少年と少女の再会

「あの霧のせいで、みんなの場所がわからなくなった……どこだ?」


 京馬は白塗りの無機質な廊下を歩き、呟く。

 この工場はそこまで複雑な構造ではないはずなのだが、先ほどの霧で現在位置が特定しづらくなっていた。


「あの時、確かに聞こえたのは美樹の声だった……」


 困惑の表情を浮かべる京馬は、真田の捕縛結界内で敵を逃がす魔法を放った人物の声が美樹と同一であることに気付いていた。


「やっぱり、美樹はこの組織に何らかの協力をしているのか? だとしたら何で?」


 京馬は深く思慮する。

 家族を人質にされた等、しょうがなく加担?

 洗脳されて、操られている?

 色々な経緯が、京馬の頭を渦巻く。

 が、情報が少なすぎて、まとまりきらない。


「今は考えるのは止めよう。まずは、離れ離れになったみんなと合流することだけを考えるんだ」


 頭をブンブンと振り、京馬は思考を切り替える。

 再度、足を前方へと突きだした京馬は、しかし、その足を直ぐに制止させる。


「これは……? 咲月の氣!?」


 それは、咲月に宿る『イシュタル』の氣を京馬が感知した為であった。

 京馬は桐人の教えによって、インカネーターの気配察知をすることができるようになっていた。

 『この世界』と『アビス』との軋轢で生ずる歪な揺らぎ。

 『氣』――それは、五感で感じ取る情報とは異なった、未知の感覚であった。

 京馬は、その咲月特有の『氣』を感じ取り、周囲へと目を配らせる。


「この氣の残り香は濃い……近くの捕縛結界内にいる可能性が高いな」


 明らかに京馬の視界に入る程、近距離で感じる『氣』の気配。

 だが、咲月はその場にいない。

 だとしたら、考えられる事は一つであった。

 『捕縛結界』。

 『この世界』とは異なった次元空間の揺らぎ。

 そこに、咲月が潜んでいる可能性が高い。

 そう判断した京馬は、何かを念じるように手を垂直にして額に当てる。

 そして、精神をその手に集中させる。

 更に片方の手を前方に突き出す。

 それは以前、桐人がアスモデウスの捕縛結界に侵入した時に用いた手法だった。


「何が起きているかわからない。桐人さんに教えてもらったやり方で気付かれずに潜入しよう」


 京馬はもう片方で発現させた矢の切っ先をゆっくりと下から上へと、空間を割くように移動させる。

 すると、真鍮の柱で彩られる宇宙の空間がめくれるように姿を現した。




「また剛毅さん、消えちゃった……」


 京馬が、咲月の捕縛結界へと侵入する前――

 咲月は愕然としていた。


(もしかしたら、今度こそ──)


 咲月の頭の中に、嫌な予感が過ぎる。

 自身の行いによって『現界』してしまったケルビエム――その炎雷の剣によって、次々に灰燼と化させられた仲間達。

 その記憶がフラッシュバックの様に蘇り、咲月の表情を曇らせる。


「剛毅さんは強い! 今度もまた潜り抜けてくれる!」


 だが、咲月はその不安を跳ね除ける様に叫んだ。

 ふう、と息を吹き、咲月は思考を切り替えて美樹へと視線を向ける。


「美樹ちゃん! 悪いけど、再起不能になるまで徹底的に痛めつけるよ!」


 剛毅の事で不安が募る咲月であったが、今は目の前の脅威と対峙しなければならない。

 杖を回転させ、その先端を威嚇する様に、美樹へと突き立てる。


「そうはいかないよ! 『盲目の嘆きブラインド・グリーフ』!」


 黒い魔法陣を展開させ、美樹は魔法を発動させる。

 漆黒の世界が咲月と美樹を包み込む。


「ふふ、この暗闇で私を捕えられるかな?」


 暗闇の中、美樹が呟く。

 その声の木霊する方向は、正面からでは無かった。

 空間全体に響き渡る声は、美樹のいる位置を不明確にし、文字通り咲月を盲目にするかの様に惑わせる。


「同じ事だよ! ガメちゃん!」


 だが咲月が叫ぶと同時、空間全体が鳴動し、地面の大量かつ巨大な触手が蠢く。


「また、反応なしだね! シャイニング・スパーク!」


 咲月は触手に美樹が触れた感触がないことを確認し、上空にいると判断。

 光の閃光を上空へと放つ。


「私の地力を舐めないでよね! 『轟く黒炎ダーク・プロミネンス』!」


 美樹の声が聞こえ、光の閃光に対抗して黒炎が放たれる。


「シャイン達!」


「「「「「御意!」」」」」


 咲月が叫び、周りに漂う光の精霊達はレイを放つ。


「こんなとこで、私は負けるわけにはいかないっ!」


 暗闇の中、美樹は声を荒げる。


「『影の隠匿者シャドウ・コンセルメント』!」


 美樹が魔法名を告げると同時、咲月の攻撃と光の精霊達の攻撃は阻むものもなく、空間を直線に突き抜けてゆく。


「えっ!? 消えた……?」


 咲月はその現象から、美樹がその場から消えていった事実を確認する。


「どこへ……うあっ!?」


 言葉を発した直後、咲月は背後からの無数の触手の攻撃に仰け反る。

 触手の攻撃は、光の精霊達も貫いてゆく。

 さらに、手や足、首に触手を巻きつけられ、動きを封じられる。


「ふぅ、一か八かだったけど、どうやら成功したみたいね……!」


 暗闇が晴れ、咲月の眼前には腕から無数の触手を生やした美樹が佇む。


「闇の中を自由に行き来できる魔法。我ながら便利な魔法を閃いたものだよ」


 安堵のため息を吐き、美樹は呟く。


「う、あ、あああっ……!」


 咲月は触手に締め上げられ、喘ぐ。


「終わりだよ。死になさい!」


 美樹は黒炎を両手に掲げる。


「まだ……負けるわけにはいかないっ!」


 苦悶の顔で咲月は声を振り絞る。

 途端、美樹の足元が割れ、植物の触手が出現。

 美樹の手と足を絡めとる。


「なっ!?」


 美樹は不意の一撃に驚く。


「手も足も使わず、挙動なしに能力を発現させた!?」


 咲月が発現した植物の触手は美樹の触手と絡め合い、咲月への締め上げを緩和させる。


「この植物……ガメちゃんの触手は美樹ちゃんの触手と同じ、『化身固有の武器』扱いなんだ! だから、ノーアクションで発現することが出来る!」


「へえ……! てっきり私は、その杖が化身固有の武器だと思っていたよ」


 美樹は咲月の持っている杖へと視線を向ける。


「私の化身、『イシュタル』は特殊でね!この『ガメちゃん』と杖が化身固有の武器なんだ!」


 咲月は美樹の触手を植物の触手によって、跳ね除ける。


「さあ、逆転したね! こっから反撃開始だっ!」


 咲月は杖を振り回し、告げる。

 形勢が逆転し、意気込みの表情で告げる咲月。

 だが、美樹の視線は咲月へと向いていなかった。

 途端の隙を見せる美樹の動作に、咲月は動けなかった。

 何かの不意を突く作戦であろうか?

 だが、その割には美樹は顔を険しく、明後日の方向へと顔を向けていた。


「『イシュタル』……? ええ、そうね。アスモデウス」


 途端、空想癖があるかの様に美樹は独り言を呟く。

 うんうんと頷く美樹は、途端にハッとした表情で驚愕する。


「なんですって!?」


「な、何? 一体どうしたの……?」


 美樹の異様な様子に動揺していた咲月は、更に続く美樹の叫びに困惑し、混乱する。


「やはり、あなたは殺さなきゃならないみたいね!」


 首を傾げる咲月を手前に、美樹は今度は明確な殺意を向ける。


「だから、何だってのっ!?」


 突然の美樹の豹変に、更に咲月は混乱するも、対峙する体勢を取る。

 互いが緊迫とした表情になり、美樹は触手を大量に生やす。

 それは美樹を絡め取る植物の触手を快音とともに切り裂く。

 そして、黒い魔法陣を展開する。


「『影の使役者シャドウ・サーヴァント』!」


 魔法を発現すると同時、美樹の影の分身が出来上がる。


「やあああああああ!」


 美樹は影の分身とともに大量の触手で咲月に攻撃する。


「インフィニティ・サンダーシュート!」


 対して、咲月は素早く無数の雷撃を叩きこむ。

 両者の攻撃はミサイルの迎撃戦のように撃ち落としては撃ち込み、拮抗する。


「『影の隠匿者シャドウ・コンセルメント』!」


 美樹はその合間に魔法陣を展開させる。

 発現した魔法により、美樹は近くの柱の影に姿を隠す。

 咲月の雷の連撃は数本が柱へとぶつかり、残りが彼方へと飛んでゆく。


「また、姿を消したね……! どこにいるっ!?」


 咲月は周りを警戒する。


「ここだよっ!」


 だが美樹は咲月の背後の影から姿を現し、両手の黒炎を背中に打ち出す。

 それは咲月の警戒の不意となる。


「しまったっ!」


 黒炎の一撃により、咲月は背中から吹き飛ぶ。

 そして、地面に転がるように倒れ伏す。


「う、うう……!」


 咲月は苦しみの声を上げる。

 美樹の黒炎により、咲月の精神力は急激に減少していた。

 立ち上がろうとするが、体に力が入らない。


「ふふ、本当に今度こそ終わりだよっ!」


 美樹は黒炎を咲月へと放とうとする。

 再び訪れた絶体絶命の窮地に、咲月が歯を噛み締め、必死に身体を動かそうとした矢先――


「止めるんだっ! 美樹!」


 その刹那。

 ビュンと風を切る音と共に、美樹の足元に青白い矢が刺さる。

 その矢と、その『声』が、美樹の行動を制止する。

 ビクリと、背を硬直させた美樹は、驚愕する様な、怯える様な狼狽の表情をちらつかせる。

 一方で、咲月は突き刺さった矢を見やる。

 その青い揺らめきは、声の主を咲月が確認するに一寸の時間も掛からなかった。


「京馬くん!」


 咲月は、希望の表情で頬を緩ませ、叫ぶ。

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