第13話 篠田真澄
翌日。
授業を終えて夕方17時過ぎ。場所は南正門。
私は正門に寄りかかり待ち伏せをしていた。
誰を?なぜこんなところで?と思うかもしれないが、待ち人はもちろん篠田真澄だ。
洋介から聞いた情報では、彼女は部活に所属していないため、いつも17時ぐらいには南正門から一人で帰っているらしい。時間まで知ってるとはさすがストーカー…もとい洋介である。
その情報通り一人なら話しかけるには絶好の機会の為、さっそくここで待ち伏せしているというわけだ。
どうやって会話を広げるかは、授業中に悩んでも答えは出なかったが、話の取っ掛りだけは3人で考えてある。もっとも私は大反対したのだが。しかし、その取っ掛りから出来るだけ情報を引き出して彼女がどういった人物なのか知らなければならない。 さすがに、洋介の言う「ストーカー作戦」を許容するような人ではないと思うため、良い案を出せるような情報を。難しいかもしれないがなんとかしなくては。
正門の端に寄りかかって待つこと数分。
太陽は薄くなり少し日が沈みかけた頃、肩に乗った桜の花びらを払おうと横を向いた瞬間、進学校には似つかわしくない明るい茶髪のツインテールが春風に煽られながら私の横を通り過ぎた。
細い眉に綺麗な二重。女性の私から見ても振り返って見たくなるその愛らしい容姿。
間違いない、篠田真澄だ。
彼女は、友人だろうメンバーと正門で分かれると私の方には目も呉れずに目の前を通過する。一応元クラスメイトだけにこちらに気付いてくれると思ったがそうではないらしい。
慌てて後を追いかける。
「待って、篠田さん!」
「はい?」
勢い余ってぶつかりそうになるが、彼女が振り向いて長い髪が鼻先を掠める。今までに嗅いだことのないくらいに良い匂いだったが、その匂いまでが私には嘘くさく写り焦る気持ちを冷静にさせ、彼女の手前で立ち止まらせた。
「その…ちょっと話したい事があって…」
息を切らしながら言ったのが聞き取りずらかったのか、彼女は困惑の表情を浮かべる。
「あの…その前にどちら様ですか?顔見知りでしたっけ?」
「………イラッ」
そっちの困惑かよ!
あのね、篠田さん…私、元クラスメイトなんだけど?なんだったら、あなたが言った顔見知りが一番近い表現なんだけど。影が薄くて覚えてませんか?
「ご、ごめんなさい!如月さん…だよね?どうしたの急に」
両手を顔の前で振りながら謝ってくる。
「………チッ」
いちいち可愛らしい仕草に顔を歪めつつも、こちらもそんなことに付き合ってる時間はない。早急に本題に入るとする。
「あ…あのね……その………」
「うん?どうしたの?」
「その………ね?」
「?」
「……………」
あああああーーー恥ずかしい!
ウソと言えど恥ずかしすぎる。なんでもっと違う話の取っ掛かりが考えつかなかったのか。…まあでも、これ以上、人の話に乗ってくれるような話題はないし……学校での良い子っぷりを見てると他人に言い触らすような子じゃないのはわかるのだけれど…
「あの……ね?」
「うん、なぁに?」
顔が熱い。理由はもちろん彼女に顔を覗かれて照れてるわけではない。自分では自分の顔は見れないためわからないが、今の私は、過去最大限に紅潮させていたことだろう。時間もないし、私は腹をくくった。
「その…恋愛相談……頼みたいんだけど……」
正門から移動すること数十分。
必死に取り留めない会話に成就しながら、人通りの少ない所まで移動すると、とある寂れた喫茶店の中へと入った。
私としては近くの公園で話をするつもりでいたのだが、人目を気にしたのか、彼女がしきりに店内を進めるので喫茶店まで来てしまっていた。学校ヒエラルキード底辺の私と一緒にいるのを誰かに見られたくないんですか?そうですか。
「そ、そんなことないよそんなこと!ほら窓際の席空いてるからあそこにしよ!」
そんなことが一回多いし、窓際なら人目に付きにくいしで言動と行動が正反対ではあるが突っ込んだら負けである。
「如月さんは何頼む?」
向かい合わせで席へと着くと、メニュー表をこちらに寄越しながら聞いてくる。自然と自分より相手を優先する辺り、さすがの対人能力である。私は、差し出されたメニュー表を手で制し、注文を告げる。
「アイスコーヒーのブラックで」
「えーブラック飲めるんだ?如月さんすごーい。わたしはどれにしようかな~」
メニュー表をパラパラ捲ると、直ぐに閉じて店員を呼んだ。
「すいませーん、ミルクティー一つとアイスコーヒー一つブラックでお願いします」
店員は奥から顔を出して返事だけすると注文を繰り返すことなく、また奥へと入っていく。すると、すぐにまた顔を出し注文の品を持ってくる。ちなみにどちらがアイスコーヒーかは伝えてないはずなのに自然と私の前に置かれた。
人は見た目が九割とはよく言ったものである。確かに彼女、見た目がスイーツだけに好きそうだものね、そういう甘ったるい飲み物。ブラックのアイスコーヒーなど似合わない。内面的には似合ってると思うけど。
などと、失礼な感想はおいといて。
私はとりあえずお礼を言うことにした。
「篠田さん、今日はありがとね。急に相談なんかに来たりして」
彼女は、いいよいいよと手を振ると、くっきりとした大きな瞳を、さらに大きくして聞いてくる。
「それより恋愛相談なんでしょ?話して話して!好きな人ってどんな人?」
去年まともに会話すらしたこともないのに、こと恋愛になると彼女…というより女性は夢中になって聞きたがるもの。
ここまでは予想通りの食い付き。しかし、問題はここから。
「その…さ…私、昔付き合ってた人がいるんだけど…」
「っていうことは今は別れちゃったってこと!?っていうか付き合ってたんだ、意外。あっごめんね、それでそれで」
当然ウソな訳だが疑うことなくより一層、話に夢中になる。多少テーブルに前のめりになり待ちきれないといった感じ。
確かにこの聞き方なら初対面で勘違いしてもおかしくないかも。さすが男殺しである。
「その人に今もしつこく言い寄られててさ……」
「それって向こうはまだ気があるってことだよね?」
「ええ、それで私…今、別に好きな人がいるから…すごく困ってて……」
「……っへ〜〜…やっぱり意外だ…」
マジマジと見返され、思わず下を向く。嘘が顔に出ていてもおかしくないからだ。それぐらい、こういうのは苦手だ。
「そこで相談なんだけど篠田さんって可愛いからそういう経験あるんじゃないかと思って。どうしてたのか聞きたくて相談したの」
「なるほどねえ……そういうことかあ…」
言うと、さっき来たミルクティーを口へと運ぶ。そのカップをソーサーへ戻すと笑顔で突っ込まれた。
「でもさあ……それって恋愛相談なの?」
ごもっともです。あなたと話すためについた、ただのウソです。
「言われてみれば違うね、ごめん。慣れてなくてちょっとテンパってた」
「全然いいよ…でも、しつこく言い寄られた経験ねえ……」
彼女は人差し指を唇に当て、斜め上を見ながら考える。
可愛らしい容姿に似合った仕草だが、さっきからいちいちジェスチャーが女の子女の子してて口が開きそうになる。彼女を信じきっていない私が悪いのかもしれないが、この子…やっぱり苦手だ。
「んー告白されたことならあるけど、しつこく言い寄られたって経験はあまりないかも」
そうだとしても別にかまわない。私が知りたいのは、あなたの考えだから。ストーカーみたいにしつこくされたら、どう思うのか聞きたいのだ。
「ストーカー行為はさすがに嫌だけど…」
洋介轟沈。
いや、当たり前だからね?
「でも、しつこくされるのは嫌ではないかも。だってそれだけ好きってことでしょ?」
洋介再浮上。
マジか……。
「何回も同じ人から告白なんてされたことないからわからないけどね。でも、うん。やっぱり嫌いじゃないな。むしろ嬉しい」
頭の中で想像でもしているのか、指をこめかみに当てて、一人うんうん頷きながら答える。でも、そっかあ嫌じゃないんだ。さすが一年間見てきただけあって洋介の観察眼はダテではなかったらしい。その事実がちょぴり怖いけど。
「じゃあ、篠田さんなら押しに負けて付き合っちゃうってこと?」
「違う違う、それとこれとはべつ。嫌いじゃないってだけで、それで好きになるなんてことは想像できないなあ…それに好きになった人が今までいないから余計にないと思う」
その答えに私は目を丸くする。
「好きになった人がいないって…じゃあ、付き合ったこともないってこと?」
「やっぱり如月さんもそう思ってた?よく誤解されるけど高校入る前も合わせて一人もいないよ」
頬を染め、ハニカミながら答える姿はさっきまでと違い過剰なジェスチャーはない。多分ホントなのだろう。
高校に入ってから何人もの男を振ってきたのは知ってたが、まさか今までの相手全員振ってきたということか。
「………」
それを聞いて単純な疑問が頭をよぎる。
頭の中で逡巡したが、ここまで来て気を使ってもしょうがないので聞いてみることにした。
「何回も告白されてるよね?その中でさ、一回付き合ってみてから考えようとは思わなかったの?」
彼女はその質問が気になったのか、ぷくーと頬を膨らませ、意外にも抗議の声をあげてきた。
「しないよお、そんなの。期待持たしておいて好きになれませんでしたじゃ相手が可愛そうだもん」
「んまあ…そうなんだけどさ……」
今更気づいたが、こうやって下手なブリッコを続けられると真意がつかめない。今のも、本気で言ってるのか、印象を良くするためのウソなのか、見分けがつかなかった。
「ごめんね、相談してくれたのに恋愛経験なくて」
「いや…別にそれは良いんだけど」
その答えに安堵しながら彼女がミルクティーに口をつける。私もそれに習いアイスコーヒーに口を付け口の渇きを癒す。先にカップを置いて、彼女がミルクティーを置いたのを見計らってからまた質問を続けた。
「篠田さんってさ、失礼な言い方かもしれないけど理想が高かったりする?」
「理想?男の人のってこと?」
「そう、もしくは告白で理想のシチュエーションがあるとか。これならグッとくるとかないかな?」
我ながら踏み込んだ質問だと思う。
もはや恋愛相談でもなんでもない。どっかのアイドル雑誌のインタビューみたいになっているのだが……この子本物の天然なのだろうか?普通は怪しくなってくるものだと思うんだけど。
「理想かあ…んー恋愛に興味がないってわけじゃないんだけど、特にないかなあ。告白のシチュなんかもグッときたといえば全部グッときたし、やっぱり気持ちがこもってれば何でも嬉しいよ」
「へーそれこそ意外かも。勝手だけど理想が高いって思ってたから」
「そう?そんなことないよ普通だよ」
疑うどころか、満面の笑みで返される。しかし、なんとも当たり障りのない答えだが、真意はともかく大きな収穫かもしれない。
何回も告白されたら嬉しい。
理想はない。
告白は全部グッときた。
(あれ?)
会話を思い返して、ふと思う。これもしかしていけるんじゃないの?と。
話した感じ良い人そうだし、なんだったら人畜無害な洋介とお似合いなんじゃないだろうか?
笑顔が素敵な篠田真澄と心優しい萩原洋介。
入学式で助けた篠田真澄と助けられた萩原洋介。
学校のアイドルである篠田真澄と、それをずっと見守ってきたストーk…もとい萩原洋介。
これ以上、お似合いな彼氏彼女他にいるだろうか?
(いや、ないな…なんか、ホントにいけそうな気がしてきた……)
とりあえずは時間も遅いし一先ずここで切り上げて、明日報告するしよう。
(胡散臭いと思ったのは私の勘違いだったか…普通にいい人そうだ。全員振ってるだけに、もっと裏おも……)
私は、帰るのを諭そうとした瞬間、忘れてはいけない事実を思い出す。
(いや、ダメだ。そうだよ、全員振ってるんだ…)
やってる事と、事実が異なってるから胡散臭いと思ってたのに騙されてどうする。危うく早とちりして切り上げるところだった。さっきまで散々疑っていたのに…危うく術中?にはまってゾンビ取りがゾンビになるところだ。
「…………」
——やはり、私の会話能力じゃここらが限界、堂々巡りが関の山かもしれない。
彼女に接触したそもそもの目的は彼女の中身を知ること。胡散臭く、裏がありそうなこの可愛らしい容姿を持つ彼女の中身を。彼女を理解して、グダグダになりつつある告白を打破できればと思ったが、今のままでは現状と何も変わらない。普通に話ししたくらいでは、彼女の仮面はあまりにも厚すぎて、剥がすには至らないのだ。
ただし―――正攻法ではって意味だけどね。
穏便に行くつもりだったが、ここからは奇襲、騙し討に近い。この話が終わったあとに彼女が話して変な噂がたつかもしれないが、それは今は余計なことだ。
私は、心の中でそっと決意を固め、勝負に出ることにした。
「篠田さん――なんかさ…さっきからおかしなこと言ってない?」
「おかしなこと?」
「だってそうでしょ?理想はないし、毎回心にくるような告白をされてるのに振ってるんだよ。それってなんで?」
口調も態度も変え威圧的に聴く。相手も急な変化に対応しきれていないのか、目を瞬かせるまでだ。
もちろんこれは演技である。が、あまり気持ちのいいものではない。だが、ここで折れるわけにはいかない。散々疑ってきた私を、裏切ってくれるような本心を見るまでは。
話を続ける。
「どういうこと?」
「だっておかしくない?篠田さん、その人に失礼って言ったけど、それはあなたの考えでしょ?実際告白した本人からしてみたらチャンスが増える分、付き合ってもらった方が良いと思うんだけど。そこから頑張ればいいんだし。篠田さんの言ってる事はもっともなようで、ただの偽善にしか聞こえないんだよね」
再度意地悪く問いかける。いや、罵倒する。
私は罵倒して彼女の本音を引き出そうと考えていた。
我ながら最低なやり方だと思う。だが、喫茶店に入ってからの彼女との会話は、どれも雲を掴むような話であって本音ではない気がする。
「ただの…偽善……?」
「違うの?誰も傷つけていないようで、実際は周りを不幸にして、傷ついてないのは自分だけ。良い子ぶってるだけで、最低のやり方だよ」
「…………」
なにか思案するように彼女は押し黙る。
私としては、ここまでは予想通り。しかし、ここからが重要だ。
ここでヘソを曲げて怒るようなら、人間としてまだ信用できる。なぜなら、よく知らない奴に呼び出され、意味のわからない質問をされ、最後には罵倒されたのだ。ここで怒って帰ってもいたって普通。帰らないまでも怒るのが普通。普通のどこにでもいる女の子。
そういった普通の反応が見れれば、胡散臭い、裏がありそうだと考えていた彼女の発言や振る舞いを、私の杞憂だったと思うことができる。洋介の立てた案に納得することができる。
だから、どちらかの反応があれば私としてはそれで良かったのだ。
だが―――私は気づいていなかった。
いや、ある意味期待していたのかもしれない。ここまで罵倒すれば怒るに決まっている、喚き散らして店を後にするに決まってると。
じゃあ――普通じゃない場合は?
そんなこと考えもしなかった。
彼女の反応は、まさしく…そのどちらでもなく―――
「偽善って…ひどいなあ如月さん、これは本物の優しさなのに。それに、これ以上の優しさは存在しないんだからさ……疑ったりしないでよ」
そう言って、真っ直ぐこちらを見すえると、彼女はいつもどおりの笑顔を浮かべる。
私は、その、予想とは違う反応にマジマジと見返す事しか出来なかった。
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