第11話 読めない人

「二日ぶりね」

「ああ」


 放課後、授業を終え、いつもどおり部室へと向かうと分厚いハードカバーを読みながら興味なさげに返答をかえされる。土屋涼である。


 私は中へと入ると、いつの間にか定位置へとかした席へと着席して涼の方を覗き見た。


 この味気の無いやりとりが実は嫌いじゃなかったりするのだが、しかし、普通の人だったら、まずは昨日の件について聞いてくるのではないだろうか。これもいつも通りといってしまえばそれまでだが、あいにくとコイツは普通とは違うらしい。


 なんで聞いてこないのかと。


 それはプライドだったり、こっちから切り出すのを待っているだったりと色々考える所はあるが、どっちにしろ、きっと読み間違えてしまっているのだろう。それほど、涼に関して理解しかねている。

 出会って数日、涼がどこのクラスでどこの出身で、そもそも同じ学年なのかもわからないでいた。…いやまあ、聞けばいいだけの話なんだけど、なんとなく聞くのを躊躇われた。 


 だから…というわけではないが、私は意地悪く話を振ってみる。


「聞かないんだ、昨日のこと」


 挑発するような言い方で。


 子供みたいだが、昨日の出来事を自分から嬉々として切り出すのは気が引けたからだ。


「聞かないわけじゃない。彼が来てない以上、話を聞いても的を得ないと思ってね。当然、今日も来るんだろ」


 それが聞いてこなかった理由なわけ?本だけじゃなく、展開も読んでたわけだ。


「上手いこと言ったつもりか?それより彼はどうしたんだ?まさか来ないのか?」

「そこは安心して、ちゃんと呼んである。でも、さっき少し遅れるって連絡あった。彼の性格上ドタキャンはないだろうし、遅くなっても多分来ると思う」

「そうか」


 それだけ言うと、何事もなかったかのように視線を本へと戻す。


「…まさかね」


 もしかしたらコイツは気にしていたのかも、何てありえない想像をしてすぐに打ち消す。ありえないと思う根拠という根拠は正直皆無だが、あえていえば、コイツが気になり過ぎてオロオロする姿が容易に想像できない。ただ、それだけである。


 私は洋介が遅れるのを踏まえ、鞄から携帯を取り出し帰りが遅くなりそうなことを楓に連絡すると、ついでに洋介が来るまですることもないので課題を終わらせておこうと思い、課題を取り出す。


問題集を机に出して、ヨシっと気合いを入れると、いざ取り掛かる。



 ―――すると、


ガッ!



 ―――と、廊下側から勢いよく窓ガラスを叩く音が聞こえ、思わずペンを床に落とす。


「え…なに?」


 間の抜けた声が漏れたのも束の間、瞬く間に回数を増やしていく。その音は心地の良い音色では決してなく、なにかで力強く叩いてるかのような感じだ。


「えっえっ!?…ちょっとなにコレっ!??」


 鳴り止まない。


 それどころか、それは確実にこちらを目掛けて叩いているのがわかる。

 なぜなら、ここは3階。狙わなければ近くに当たる訳がないのだ。しかも、さっきまで断続的と思っていたが、今となっては、ほぼ絶え間なく叩かれている。


「ちょ……マジで何なのこれ!?………んもちょっと、いい加減にしてよ!!」

「いや、なんでそこでキレるんだ…頭おかしいのか」


 失礼極まりない言い方についムッとするが、涼が耳からなにかを外すのが見えてしまい、気になって文句を言うのを忘れてしまう。


「それ、なんなの?」

「ああ、これか?これは耳栓なんだが、それに関して言い忘れていた事があるから聞いて欲しい」


 涼は自分のカバンから小さなケースを取り出すと耳栓を中へとしまう。関係ないが耳栓に専用のケースがあることに衝撃だ。


「君はこの学校に野球部があることは知ってるか?」

「それぐらい誰でも知ってるでしょ、馬鹿にしすぎ」

「なら定期的に野球部がフリーバッティングの練習を行うのは知っていたか?」

「はあ?急になに、知らないわよそんなこと。野球部に知り合いなんかいないし」


 返答している間も廊下からの物音は際限なく続く。その中でも涼の言葉を一言一句聞けたのはまぐれと言わざるを得ない。


「そうか、では説明する。さっきから聞こえてくるのは窓にボールが当たっている音、つまり打球が当たっている音だ」

「……はい?」


 おかしなことを聞いた気がする。いや、聞こえたとしても私の想像が違っている可能性も大アリなんだけど。


「打撃練習…つまりフリーバッティングの練習だ」

「ねえ……まさかとは思うけど、それって窓に向かってフリーバッティングしてるってことじゃないよね?」

「理解が早くて助かる」

「バカなのっ!!?」


 信じられないと同時に、違う意味でドッと疲れが押し寄せる。勉強しやすい空間だったのになあ…短い付き合いでしたね。


「バカじゃない、大真面目だ。疑わしいなら廊下を見てくるがいい」

「…んまあ、そう言うなら行くけど……もう、なんなの…」


 立ち上がり、恐る恐る廊下の方へと歩を進める。扉に近づくにつれ、罪を犯した犯罪者を断罪するよう、その音が大きくなり私を叩く。だが、恐怖心よりも若干の好奇心が勝り、私は部室の引き戸へと手をかけた。


「……これはひどい」


 そこには、涼の言うとおり無数のボールが窓を目掛けて思いっきり叩き込まれていた。


 それは、一種の拷問のようであり視覚と聴覚に猛烈な嫌悪感を抱かせる。ちなみに、当然のことながら教室にいた時よりも不快指数は格段にアップしている。


 外を見るとグラウンドには、ほぼ野球部しか残っておらず10人ぐらいが横一列で並びこの校舎に向かってバットを振り抜いていた。他の部活が何処へ行ったのかわからないが、いない理由は、この光景を見れば誰でも納得するだろう。高校生にして死にたくはない。


「うちの学校は公立だが部活に力を入れてるのは知っているだろう。だが、それだけに問題もある」


 いつの間にか私の隣に来ていた涼が説明しだした。


「その一つがグラウンドの大きさだ。こんな小さなグラウンドで打撃練習などしては他の部活動の生徒はもちろん、近所住民も怪我をする可能性がある。だから、四月から試験的に、こうして練習しているというわけだ」


 記憶は薄いが、確か野球部は去年、甲子園には行けなかったものの、ベスト8に入る健闘ぶりだったと聞く。私立の金持ち学校が強い生徒を県外から集めて、覇を競わんとする昨今の高校野球で、この成績は偉業と言えるだろう。


「へーその片鱗がここにあるわけね」

「そうだ。ちなみに土日は市のグラウンドまで出向き練習しているみたいだしな、立派なものだ」


どこか自分のことのように語る涼に苦笑しつつも、私は聞いた。


「言い忘れてたのってこのこと?」

「ああ、最近まで野球部を目にしなかったから忘れていた。対外試合にでも行っていたのだろう。しかし、疑問に思わなかったのか?ここに来る時、やけに人が少ないことに」


 そう言われ、ここに来た時のことを思い出す。言われてみれば、始めの頃はやけに人影が少ないなとは思っていたが、ここ最近は慣れっこになっていたから、そんな疑問も忘れていた。


「気味が悪いと思ったことはあったけど……なるほどね、合点がいったわ。でもこのガラス、今更だけどなんで破れないの?当たり前のようにボールが当たってるから気付かなかったけど」


 第三者が見れば真っ先に思い付きそうな疑問であるだけに、本当に今更である。


「理由は簡単だ。防弾ガラス…とまでは言わないが北校舎側のガラスはすべて強化ガラスを使用している。ボールも当然硬球という訳ではなく、打撃練習の時だけ人に当たっても平気な特殊ボールを使用しているらしい。ちなみに、何故こちらに向かって打撃練習するのかというと、そこに小庭が見えるだろう」

「小庭っていうか、ガスやら火災報知機やらの監視版を集めてる所でしょ?」


 ちょうど私達が立っている真下、およそ10メートル四方をコンクリートで囲い、監視版を集めている所だ。1階廊下に通用口があるのだが、基本なにもないため業者以外は入ることはなく、私も当然入ったことはない。


「それがどうかしたの?」

「打った球が監視版に当たって広がらないから、ボールが回収しやすいらしいぞ」

「……そんなドヤ顔で言われてもねえ…」


 今だに窓を叩く悲痛な打撃音は健在で、止むことをしれず見ている人の不安を掻き立てる。人に当たっても平気というが、実際この勢いを見せられるとその説得力は皆無に等しい。グラウンドが小さい公立高校にとっては苦肉の策なのかも知れないので、あまり大きな声で反論も出来ないのだが。


……まあ賛成も出来ないんだけどね。


「んー…まあでも凄いね、なんかお金かかってそうで」

「それなりに詳しく説明したつもりだが…相変わらず酷い返答だな、君は」


 涼はあからさまに頭を抑えると、呆れたのか部室内へと戻っていく。


「どんな答えを期待してたのよ……」


 ガッカリしてるみたいだけど、しょうがないでしょ。学校は部活に力を入れてるかもしれないけど、私は野球に興味ないんだから。


若干慣れたとはいえ、あまり気分が良いものではないので涼に次いで中へと入る。涼は席へ戻ると、いつもどおり本を読む姿勢をとる。さっきと違うところがあるとすれば、耳栓をしていない所と若干怒ってる風な態度。これは触れないのが吉だ。


 今だ鳴り響く打球音に顔を顰めつつも、私は席へと戻るとペンを落としたことに気づいた。床に落ちたペンを拾おうと思い体を曲げると、聞き慣れた着信音がカバンから聞こえてくる。


「洋介君からだ。あと20分ぐらいで行くって連絡来たんだけど、ここってまだ使えるよね?」

「ああ、大丈夫だ。もし、遅くなりそうなら僕から大沢先生に連絡すればいい」

「わかった。じゃあ大丈夫って連絡入れておくね」

「…………ああ」


 メールを打ちながら返事をすると、やけに遅い返答に違和感を覚え携帯を触るのをやめる。耳栓はしていないから聞こえにくかった訳ではないだろう。


「…ん?……なによ?」

「いや、なんでもない」


 それだけ言うと、また本へと視線を戻しいつもの体勢へと戻る。

 言いたいことがあるのかもしれないが、そこまで気になるわけでもないし深く問いただす気もない。


「あっそ」


 まだ途中だったメールの続きを再開する。家族ぐらいにしか連絡を入れることがないから集中して打つ。そうしないと時間が掛かってしまい相手を待たせてしまうから。


「………上手くやってるようだな」


 だから、向かいからなにか聞こえたような気がしたが、あえて無視して聞き返す事はしないで黙々とメールを打ち続けた。

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