並みの力を持つ。正に、とっておきの技だったのに、それをあんたは数々の天使達との戦闘で疲労した体で打倒した」


 志藤は敬意の称賛をする。

 そして、ふと思いついたように志藤は京馬に目を向ける。


「そういえば、君にも驚いたよ。京馬」


「えっ?」


 突然に話しを振られ、京馬は動揺の声を挙げる。


「あの氷室をまさか、インカネーターに成り立ての君が倒してしまうなんてね。しかも、『過負荷駆動オーヴァードライヴ』を使わせた状態で、だ。君の……『想い』の形や強さで変わる力か? そんなに驚異的なものとは思わなかったよ」


「い、いやぁ……あれは本当にたまたまですよ」


 京馬は突然の賛辞に照れながらも受け答える。


「だけど、そんな京馬くんの能力で、あの絶望的な状況を私達は救われた」


 咲月は笑みを見せる。


「おう、そうだな。お前がいなきゃ今、俺らはここにはいなかった」


 剛毅も笑みを見せ、告げる。


「だけど、あの状況になったのは、俺が一度氷室を殺さずに置いてきたからです」


 顔を伏せ、京馬は言う。


「俺は……あいつの過去を聞いて、あいつの『想い』を聞いて……まだ、助けられると思っていたんです。あいつの『絶望』を打ち消して、『希望』に塗り変えられるんじゃないかって──」


 唇を噛み、京馬は告げる。


「あれは……俺の甘さが招いた災厄と言ってもいいかも知れないです」


「……!」


 その京馬の一言に、咲月は視線を斜めに逸らす。


「ケケケッ! 酔狂だねぇ。まあ、俺は嫌いじゃねえぜ? そんな偽善者的な考えもな」


 京馬の言葉に真田は反応する。

 意外な人物の反応に京馬は思わず、目を丸くする。


「俺は確かにお前に敵は殺すべきだと伝えた。だが、それは俺がこの人生で感じて達した『俺の結論』だ」


 ケケケッ、何時もの狂気に似た笑みを浮かべ、真田は続ける。


「そして、お前は何だか知らねえが、あの氷室ってやつの『絶望』を聴いた。そして、お前は『お前の結論』でそうした」


 京馬は真田の言葉に耳を強く傾ける。

 ただの犯罪者上がりの殺人狂で、殺すことしか考えていないような人間だと思っていた。

 そんな男が放つ言葉になにか重みを感じたからだ。


「……別に俺は、お前に俺の『価値観』を押しつけたつもりはねえぜ? お前がそうしたいんだったら、それで後悔しようが、何だろうが、それが『お前の下した結論』の結果だ。俺はそこに何も口は挟まねえよ」


 ケケケ、と真田は笑い、最後の一言を放つ。


「──ただ、俺はそういう『結論』がある奴がいても面白いなと思っただけだ」


 京馬は思慮する。

 自分の下した『結論』。

 その『結果』。

 それは、自分の言った通り、仲間に危険を晒してしまったかも知れない。

 だが、確かに、あの『絶望』も救えると思えた。

 そして、あの時、自分は氷室に対してこう言った。

 その時は……また俺が戦って守ればいい。

 そうだ、みんなを守れる、自身の『信念』を守る力。

 自分にはそんな『想い』の力がある。


「真田さん、ありがとうございます。……俺なりの、今の『結論』を決めました」


 みんなには、仲間には、この『結論』は、下手したら恐ろしいことなのかも知れない。

 だけど、


「皆さんを危険に晒すかも知れない。俺は……それでも、救える奴は敵でも救いたいです」


 京馬は自身の結論を告げる。


「確かに、酔狂だな。自身の仲間を危険に晒してまで敵を救う、か」


 ふふ、志藤は含んだ笑いを見せる。


「お前がそう結論づけるんなら、俺は受け入れるぜ? そんな色々な『信念』を持つ仲間を守るのが俺の勤めだしな」


 剛毅も続けて言う。


「ケケケッ! その『結論』の末、楽しみにしてるぜ?」


 真田は心底楽しそうに笑みを浮かべる。

 一方、咲月は俯き、無言。

 京馬はそんな咲月に目を向ける。

 咲月は、その京馬の視線に気付き、口を開く。


「強いね……京馬くん」


「いや、俺は弱い。だからこそ、悩んでいたんだよ」


 首を横に振り、京馬は言う。


「いや、自分の弱さを認めるのって、強くないとできないよ」


 咲月も首を横に振り、否定する。


「私は、そんな『信念』を持たず、殺す事に対する恐怖で、仲間を殺してしまった」


 咲月は視線を泳がせる。


「でも、その行為にずっと何らかの正当性を求めようとしていた。……じゃないと、罪悪感で押し潰されそうだったから」


「咲月……」


 呼びかける京馬に目を向け、咲月は告げる。


「ありがとう、京馬くん。今は……何も見えてこないけど、私も自分なりの『結論』を得るために一生懸命、考える」


 そんな二人のやり取りを見ていた剛毅は口を開く。


「咲月、お前はまだそれを根に持ってたのか……まあ、気にするなってのが無理があるよな」


「ごめんなさい、剛毅さん」


「何で謝るんだよ? ったく、俺らはそんなの気にしちゃいねえっての。まあ、後は咲月自身の気持ちの問題だぜ? 『結論』、つけてこいよ?」


「うん!」


 少し、力弱く咲月は答える。




 賢司とともに上る天橋高校正門前の坂道。

 京馬は自身の右手を眺める視線を外し、前を向く。


「おっはよー! 京馬くん、賢司くんっ!」


 二人の肩が強く叩かれる。

 声高い少女の声が二人の耳に入る。


「おわっ! びっくりした! どうした咲月!? 今日はやけにテンション高いじゃねーか」


 目を丸くして、賢司が言う。


「だって、京馬くん今日、退院したって聞いたからさっ! いやぁ、久しぶりだねぇ!?」


 ……いやいや、俺らアダムでいっつも会ってるだろ、というツッコミは心の中で行い、京馬はぎこちない笑顔で、


「や、やあ久しぶりだね。咲月」


 と、一言。

 ……正直、反応しづらいな、と京馬は感じる。


「ねえねえ、賢司くん! 今週の『神槍戦機ヴァルハラーズ』見た!?」


「おう、見た見た! いやあ、すげえなあのロキの機体! こりゃ、オーディン達もさすがにやばいだろっ!?」


 また、例のアニメの話か……

 京馬は嘆息する。


(どうも、見る気がおきないんだよなぁ……)


 ここ最近、京馬が入院中、咲月がやたらと勧めてくるアニメ『神槍戦機ヴァルハラーズ』。

 どうも、最近『熱い』展開が続き、咲月が御執心のようだ。


(だが、今からあのDVDを六十本見るとか無理があるだろ……)


 咲月にベッドの上にどさっと大量のDVDを置かれた悪夢が蘇る。

 つーか、賢司の奴、部活もやってるくせによく見る時間あったな、と京馬はジト目で賢司を見つめる。

 しかし、その目にはくまが。

 ……そこまでして見る神経がわからん。

 京馬は再度、嘆息。


「ねえねえ、京馬くんに送っておいたDVD見た? もし、時間ないようだったら『忙しい人のための神槍戦機ヴァルハラーズ総集編』貸すよ!?」


「そんなことより、俺がいない間、ノートまとめておいてくれたんだろ? どのくらいページ進んだんだ?」


 付き合い切れないと判断し、京馬は半ば強引に話を切り替える。


「そんなことより、『神槍戦機ヴァルハラーズ』の魅力をたんと──」


 だが、そんな京馬をさらに超える強引さで咲月は話を進める。


「あーもうっ! わかった! わかったよ! 好きなだけ語れよ、もう!」


 咲月の『語らせて!語らせてっ!?』光線に、遂に京馬は観念したのだった。




 予鈴がなり、京馬達、天橋高校のHRが始まろうとしていた。


「ねえねえ、そう言えば、担任の先生が今日から変わるんだって!」


 思いだして、隣り席の咲月が言う。


「へえ、何で突然?」


「さっき、職員室に用事があって、入った時に小耳に挟んだんだけど……なんか、他校の先生と交代することになったんだって。詳しい理由は私もわかんない」


「おーい、お前ら。席に付けー」


 普段聴き慣れた声よりずっと野太く、重い声が教室中に響き渡る。

 入ってきたのは、ずしりと音を立てそうなほどの重量感のある体躯をした男。

 周囲はざわめきだす。


「すっげえガタイだ……」


「何だ、あの目? カラコン?」


 教室に入ってきた男の見た目に教室中が目を釘にする。

 そして、京馬達も視線をその男に移す。


「あー、自己紹介をしないとな。俺は今日からお前らの担任となった──」


 黒板に向かい、チョークで文字を書き連ねながら男は話す。


「右京リエルだ。名前の通り、俺はフランス人のハーフだ。よろしく」


 振り返った男の目は右目が赤、左目が青のオッドアイ。


「……! お、お前はっ!?」


 京馬はその男を見て、席から立ち、叫び声をあげる。


(あのオッドアイ……そして、この氣はっ!)


 疑う余地もない……!

 京馬は確信を得る。


「ど、どうしたの!? 京馬くん!?」


 突然の京馬の行動に咲月は目を丸くする。


「ウリエル……!」


「え……!?」


 咲月は京馬の呟きに耳を疑う。


「お、おい? どうした京馬!? この人、お前の知り合いか……?」


 続いて、賢司が京馬に問う。


「ああ、そうだ。こいつは、俺の従兄弟の従兄弟の……めんどくせえ。とりあえず、そんな遠い親戚だ」


 代わりに右京リエル──否、ウリエルが答える。


(な、なんだこれはっ! 捕縛結界が発現できない……?)


 捕縛結界を発動しようと京馬は精神を集中した。

 が、何故か全く展開できない。

 京馬は傍らの咲月を見るが、その表情は困惑。

 どうやら、同じ状態であると京馬は判断する。

 そして、空間全体がセピア色に包まれ、空間が停止する。


(安心しろ、今俺がここにいるのは争うためじゃねえ。これは、俺ら『アウトサイダー』と『アダム』の『休戦協定』の条件だ)


 京馬達の頭の中に声が響く。


「『休戦協定』っ!? 俺達は何も聞かされちゃいないぞ!?」


(ほんの数十分前に決まったことでな。何、俺がその気になればお前らなんて瞬殺できるんだぜ?)


 ウリエルは両手に灰色の炎を発現させ、京馬達に向ける。

 京馬達はその攻撃に対処しようと精神を集中させ、『アビスの力』を発現しようとする。


「くそっ! 何で、『アビスの力』が使えないんだ!?」


「何これっ!?」


 京馬達は苦悶の表情に包まれる。


(圧倒的な力の差はいくらへっぽこのお前らでもわかるだろ? それをしないのは、そういうことだからだ)


 微笑して、ウリエルは両手にある炎を消す。


(そういうことだから、お前らは静かにしてな。でないと、憤慨した俺の手元が狂って、お前らを跡形もなく消し飛ばしちまうかもな)


 言って、ウリエルは手を振り払う。

 すると、セピア色に包まれた世界は息を吹き返すかのように元に戻る。


「くっ……!」


 京馬は苦虫を噛み潰すように歯ぎしりを立てる。


「さて、俺は良くわからんが、お前達のクラスで重傷を負ってしばらく入院していた子が退院したぞ。ほら、入ってこい」


 ウリエルは何事もなかったかのように話を進める。

 そして、ドアに向かい声をかける。


「……!」


 ドアを開け出てきた人物に皆、驚愕する。

 それは京馬も例外ではなかった──否、一番驚いているのは間違いなく京馬だった。

 京馬は声をしばらく失う。


「みんな、心配を掛けてごめんね。無事退院できました。これからも、よろしくね!」


 クラス全てが目を釘にし、その少女を見つめる。


「美樹!?」


 京馬は驚愕の声を空間に響かせる。











 深淵のさらに奥深く、深い、深い。闇を通り越し、色彩とは何なのだろうかという人では大よそ捕えられない感覚。

 その本当の意味での人が到達できない未知。

 その世界に語る意志が複数。


「さて、『物語』は動きだしたわけだが、今回はどこまで行けるのかね、『彼』は」


「どうでしょうねえ。折角、我らが『失敗例』を示したのだから、良いとこまで行ってもらいたいのだが」


「ところで、『サイモン』は何処だい? 最近、彼をよく見かけると思ったらまた引っ込んでしまったよ」


「ああ、また入りこんだり、追っ払ったりしてるんじゃあないんでしょうかね? しかし、恐ろしいねえ彼も」


「そこまで、彼の意志を強くさせたんだろうね。あの『明けの明星』が」


「はは! あの偉ぶってるだけの青二才のどこにそんな魅力があるのかね?」


「まあ、我々の存在に勘付き始めてるという点では称賛に値するよ」


「そして……『彼』、京馬くんへの先導の仕方も中々だと僕は思うのだが」


「しかし、『呪い』を受けている以上、奴は所詮、『主役』にはなれない」


 複数の意志達は口を揃えて語り合う。

 その意志達の周りに淡く青白い光が灯る。


「何時までも、あなたの思惑通りになるなんて思わないことね」


 青白い光は意志達に忠告する。


「こんなところまで何の用だ。『ガブリエル』」


「京馬くんは……絶対、全てを超えて見せる──自身の託した言葉で!」


「そんなことを言うために、我の意志まで潜ってきたのか。小物風情が」


「……! 確かに、私の力だけでは『物語』には抗えない。だから、京馬くんは言ったの! 『力を振るい、示せ! 記せ! 己が道を、人の道を』ってね!」


「……? ふ、ふふ。そうか、そのための、『絶望』……」


 意志は、ガブリエルの言葉に一寸の思慮をし、告げる。


「なかなか、お前も楽しませてくれるな。ガブリエル。そして、その『意志』を繋ぐ『明けの明星』よ……!」


 意志の嘲笑が世界に響く。





 ──京馬という存在は波紋を拡げ、徐々に世界にうねりを生み出す。




 END

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