荒ぶる屠殺者と思慮深き窃盗者

「『屠殺者の鎖グラシャラボラス・チェーン』!」


 雨が降り注ぐ鬱蒼と茂る木々を取り囲むように、真田は幾重もの鎖を展開させる。


「遅い。そんな低速の攻撃じゃあ、俺を捕えることはできないね」


 真田の発現させた鎖を舞うように滑り、避けながら志藤は呟く。


「ケケケッ! じゃあ、これはどうだ!?」


 真田が叫ぶと同時、一本の鎖が切れる。


「何を……?」


 志藤が疑問を浮かぶ手前、その現象が生じた。


「俺の立つ位置が……変わった!?」


 志藤が気付いた時には一本、一本と鎖は千切れ、志藤の位置は真田へと不規則に近づいてゆく。


「な、何だこれはっ!?」


 予想外の現象に志藤は混乱する。

 そして、真田の目の前まで志藤は強制的に吸い込まれてゆく。


「っしゃあ! ホームランをカッ飛ばしてやるぜえぇぇぇぇっ!」


 真田は大剣を一回転し、遠心力を高めた強烈な一撃を志藤に叩きこむ。


「ぐ、『危機の防護クライシス・ガード』!」


 志藤は京馬から『盗んだ』ガブリエルの想いの力で真田の一撃を防御する。


「無駄無駄あっ!」


 真田の一撃は圧倒的な威力を持って、志藤の防御結界を一瞬で破砕。


「く、何て強烈な威力だっ……!」


 志藤は真田の強烈な一撃を腹部へと叩きこまれる。

 木々をなぎ倒しながら、志藤は吹っ飛んでゆく。


「今のは……京馬の固有能力か。なるほど、あいつの固有能力は他人の力を奪うのか」


 大剣を地面に突き立て、真田は思慮する。


「……まあ、化身の能力なんてのは使いこなすまで熟練が必要だからなあ! さして脅威でもないな! ケケケッ!」


 結論づけ、真田は続ける。


「さあ、いつまでも隠れてないで出てきたらどうだっ! お前がこんなもんでくたばる程、軟な精神力じゃねえのはわかってるんだぜ!?」


 真田が叫ぶと呼応するように、削れた地面から舞う砂塵の中、志藤が姿を現す。


「やれやれ。直前で発現したナイフを腹に忍びこませて攻撃を受けたっていうのに、あばら骨が何本かイったよ」


 ため息を吐き、志藤は幾重ものナイフを手の中に発現させる。


「この攻撃力……氷室が腹を抱えて悶えたのもわかる気がするね」


「だが、お前はその一撃を耐えた。俺の見解からすると手前の方が一枚上手だと判断するぜ、ケケケッ!」


「それはわかっていることだ。あの馬鹿な屑とは俺は違う」


 志藤は右足を前に置き、前進の姿勢をとる。


「尤も……『単純な精神力』ではあの屑の方が上だがな。今頃は他の二人、どちらかはあいつのコレクションの一部になっているかも知れんな」


 前足を踏み出し、志藤は真田へと駆けだす。

 へっ、と真田はいつもの狂気を含んだ笑みをせず、口を吊り上げて微笑する。


「残念ながら、それはないな。悔しいが、あいつらは『どっちとも特殊』なんだ」


 真田は大剣を構え直す。


「『屠殺者の鎖グラシャラボラス・チェーン』!」


「同じ手が、何度も通用すると思うなよっ!」


 真田が発現させた鎖を、志藤はまた悠々と避ける。

 と、また鎖が一本、一本と千切れ、志藤の位置が不規則に移動する。


「さっきので、理解した。この鎖が千切れると、その半径一メートルが前方へとずれる。それを計算すれば──」


 志藤は不規則に変化する自身の立ち位置に動揺することなく、一直線に真田へと向かってゆく。


「造作もないことだ!」


 真田の手前まできた志藤はフェイントを入れるように左右上下に変則的に動き、真田の体へナイフを投擲する。

 真田は大剣でその連撃を防御するが、志藤の圧倒的な手数の多さで幾つかのナイフが体へと直撃する。


「ぐ、ああっ……!」


 真田は志藤の連撃に怯む。

 志藤のナイフは『アビスの力』で強固になった真田の体を打ち付け、跳ね返り、空中で霧散してゆく。


「『技の盗難スキル・スニッチ』!」


 叫んで志藤は真田へと一刀のナイフの一撃を叩きこむ。

 それを真田は大剣で受け止め、振り払う。

 一方、志藤は背後へと回転して距離をとる。


「くそ! 一撃一撃は大したことねえが、手数が半端ねえ!」


「こちらも驚いた。まさかあれだけ俺のナイフをくらっても無傷だとは!」


 志藤は自身の攻撃で全くダメージのない真田に驚愕する。


「そんじょそこらのインカネーターとは精神力が違うんだよ、精神力が! アダムの中堅クラスを舐めるなよっ! ケケケッ!」


「これで中堅か……ミカエルが出没しているため、アダム日本支部には戦力が集中していると聞いているが」


「その情報は違うぜ」


 真田は志藤の情報を否定する。


「ここ日本は、特別、宗教の偏りが少ない。だからこそ『アビスの住民』に対する見方が固定されていない。それが逆に『アビスの住民』の興味を湧きやすい。詳しくは俺は知らんが、固定化された自身の像がない方が奴らは落ち着くらしい」


「それは、つまりどういうことだ?」


「要するに日本はその国土の狭さに対して、化身を宿すものが多いってことだ。だから、己ずと実力者も多くなってゆく」


「そうか。だが、お前らの首領とその付き添いで日本にきた女……『天使の虐殺者エンジェル・スローター』と『神雷を超越した女帝ケラウノス・オーヴァー・クイーン』は『全世界』のアダム支部で、ナンバーワンとナンバーファイブ以内に入る実力者だと聞くが」


「サイモンさんとエレン姉さんか。確かにあの二人が来たのはミカエルがここを根城しているからだけどな」


 そうだ、真田は微笑して続ける。


「まあ、それ以上に桐人さんに会うという理由が最優先だったなあ、ケケケッ!」


 その真田の言葉に志藤は眉尻を下げる。


「貴様が答えてくれるとは思えんが、桐人とは……一体何者なんだ。うちにいる『四大天使』その一人であり、『アビスの住民』そのもの、本神であるウリエルを人の身で何度も打ち負かす程の脅威的な手練。最強のインカネーターであるリチャードの生まれ変わりで、ソロモン王の転生した姿であることはわかっている」


「何だ、よくわかってるじゃねえか。要するに一番最強なのは桐人さんだってのが」


「うちのボスが言っていたぞ。桐人はそれ以上の秘密を持っていると」


「それは……言えねえなあ、ケケケッ!」


 含んだ笑みを浮かべ、真田は言う。


「そうか、知らないではなく、『言えない』のか。その情報はアダムの上層部しか知らされていないというが……お前は、桐人と何か『特別な』繋がりがありそうだな」


「特別……? いいや、俺はあの人に恩があるだけだ」


「ほう、お前のような人殺しを愉悦にしている輩が『恩』か。少し、興味深いな」


 志藤は先ほどまでの殺気を落ち着かる。その目は好奇の目となる。


「これからぶっ殺す敵に話すまでもねえだろうが……お前は俺に似ているからな。特別に教えてやるよ、ケケケッ!」


 真田も殺気を溶かし、続ける。


「俺は昔、警官だった。その時、ある事件を調査していてなあ──まあ、その事件がきっかけで俺は化身を宿し、インカネーターになったんだが」


 ケッ、真田は自分の過去の記憶に嫌悪を抱き、舌打ちをする。


「その事件ってのが、この横浜近辺であった最悪の事件『連続民家惨殺事件』だった」


「な、何だとっ!?」


 志藤は真田の言葉に強く反応する。

 突然の志藤の反応に真田は疑問を持つ。


「何だ? お前、もしかして──」


「構わん。続けてくれ」


 真田の問いを制止し、志藤は話を続けるよう、促す。

 そうかい、と言葉を発した後、一寸の沈黙を置き、真田は続ける。


「俺はその事件の担当を務めていた。当時の俺は正義に燃えていてな。犯人探しに躍起になっていたよ。何せ、その手口は凄惨だったからな。死体に慣れていなかった俺は毎回吐いてたっけかな。ケケケッ!」


 真田は過去の自分を思い出し、笑う。


「だが、その事件を追っている時、次々に仲間が殺されてな。その頃に俺は化身を宿した。あの時は犯人を激しく憎悪していた。仲間たちと同じ様に惨たらしい死に方をさせてやりたいってな」


 真田は目を閉じ、一寸の沈黙を置き、また目を開ける。


「そして、俺はこの『アビスの力』を感知できるようになった。そのおかげで、ようやっと犯人を追い詰めることができた」


「犯人を追い詰めた!? その犯人というのは、一体何者だったのだ!?」


 真田の言葉に驚愕し、志藤は声を荒げる。


「ケケッ、やっぱりお前は、あの事件の被害者の一人だったのか」


 あからさまな『事件』への喰い付きから、真田はそう判断する。

 首を下げ、納得した真田は続ける。


「そして、俺はその人物と対峙した。多数の警官の仲間とともに。が、案の定、アビスの力を持った犯人、しかも──インカネーターとなっていた奴に一瞬でほとんどの仲間が殺されたよ。そこで、俺を間一髪で救ってくれたのが、桐人さんだ」


 真田は尊敬の眼差しを浮かべながら、告げる。


「あの時の桐人さんはまだ今のような驚異的な強さを持っていなくてな。それはもう、大苦戦だった。だが、何とかその犯人を打ち負かすことが出来た」


 が、真田は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、続きを語る。


「奴には他にも仲間がいてな。結局は取り逃がすことになっちまった。そして、俺は『奴の能力』の一端のせいで仲間の警官殺しの罪で牢獄にぶち込まれることになったんだ」


 さも忌々しい、そして未だに煮え切らない怒りで顔を歪ませる真田。

 だが、一寸の憤怒をため息一つで落ち着かせ、真田は言う。


「これが、俺の桐人さんへの『恩』さ。さらにアダムへ勧誘してくれて、色々と良くしてくれた。本当に感謝してもし足りねえぜ、ケケケッ!」


「それはわかった! 俺が知りたいのは、その犯人が何者かということだっ! 教えろ!」


 『そんなものはどうでもいい!』と、告げんばかりの志藤の剣幕に似た要求に、真田は思わず首を振ってしまう。


「ったく、そう取り乱すな。お前の気持ちは分かるがな。正直言うと……俺もわかんねえ。が、あいつがどんな化身を宿しているか知っているぜ、ケケケッ!」


「それは、どういう化身なんだ!?」


「奴は、ゾロアスター教というペルシアで栄えた宗教で伝えられる大悪魔『アエーシュマ』を化身としたインカネーターだった。その固有能力は、『己の力をトレースした他人を操る』。そして、『アビスの力』を行使しているのにも関わらず、『この世界』にも影響を与える。俺がわかるのはそれぐらいだ」


 真田は告げ終わると同時、ため息を吐く。


「その能力故だろう、俺も桐人さんもその姿を確認することは出来なかった。しかも、あの事件以来、奴の姿も痕跡も見つけることは出来なかった。そして、俺は奴とその背後にいる何らかの組織を追っているというわけだ」


「……………」


 真田が言い終えた手前、志藤は顔を伏せ、黙り込む。

 一寸の沈黙とともに、志藤は口を吊り上げ、微笑。


「ふふ、ははっ! はははははははっ!」


 やがて、その微笑は高笑いへと変わる。


「やっと……やっとだっ! 手掛かりが見つかった!」


 志藤は顔を上げ、歓喜の声を現にする。


「そうか。まさかお前があの事件を担当していた警官で、その犯人と会っていたとはな! そして、仇も同じ……これも因果か!?」


 志藤は少し落ち着きを取り戻し、続ける。


「犯人はインカネーターか。どうりで、どこに行っても手掛かりがないわけだ。もちろん、その線は考えていたが……だが、お前の話の通りだと、他に協力者がいるということか。 面白い! 全員、抹殺してやるっ!」


「生憎だが……奴は俺の獲物でね、悪いがお前には譲らせねえよ、ケケケッ!」


 真田は大剣を構え直し、攻撃の体勢に移る。


「では、こういうのはどうだ。互いの全力の力をぶつけ合い、勝ったものが奴を仕留める権限を得る……」


 志藤は幾重ものナイフを斜に構える。


「俺の今の状態を見ればわかるだろう? ……望むところだっ!」


 互いが微笑し、口を揃える。


「「『過負荷駆動オーヴァードライヴ』!」」

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