◆22:Nota bene.(1)

 その日その町の人々にとって週末の朝は、不穏な気配と共に始まった。昨日の快晴が嘘のように吹き荒れる風が、地上に散らばる熱気と微粒子レベルのごみをかき集め上空へと巻き上げている。


 嵐の気配は日付が変わった頃合いから強まった。厚い雲が上空でとぐろを巻き、朝日が昇る時刻をとうに過ぎても図書館の大きな窓から見える世界を薄暗くさせていた。


 いまだ夜が明けないふわふわした感覚でいる鷹来の指に空気中の湿気を含んだ紙がじっとりと吸いつく。辺りには年季を帯びてかびた紙の発酵する甘い香りが充満していた。



 隣では伊比がしきりに漏れそうになるあくびを唇を噛んでこらえている。時々大きく舟をこいで開いたノートへ鼻先から墜落しそうになり、慌てて飛び起きるといったことを繰り返していた。


 バカな奴。また昨晩眠れなかったらしい。


 以前から不眠の気があるのか眼下に隈を作り目を真っ赤にして襲い来る眠気を耐えていることがよくあった。彼がつらそうにする時期には決まった法則があるとに気付いたのは去年の話だ。伊比とは小学生からの付き合いだが、中学生の間同じクラスになることがなかったせいで体調を気にかけることもなかったのだ。


 睡眠不足のトリガーは水泳大会だった。


 クラブ活動ではなく幼少からの熱心な習い事として彼が水泳をしていることは知っていた。その習い事の成果を出すべき水泳大会の前後、彼はふさぎ込んで黙しがちになり代わりに目を腫らす。まるで、泣き腫らしたように瞼が重たくなる。原因がわからず見守るしかできなかった鷹来だったが、去年伊比が水泳部を副部長にケンカを売って辞めたと聞いた頃、ようやく彼を追い詰めるものの正体を知った。



「あいつ、自分のことを否定してるみたいでな。そんなことないと言ってやりたいんだが、俺では説得力がないんだ」


 夏休みが終わった直後、今日のように台風が来そうな日。当時の副部長森下清保は、一年生の教室まで足を運び鷹来に頭を下げて言った。


「一番の友人だと聞いた。なんとかして復帰するよう話して欲しい。無理だとしても、どんなに頑張っても負け戦でしかないとは二度と言わせないで欲しい」


 低い声で嘆願する彼の顔が浮かべていたのは優秀な後輩へ対する心配の情であり、折れかけている才能に対する悔しさだった。眉間に寄った皺と、小刻みに揺れていた拳を今でも覚えている。



 倭が結果に対する過度な期待やプレッシャーに押しつぶされてしまっているのではないかと安直なストーリーを妄想することは容易だったが、それが事実だとしても彼の背負うものがどれほど大きく重たいものなのかはわからなかった。ただ傍にいて、話をする機会を待つしかできないのが歯がゆかった。


「おい、起きろ」


 肘で脇腹を付くと、頭を振って、彼は重たそうに面を上げた。ぼんやりとした表情でこちらを見る。


「また、寝れてないんだろ」


 先週辺りから彼の睡眠不足は加速しているように見えた。今までどんなに隈の色を深くしても強靱な精神力でもって居眠りをしたことの無かった彼が、先週から何度も机を枕にしている。


「いや……」


 言葉を濁して否定しようとするも、思考が回らないのかその先に台詞が続かない。


「なあ、イインチョから連絡来た?」

「出し抜けになんだ?」

「うんや、来てないなら良い。イインチョとラインでフィーバーしちゃってさ、迷惑かけてないかと」

「なに話したらあの真面目なイインチョとフィーバーするんだ。まさか黒板のメッセージについて話したのか?」

「わかる? 伊比も黒板事件、協力してくれるんだろ?」

「まあな。お前と約束したから」


 ガサガサと自身の髪をかき混ぜて彼は答える。


「オレ、こんなことになるとは思わなくて責任感じちゃってさ。もう一度みんなに話を聞いて回ったり、ハンちゃんにも学校が開くのが何時なのか聞いたりしてんの」


 何か眠気覚ましになればと彼が興味の持てそうな雑談を始める。


「んー? お前、ノートにアリバイまとめてなかったっけ?」

「ああ、でも、それだけじゃ足りないことに気付いたのさ」


 向かいに座ってレポートをまとめていた入川サンは、資料集めだろう、先ほど浅岡と連れだってどこかに行ってしまった。


 机の対角に位置する隅の席では近原サンと小寺サンが家庭用インクジェットプリンタで出力した写真を黙々と切り抜いている。小寺サンはハサミを扱えない近原サンにいら立つのか常に仏頂面で時々舌打ちをしたり声を荒げたりしていた。近原サンはすみませんごめんなさいと言いながら、切りぬかれた写真を整頓したり補強のための厚紙を張り付けたりしている。彼女たちには地図につける立体ポップアップを制作してもらっている。


 相談した結果の役割分担なのだが、どうにも間違っているように思えてならない。



「学校には、本当に開門時間にならないと入れなかったのか? 朝一番に登校した人物にしか書く事は出来なかったのか? それから、垣内達野球部の見た人物は本当に浅岡だったのか?」


 指折り疑問点を羅列して行く。


「俺達のクラスの奴らがやったとも限らないしな」

「そう」

 鷹来は深く頷く。

「しかし、マジで熱心だな」

 呆れたように言われた。


「まあなあ。色々調べた結果なんだけどさ、まず、オレらの学校、宿直制度があってな、用務員さんじゃなくて先生達が持ち回りで夜間の教室を確認して回るんだと。一日目の当番が一年C組の副担で、その先生は、全ての教室が閉まっていて、教室内にも誰も居なかったことを確認しているらしい」


「夜だから、懐中電灯で照らしてみたってことか?」


「らしい。ルール通り最終下校時刻間際に一回ぐるっと回って残っている生徒を全員下校させる。その時に鍵がかかっていない教室は全て閉める。で、夜間もう一度、十時頃に懐中電灯を持って見て回る、というのがルールらしい。二日目は三年の学年主任で、もちろん、誰も居ないことを確認してる。三日目は同じ三年B組の担任で、この日もルール通り確認して誰も居ないことを確認済み。でも、黒板に何も書いてないかどうかまでは見て無いらしい。まあ、教室内を見るだけなら黒板を照らさなくても良いわな」


「夜の学校を見て回るとか肝試しみてーだな」

 倭がずれた感想を述べた。


「ああ、実際びびりの先生はこの作業嫌いらしいぞ。確か、学年主任の先生が言ってたな。未だに慣れんとかぶつくさ。で、やっぱり誰にも前日に書くことは不可能だったわけ」

「学年主任の先生は黒板、確認してるのか? 第三者が十時以降ピッキングして忍び込んでる可能性もある」

「学年主任の先生は見てないんじゃねーかなー。答えてもらえなかったけど」

「ダメじゃん。放課後扉閉めたのは誰? その時の状況とかは?」

「あー……ちょっと待ってくれ」


 鷹来は手帳をめくった。


「三日とも先生が閉めてる。ただ、二日目はちょうど教室から出てきた生徒がいて、鍵かけますよと言われたからかけさせたらしい。もちろん閉じたことは確認したらしいな」


「女子? 男子?」

「女子。放課後居残りで課題させられてたらしい。その子と友達が二人で合計三人。俺がクラスから聞いた情報と合致してる」


「誰?」

「三嶋さんと園崎さん、それから小寺さん、だな」


「なるほどな。掃除当番だっけ?」

 鷹来は手帳をパン、と音を立てて閉じた。


「そう。ついでに残ってた、らしい。朝は前日の宿直当番が鍵を開けるんだけど、それよりも先に生徒が登校した場合は、知ってるとおり生徒が鍵を開ける。一日目はオレと浅岡が、二日目は浅岡が開けてるな。三日目は誰が開けたのかわからん」


「そうなのか?」


「宿直の先生でも、結城さんでもないらしい。先生に聞いても腕に怪我のある子だった、と言うことしか記憶してないんだ。書類仕事してる最中に職員室へ入ってきたらしくて、丁度鍵を持って出ていくときに気付いたんだと。よそのクラスの鍵を取りに来た可能性もあるが、ともかくその子は髪の短い女子生徒だったってさ」


 その証言に該当する生徒と言えば近原近原サンしか思いつかない。だが彼女は両腕に今も包帯を巻いている。少なくとも利き腕は動かせないようだし、あんなに大量のメッセージを左手で結城優菜が登校してくるまでに書ききったとは考えられない。


「ハンちゃんは校門を開けるのは七時半だって言ってたしなあ。これもオレの知ってるとおりだわ。髪の短い女子生徒が百歩譲って見間違いだとしてもよ? 例えば男子と女子を勘違いしたとして、可能なやつはオレらのクラスにはいないんだよなあ」

「そうだっけ? 怪我してるやついねーの?」

「いない。体育会系クラブの奴らとか怪我が絶えないだろうに偶然男女ともみんな無傷」


 浅岡かも知れないと、ちらりと考えたことがあった。彼は見せてはくれなかったが、長袖シャツの下に醜い傷があると言っていた。あまりに醜いから誰にも見せないようにしているのだと。浅岡だったとしても、いくつか謎が出て来てしまう。仮定に仮定を積み重ねることになるが、垣内に目撃されたのが浅岡だとして、シナリオが成り立つのかどうかだ。目撃された浅岡は長袖のシャツを着ていた。つまり、腕は見えない。偶然袖捲りをしていた可能性もあるが、限りなく白に近いグレーの域を出ない。それに。


「浅岡の家から学校まで何分かかるか実際に計ってみたんだ」

「お前、そんなことまでしてんの?」


 馬鹿を見るような目を向けられる。


「はっはっは、自分でもさすがにやり過ぎとは思ったさ。納得出来る答えがないのが気持ち悪ぃんだ。頑張って走ったりしたんだけどな、どうしても四十分はかかっちまう」


「走る? 商店街だろ、浅岡ん家。電車使って学校行けばいいんじゃないか? 駅から学校まで一五分程度だし」


「と、思うだろ。びっくりしたことに、川見不駅から学校までの電車、朝の本数がすげー少ない。一時間に一本って感じでさ、朝一登校には電車が限られてしまう。それに、垣内は山の中で見たんだ。電車ルートは除外しないと成り立たない」


「言われてみればそうだな」


「オレは短距離メインだからあまり長距離は得意じゃないけど、浅岡よりは早く移動できる。それで走り通して四十分。登校して鍵開けて黒板に書いてってしてたら十分くらいあっという間だろ。合計一時間半はアリバイがないはずなのに、ずっと家にいたらしいからな。三日目の浅岡説は絶対無い」


「うーん。俺もアイツだとは思えないな。いじめを受けたやつが近原をターゲットにするってのはなんか、腑に落ちない」


「だろ?」

「ただし、あのメッセージが近原をターゲットにするぞって意味だったとして、の話だけどな」


 どう言う意味だ、と聞き返そうとしたが、浅岡が戻ってきてしまった。犯人候補に彼の名前を出してしまった以上、この話を続けるのは気まずい。


「調べなきゃならねーことあったんだった。伊比、浅岡、ちょっとこの机押さえててくれ。後で使うから」


 誤魔化すように席を立つ。


「りょーかい」

「わかった」


 伊比はひらりと片手をあげ、浅岡はゆっくりと頷いた。


「なあ、前坂」

「なんだ?」


 立ち去りかけた鷹来を呼び止めた伊比に、真っ直ぐな視線をぶつけられる。


「俺、犯人を絶対捕まえて、殴ってやる。ぜってー許さない」


 鷹来は自分の顔が綻んでいくのを止められなかった。ああ、犯人のしたことは、絶対に許されることではない。クラスのみんなを恐怖に陥れた罪はなんとしてでも償わせる。


「言うとおりだ。その時はオレも協力させてくれ」


 犯人捜しへ積極的になってくれたらしい。喜びが胸の底から湧き上がる。彼にアプローチを繰り返した結果だろうか。ようやく少し、救われた気がした。





 調べなくてはならない物があるのは、嘘ではない。簡単な図工作業は小寺サンと近原サンが、商店街や上水不神社で集めた情報の精査とまとめは浅岡と入川サンが、上水不商店街に関する客観的な資料の追加とよその門前町との比較は伊比と鷹来が行う。伊比は居眠りをしていたため、グループで集めた情報を共有する作業が鷹来の半分も進んでいない。舞っていたらスケジュールが押してしまうだろう。先にめぼしい資料を集めておく必要があった。


 日本の代表的な門前町と言えばまず思いつくのが伊勢神宮の宇治山田や長野は信濃の善光寺だ。まずはこのどちらかに関する資料を探そう。適当に本棚を見て回っても良いが、見当違いの棚を探すのも時間の無駄である。家でリストアップしてきた資料がないか、まずは備え付けの検索端末を当たってみることにした。



 そう言えば。



 検索端末が五台並んだコーナーに、今日の朝刊を挟んだラックがあった。新聞の背側を巨大なバインダーで止めてばらばらにならないようにし、そのバインダーをハンガー代わりに新聞差しへつり下げてある。ふと頭に閃いたことがあって、司書が常駐しているカウンターに声を掛けた。


「あの、すみません。この町の新聞、以前のものを閲覧させていただけませんか?」



 どうぞ、と通された資料室は、奥まった場所にあるためかそれとも日が当たらないためか、ひんやりとした空気が溜まっていた。


「郷土資料を探されるんでしたら、こっちの棚が最も古い時期の新聞を保管してますが、貴重なものなので直接閲覧していただくことは出来ません。備え付けのPC端末にデータがありますので、そちらを活用して下さいね」

「丁寧にありがとうございます」


 地誌レポートの課題を盾に新聞室に入れて貰ったが、目的は百五十年前に発行された活版印刷の記事ではなかった。つい最近の、ほんの一週間ほど前のものを確認したい。起きた事件について、加害者の情報だったり、近原サンを襲った通り魔の続報だったり、何か手がかりになる物があるかも知れない。



 棚に記された年代と日付を指さしで確認し、最新の新聞が保管されている棚を探す。一番入り口に近い棚の左上。


 ない。


 鷹来は何かの間違いかと思い、再度棚に割り振られた年月日を追いかけ、周囲の新聞を取り出して記された発行日を確認する。やっぱりない。どこにもない。ほぼ一週間分ごっそりと消えてしまっている。



 どういうことだ?



 誰か他に必要とした利用者がいたのだろう。


 焦りでずれてしまったウェリントンのメガネの位置を正し、眉間をもみほぐす。低気圧が近付いているためか、頭蓋骨が内側から押し広げられてミシミシと軋む痛みがあった。



 しかたがない。


 帰る前にもう一度確認に来ようと考え、新聞室から出る。

 カウンターに新聞室の鍵を返却し、資料探しを再開した。



「あ、前坂君。こんなとこにいた」


 本を開いて吟味していたら、とんとん、と肩を叩かれた。


「や。入川サン」


 首だけ回して入川サンへ向く。本を閉じてから全身で向き直った。


「亜樹たち作業終わったって」

「おっ早いね。ありがと。じゃあ、そろそろオレらも次の作業に入らなきゃな」


「うん。ねえ、その前に」


 入川サンが鷹来のシャツの裾を引いた。


「はい?」


 ひそひそ話をするように身を寄せる彼女に怪訝な気持ちになる。ふわりとシャンプーの香が鼻から進入し肺を刺激して、鷹来は思わず伊比を呪った。


「ちょい待ち。何か話したいことあるんだな?」


 自分の身長が高すぎるせいだと気づき、その場にしゃがみ込む。入川サンもスカートの裾を膝の裏に折りたたんで身をかがめた。


「前坂君はどうして事件を調べてるの?」

「え? 事件って黒板のことだよな?」

「そ。外部の人が犯人かも知れないじゃない」

「入川さんそういや、ずっとそんな感じのこと言ってんね」


 アリバイや状況を聴取するとき、必ず彼女は外部の人間のやったことかも知れない。調べ回るのは良くない、と遠回しに匂わせてきたが、はっきりと口に出されたのは初めてだ。


「何か知ってるの? 誰かをかばってる?」

「違う」


 入川サンは首を振って答える。髪がふわりと宙を踊る。


「ホント? 二日目は入川さんと伊比は放課後一緒だったんだよな。だからたとえ放課後メッセージを書くことが可能だったとしても、ふたりはなにもしていない。オレはそう思ってるよ」


 真っ直ぐにこちらを見てくる大きな目に、安心させようと笑みで応える。


 本当はクラスの誰も疑っていない。

 鷹来がしているのは、クラスの誰もがメッセージを書くのは不可能であった、という証拠集めだ。だからこそ、反論の余地無く、抜け穴の一つもなく、証拠を集めなくてはならない。


「知ってるよ。前坂君がちゃんと二日目の件については私たちを白と判断してくれてること。でも、他の日はそうじゃないでしょ」

「ごめんな、証拠が集まりきってない」

「いびっちは、違う。いびっちはやってないよ」

「入川さんはホント、伊比にぞっこんだよなあ」


 理由はわからないが、彼女が去年の秋頃から伊比を好いているようだと言うことは勘付いていた。目標のために努力を怠らない彼だから、そのストイックさに惚れたのかも知れない。どれだけ人並み外れた結果を出してもおごらない彼の謙虚さに惚れたのかも知れない。そうだったら良いのにと思う。



「オレはやらなきゃいけないことがある。入川さんは信じてやってくれ、な?」


 オレは信じ切ることが出来なかった。


 鷹来は悔しさに頬の内側を噛む。皮膚が切れて鉄臭い味が口中に広がった。


「信じてるもん」

 入川サンは頬を膨らまし口を尖らせる。


「じゃあ、オレが無実の証拠見せてあげるから、それまでゆっくりまっててくれな」


「信じてるもん」

 じれったそうに膝を抱え込む。

 普段クールを決め込んでいる癖に、伊比のことだからか聞き分けが悪い。


「それこそ全部前坂君じゃないの? 一日目一番に登校したんでしょ?」

「オレは信じてない?」

「信じてるけど」

「もしオレだったら、一緒に登校した浅岡も犯人になちゃうよ」

「あ、そっか。それも、そうだね。ごめん」

「あやまらなくていいよ」


 俯いて自分の爪を弄る彼女に言う。


 爪を引っ掻きながら入川サンは質問の角度を変えてきた。


「じゃあ、ねえ、前坂君は犯人は何のためにあんなことをしたんだと思う?」

「メッセージのことか? 近原さんを襲ったことか?」

「両方だけど……メッセージの方。近原さんを襲ったのは通り魔で、単なる偶然だと思う。多分屈強な熊か何かとケンカでもしたのよ」

「ははは。屈強な熊か、女の子相手にずいぶんたいそうな」

「たいそうでもないよ。あの子はそのくらいでもしないと。で、どうしてだと思う?」

「うーん。終業式の朝も、伊比に同じことを訊かれたな」


 鷹来は腕を組んで考えるポーズを作った。


 あれからいくつか推論を組み立ててはみた。どれも反吐が出そうなくらい最低で、怒りに震えるくらい愚かしいものだった。



「犯人に直接訊いてみるしかないんじゃないかな。オレ達が勝手に想像していいもんじゃないと思う」

「どうして? 私は動機もひとつの重大な手がかりだと思うよ」

「ああ。でも、動機はそいつの心の中にしかないからなあ。全部明らかにするまで、その答えは待ってくれないか?」


 両手を合わせて拝む。


 入川サンはしばらく不服そうな顔をしていたが、しつこく問答をしても仕方ないと考え直してくれたのだろう。


「わかった。待つよ」


 膝の埃を払って立ち上がった。


「いびっちが、話があるって。行こ」


 戻ると小寺サンと浅岡の姿はなく、伊比と近原サンが何か小声で言い合っていた。彼らの傍の窓が風にがたがたと揺れて、話している内容をかき消してしまう。

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