7/20(水)

◆7:第二の犯罪予告

 20××年7月20日(水)


  近原スナオが不審者に襲われたため、その日の朝2-Bで一番に登校したのは浅岡秀英だった。ジェイポップの代わりに英会話のCDを聞きながら教室へ足を踏み入れた彼は、英文集から顔を上げて腰を抜かした。


「う、うわぁああああ!」


 昨日と同じ書体の文字が黒板に躍っていた。殴り書かれたおどろおどろしい文字、チョークの色をありったけ用いて書かれたそれは、今日初めて姿を見せた生徒へ向けて警告を発していた。


”殺してやる。近原スナオ”


 書かれてあることを理解して彼は再度大きな悲鳴を上げる。男が情けないと一瞬思ったが、女子のような、小学生のような悲鳴は、彼の恐怖と混乱をそのまま表している。口から泡を吹き、はいずるように後ずさる彼の目じりに、涙がにじんでいた。



「近原は今日は休みだ」

「休み? どうしてですか?」


 教師が朝礼で告げた内容に、いの一番なじる様な何故の声を上げたのは教室の隅に座る女子だ。お嬢様風なのは舞夏に感化されて伸ばしている茶髪の長さだけで、きつい癖毛と顔の造りが原始的な少女、小寺こでら亜樹あき


クラスの視線が一度彼女に集まり、答えを求めるように教師へ向き直る。


どうして休んだのかとその怠惰と不真面目さを責める苛立ちを含んだ表情をしているのは小寺亜樹含め女子の二、三人で、何人かは無関心を装って頭を垂れ机を眺めていたり、噂好きの生徒が休んだクラスメイトを気遣う不安げな視線と揶揄するような視線だけでひそひそ会話していたりと、どことなく落ち着きがない。


それでもクラス全体をなべて見渡せば生徒の顔に浮かんでいるのは少女が投げかけた問いへ反射的に答えを欲する無邪気で短絡的な好奇心だった。


教師半田はんだ俊治しゅんじはコホンと咳払いし、夏場の仕事服に必ず着ると決めているベストのすそを正して、餌を待つ鯉のように口を開けた生徒へ、なるべく刺激させないように、回答を示した。


「不審者に襲われたんだ」


 ため池に放たれたパンくずは思いのほか反響を呼んで、どこか浮き足立っていた生徒達は一気に落ち着きを失った。水面に散らばる撒き餌へまっしぐらに駆け寄る鯉だ。教室が騒然とざわめく。昨日今日と黒板に書かれていた死のメッセージを知らない半田は、生徒たちの感度がよすぎる反応にしばし面食らったように言葉を呑んでいたが、朝礼を前へ進めるべく情報をというパンくずを大量にばら撒いた。


「近原のお父さんから今朝電話があって、今は病院にいるということだ。脳波検査が必要だと医者にいわれたそうだが、幸いお父さんの見立てではそんなに酷い怪我は負わされていないらしい。ぴんぴんして自分でも歩ける状態だったが大事をとって今日は自分も付き添っているとおっしゃっていた。見舞いは時間を頂戴して悪いから結構だともな。だからそんなに動揺するな。戻ってきたら回復を祝ってやれ。次の授業に響くぞ。


それから、不審者には登下校気をつけるんだぞ。こういう事情もあるし夏休み前だから、学校からも追って正式な警戒を呼びかけることになると思うが、近原を襲った不審者は背格好は中肉中背、ブルーのナイロンパーカーにジャージィの短パンを履いた男だ。お前ら全員無事夏休みを迎えるように。期末試験ももう返ってきただろ。と言うわけで、期末で虐殺された生徒には特別に学校を開放して補修を準備してやるから復活の呪文を会得して赤点を完治させるようにな」


 半田が説明すると、なんだそうかと興奮の冷めるムードが流れ、うるさかった教室が別種の騒々しさに取り付かれる。目前に控えた夏休みというボーナスへの先物取引を行う活気ばかり目立ち、一学期抱えてしまった赤点という負債はどうも返済されそうにない。だがしかし今ここに蘇ったのは、この時期通常の教室を支配するだらけた空気であることに違いはなく、子ども使い歴七年の教師には御しやすい状態だ。彼はその隙を逃さず出席を取った。


「出席取るぞー。浅岡」

「はい」


 その声が今日は変に耳に突き刺さった。えんま帳から首を上げて声の主を捜す。小さく落ち着いた声で返事し机から浮かすように手を上げる男子生徒だと半田は記憶しているが、何かあったのだろうか? とボールペンのノック二回分考える。二回で答えが出なければ後回しだ。半田はそのまま生徒の名前を呼んでいく。


「伊比」


 返事がない。


「伊比倭。伊比ー、今日も休みか?」


 本格的に教卓から顔を上げると、倭は机に伏せて寝ているだけだとわかった。学校に来ているときは特別態度の悪くない生徒だけに、これもまた珍しい。カチカチ。何事か疲れているのだろうと解釈した半田はそれ以上意にとめず、


「前坂、起こしてやれ」


とだけ指示をしてホームルームを終わった。





「伊比、どうしたよ」

「どうしたって、お前がどうしたよ」


 午前の授業が終わるなり、後ろの席から自分の肩に額を預けた倭を不思議がって尋ねる鷹来に倭は尋ね返した。


「うん? オレ? なんもないぞ」

「今日の聞き込み調査してるお前の顔なんか凄みがあったから」

「そりゃあ、こう二日も続いて、実際被害者も出たとなれば気持ちも入るだろ。というか、けっこーめいる。なんか、オレの手に負えなくなってきてるっぽい?」

「ほどほどにしとけよ。少しは絞り込めたか?」

「いいや。状況を整理してみると、不可能犯罪っぽいんだよなあ」

「不可能って?」

「うん、説明してやってもいいけど、肩から頭どかしてくんない? おもてぇよ。昨日はちゃんと寝た?」

「寝た。けど短いし熟睡はしてないかも。ちょっと、電話かけてたら遅くなった」

「熱あるんじゃね? お前めちゃくちゃ熱い。てか、ここのところちゃんと寝てないんじゃない?」


 倭は頭を浮かせた。鷹来を探す焦点のふらつく赤い目は驚いているようだった。


「オレ前の席だしなんとなくわかるんだよ。伊比ここ一週間くらい元気ないって言うか、生きてないっていうか。うん、心配」

「ああ、そうかも。すまん」

「とりあえず保健室行っとけ」


 ハウス。そんな感じで彼は教室の外を指す。労るように笑う顔には有無を言わさない圧力があった。


 鷹来の助言に従って倭は保健室のベッドで布団に包まった。重たいまぶたを重力に甘えて閉じる。視覚情報がなくなって脳みその働きが緩やかに落ち着いてきた。


前坂の指摘どおり、この一週間、いやもっと前からしっかりと眠れていない。夢を見るのだ。魚の夢だ。金色と茜の夕日のようにきらびやかな色彩や、サイダーよりも鮮やかなグリーンの鱗を持った熱帯魚が泳ぐ夢。その熱帯魚はおそらく倭が家で飼っているものなのだが、いつの頃からか毎夜夢に出てきては首の周囲を締め上げるように泳ぎ回る。


一週間ほど前からその魚は本来の姿を失い不気味な形へと変貌し始めた。特徴的な尾びれや胸びれが肥大化したり、極彩色が鱗から剥がれて襲ってくるようになった。


 ありえない。夢。それは、わかる、が。寝ていると逃げることが出来ない。


 だからなるべく意図的に眠るまいとしているのだが、昨日の徹夜がたたって意識を手放してしまったらしい。


 既に倭は水中を長い間もぐっているようだった。


肺のガスボンベが空っぽ寸前で、熱帯魚に首を絞められなくても呼吸は十分苦しかった。水中に慣れ親しんだ彼であるから、これだけならさほど恐怖を覚えなかったはずだが、見上げた水上は暗く、自分がずいぶん、生半でなく深い場所にいるらしい。


どうせ地上に上がっても、熱帯魚に体を噛み千切られるわけで、このまま窒息死してしまってもいいかもしれないと考える。


 静かに眠ろうと思ったのに、周囲を浮遊する熱帯魚が絶えず何かを問いかけてくる。羽虫の羽ばたきに似た甲高い音が神経に障った。熱帯魚はきっと母なる海の代弁者だ。


「どうして? どうしてお前じゃないの? どうしてあの子が死ななくてはならないの? どうしてあの子を殺したの?」


 どうしてどうしてどうして……。責める声は執拗に続き、魚がひとつどうして、というたび肺の中から空気がひとつ抜け出す。彼は抵抗する気力もなく無重力の深海へ四肢を投げ出して、問いかけの矢を射られるまま四肢で受け止める。


 倭は自分でもわからない。なぜあの子が未来を奪われなくてはならなかったのか、なぜ倭ではなかったのか。彼はあの子の代わりに死にたいと思っていたし、あの子の代わりに死にたいと願うのと同じくらい強く生きたいと思った。すべては運命で、結果、望まれない倭が生き残った。


「ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい」


 熱帯魚へ向けて謝る。


どうやったら許してもらえるのだろうと策をめぐらせるほどの知恵すら働かなかった。ただ謝って難詰される苦に耐える。彼を苦しめ死ねと願う熱帯魚へ許しを請う事はできても拒絶する事は恐ろしくてできない。


「ごめんって何が?」


 今までになかった反応を熱帯魚にされて、倭は水をがぶがぶと気管に飲み込むと同時に目を覚ました。


消毒液の、鼻腔をつんと刺すにおいがする。保健教諭が飲んだであろうコーヒーの残り香が、鼻の粘膜に染みて泣きそうになる。ごしごしと左手で鼻を擦って気持ちを入れ替えた。


人の気配が隣にあった。


頭を締め付けるキンキンとした圧迫感が酷く、首を回すのがためらわれる。頭痛。全身がだるい。


衣擦れの音がして、誰かが彼の額にのった一キロ近い氷嚢を持ち上げた。


「これはちょっとおおげさだと思うわ」

「保健室の先生が勝手に乗せてったんだろ、いい加減な人だから。頭冷えて頭痛するっつうか血管凍てつきそう」

「いい加減には賛成。先生に怪我したって言ったら保健室ベッドのフリーパスをもらったわよ」

「お前、近原なのか?」

「なに?」


 頭にぐるぐると包帯を巻き、腕も折ったのかギプスをはめたスナオが隣に座っていた。消毒液の鼻を歪める強烈な香りはどうやら彼女がしている包帯の奥から匂い立っているらしい。


「生きてたんだな」

「生きてたって……大げさじゃないかしら」

「予告あっただろ、黒板の。それに次のターゲットはお前だってあったから、みんな驚いてた」

「ふうん」

 なるほど、と彼女はつぶやいた。

「無事でよかったよ。見たところ顔も怪我してないようだし、」

「顔はどうでもいいの。でももうギターは弾けない。ギターを弾いて歌を歌うのがあたしのやり方なのに」

「ああ、あの下手糞なギター」


 言ってしまってからしまった、と倭は手で口を覆った。


けどもスナオはまったく憤慨する気配を見せず、しょげ返った目で鼻をすする。その鼻は兎のように赤い。目も充血して腫れ上がっていた。


「そうよ。悪い? どうせ下手糞よ。だから一日たりとも休まず練習しなくちゃならないのに、せっかく、せっかくよそ様に聞いていただけるような音が出せるようになったのに、いい歌って、デビューしたら教えてって言ってくれる人もいたのに、誰の期待にもこたえられない。それどころか、このギプスが外れたとしてまともに弾けるかどうかわからないの。だって粉々にされたのよ。あたしの指。命と声の次に大事な大事な指。あの男はあたしの指を執拗に狙って砕いたの。お医者様は頭よりもこっちが心配だって。もう嫌。思い返すだけでもぞっとするわ」


 しゃべっているうちに襲われているときの恐怖がよみがえってきたのか、スナオはすすり上げ、最後には上を向いて号泣し始めた。


「おい、顔ぐちゃぐちゃになってんぞ」


 倭は保健室の戸棚からタオルを引きだして投げつける。スナオの細い背中を眺めながら、慰めの言葉を見つけられずにいた。何かを言いかけるも、見た目だけ美しい言葉は彼女の心の上っ面を滑っていく台詞だと分かっているから口を引き結ぶしかない。


 馬鹿な奴。とっとと諦めておけば楽だったろうに。


「おい、伊比、いるか? 帰るぞ」


 ややあって、硬直状態を骨抜きする呑気な明るさで保健室の扉を勢いよく引き開け現れたのは鷹来だ。


嗚咽を繰り返し、顔面筋肉痛を引き起こすくらいしつこく泣き続けているスナオに毒されて疲れ果てていた倭は丸椅子に下ろしていた腰を上げた。


「んや? ベッドから出てたのか。もう放課後だし帰ろうぜ」

「チャイム、一度も聴かなかった」


 それほどにまで深く寝入っていたのか。それとも、スナオに気を取られていて気付いていなかったのか。


「保健室は音量小さめなんだって」


 ひょっこり秀英が顔を出した。


「捜査会議しようぜ。興味あるだろ? どう? マクドでどう?」


 にやけたポーズでおどける鷹来に、人命の関わる事件を扱うにおいは微塵もかぎ取れなかったが、物事が深刻になればなるほど陽気にふざけた調子が出るのか前坂鷹来である。


「あー」


 生返事をする倭とて、号泣するスナオと居る様を目撃されては全く無関心も装えない。それに実際、少しずつ身に迫るリアリティのある事件として、また、怖いもの見たさを刺激するアドベンチャーとして興味をそそられ始めている。


「あれ? そこにいらっしゃるのはもしかして近原さん」


 保健室に乱入してきた男子生徒ふたりを避けるようにカーテンの陰へ潜り込んだスナオをめざとく見つける。と言うか、最初から見つけていたのだろう。スカートの裾は思いっきりはみ出ていたし。スナオは観念して止めていた息を吐いて、吸った。豪快な音で鼻が鳴り響く。そのまま身を返し無言でカーテンを、閉じた。


「あっ。ちょっまっ……もー。近原さん大丈夫? ほら、怪我とかあんまたいしたことないってハンちゃん言ってたけど、精神的に辛いことないかなってききたくって、あーゴメン、あったら触れて欲しくないよな」

「近原?」


 倭も呼びかけて見るがさっきまでのギスギスしながらも示してくれた開けっぴろげな態度は戻って来ない。猫をかぶり続けるつもりらしい。


「もういいじゃん、こういうやつだし、そっとしといてやろう。帰ろうぜ」


 率先して二人を促し保健室を後にしたが、荷物を取りに教室へ戻る途中、後ろポケット辺りが寂しい事に気付く。いつも入れていたスマートフォンがないのだ。恐らく寝ている間かその前にポケットから出したのだろう。教室にある可能性は十分考えられたが、保健室まで持ち込んでそのまま忘れてしまったのかも知れない。


「ごめ、スマホ忘れた」


 駆け足で引き返す。保健室には相変わらず養護教諭の姿は見当たらず、新しい生徒が訪れた様子もない。つまり、閉ざされたカーテンの外は無人。さっきのやり取りの中、スナオと倭のベッドが入れ替わってしまっていた。


「近原? 起きてるか? そこに俺のスマホない?」


 引かれたカーテンに向けて尋ねると、数秒の沈黙後、ごそごそと起き出す音がして、カーテンの隙間からスマホが突き出される。


「ありがと。なあ、お前、学校に来て大丈夫なのか? 退院できても安静にしてた方が良いんだろ。家で寝てなくて良いのか?」

「別にいいの。家には帰りたくないから」

「怖いか?」

「怖い?」

「ほら、不審者に遭ったんだろ」

「あぁ、そのことね」


 カーテンの隙間から、包帯だらけの顔を出した。


「あたし、もう負けないから。大丈夫。」

「負けるとか負けないとかじゃないだろ」

「ううん、負けない。伊比君にも」

「またそれか」


 苦笑して何気なくカーテンから突き出す頭部を撫で――頭部は包帯が巻かれているから包帯からこぼれる髪を拾おうとしたら、いきなり出現した手に手を払われた。


「うお」

「貞淑な乙女はどうでもいい夢でうなされるような男に純潔の己が身を触らせたりはいたしません」

「おま、どの口で純け……まあいいや。右手出して」


 不思議そうに彼女はギプスをはめた手を差し出した。真っ白なその腕に彼はペンを走らせる。


「これ俺の番号。また襲われたら使えよ。不要だったら包帯交換のときに捨てて」

 倭に電話番号を預けられたスナオは、彼が出て行った保健室、ベッドの上であぐらをかいてギプスを電灯にすかしたり見下ろしたりしていた。


「こんなもの、こうしてやる」


 はさみを取り出し包帯に当てたが、そう言った口調はまったく疲れ果てていて、

「役に立たないくせに。かっこつけ」

 はさみを投げ出しギプスのはまっていない左手で布団を殴りつける。空気が抜ける音がズタズタになった彼女の心を通り抜け、スナオも空気が抜けたように、ふかふかの眠りへ顔面から突っ伏した。



 生きなくては。

 悪夢は毎日襲ってくるけれど、生きなくてはならない。

 それが、残された者の義務なんだろう。



 倭は鞄に勉強道具をしまい、足早に廊下を行く。すれ違う知らない学年の知らない生徒の声がざわざわと顔を持たないぐにゃぐにゃした触手になって臓腑をかき乱そうとする。


時々、何かのきっかけで、皆が自分を見て嘲笑っているのではないかと思う時がある。息が出来ないくらい充満した百パーセントの敵意と憎しみ。頭痛をこらえる時みたいに眉間へ皺を寄せ、精神を統一させてその記憶を追い払った。


 スナオに自身を頼るよう伝えたのは、頼られる自分を作るため。


 急な切り立った壁にハーケンを打ち込むように無理矢理でもとっかかりを付けて、一時一時を切り抜ける。気を抜けば痺れた手が命綱を手放し落下してしまいそうだけど、生きていれば何かが変わると信じて、生きる糧を毎日口に押し込む。


 あの独立自尊とした彼女が倭を頼るなんてゆめゆめ想像しがたいが、フラグを回収されることを前提にしてでも可能性ののろしは立てておいた方が良い。なぜなら、それが瞬発的な自虐衝動を切り抜ける鍵となるからだ。


 動物というものは賢いものでブレーンに頼っていたら資材を動力に変換出来ないと言うことを太古の昔から知っているらしい。適当に食べて寝て待てば体が勝手に治癒を行い、擦り傷は治りニキビは生まれ変わる。禍福のあざないも、本来、そういうシンプルな新陳代謝の一種として生き物に付与された生存機構だ。


 前向きに生きなくては。運命が代謝能力を失い、生き続けても何も好転しないことが分かっていても、生きていかなくては。


そういったことを病むように心中で繰り返すこと自体が不健康なのだと自覚はしていて、自分が生きる意味だとか存在意義だとかふとした時に襲い来る虚無感だとか、そんな魑魅魍魎を意識の海に上らせないよう、思考回路の歯車をさび付かせる。


思考を放棄せよ。


原始、蒙昧なる生き物がそうであったように、生き残ることだけを考えよ。


回転したくても回転出来ずギシギシと血を滲ませるようにあがる軋みは、放棄された尊厳の悲鳴であり、絶望を溶かし希望を製鋼するという人間だけが持つ能力の断末魔だ。


 だから、倭の心には実にシンプルな本能だけが残る。


 疲れたなあ。

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