第12話 それ、ストーカーだよね?

「ごめん、予定より少し遅れちゃって」

「遅れたって言ってもほんの少しじゃん、全然いいよ」


 苦笑を浮かべながら挨拶をする洋介に、手前の椅子を引いて座るのを諭す。どうにも、まだ遠慮があるらしいが、こっちとしても出会って数日で馴れ馴れしく接せられても困るのでありがたいといえばありがたい。


「涼君もごめんね、待たせちゃって」


 席へ着くなり、涼にも詫びを入れる。こっちはそういう役割なのだから気にすることないと思うけど。


「いや、大丈夫。それより昨日はどうだった?見たところ、大分見た目がマシになってる気がするのだが」

「えへへ…そ、そうかな?」

「……」 


 お世辞でも褒められるとは思っていなかったのか洋介が顔を紅潮させる。

 女子に褒められて照れるならまだしも、男子に褒められて照れるのはどこか気持ちが悪い。それに、よくよく考えてみればマシになったというのは褒め言葉でも何でもない。もう少し言葉選んだら?



「本人が喜んでいるんだから構わんだろ。それよりこれからどうするんだ?」


 本を閉じ、顎に手をやって体をこちらへと向ける。話こそ二人にしていたが、明らかに私に話を振っていたのがわかったので、答える。


「私は単純に篠田さんと会話するのが重要だと思うけどね。洋介君の話を聞く限りだと入学式からあまり接点もないらしいし、コミュニケーションが大切だと思うの。良い具合に雰囲気も変わったことだし印象付けが大事よ」

「確かに、それが無難だな。無難すぎて言い返す言葉がない」

「…私も、アンタに言い返す言葉がないよ」


ムカつく言い回しは置いといて確かに無難すぎる答えゆえ涼の意見もわからなくはない。そう思えてしまう自分が情けなくはあるが。

 

 でも、仕方ないと思わないだろうか?恋愛経験なし、告白された経験も、告白した経験すらないのに良いアイデアが浮かぶと思う?


「いや、俺にそんなこと言われても……それに、先週は女性目線でアドバイスとかなんとか言ってたじゃないか。それは俺には出来ないことだと思ったんだがな」

「そうだね。やっぱり女性目線の意見があると助かるけど…」


 そのことは洋介も覚えていたのか言いながら期待の目をこちらに向けてくる。その期待に応えてはあげたいが現実はなかなか厳しい。


「うーん……まあ、そうなんだけどさ」


 つい口走って言ってしまったけど、女性目線でも色々あるわけでね。


 例えば、私と楓の価値観は違うし男性感なんかも当然違ってくる。


とりわけ、篠田真澄と言ったら幾人もの男を振ってきた、胡散臭い女ナンバー1である。姉妹でまったく異なる性格をしているのに、赤の他人である篠田真澄に対して、おいそれと『女性目線』と一括りにして語っていい訳がないのだ。


「言われてみればそうかもしれんな」

「でしょ?女性目線と言っても難しいの。そっちだって難しいんじゃない?男性目線でアドバイスとか言われてもさ」


 ふむっとか言いながら思案する顔付きになり何やら考え込む。


 的確なアドバイスとなると彼女のことを知らないと難しい。やはりコミュニケーションを取り徐々に落としていくぐらいしか思いつかない。


「コミュニケーションかあ……」

「入学式から接点のない知り合いでしかなく、相手は学校随一の美少女……考えてくと益々難しいな」


 それだけ言うと再び思案する。


  “難攻不落の女王様”って言ったら怒られてしまいそうだが、今の状況を考えるとまさしくそんな感じだ。


 わかっていたことだが、そもそもこちらには切り崩す程の手札がないのだ。それが、わかっていたからこそ正攻法で挑むしかないと思っていたが、なんだか告白以前の問題になりそうである。


 しばしの沈黙。


 顔を見る限り珍しく涼も真剣に考えているようだが、なかなか意見が出てこない。当然…と言っては難だけど私も出てこない。


 ――そんな時だ。


 決定的な意見が生まれない中で、急に椅子から立ち上がる男が一人。

 それは意外にも洋介だった。



「僕、もう告白しようかな」

「ぶっファっっ!!?」


 まったく意味のわからない、いきなりの告白宣言に不意をつかれたのか、涼が吹き出すのが見えた。こちらに何かが飛んできたような気がしたが、今はそんなことは気にしていられない。


「ちょっ…ちょっと待って!どうしてそんな結論になるの!?」

「………確かに何故そんなバカげた結論になるのか理由を聞かせてくれないか?」


 ハンカチで口を拭くと、例の如く手で口元を隠す。もうそれ笑ってるのバレっバレなんですけど。隠す気あるの?


「バカだなんて、あはは。冗談キツいなあ」

「あははじゃないって! 大体さっき接点ない、会話すらないって話してたのに、どうしてそうなるの!?えっ頭大丈夫なの!!?」


 失礼だとは思いつつも、あまりにも理解しがたいので、考え付いたことをそのまま口に出して言う。飲み込んだらお腹が痛くなるなんてことは無いが、今日のことに関して言えば、そうは言い切れない。それぐらい混乱していた。


「逆だよ、逆。逆に考えて告白することにしたんだ」

「??????」


 説明に思考がまったく追いつかない。逆?なにが逆なの?どれが逆??


 混乱した頭で必死で考え、逆という言葉がゲシュタルト崩壊に見舞われていると、いつの間に笑いから覚めたのか涼が口を挟む。


「埒が明かないから……かね?」

「そうそう!だから決心が鈍らない内に気持ちを伝えようと思ってさ」

「もうちょっとわかんない、説明して!」


二人だけで話が進み、今だまったく見えてこない内容に苛立ちながらも説明を求めた。


「簡単に言うとだな『うだうだやっててもしょうがない、良いアイデアも無くこのままズルズル行くぐらいなら、いっそのこと告白してしまおう』ぐらいの気持ちじゃないのか」

「すっごいざっくりとした説明だけど…まあでも、概ねそんな理由だね」

 「……ウソでしょ」


 あまりの雑過ぎる理由に思わず絶句する。


 まさか昨日の下準備で終わってしまうだなんて思ってないし、なによりこんな中途半端な状態での告白だなんて失敗するに決まっている。


 それを本人がわかっているのかいないのか、それに疑問…ではなく今の説明では納得できない部分がある。


「埒が明ないって言ってるけど、どうして、もっとゆっくり仲良くなっていくことから始めないの?それしか思いつかない私にも落ち度はあるけど、それにしたって急すぎるでしょ?」


『埒が明かない』なんていうのは急な話であって、徐々に光明を見出すというやり方も十分存在する。コツコツやるのが一番手間がかかるようで、一番の近道だったりするのは良くある話だ。


「それが一番なのは良くわかってるよ。でもね…篠田さんと同じクラスだった如月さんならわかるでしょ?仲の良い男子なんていうのは、篠田さんには沢山いるんだよ」

「それは、まあ……そうだけどさ…」


 さすがに好きなだけあって良く見ている。


 洋介の言うとおり彼女は男女関係なく分け隔てなく接している。仲が良いぐらいの男なら数しれない。実際それが原因で勘違いした男子が告白して振られている。


 私としては、そこが堪らなく胡散臭く写ってしまって嫌悪感を抱くのだが、今はどうでもいい。


「だから、今更仲良くしても難しいと思うんだよね。それにね、ちょうど一年生の終わり頃なんだけど僕の友達が篠田さんに告白したんだ。まあ結果は振られちゃったわけだけど…その時スッゴク焦ってさ。『応援するよ』なんて言ってたけど内心ヒヤヒヤで嫌だったんだ」

「そう…それで今回二年生になって告白しようって思ったわけね」


 見た感じもう告白する気満々といった所ではあるが、実際のところ不安はないのだろうか?これが逆の立場だったら、絶対に告白しない。だって結果は目に見えているから。


「実はね、勝算が無い訳じゃないんだ。僕はみんながやっていないことを実行に移して篠田さんに気持ちを伝えようと思ってるから勝算はあるんだよね」

「そうなの?なによそれ…勝算があるなら早めに言いなさいよ」


 意外や意外。


 考えなし、あるいは根拠のない自信で告白しようとか考えていた訳ではないらしい。冷静になって考えてみれば、いくら洋介でもここまで来て当たって砕けろ精神で向かって行ったりはしないか。


「告白した人の話を聞いてて思ったんだけどさ……僕の友達もなんだけど、みんな一回告白しただけで諦めてるみたいなんだよね」

「へー……ん?」


 出だしから不穏な空気全開で話を切り出され思わず聞き返す。


 安易にその先が読めてしまいそうではあるが努めて考えないようにしよう。考えてしまったら横で再び口元を押さえる奴と同じになってしまう。さすがにそれは最低。それに、私の勘違いかもしれないし。さっきも読み間違えたからきっと今回もそう、そうに決まっている!ゴメンね洋介君、変な勘違いして。で、答えは何かな?


「何回も告白しようと思ってるよ、それこそ卒業するまで!」

「ぶっっファ!っグんぐ、ゴホっツゴホ!!」


 もはや隠す気がないのか、笑いすぎて咳までしだす。そんなに面白いかな…私が言うのも何だけど性格悪過ぎ。笑う前に他に言う事があるでしょうに。


「失礼…ついな。しかし、驚いたよ、そんな方法でくるとは…フフッ……思わなかったからね…フフフっ」


 ダメだコイツ、早く何とかしないと……


「もういい。こっちで話進めるから、ちょっと黙ってて…ねえ、洋介君……それ本気で言ってるの?」


 一旦、涼のことは置いておき話を戻す。冗談なんかじゃないのはわかっているが、聞かずにはいられない。


「もちろんだよ、何回でも告白して気持ちを伝えるつもり」


 わかっていた答えではあるが、思わず心の中で溜息を付いた。


当たって砕けろ精神どころか、当たっても砕けない精神である。まさか、ここまで意思が強いとは思っていなかった。しかも、それを卒業まで続けるんでしょ?それ不味くない?

だって、それって世間一般で言うところの……


「ストーカーですよね?」

「ちっ違うよ、酷い如月さん!そんなタチの悪いものじゃなくって単純にわかってもらえるまで気持ちを伝えるだけだよ!」

「いや、だからそれがね……」


 ストーカーなのである。これについては洋介がどう思っているかなど関係ないのだが…さすが田舎出身の世間知らずといったところだろうか。


 知ってる人も多いと思うが、こういうセクハラの類は相手がどう受け止めるか、どう感じるのかに全てがかかっている。ニュースやなんかでまま取り上げられるのはこの為だ。その人にそういったセクハラの意思がなくても関係などない。

 それに付け替え、今回の場合だと完全に一方的な好意の押しつけであり、相手側が嫌悪感を抱くのは必死。そうなってくると最悪、振られるどころの騒ぎではない。相手の出方次第とは言え、退学も十分あり得る。


「いやだなあ、退学だなんて…さすがに大袈裟だよ。それに篠田さんはそんな人じゃないから大丈夫だよ」

「そういう人っていうのは?」

「人に嫌悪感を抱くような人じゃないってことだよ。だって、吐いた上に倒れた僕を率先して運んでくれたんだよ?そんな人が、一生懸命に気持ちを伝えようとする人を気持ち悪いって思うわけないよ」

「なるほど……そういうことね」


 つまり、今までの告白は気持ちが足りなかったと。これから何回も告白するにあたって、相手の情に訴えかけていこう、っていうことなのだろう。


 洋介らしい回答ではあるが、一つだけ大きな問題がある。そのことに本人は気づいているのだろうか?


「洋介君…あのね、凄く言いづらいんだけど、それって洋介君の主観でしかないよね?」

「え?それってどういう……」


 そう、今までそれっぽく述べてはいたが、すべて洋介の主観。きっとこの思い込みが、根拠のない自身にも繋がっているのだろうが、蓋を開ければ語っていることが表面上だけであり、中身も根拠もない上辺だけ見た推論に過ぎないのだ。


しかも相手は篠田真澄。疑わずにはいられない。


「確かにそうかも知れないけど、それは如月さんも一緒でしょ?喋ってなかったって言ってたし…ねえわかんないんだけど、どうしてそんなに反対するの?そんなに篠田さんのことが嫌い?」

「別に反対ってわけじゃ…」


 言い返す言葉が見つからない。いや、反対だよ、ストーカー行為は。しかし、この件の主役は当然、洋介だ。


 私も私で思うところがあるから協力しているのは事実だが、だからといって目的の『告白』を見失ってはいけない。あくまで告白を手伝うのが大前提。そこを考えなければいけないから、公然と反対は出来ないのだ。


 もちろん、ストーカー行為のような間違った方向に突き進むのなら正してあげなければいけないのだが、これが話し合いである以上、反対しても洋介を納得させるだけの良い案を出さなければいけない。それが会議の鉄則。文句だけなら誰でも言えるのだ。



 教室に沈黙が流れる……一体どうすれば…


「君がその篠田真澄と話してみたらどうだ?」


 いつの間に元に戻ったのか、言われたとおり大人しくしていた涼が降って沸いたように沈黙を破る。考えてくれていたのは助かるけど、その意図が見えないので洋介とお互い無言で見つめて、続きを諭した。


 「相手のことが掴めないんだろ?なら、明日にでも彼女と話をして、それから判断してみたらどうだと言っている。何回も告白するにしても本格的にストーカー行為をする訳じゃないと思うが、それに対して嫌悪感を抱くのか、相手はどういったタイプなのかを見極める。今以上に中身を知る。それを含めての判断だ。それに、話す事によって違う答えが見えてくるかもしれないしな」

 「それは…やってくれたら凄い助かるけど……如月さん、どうかな?」


 涼の提案に賛成なのか、終始こちらを伺いながらも洋介の顔には期待の色が見え隠れする。


 私も、その案事態には賛成だけど問題があるのも事実だ。私、コミュ障なんだけど、知ってるよね?どうやって話を進めれば良いのかまったくわからないんだけど?向こうとはクラスが一緒だったとはいえ、会話なんかゼロに近いんだよ?


「そんなことは知っている。だが、受けたからにはやらなければいけないのが仕事だ。それに向こうは、例え上っ面とはいえ、対人スキルが高いんだろ?だったら君の話にも合わせてくれるさ」

「お願い!如月さん、このとおりだから!!」

「……ええ…ホントにやるの……?」


 あからさまに溜息を付く。


嫌味のつもりで吐いた溜息だったが虚空にかき消されたように誰もそのことには気づいてない。そのことが更に虚しさを駆り立てる。


「……あんまり期待しないでよ」


 彼女になんて切り出そうか?答えの見えない課題を抱え明日の憂鬱な時間を思い、もう一度、嫌味を込めた溜息を付かざる得なかった。

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