うたってみた!
バタ男
Vol.1 専門学校
「八王子アニメクリエイター学院」通称"8アニ"。
オレが今日から通う学校だ。
くもりひとつなく磨かれたガラス扉の向こうでは、オレと同じく新入生らしきヤツらが真剣な表情で掲示板のフロア案内図を睨んでいる。めでたい入学式だというのに、誰も声を発する事がない。すでに競争は始まっている。オレも扉を押し開けるとすぐさま掲示板に向かい、負けじと自分のクラスであるネットヴォーカリスト養成学科の文字を探す。
"ネットヴォーカリスト" 聞きなれない言葉のはず。
ではこう言えばどうだろう、
"歌い手"と…
◆
『【こいる】衝突ギャングスタ 全力で歌った』
この動画が全ての始まりだった。
当時。といっても1年と数ヶ月前だが、動画共有サイトで偶然目に止まったこの動画を見て衝撃を受けたオレは、受験勉強をほっぽり出して、"歌ってみた"と言われる動画を夜通し視聴していた。
おかげで大学受験は失敗。両親はオレになぐさめの言葉をかけてくれたが、当の本人のショックはそんなに大きなものではなかった。そもそも第1志望の大学は無理だと教師に言われた為、レベルをぐっと下げた行きたくもない無名大学を受験させられたのだ。むしろこれからは、今までよりももっと動画共有サイトに集中できるとまで思った。
しかし、現実は甘くない。
オレは地元からそう遠くない大学受験予備校に放りこまれた。だが、特に目標の無いオレは授業も集中して聞いた覚えがない。早くこの退屈な講釈から解き放たれて、お気に入りの動画に「耳が幸せ」と書き込まねば。などと考えていた。
そんな気の抜けた毎日をおくっていたオレは、予備校帰りの電車の中で再びの衝撃を受ける事となる。
「キミの歌が世界を変える…。8アニでキミも有名歌い手に!」
「オレが?歌い手?…ふっ、そんなわけ…。」
思わず声が漏れる。オレの良くないクセだ。
こんな広告ごときでオレがのせられるわけが…。自分に言い聞かせながらも、オレの指はそのバナーに触れていた。
「基本的な発声練習から、演技指導、ミックスまで! 歌い手として必要な技術を全てカバー!」
ふむ…
「現役で活躍する講師陣を迎え…、最新の設備…、充実のカリキュラム…。」
なるほど
「8アニの授業はこんな人にオススメ」
……!!!!
「•自分の作るものにこだわりがある。•やる気は誰にも負けない。•なにより歌うことが大好きだ。」
…偶然とは思えないほど自己分析と重なる。
今自分の中で何かが始まった気がした。自分の人生の舞台がくるりとひっくり返ったようだった。あの殿堂入り曲のイントロが頭の中で再生される。
オレはこの学校に行く!誰かに指示された道ではなく、自分で決めた道を進むんだ。夢ができた。
そうと決まれば、親に相談だ。受験勉強のやり方も変えなければ。
行くと決めただけであって、行けると決まった訳ではない。
やる気は、…誰にも負けない!
◆
入学が決まるまでもいろいろとあったのだが、またの機会に語らせてもらおう。
さて、やるべき事をやらねば。
なんせその専門学校の中で今、掲示板を眺めているのだ。
それぞれが自分の収まるべき教室を確認した後、少しうつむき加減で振り返り足を進める。オレの教室はエントランスからそう遠くないようだ。
さて、教室に到着するまでの間に自己紹介をしよう。オレの名前は
教室についてしまったがコレだけは伝えておきたい。
オレはハンパな事が大嫌いだ。
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