『過負荷駆動(オーヴァードライヴ)』

 吹き荒ぶ風音とともに激しく降りしきる雪。

 白銀の世界の荒々しい形相は勇猛かつ美しい獣を彷彿させる。


「さて、どうしたもんかね。操られている輩を無下に葬るってのは、あんまり好きじゃあねえんだが」


 頭をポリポリと掻きながら、剛毅は呟く。

 凍結した川を挟み、合間見えるのは理性を失くし獣の叫び声を上げる佐久間。


「ブッ殺ス! バラバラニ、ブッタ切ッテヤル!」


 佐久間は声を荒げて叫ぶ。


「まあ……うちのお姫様をぶち殺そうとしたんだ。それだけでも、理由は十分だな!」


 剛毅は幾重の魔法陣を展開し、叫ぶ。


「『炎の憤怒フレイム・レイジ』! 『炎熱の蜃気楼ブレイズ・ミラージュ』! 『爆風の鼓動ブラスト・ビート!」


 瞬間、剛毅の姿は白銀の世界から消えた。


「ドコダッ! ドコエイッタアァァァッ!」


 佐久間は大剣を振り回しながら叫ぶ。


「……加速を上げ、力を強化し、幻影で姿を晦まして一気に叩く。俺の必勝パターン、こいつにも通用するかな?」


 佐久間の背後で剛毅は拳に力を込める。


「『爆風速射弾ブレイズ・クイックストライク』!」


「『豪雪爆撃へヴィ・スノウ・イラプション』!」


 剛毅が拳を振り上げる瞬間、佐久間は青の魔法陣を展開し、叫ぶ。

 途端、佐久間の周囲に氷の破砕が起き、爆散。


「っつ! 何っ!」


(浅い……!)


 剛毅の拳が、佐久間へと捻じ込まれる。

 が、突如の爆発で、拳の軌道が少しずれる。

 佐久間は剛毅の一撃で吹き飛ばされ、一方で剛毅は爆発によって吹き飛ばされる。

 追突した積雪に両者はめり込み、雪が盛大に飛び散る。


「くっ! 理性を失くしたことで、野性的な感覚が研ぎ澄まされたってことか!?」


 雪を撥ね退け、剛毅は呟く。

 途端、対角の川岸の雪が破裂するように飛び散る。


「イタゾオォォォォォ! 見ツケタアァァアァッ!」


 雪を跳ね除けた佐久間は、雄叫びを挙げるように叫ぶ。


「いいや、このアビスの力で捻子ねじ曲がった法則で、そんな『俺らの世界の法則』が適用されないか」


 口元を吊り上げ、剛毅は笑う。


「むちゃくちゃな攻撃だ。こいつはひたすら広範囲かつ強力な一撃を加えようとする。じゃあ―─」


 呟く剛毅は、両手に揺らめく炎を纏う。


「久しぶりに俺も、派手にいくかっ!」


 両手を交差させ、滑るように手を下から上へ。


「『炎帝の双剣フランベルジェ・オブ・ペイモン』!」


 剛毅が手を引き上げると同時、空間の狭間から燃え盛る双剣が引き抜かれてゆく。


「シャァッ!」


 叫びと共に佐久間は跳躍。

 氷の大剣を構え、眼下の剛毅に襲い掛かる。


「『前奏プレリュード』!」


 一方で剛毅は叫び、両手の双剣を舞うように回し、持ち替えてゆく。

 次第に双剣の纏う炎は覇気を強めてゆく。


「『絶対零度の剣閃アブソリュート・ゼロ・グラウンド』!」


 佐久間は強烈な氷の波動を剛毅へ向けて放つ。


「謳えっ! 『狂想曲ラプソディー』!」


 氷の波動が眼前に迫る中、剛毅は強烈な覇気を含んだ炎の双剣の一撃を振り上げる。

 相反する炎と氷の一撃が拮抗する。


「はっ! 弱ええな!」


 鼻で笑い、剛毅は両手に力を込める。

 炎は猛り、舞踊り、揺らめきとともに低く篭った狂想歌を謳い、氷の一撃をあっという間に呑み込む。


「ヌ、ハアアアアァァァァァァッ!?」


 炎は氷とともに断末魔を叫ぶ佐久間を呑み込んでゆく。

 炎は佐久間だけでなく、周囲の雪までも跡形もなく焼き尽くす。


「まさか、これで終わりってわけじゃあないだろうな?」


 一撃を放ち、息をついて剛毅は呟く。


「ガ、ア、アアアアア!」


 剛毅の声に反応するように焼き焦げた地面に倒れる佐久間は雄叫びをあげる。


「マダダッ! 俺ニハ、トッテオキガアル!」


 起き上がり、佐久間はまだ策があることを告げる。


「へえ、何ならそのとっておきを見せてくれよ。『二重結界』が使えるほどだ。期待しているぜ!」


 剛毅は双剣を構え、言う。


「後悔スルナヨ! 『召喚悪魔サモン・デーモン』、クロセル!」


 佐久間は自身の足元に青の魔法陣を展開させ、叫ぶ。

 途端、佐久間は消え失せ、変わりに天使が姿を現す。

 羽があること以外は普通の天使に見えた。

 しかし、目の瞳は猫の瞳。

 ニヤリと天使が笑い、遠方から振動とともに何かが迫り来る音。


「クロセル、か。水を操る悪魔。俺とは相反するな」


 しかし、剛毅は突如現れた天使にも驚くこともなく呟く。


「巻き込まれろ。『大洪水ノア』」


 クロセルが魔法名を言うと同時、山をも一呑みするほどの巨大な濁流が雪原と剛毅を押し潰そうとする。


「『前奏プレリュード』!」


 水塊が押し寄せる中、剛毅は再度、剣の舞いを行い、双剣に覇気を溜め込む。


「謳えっ!『交響曲シンフォニー』!」


 剛毅の叫びとともに放たれた炎は何倍にも膨れ上がり、巨大な濁流を呑み込んでゆく。


「『大洪水ノア』なんて大それた魔法名つけやがって! 貧弱なんだよっ!」


 濁流は剛毅の放つ炎で一片も残らず、蒸発する。


「まあ、魔法名なんて自分の『想像イメージ』がなんぼだからな。適当にインパクトある魔法名にすりゃ良いんだがよ」


 蒸気の白煙が辺りを包む中、剛毅は呟く。


「ほう、深淵から這い出た我の魔法を防ぐか。只者ではないな」


 クロセルは、自身が放った『大洪水』を瞬時に炎で蒸発させた剛毅に、感心の眼を向ける。


「どうしてこう、『アビスの住民』は硬っ苦しいやつばかりなのかね。おまけに何考えてんのかさっぱりのやつばっかだし」


 そんなクロセルの反応に苦笑し、剛毅は嘆息する。


「それにこんな芸当が『とっておき』? 笑わせるぜ!じゃ、いくぜ! 俺の最大魔法でぶっ飛ばしてやる!」


 そして、意気揚々と口を吊り上げた剛毅は前方に巨大な赤い魔法陣を展開する。


「パッと出たとこ悪いが、一瞬でケリをつけさせてもらうぜ! 『極限爆砕エクストリーム・エクスプロージョン』!」


 放たれた魔法は、以前に強大な天使である『ケルビエム』に手傷を負わせた爆裂魔法。

 魔法陣から放たれた熱線を収束した光球はゆっくりと前に押し出され、しばらく前方へ進むと赤い閃光を放ち、爆散する。

 その衝撃は、爆風と共に拡がり、捕縛結界全体を包み込む。


「……! 馬鹿なっ! この私を、『アビスの住民』の力を圧倒するだとっ! 人の身でっ!?」


 クロセルは閃光を両手で制止ながら、剛毅の脅威的な魔法の威力に驚愕する。


「悪いな。俺は、下位の『アビスの住民』なんて、目じゃない位の化け物どもを相手にしてるんでな」


「っぐ! ぬ、うううううううっ!」


 クロセルは剛毅の魔法を防ぐことに必死であった、最早、剛毅の話を聞く余裕もない。


「消し飛べ」


「ぬああああああああああぁぁぁっ!?」


 剛毅が呟くと同時、クロセルの体は手から徐々に霧散してゆく。

 そして、あまりの威力で、捕縛結界全体にヒビが生じ始める。


 パアアアアアアアァァァァァンッ!


 という快音と共に、クロセルも、閃光も消失し、雪も消え、空間には深く抉れたクレーターのみとなった。

 そして、差し込む太陽の光。

 捕縛結界の周囲にはところどころヒビが入り、ヒビの狭間からは闇が覗かれる。


「ふぅ……ごちゃごちゃしたもんがなくて、清々するな。はははっ!」


 剛毅は先ほど白銀世界があったとは思えぬ現状の光景を見て、満足する。


「ハァハァ……!」


 その剛毅を脇に、膝を地に突き、息を上げる男が一人。


「さて、お前のとっておきもやられちまったが……どうする?」


 剛毅は、精神力を使い切り、疲弊している男──佐久間を見つめる。


「マダダッ! 本当ノ、トッテオキヲ見セテヤル! 死ンデモ構ウモンカッ!」


 そう言った佐久間の目には血の涙が流れていた。

 佐久間は美樹の『誘惑の奴隷テンプテーション・スレイヴ』によって相手を殺す以外の思考回路が働かなくなっていた。


「精神力を使いすぎて、脳に多大な負荷がきているのか。もう、俺が手を出すまでもないな」


 理性が消し飛んだ殺戮マシーン。

 そう形容出来る佐久間の様子を見て、剛毅はもう『手遅れ』であることを悟る。

 

「グオオオオオオッ!」


 雄叫びを放ち、そして佐久間は一言叫ぶ。


「『過負荷駆動オーヴァードライヴ』!」


「何っ!?」


 言葉を告げ終わると同時、佐久間は倒れ伏す。

 白眼を剥け、呼吸の挙動をも示さない佐久間。

 絶命とするその様子――しかし、剛毅はその佐久間が放った言葉に、顔を引き締まらせ、戦慄の表情となる。


「こいつ、『過負荷駆動オーヴァードライヴ』を使えたのかっ!?」


 ビクッ、ビクッと身体を痙攣させる佐久間は、徐々にその体躯を変化させてゆく。


(まずい……ケルビエムや他の天使の相手をして、只でさえ精神力が擦り減ってるってのに……!)


 剛毅の頬に、冷や汗が伝う。

 見つめる佐久間の身体は肥大してゆき、皮膚は鱗へ、爪は鋭く、尻尾が生え、顔は蜥蜴の様な──否、ドラゴンの顔に変化する。


「ギャアアアアオオオオオオオッ!」


 やがて、佐久間は体長は優に二十メートルを超え、翼が生えたドラゴンとなる。


「『堕天』前のクロセルかっ! 厄介だ! 『炎熱の蜃気楼ブレイズ・ミラージュ』!」


 即座に魔法陣を発現させた剛毅は、その先から発せられた炎の揺らめきの中に消えてゆく。


「ギャアアアアアアオッ!」


 たおすべき相手が視界から完全に消え失せ、クロセルは剛毅が視認できないと分かった途端、暴れ出す。

 そして、頭部を上部へ向け、息を吸い込む。


「何をする気だっ!?」


 剛毅はクロセルの背後に回りながら、警戒する。

 クロセルが顔を戻すと同時、口から青い光線を吐きだす。


 ゴアアアアアアァァァァァッ!


 絶対零度の光線は周囲を破壊すると同時、一瞬で凍結させる。

 そして、捕縛結界のヒビはさらに深くなってゆく。


(……こいつはまずい!)


 剛毅は現状の危機感をさらに募らせる。


「このままじゃ、こいつ自身で捕縛結界を破壊し、こいつが俺らの世界に解き放たれちまう!」


 それは避けなければならなかった。

 通常の世界より、強固で強度のある捕縛結界内。

 例えば、その積雪でさえも、現実世界とは比べ物にならない耐衝撃性と強靭性を持ち、現実では有り得ない程の熱量を持った攻撃でも『空間』はある程度は耐えられる。

 その捕縛結界でさえも、この『有様』である。

 現実世界にこの化け物が出現すれば、少しでも暴れまわるだけで甚大な被害が生じるのは、容易に想像が付くであろう。

 なんとかしなければ──

 剛毅は考える。

 二重結界は精神力が通常よりもかかりやすい。

 よって、新たに自身の捕縛結界にこの化け物を捕縛するのは得策ではない。

 かといって、半端な攻撃をして自分の精神力を無駄に消費するのもNGだ。


「決まりだな」


 剛毅は息を呑み、次の行動を決定する。


「こんなやつに俺の本当の『とっておき』を見せたくなかったんだが……」


 嘆息して剛毅は呟く。

 クロセルはまた、頭部を上部へ向けて、光線を吐く準備を行う。

 そんな絶体絶命の窮地に、剛毅はふと過ぎったその思考を鼻で笑う。


「『過負荷駆動オーヴァードライヴ』!」


 意を決して叫ぶと同時、剛毅は姿を現す。

 口を吊り上げる剛毅の周りには、赤い闘気が揺らめく。

 猛々しい焔を形容するその『氣』を纏いつつも、その足腰はふらつき、視界が霞む。

 目には血の涙が一滴。

 そんな異様な雰囲気と力を漂わせる剛毅を、クロセルは気付かない筈は無かった。

 その首を曲げ、ギュルギュルと喚き、クロセルは大口を剛毅へと向ける。


「光栄に思えよ! 俺が対ミカエル用に開発した、一撃だ!手前にゃ勿体ない代物だぜっ!」


 叫ぶ剛毅へ、クロセルは溜めこんでた光線を剛毅へ向けて吐き出す。

 だが、剛毅の足下から焔色の魔法陣が駆け上がり、その強烈な一撃へと対抗する術が発現される。


「『終焉の極赤エンド・オブ・レッド』!」


 それは、剛毅が『限界を超え』て放つ一撃。

 剛毅は双剣を統合し、深い、深い、赤の球体へと変化させる。

 そして、右手に纏わせ、光線へと振り上げる。


 ズバアアアアアアァァァァァァァァンッ!


 剛毅の深紅の一撃は、突き抜ける快音とともに、光線とクロセルの頭部を一瞬で焼き切った。

 クロセルの体は急速に縮み、頭部のない男の死体となって虚しく横たわる。

 空間の上部はぽっかりと深淵の穴が空く。

 その穴を中心とし、バリバリという破砕音と共に、捕縛結界が壊れてゆく。


「へへっ! 天使の再生をもキャンセルする、特上の『絶対破壊』の一撃だ。死ぬ前に良いもん見れて良かったな」


 口を吊り上げ、剛毅は微笑する。


「瞬間的に精神力を急上昇させ、爆発的な力の増大を可能にするインカネーター全般が使える『技能』、『過負荷駆動オーヴァードライヴ』。使用後に全精神力が極限まで絞りとられるから、主に最後の切り札として使われるんだが……まさかこいつが知っているとな」


 得意気に呟く剛毅は、しかし、力無く地面に膝を突く。


「うっ……ぐあ、がはっ」


 更には手を地面に付き、吐血する。


「やっぱり、『過負荷駆動オーヴァードライヴ』は体の負荷が半端ねえな……長生きしたいなら使うもんじゃねえなぁ」


 失笑した剛毅は、乾いた地肌に僅かな紅を残し、横たわる。

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