壊れた世界の反逆者
「剛毅さんっ!?」
咲月の捕縛結界が解けた後、京馬達の眼前には横たわる剛毅と頭部のない死体が転がっていた。
京馬は横たわる剛毅の頭を手で抱える。
「大丈夫ですかっ! 剛毅さん!」
「死んじゃダメだよ!」
京馬の傍らにいた咲月も声をかける。
「あ、ああ……死んじゃいねえよ、大丈夫だ……!」
剛毅はか細い声で応え、拳を捻じ込み、親指を立てる。
「ふう、ちょいと予想外の事態で『
「はいっ! 後は俺達に任せて下さい!」
「剛毅さんに助けてもらった分、私達も頑張らなきゃ!」
そうか、と剛毅が頷き、安堵のため息を漏らす。
一寸して、剛毅は思い出す。
「そうだ。京馬、咲月と一緒にいるってことは美樹には会ったのか?」
京馬は剛毅の問いに沈黙する。
美樹の言葉を思い出す──
アダムでは、『世界の創造』が出来ることはタブーであり、『絶対知ってはならない』ということ。
今まで一緒にいて、剛毅が人情深く、義理深い人間であることはわかった。
──もしかしたら、剛毅はその事実を知っていることを教えても、組織には秘密にして、京馬の『願い』に協力してくれるかも知れない。
そんな思考がふと頭をよぎる。
だが、ここで告げ、もし剛毅がそれを良しとしない人間だったのなら、きっとただでは済まないだろう。下手をしたら、また予知夢のように縛られ、拘束されるかも知れない。
京馬は口を開く。
「はい、会いました! ……でも、逃げられちゃいましたけど。どうやら、美樹は自身にある目的があって、アウトサイダーに所属しているらしいです」
そう言った京馬の顔は、悲しみに暮れていなかった。
違和感を覚え、剛毅は目を細めて尋ねる。
「そうか……だが、随分と心が落ち着いているように見えるが何かあったのか?」
「ああ、えと……」
疑惑の視線を向ける剛毅に、京馬は思慮する。
美樹と交わした『約束』。
それはアダムのタブーに触れること。
「美樹が……思っていたより、元気だったからです」
その言葉は、自身に内する心の浮き立ちの原因、その事実であり虚偽でもある。
微笑して、剛毅は言う。
「ふふ、それは良い事だな……」
京馬の言葉を剛毅は見透かしたのか、若しくは騙されたのか。
判断しかねる返答をする。
「ともかく、お前の心が晴れ、二人とも無事ってのに安心したぜ」
安堵のため息を剛毅は吐く。
「あとは……真田さんだけか」
「私が戦ったのは、美樹ちゃんと、剛毅さん並みのムキムキのおっさんだった。京馬くんは誰と戦ってたの?」
「俺は……真田さんが戦っていた、鎌と死体を操るインカネーターと戦って、勝ったよ」
京馬は告げる。
苦い顔で語る京馬の様子に、咲月は首を傾けながら問う。
「そっか、無事でなによりだけど、よく勝てたね? 多分アダムの『ランク』的に言えば、今回の敵は皆Cランク相当の敵だったよ?」
「ああ、俺も正直、死ぬかと思ったよ。でも、『ガブリエル』の力が新たに進化して勝つ事が出来た」
「凄いね! Eランクの人がCランクの人に勝つなんて、前代未聞だよ!?」
咲月は目を丸くして言う。
「私なんか、さっき言ったムキムキのおっさんに殺されかけたんだよ!? 剛毅さんが助太刀に入ってくれなかったら、きっと私はここにはいないよ」
「いや、咲月。お前の相手にしていた相手は限りなくBランクに近い相手だった。中々に骨のある奴だったぜ。操られていなきゃ、もっとマシな戦い方が出来たのに。勿体ねぇ」
剛毅は少し、悔むように言う。
「『操られる』……?」
京馬は剛毅の言葉に反応する。
「ああ、その男は美樹の『固有能力』で操られ、理性を亡くした状態で俺に襲いかかってきた。……京馬には悪いが、個人的にはあの女は活け好かねえ。男に一発ヤらせて、操るとか、どんな悪女だよ」
嫌悪感丸出しの引き攣りの表情で、剛毅は毒づく。
「美樹の化身……アスモデウスにはそんな能力が……?」
京馬は美樹の化身の固有能力を聞き、愕然とした衝撃を受ける。
その刹那、ふと思い出す。
(美樹が咲月の捕縛結界内で俺に必死に抱き着いた時……そうか)
京馬は美樹が己の体と交わり、操ろうとしていた事実に気付く。
だが、よく考えればそうだ。
あの『色欲』を司る大悪魔アスモデウスの能力らしいと言えばらしい。
そう考えると、何故だか京馬の内で一気に安堵が募った。
『その行為』は、あくまで『アスモデウス』であり、美樹本来が望んだ事では無い。
無論、そんな訳ではないのは、直接に美樹と会ったから分かっている。
だが――そう、今の京馬は思い込むしか無かった。
「でも、それが美樹の力ならしょうがないです。俺は、『ガブリエル』の力を使って、そんな美樹の『力』を、『世界を変えて』取り除いてやりたいです」
そして、現実から目を背ける様な笑みで、京馬は虚偽と事実を混ぜて告げる。
「『ガブリエル』の力の『伝説』か。まあ、実際に出来るかどうかわからんけどよ。何せ、お前の前に化身が宿ったのは千年前も昔だったんだし」
「ところで、あと残りの敵はどのくらいなんだろう? エロージョンドも含めて、大分倒したよね。十分、戦力の削ぎ落としは出来たし、そろそろ撤退した方が良いよね!?」
咲月の提案に剛毅は少し考え、答える。
「そうだな。真田を発見したら撤退しよう」
頷き、剛毅はふらつきながらも立ち上がる。
「もう大丈夫なんですか!? 支えますよ!」
京馬が手を差し伸べるが、剛毅はそれを制する。
「ああ、大分休んだし、大丈夫だ。さあ、真田を探しに行くぞ」
剛毅が一歩踏み出した瞬間だった。
途端、空間が闇に浸食される。
そして、陰湿な地下墓地へと世界は塗り替わる。
眼前には古い棺。
薄暗い地下室の合間からそよ風が吹く。
そして、蒼い
「お前が悪いんだ。悪い、悪い、悪い……そうだ、これはお前の『甘さ』が招いたことだ……」
京馬達の背後から恨めしさを込めた、震えた声が響く。
「氷室っ!?」
京馬は叫び、振り返る。
その眼前、顔を伏せながら、しかし深く吊り上げた口元を隠さず――そして声高に、氷室は叫ぶ。
「『この世界』はお前の甘っちょろい考えじゃあ、どうしようもないことを教えてやるよっ! はは、ははははははははははははっ!」
狂気の笑いを発し、氷室は鎌を発現する。
「どういうことっ!? 京馬くん、こいつを倒したんじゃあなかったの!?」
咲月は困惑の顔を浮かべ、京馬に尋ねる。
「ああ、精神力を使い切り、少なくとも戦える状態ではないはずだ……」
顔を引き締め、臨戦態勢に矢を構える京馬。
だが、その京馬の言葉に、氷室は声高々に笑う。
「はは、ははははっ! そうだねえっ! 僕はもう、この捕縛結界を創りだすだけが精一杯の精神力しか残っていない……でも、知っているかい、一時的に精神力を増大させるインカネーターの技能があることを……!」
「まさか……! お前も『
「そうさ! 何も支部長だけじゃない、僕も、志藤も使えるのさ! はははっ!」
驚愕の表情で問う剛毅に、氷室は愉快そうな満面の笑みを浮かべ、叫ぶ。
「『
そう言い放った、氷室の周りに紫の闘氣が生じる。
「『意志の矢ウィルイング・アロー』!」
異様な色彩が放たれる中、京馬は五つの矢を氷室へ向かって放つ。
「無駄だよっ!」
だが、氷室は易々と京馬の矢を鎌で弾き、矢は霧散する。
「不味い……! 俺も、咲月も全くと言っていいほど精神力がねえ……! この状況、かなり不味いっ!」
剛毅は戦慄した顔をして告げる。
その顔には冷や汗が滲み出ていた。
「はははっ! 都合良いねぇ! この幸運、もしかして、『神様』が味方してくれたのかなぁ?」
下卑た笑いを浮かべ、氷室は言う。
そこに神に対する信心なんてものは一つもなかった。
あるのはただ一つ、恨み。
世界に、希望に、『殺さなかった』、『自身とは反する意志』を持つ京馬に対しての恨みだ。
「『
氷室が叫ぶと同時、棺から肉片が這い出し、それは氷室の体に吸い込まれてゆく。そして京馬達の傍らにあった首のない男の死骸も同様に氷室に吸い込まれる。
「僕は……僕を『生かした』お前を許さない、認めない……! もし、お前の『希望』がこの僕を上回ったら、僕はお前を認めてやるよ!」
肉塊達は氷室を埋め尽くし、凝縮。
徐々に形を形成してゆく。
「俺が……やるしかないっ!」
『決意』し、京馬は五つの矢を発現し、構える。
その傍ら、肉塊は四本の腕と四本の足を持ち、頭のない深紅の巨人となる。
中央には、氷室の顔。
「ははははははっ! さあ……お前の『想い』の力をぶつけてみろよっ!」
氷室が笑うと同時、四本の腕に四つの巨大な鎌が発現する。
禍々しく、そして鈍く光る刃の輝きは、無慈悲に京馬達を殲滅するという氷室の意志を具現していたかの様であった。
「俺の『希望』! 『怒り』! そして、『決意』! お前に叩きこんでやるっ!」
だが、京馬は深呼吸し、その精神の奥底へ叫び挙げる。
(希望を持てっ! 怒りに震えろっ! そして、こいつを……みんなを救うことを決意するんだっ!)
自身の『想い』を強く念じる。
それは、『念じ』から『感情』へ。
五つの矢は一本に凝縮され、渦巻く『想い』の『氣』が唸りを挙げる。
「いけえええええええええぇぇぇぇっ! 『
京馬は自身の『想い』が凝縮した矢を放つ。
「はははははははっ! 絶望を味あわせろっ! 『刈除公』っ!」
その強大な一撃に対し、氷室は四つの鎌先を中央一点に絞り、京馬の『想い』の矢から発せられる青白い閃光と対峙させる。
ズガ、ガガガガガガガッ!
激しい、衝突と摩擦音を発し、両者の攻撃は拮抗する。
「ふふ、ははは、あーーはっはははははははっ! やっぱり! やっぱり、『希望』なんてこんなものだっ! 脆い、弱い、虚しいっ!」
氷室を擁した、肉の巨人は徐々に青白い閃光を京馬の方へと押し戻す。
「くっ……! さっきまでとは力がまるで違う! ……負けるっ!」
見違える程、力が上昇した氷室へ京馬は戦慄する。
歯を食い縛り、負けじと応戦する最中。
刻々と『絶望』の鎌が迫る中、京馬の『想い』は霞み、挫けそうになる。
「無駄だよっ! 無駄無駄無駄無駄っ! もう、お前に勝ち目なんかないんだよ!」
告げた肉の巨人は一気に前進し、京馬の一撃を霧散させる。
「まずい! 『
自身の攻撃が破られ、焦燥とした京馬は氷室の攻撃がこちらに向かうのを視認。
『危機』の感情で発現した障壁でガードしようと試みる。
が、
「な……! う、うああああああああああぁぁぁぁっ!」
その強烈な一撃は京馬の障壁を軽々と打ち破り、京馬の右腕を貫く。
跳ね跳ぶ、自身の右腕。
一寸、京馬は自身に何が起こったのか把握出来なかった。
突如の、自分の人生では有り得なかった衝撃。
「お、俺の、腕が……! あ、あああああああぁぁぁぁぁっ!」
痛い、痛い、痛い!
――痛過ぎる。
接合面から噴出する血液。
踊り、紅の軌道を描く。
京馬は断末魔の叫び声を上げる。
「京馬っ!」
「京馬くんっ!」
剛毅と咲月が京馬の名を叫ぶ。
だが、京馬はそれすらも聞き取れぬ程のショックと激痛に見舞われていた。
「さあ……お前らも、この最大の一撃で俺と一緒に地獄に堕ちろっ!」
そう言った氷室の顔は、白眼を剥け、目や鼻、口からは血が滴り落ちる。
それは最早、氷室に『この先は無い』ことを示していた。
「あの野郎……自分の精神力を命ごと注ぎ込んでやがる。どうりで、この空恐ろしい攻撃力を得たわけだっ! くそっ、桐人! 本当に、こいつは限界だっ! 早く助けに来いよっ!」
剛毅の叫びの応答も虚しく、誰も答えるものがいない。
「今度こそ、終わり?」
咲月は乾いた微笑をする。
表情には諦めが。
「はははっはははははははははっはははははっはっははは!」
もう思考が働いていないのか、氷室はひたすら笑い、笑う、笑う。
四つの巨大な鎌は紫の瘴気を帯び、氷室はその波動を京馬達に放とうと、鎌を後方へと翳して力を溜める。
「っ……! もう、ここまで、なのかっ……!? ミカエルも倒せず、美樹との約束も果たせず、大切な仲間も助けられず……!」
大量出血で意識が失いそうになる。
否、この光景を見、思考出来るという事は『未だ大丈夫』という事か。
それ程に、憎たらしい程にこの『インカネーター』とは頑丈なのだと、京馬は思う。
これ程、有難いのか有難く無いのか分からないものは無いであろうという精神の愚痴を告げる。
その京馬の眼前には、氷室の『絶望』が差し迫っていた。
「もう、終わり、なのかっ!?」
否、そんな事は無い。
断じて、無い。
――あってたまるかっ!
京馬は、首を左右に振る。
「いや、俺は、最後まで諦めないっ! 『ガブリエル』っ! もっと、力を貸してくれ!」
右腕にくる激痛に耐えながらも、京馬は必死に願う。
この『絶望』を振り払い、仲間を救う力をっ!
――『想い』が力なのだろうっ!?
だったら、この『想い』を!
俺の、弾けそうな『想い』をっ!
もっと、もっと――!
それは、京馬にとって、かつてないほどの懇願だった。
その想いに呼応するように、青白い閃光が自身の内から迸る。
「こ、これは……!? う、うあああああああぁぁぁあっ!」
途端、京馬は眩い閃光に呑みこまれる。
「……? こ、ここはっ!?」
京馬が眩い閃光に呑みこまれ、意識を取り戻した先には……辺り一面が荒野になった世界が広がっていた。
「ここは……俺が見た夢の中?」
京馬は一寸の思慮の果て、結論する。
忘れもしない。ここは自身が『ガブリエル』の力を得られた夢の中だ。
「何故、こんなところに……?」
「それは、単純な話。あなたがそれを願ったからですよ」
声とともに、青白い閃光をが迸る。
そして、京馬の眼前にはブロンドの髪を携えた、美しい女性が閃光から生まれる。
ロールに巻かれたその髪が、よりその美女の優雅さを醸し出す。
京馬が視線をやや下に向けるとその胴体、両脇に突き出るものが。
羽だ。
それを確認して、京馬は初めてその女性が何者であるか理解する。
「天使──?」
「ふふ、顔を見せたのは初めてだから、初めまして──かな? 京馬くん」
天使はその眩しい笑顔を京馬に向ける。
「あなたは……誰ですか?」
京馬はその天使に尋ねる。
しかし、その問いには戸惑いの色があった。
何故だか、初めて会った気がしないのだ。
というより、すごく懐かしい──まるで、家族のような、そんな親しい間柄であった気がする。
「私は、『ガブリエル』。『アダム的に言えば』、あなたの宿す、化身の『本神』といったところかしら?」
ガブリエルは人差し指を口に当て、告げる。
「『ガブリエル』っ!? あなたがっ!? 俺はてっきり男かと──!」
京馬は驚愕する。理由は二つあった。
一つは、突然自分の眼前に、自身の力の源である化身の『本神』が姿を現したこと。
もう一つは、その『本神』が、女であったということだ。
「そうだ、俺が力に目覚めた時、俺に語りかけたのは男の声だった! あなたが『ガブリエル』だったとすると、あの声は一体──?」
京馬の疑問に、ガブリエルは首を傾げ、答える。
「何言ってるの? あれはあなた自身の声じゃない?」
その答えに京馬は困惑の表情を浮かべる。
それを察したのか、ガブリエルは言葉を付け足す。
「そういえば、『今の』あなたは知らないんだっけ? ごめんね。今のは忘れて」
苦笑し、ガブリエルは言う。
その言葉に納得いかず、苦悶の顔を醸し出しつつも、京馬は尋ねる。
「ところで、何故あなたが俺をこんなところに……?」
「言ったでしょう? それをあなたが願ったから」
さらりと、首を傾けながらガブリエルが答える。
「あなたが、この危機にわたしの力を欲したからです。 そして、私はその力を授けに来た」
「力を……授ける?」
「そう、あなたはそれを願った。より強く、強く、ね。そして、私との対話も願った。これは、あなたの『想い』の力が呼び起こした──」
ガブリエルがより深く、優しい笑みを浮かべる。
「奇跡です」
ガブリエルが告げると同時、何かを支えるように手を前方に構える。
その中心から青白い光が迸るとともに、一つの剣が出現する。
剣は光と同様、青白い閃光を放っていたが、内から来る神々しさは京馬に感嘆の表情を与える。
「これは……?」
「この剣は、私の力……『想い』の奔流。その象徴」
ガブリエルは穏やかで、しかし厳格な口調で告げる。
「あなたは、私と『より近く』なった。だから、これを託します。そして、私に示して下さい。あなたの──人の『意志』を」
「俺の……人の『意志』?」
「そう、私は知りたいのです。人はどのような『意志』を持ち、どこまでへと行けるのか。それが私の愉悦」
微笑し、ガブリエルは言う。
その体から、光の粒子が気化するように上昇してゆく。
「その剣に、名前はありません。あなたがその剣の名前を決めて下さい。あなたの『意志』を込めて」
告げ終わると同時、ガブリエルは天に立ち上るように霧散していった。
気が付くと、京馬はまた薄暗い地下墓地に戻っていた。
眼前、肉の巨人が京馬達を狂気と殺気を込めた一撃を放とうと、四つの鎌を翳している。
「はははっはははははははっはははっ! 死……死ね、死ね死ね死ね死ね死ねっ!」
もはや、殺すという行動しか選択できない、自我が崩壊した、まさに狂気の状態で氷室が叫ぶ。
「くそっ!」
「もう、終わりだね……!」
目の前に咲月と剛毅が佇む。
京馬は、その二人の前へと進む。
右腕が無くなり、体のバランスが不安定になりつつも、ふらついた体を前へ前へと踏み出す。
「二人とも……後は、俺に任せてくれ」
背後からの声に、咲月と剛毅は驚く。
「京馬! ……だがお前、その体で──」
剛毅は後に付け足そうとした言葉を、ハッとして呑み込む。
そして、確信した笑みを見せ、告げる。
「そうか、行って来い! そして、あいつにその力をぶつけてみろっ!」
「はいっ!」
京馬は力強く答える。
(良い顔してるじゃねえか……やっぱり、お前は――)
その京馬の『決意』に満ちた表情に、剛毅は合点とし、拳を握り締め、親指を上に向けていた。
「え……?」
一方の咲月は、二人のやり取りが理解できず困惑の表情を浮かべる。
「はああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
力を溜め終え、氷室は京馬達に強烈な狂気と殺気を詰めた波動を持つ、四つの鎌を振り上げる。
「俺の『意志』を込めた名……」
京馬は目を閉じ、ガブリエルの告げた事を思慮する。
自分の『意志』──
それは、『この世界』にあった宿命、美樹と悪魔の出会いを断ち切り、美樹との幸せを手に入れる。
それは、『この世界』を変容させた、人を滅ぼそうとするミカエルを打倒し、世界の危機をなくす。
それは、『この世界』にある、眼前の男を狂気へと誘った絶望と不条理をなくす。
それは、『この世界』を創り変えたいと願う、『想い』。
それは、『この世界』──『壊れた世界』に対する、自身の『反逆』。
「そうだ」
京馬は目を見開き、芯の通った、確実な『意志』を持った声で叫ぶ。
「『
京馬が叫ぶと同時、左手に神々しい、青光りする閃光を放った剣が発現される。
剣の中、血液の様に流動する蒼のうねり。
京馬はその剣を、紫の瘴気を放っている氷室の一撃に振り上げる。
「いけえええええぇぇぇぇぇぇっ!」
ズガッ! ズガガガガガガガガガガッ!
淡く輝く蒼の剣から発せられた青白い閃光は、『絶望』の一撃と拮抗する。
「まだだっ! 俺の『希望』、『決意』、そして、この『意志』をっ!」
京馬は『想い』をより肥大に、強大に。
その『想い』と共に、放つ閃光の輝きが増してゆく。
「お前に、『絶望』にっ! 叩きこむっ!」
京馬の『決意』の言葉により、増大した『氣』の力。
それは、急速に紫の瘴気を帯びた一撃を呑み込んでゆく。
「ぐ、ぐああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
肉塊の巨人に蒼の閃光が接し、その肉体をベリベリと『消滅』させてゆく。
「う、ああっ! 『想い』っ! 憎いっ! 腹立たしいっ! その、力、がっ!?」
それは、氷室をも呑み込み、『憎悪』の空間を蒼に染めてゆく。
「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁあっ! 僕も、その『蒼』にいいいぃぃぃぃぃっ……!」
「俺の、『想い』の勝ちだ。本当だったらお前も、救いたかった……!」
白眼の下部、雫が垂れるのを京馬は見てしまった。
(ごめん、氷室っ……!)
悲哀と苦悶の表情を浮かべ、京馬は呟く。
ズバァッ!
と、裂ける音とともに、肉の巨人も、地下墓地の世界も、そして氷室も消滅してゆく。
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