第14話 本質

 家に帰るとただいまもろくに言わずそのまま2階へと駆け上がった。


 楓に階段下から何度か声をかけられたが返事をする気力もなく、そのままベッドへと倒れ込んだ。それぐらい疲弊しきっていた。体とまぶたは鉛のように重く、心と身体のバランスが著しく悪い。神経に至っては繋がってないんじゃないかと思えるくらい皮膚からは何も感じ取ることができない。


 ―――あの時間

 彼女といた喫茶店での時間は実際にいた時間の数十倍にも感じられた。それぐらい苦痛であそこから早くいなくなりたかった。


 罵倒してみせた後も、彼女は帰りはしなかった。それどころか、いつもの調子で、いつもの声で、喫茶店に入った時と全く変わらない調子で話し続けた。まるで、さっきまでの嫌味を圧してここから逃がさないとでも言うように。


 もちろんのこと、こっちもこっちで何度もこの場を離れようと試みたが、どうでもいいような話題を拾われ、結局席から動くことができなかった。


 気味の悪い女――。

 時節入る仕草もこの時にはもう可愛いだなんて微塵も感じられず、恐怖にも似た感情を抱いていた。次に会うのは、今日でもう遠慮したいほどに―――


 (だけど…)


 そんな身を切る思いをしただけに、収穫はあった。


 不可抗力とはいえ恐怖という違う視点から彼女を見ることによって彼女の本質に自分なりの仮説を立てることが出来たのだ。


 彼女はきっと自分すらも騙しているのではないだろうか―――と。


 私のありえない発言に篠田真澄は怒らなかった。それは、罵倒されたのは彼女ではなく、彼女が演じる誰かだから。第三者が罵倒されて怒る奴など、この世にいない。だから、理不尽に罵倒されても頑なに本音を見せず普段通りを貫いた。


 笑顔で返事を返す彼女に、はじめは気味が悪いと思っていたが、それならば納得がいく。自分をも騙してるような奴に、普通の反応などありはしないから。


 いったい彼女に何があって何がそうさせるのか、そこまではわからないが、はっきりしたことが一つ。

彼女のことは信用ならない。


 (でも……)


 そこまで思考を巡らして、次第に睡眠欲の限界がやってくる。

 薄れゆく意識の中で、少しずつまぶたが重なりあう。


「……ホント疲れた」


 思いがけず出た言葉は、冷たく冷え上がった空気中に霧散し跡形もなく消え去った。風邪をひかないよう布団を頭までかぶると意識もここで完全に途切れた。



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