Vol.2 ロックとは

頑丈な防音仕様の扉を開けると、そこにはすでに10人ほどが、自由な位置に丸椅子を置き、腰をかけスマホに目を落としている。

皆一定の距離を置き、遠慮がちに教室の壁ぎわに並んでいる。


さて、いつまでも入り口でつっ立っている訳にはいかない。オレは教室の奥でキレイに重ねられた丸椅子を片手で持ち上げると、皆と同じく壁ぎわに陣取った。


改めて教室を見回してみる。


椅子置き場の脇にはつまみのついた機材が並ぶラックが置かれ、入って来た扉の正面は一面鏡張り。その前には講師の定位置であると思われるキーボードと丸椅子が置かれている。動画共有サイトの"演奏してみた"カテゴリによく出てくるスタジオのようだ。その中に今オレはいる。


「ふーん」


思わずもれてしまった。自分の中で静かに沸き立つ興奮とは裏腹に、この教室のスペックをある程度把握したような声が。ちらりと視線も感じたが、あまり悪い気持ちにはならなかった。


オレはもう一度教室をぐるりと見回し、

「へぇ…、ロックだなー。」と

独り言のように小さく小さくつぶやいた。コレで周りにいる人間はオレに"ロック"タグを追加したに違いない。



ゴトン! と、扉のノブがひねられる音が教室に響いた。その場にいる皆が静かに注目する。


「あれ?ここでよかったのかな…」


明らかに地声とは言えない、萌えボイスが聞こえた。鏡ごしに容姿を確認すると、そこには両手で大きなドアノブ握り部屋の中を伺う女の子がいた。顔は中の中、いや、中の下といったところか。


女の子はこの部屋が自分のクラスで間違いないことを確信すると、軽く会釈をして椅子を取りにいった。


今現在、有名歌い手は圧倒的に男が多く、女性で成功したと言える者は数えるほどしかいない。そんな世界でも成功を夢見て飛び込んだ彼女には余程の自信と覚悟があるのだろう。尊敬に値する。


「ヒュー」

半径50cmほどに聞こえるように音を出す。余裕だ。オレは負けはしない。再びドアの方を見ると同時に、ゴトンと音を立てたのち、男がスイスイと教室に入ってきた。もう春だというのに薄手のマフラーを首に巻いている。


彼はキーボードの席につくと、いったん回りを見まわし。口を開いた。


「みなさんおはようございます!」


「…ようございまs…」

彼こそが講師だと皆が理解し、遠慮がちに言葉を発した。


「今日からみなさんのクラスを担当する吉本と言います。よろしくお願いします。」


「よろしくお願いしまs…」

とても歌い手とは思えない声量で皆が返事をする。


ロックじゃねぇな…。



その後、担任は自分の経歴をペラペラとしゃべり始めた。

なんでも、誰もが知っている国産ポップスアーティストのレコーディングにコーラスで参加したり、有名アイドルなんかにボイストレーニングを施したりしているらしい。彼の口からアーティスト名が飛び出すたびに、教室内で小さな騒めきが起こる。


しかしオレの反応は違った。

「へぇ…」ぐらいの言葉しかでない。

なんだかスゴイ…と思いつつも、去年から燃え始めたオレの中のロック魂が、教師に対する反抗心を芽生えさせた。


オレはポップシンガーになりたいわけじゃない!

ロックな歌い手になりたいんだ!

ポップス?アイドル?違う!

違う違う違う!そうじゃない!

プロより上手いと言われるような歌い手に…



「おい。」


左の二の腕に小さな衝撃走り、少し体が揺れた。


何が起こった?興奮やら何やらで脳が一瞬フリーズしてしまった。

ふっと我にかえり、極力顔を動かさず、ゆっくりと左側に目線をおくる。


そこには顔の半分が松の葉のようにまっすぐな前髪で隠された男が座っており、オレの顔を覗き込んでいる。男は再び口を開いた。


「ひとりごとうるせぇよ。」




…へぇ、ロックじゃん。






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