第18話 わからないけど
「……そうか、一応は君の思っていたとおりの人物だったみたいだな」
篠田真澄の後ろ姿を見送ったあと、涼から携帯に連絡が入った。
やはり彼なりに今日のことは気になったのだろう。わざわざ連絡をしてくるなどこれが初めてのことだ。私は、涼と近くの公園で落ち合うと、ブランコに座り、さっきまでの出来事を話していた。
「それはどうだろ…少なくともあんな状況は予想してなかったし、彼女の方が一枚上手だったのは間違いないよ」
前々から考えていたことなのかもしれないが、洋介の告白を即座に利用する頭の回転の良さは、最低だけど、目を見張るものがある。
「で、このままにしておくつもりなのか?邪魔しないでの声に従って」
「………………」
彼女から見れば当然、私の存在は邪魔なのだろう。
彼女は学校での地位を確固たるものにしようと考えている。二度と昔みたいにならないよう、周到に自分まで偽って築こうとしている。そこに、私という存在は邪魔でしかない。
それはわかる。
じゃあ洋介はどうだろうか?
好きな人と付き合える、好きな人と一緒にいられる。それだけでも十分幸せではないのだろうか?
彼女にその気はなくとも知らない方が幸せなこともある。それに限りなく可能性が薄いとはいえ、洋介の頑張り次第では、どうにかなるかもしれない。
そうなった場合、洋介にとっても私の存在は邪魔でしかない。
「……………」
そう思ったら、なかなか答えがでないでいた。
「もういっそのこと洋介にダメ元で話してみたらどうだ?」
「…ダメ元って自分で言ってるし。それじゃあ意味ないでしょ」
今日のことを洋介に話すのは容易い。でも、だからどうなるとは思えなかった。
篠田真澄という偽りの姿に完全に魅せられてしまっているのだから。
「ではどうする?」
「……まあ一番説得力があるのは彼女の素を直接見せることだけど…」
話してもダメなら、彼女自身から洋介に、本当の篠田真澄を観せる。
入学式の最中に助けにきた、偽りの、創った篠田真澄ではなく、今日私に魅せた、遠慮がなく性格が歪んだ篠田真澄を。
「可能な算段はあるのか?そんなことが簡単に出来れば苦労しないと思うがね……」
「わかんない…でも…ほっとく訳にもいかないでしょ」
邪魔かもしれないが、やはりこのままではいけない。
今のままではあまりにも残酷過ぎて、良いように利用されてるだけだ。篠田真澄の過去はどうあれ洋介には関係ない。
可能ならば魅せられる前の、まるで聖人みたいになっている今の彼の認識を一から改めさせる。
そうなれば冷静になって、また一から判断出来るはず。
何が正しいのかわからない私が余計な事をするより、条件を整え、洋介を魅せられる前に戻した方が正しい答えを持ってくるはず。
しかし、問題は涼の言うとおりどうやって素の姿を洋介に見せるかだが……
「…………………」
「…………………」
二人して、思考を巡らせる。
そもそも今まで隠し通してきたのだ、そう容易いはずがない。
彼女はきっと、私だから本性を見せた。一度見られているというのもあるだろうが、私なら見られても大丈夫だと考えたのだろう。
ろくに友達も話す相手もいない私なら————と。
そう考えると、ますます可能性が薄れていく。
洋介には友達もいれば、話し相手もいる。ましてやこれから利用しようと考えてる相手だ。それを差し引いてもそう簡単に本性を見せるようなヘマをするわけがない。
「いや、それは違うだろ」
「っえ?何が?」
唐突に降って湧いて出た否定の言葉に疑問で返す。
何が“違う”なのか。
「どう考えても、君だから取り繕わなかったってだけじゃないだろ」
「いやだってそうじゃないの?他にも理由があるわけ?」
涼が、まだわからないのかというような感じで溜息混じりに頭を掻く。すいません全然わかりません。
涼は呆れたように半眼で見つめると、続けた。
「……誰もいなかったからだろ。もちろん一度見られてるということもあるだろうが、君に友人がいるとかいないとかそれ以前に周りに誰もいないから彼女も素を見せた…違うか?」
「……!そっか!!それであの時……」
彼女は会話の途中、中庭の周囲に視線を向けながら会話をしていた。
今はまだ肌寒い為、利用者が少ないが、中庭は暇な学生が談笑をしたり、ベンチで食事を取りに来ることも間々ある場所だ。
あの時、篠田真澄は会話をしながら人がいないかを確認していたのか。
「なるほどね……確かに周りに人がいなかったのは大きいかも」
周囲に人がいたら、彼女も素を見せなかった。もし見せてしまったら今まで積み重ねてきた物が全部なくなってしまうから。
学校という閉鎖された空間では噂が回るのは何よりも早い。そんな、誰でも思いつく危惧を彼女が行うわけがないのだ。
では、もしも…
「それが素を見せた一番の理由だったとしてさ……」
「ああ、なんだ急に?」
「彼女…篠田真澄の周りに誰もいなかったら、猫をかぶる相手がいなかったら本来の篠田真澄でいるのかな?」
単純に疑問が浮かんだのだ。彼女は一人でも、あのキャラを演じているのだろうかと。
取り繕う相手もおらず、本来の自分をさらけ出しても誰にもなにも言われない。誤解のされようもない完全なる一人でもそうなのかと。
「その可能性は極めて高いだろうな」
「……理由は?」
「簡単に言えば、彼女は媚を売ってるのだろう?“媚を売る”だ。売る相手がいないのに商売は成り立たない。そんな無駄な労力をするほど、君の話を聞く限りバカではないと思うがね」
そう、まさにそのとおりバカではない。
それどころか頭が良い部類にさえ入り、学校での立ち振る舞いを見るに容量の良さも兼ね備えている。そんな彼女が特もせず、損しかしないような事をするはずがないのだ。
なら、
「それを、上手く利用できないかな…?」
周囲を気にするなら周りに誰もいない所に呼び出す。そして、素を出さざるを得ない状況に追い込み、それを洋介に見せる。そうすれば、篠田真澄に抱いている幻想を壊すことが可能ではないだろうか。
「だが、どうやってそれをやる。呼び出すのは洋介に頼んで貰えばどうにかなりそうだが、素を出す状況などそんな簡単には作れないだろ……」
「そこは安心して。実は良い考えがあるの」
状況を作る。いや、状況が作られている場所に彼女を呼び出してもらう。
そこなら誰しもが自分を取り繕うのを忘れてしまう。我を忘れてしまう。それぐらいありえない場所が存在する。
「そんなところがあるのか…よくそんな場所知ってたな」
知ってるどころか多少経験済みだしね。それにあなたも知ってるはずだし、この計画には涼の手助けが必要となる。
私は涼に、思いついた計画の一部始終を説明した。
「バカげてる。僕は協力しないぞ」
が、即効で断られた。
「じゃあ他に良いアイデアがあるの?どうせないんでしょ?なら協力して」
「そんな非人道的なことに、協力なんか出来るわけないだろ」
「そうかもしれないけど、大丈夫なんでしょ?これはあなたから聞いたんですけど?」
「確かに大丈夫とは言ったが、実際には試したことなど皆無だし…」
「それに非人道的って言うけど、彼女のやろうとしていることもそれに当てはまるんじゃないの。彼女のやりたいようにさせておいて、人助けが主の部活で依頼人を放置ってどうなの?」
「ッック!いや…しかし…!」
頑なに拒否する涼。
当たり前だ。それぐらい最低なことに誘っている。見る人によっては共犯者にも見えたかもしれない。それぐらいの自覚は私にもある。
「———ねえ、涼」
私は、立ち上がり誠心誠意を込めて言った。
「言いたいことはわかるよ。ひどいと思う。最低だとも思う。やられたらやり返すだなんて理屈、私も嫌い。でも……」
蜃気楼のように涼の顔がダブル。
私が深々と頭を下げたのだ。
「あなたの言い分もわかるけど、もうここしかないの。お願い、協力して」
頭を下げた瞬間、驚いた顔の涼が一瞬だけ見えた気がした。
人に、他人のために頭を下げるのは何年ぶりだろうか。少なくともちょっと考えただけじゃ記憶にない。
懐かしいとは到底思えないこの感覚が、ただただ不思議だった。
「……一つ聞いていいか」
頭を上げる。
涼は横を向いており、その表情は計り知れないが、口だけはぼそぼそと動いてるのが見えた。
「なぜそこまでする?」
「………え?」
「一度聞きたかった。君はそもそも推薦が欲しくてやってる身だろ?しかも仮入部。そこまでする義理がどこにあるんだ」
「どこって………」
義理…と言われれば確かにないのかもしれない。
始めはただの意地だった。
今の自分を否定され、上手く言葉を返せなかった。
何が正しくて、何が間違いだったのか。
変わろうとする洋介にその答えを求めた。
最後まで協力するのも部活という定を失わないため。
それだけだ。
義理なんかどこにもない。
でも————
本当はわかってる。
今はそれだけじゃないってことぐらい。
認めるのが怖くて言い訳してきたが、自分を騙すのもそろそろ限界。
もう嘘を付き続ける自信もなければ、言い訳も出来なかった。
「……あのさ」
そんな私からでた言葉は、答えでもなんでもなく、正直な気持ちでしかなかった。
「あなたの言うように義理なんかないよ。ただ、わからないけど……助けたいんだ。この気持ちが楽しかった思い出のお礼なのか…ただの同情なのかわからないけど、でも……この気持ちはホント。偽りもなくね」
そう————答えなんかわからない。
あるのはこの、湧き上がる確かな気持ちだけだ。
「————そうか」
これが涼の求めた答えなのかはわからない。
満足してくれたかはわからない。
それ以上の言葉を、涼はなにも言わなかったから。
だけど、それに呼応するように涼は立ち上がる。
「これがホントの最後だ」
なにかが吹っ切れたように立ち上がった彼の顔は、夕日に照らされ、残念ながら眩しくて見ることができなかった。
「……うん、よろしく」
それでも、目の前に差し出された手は、嫌でも私の視界に映る。
私はそれを握り返すと、見えない顔に向けて、不器用にはにかんだ。
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