第10話 妹
「学校で告白するって事は制服でするってことでいいんですよね?」
ファミレスを出てから数分、変な空気が漂う中、告白の流れについて楓が洋介に質問していた。
どこでどうやって告白するのか知っておきたいみたいである。さすがは告白コーディネーター。微妙な空気感など完全無視で、午後になってもやる気は変わらない。
「本当は何処かに誘って告白出来たら良いんだけど、そこまでの勇気がなくって」
「そうですか。一応、流行りのメンズ服が安く売ってるお店なんかも調べておいたんですけど今回は必要なさそうですね」
「わざわざ調べてくれたの?ゴメン、先に言っとけば良かったね」
「全然オッケーです。私も自分のキャパシティが広がって嬉しいですし」
「…………」
メンズ服のキャパシティが広がってどうするのと聞こうと思ったが答えを聞くのが怖くて寸前でやめた。実は男装が趣味とか言われたら今後の付き合いを考えるレベルである。
「あとはその野暮ったいメガネを変えるだけですね。これも調べてあるんで早速移動しましょう」
回れ右して歩く。さっきと同じ隊形で後ろを付いて歩いていると、すぐに目的地へと到着する。人混みは好きではないが、買い物にはやはり都会は便利だ。
「さすが田舎とは違うね。いろんなお店がこんな近くにある」
「はい、ここにして正解でしょ?田舎だと車がないと移動できないかもですが、こっちだと中心部に来ちゃえば歩いて見て回れるんで便利なんですよ。お店も混んでないですし早速中に入っていろいろ見て回りましょう」
自動ドアの前に立ち中へと入る。
先程入った美容院とは違い客は少なく、その代わりあちらこちらにメガネが置かれている。詳しくないので細部の事はわからないが、無駄にフレームの大きい物から涼が掛けていたような細いメガネまで一通りはあるように見える。
「どう、良いやつありそう?」
「そうだね、見てみないと何とも言えないけど今の奴よりはマシになりそうだよ」
「良かった、まあこれだけアレばね」
手前のメガネを手に取り、目視で周りの物と比べてみる。当たり前の話だが、似ているようで細部の作りは全然違う。良いのがありそうではあるが、同時に時間もかかりそうだった。
私がメガネを戻すと、洋介がメガネを手にしたままこちらをチラチラ伺っていることに気づいた。
「なんか言いたいことがあるの?」
「いや、その…」
「なに、言ってよ」
「そのさ…今から何本か掛けるから、似合うかどうか見て欲しいなって思ったんだけど…良い…かな?」
「…………」
さっきのやり取りを気にしているのか明らかに様子が変わっている。
私は、あからさまに溜息をつくと、
「……なに遠慮してんの、そんなの当たり前。早いとこ選んで持ってきなよ」
「う、うん!すぐに持ってくるからそこで待ってて!」
小走りに走って行き、どこか嬉しそうな顔つきで自分に似合いそうな物を物色し始める。別にそんな急がなくていいのに。
「私は、お邪魔ですか?」
声をかけられ振り返る。
そこには、ニヤニヤしながら笑っている我が妹の姿が。
「そんな訳ないでしょ、大体なに?お邪魔って」
「わたし的には二人が仲良さ気だから邪魔かなって思ったんだけど、そんな事なかった?」
「そんな事ないね、話はそれだけ?じゃあ、あんたも探してきなよ」
「……はーい」
こっちの多少の怒気にも、差して気にした様子は見せない。それどころか適当に返事をして、洋介とは違う方向へと歩いていくと、特に見る様子もなく適当に近くの物を手に取る。それグラサンなんですけど……
「ちょっと、そんなの見てないでちゃんと手伝いなよ」
任せっぱなしの私が言うのもなんだけど。
「お姉ちゃんに言われたくないんだけど…大体、探すもなにも萩原さんが掛けていかないとイメージ沸かないんだもん。わたし、その道のプロって訳じゃないしさ」
店を紹介したのは楓かもしれないが、美容院ではプロが専門でやってくれた。確かにプロでもない限り本人と一緒になって選ばないとわからないかもしれない。
「そうかもしれないけど、それならそうで一緒に探せばいいじゃない」
「それは……ね?」
こちらに目くばせしながら意味ありげな発言をしてくる。言いたい事はわかるけど、この調子に乗せられてはいけない。まあ乗せられるもなにも、勘違いも甚だしいのでありえないのだが。
「なんか完全に誤解してるよね?」
「えっ?全然」
「ウソ、なら言って見なさいよ」
「お姉ちゃん『友達ぐらいならいいか』って思ってるんじゃないの?」
「いや違うから。それさっきも断ったじゃん」
思っていた通り。だからそれが誤解だと言ってるのに。
「照れてたんでしょ?」
「………」
まさに、ああ言えばこう言う状態で話にならない。あの時に言いたい事が言えなかったのか差も当然のように蒸し返してくる。私の中で、あの話はもう終わっているのに。
「その話はさっきもしたじゃない。言ったでしょ?友達になりたいとかそんなつもりで協力している訳じゃないの。だから友達になるんだとしたらそれは結果の話し。なろうって言われてなるもんじゃないの」
「切っ掛けはなんだっていいでしょ?どうしてそんな考えしかできないの?」
「楓にはわかんないよ」
あまりにしつこいため語尾が強くなる。
「どうして、わたしにはわかんないって決め付けるの?」
「決め付けてるわけじゃないよ、ただ、話してないからわかるはずがないだけ」
上辺だけの関係に意味などない。そんな関係に友達の色を塗ったところですぐに剥がれて崩れ落ちる。本物が偽物だと後でわかるなら始めから偽物だと思っていたほうがいい。
「じゃあ、話してよ。今からとは言わないからさ」
「話さないよ、意味ないからね」
「そんなのお姉ちゃんが決めることじゃない!」
「……いい加減にしなよ、楓」
店の中だから怒るつもりはなかったが、自然と言葉に怒りがまじる。
話さないと決めたのだ。それは私の為ではなく、楓の為に。知ってしまったらきっと後悔する。利益になることなど間違ってもない。
「アンタはわかってないみたいだから言うけど、もうどうしようもないの。いい?私が今、話したところで解決なんかできない。……わかったら、もうこの事は聞かないで」
それはもう昔の話。終わった話なのだ。
今それを話せば、きっと楓は自分を責める。もしかしたら両親さえも。それは、誰あろう私の為に。しかし、そんなことをしたところで楓にはなんの利益ももたらさない。間違って変な気でもおこしたら受験にも響くだろう。言わないのは楓の為なのだ。
「………あっち探してくる」
気まづくなり、振り向いて元来た道を戻る。
後ろから『わかってないのは、お姉ちゃんの方だ』と聞こえた気もしたが、振り返って確かめようとは思わなかった。
「アレ?そういえばメガネはどうしたの?」
「度数を調整しないといけないから、まだ、お店だよ。明日後日には届くって」
私は電車が違う洋介を見送るべく、黄昏色に染まるホームを連れ立って歩いていた。買い物を済ませ、少しの間ぶらぶらして服なんかを見ているだけだったのに、気が付けば、あっという間にこんな夕暮れ時になってしまっていた。
ちなみに、洋介が選んだのは細くシックなスクエアメガネとかいう代物。
どこででも売ってそうなメガネではあるが、あまり背伸びした物じゃないあたり彼らしくて、試着している時に私もそれを選んだ。
洋介もそれを気に入ったのか、まだ見てない物がたくさんあるにも関わらず、私がトイレに行ってる最中に、それを手に取ってちゃちゃっと会計をすましてしまっていた。
似合ってるとは思うが、ホントにあれで良かったのだろうか。
「僕もアレが良いと思ってたし問題ないよ。それより今日はありがと、ホントいろいろ助かったよ」
「洋介君が良いなら良いよ。それより、来週も部活に来て欲しんだけど。見た目も大分変わったし次やることも話し合いたいしさ」
「わかった、じゃあまた連絡するよ。今日はホントありがと、じゃあね!」
そういうと私達が来た方角とは違う改札から電車へと足早に乗り込んでゆく。私は手だけを振って軽く見送ると、そのまた反対へと歩きだした。
「…………」
ホームが思ったほど遠い。
反対のホームはここから差して遠くは無いはずなのに、今日に限ってはいつもの倍以上に感じてしまう。単純に足が重い。それほど歩き疲れたということなのだろうが、原因はそれだけじゃないのはわかっている。
「まだ怒ってるの、楓」
「別に怒ってないし。ていうか怒ってるって決め付けるのやめてよ、うざい!うざいうざいうざい!!」
「メチャメチャ怒ってるし…」
先程の一件以来、楓はずっとこんな調子である。
さすがに洋介には普通に接していたが、私には終始ご立腹なようでこんな素っ気無い態度が続いていた。
「かえでー……?」
下から覗き込むように、様子を伺う。が、楓は案の定、プイッと顔を背けてしまう。
「かえでちゃーん」
プイッ!
「超絶可愛いかえでちゃーん」
プイッ!
「ハートキャッチかえでちゃーん」
「………馬鹿にしてるの?」
「………………」
まぁ、今のは完全に私が悪いとして…しかし、私は何も適当にこんなことを言ってる訳ではない。私は依然続くその態度に思うところがあったのだ。
だから、今からかける言葉もそう。ちょっとした意地悪をして反応を確かめたかった。
「そんなに話したくないなら帰ってても良かったのに」
「……うるさいなあ」
思ったとおり楓はまたしても拗ねたような態度を取るだけで変な反論はしてこない。当然、私をおいて帰ろうともしない。
「……………」
その態度を見て確信する。
それは、きっと私とのやり取りを気にしているからだと。仲直りしようと謝る機会を伺っているからだと
しかし、それでも結果的に謝ってこないのは、きっと単なるプライドだろう。
「……フフッ」
———ようするに素直になれないだけである。
「ちょっとお姉ちゃん!何笑ってるの!?私、怒ってるんだからね!!?」
「フフッ……ゴメンゴメンつい…」
楓は期待しているのだ。
怒ってる、許さないと言って私が焦るのを。許してと謝って来るのを。自分からは謝れないから最大限に私に甘えているのだ。楓は否定するだろうが、私にはわかる。
「……ねえ」
洋介は気を遣って楓と同じような関係を望んでくれたが、やはりそれは難しい。
もし仮に、洋介とケンカでもしたら、仲直りは容易ではないと、簡単に想像がつくからだ。
ケンカしても、すれ違っても、間違えても、それでも歩み寄ろうと思えるのは、毎日一緒にいて大切だと自覚しているからこそ―――家族だからこそ、歩み寄れると思うから。
「……ねえ、楓」
だから、こんな私でも柄にも無く素直になれるし、こんな恥ずかしい行動も取れてしまうのだろう。
「手…繋いで帰ろっか?昔みたいにさ」
「はっ…はあ!?お姉ちゃん正気!?急になに言ってんの!!?」
「そんなたいしたこと言ってるつもりもないんだけどな」
内心、ちょっとドキドキしながら、ゆっくりと右手を差し出す。
楓は歩みを止めて私の手をジッと見つめている。その目は、どこか珍しい物を見るかのようだった。
楓にしてみたら“予想だにしない事態”というやつだろうか。
「……本気で言ってるの?」
「本気だよ。お姉ちゃん、仲直りしたいもん」
「…………」
それだけ聞くと、しばらくの間ジッと見つめ、楓は結局手を取らずに再び歩き出した。その歩調は早く、こちらは走らないと追いつけそうにない。
「ちょっと待ってよ、楓!」
走って追いつくと肩に手をやって無理やり振り向かせる。
「あっ……」
そこには耳まで赤くした楓の姿があった。
「……お姉ちゃん直球すぎ。しかもこんな大通りで大きな声出して」
「う…それは……ゴメン」
気づけば周りの人達の視線を感じる。
女同士だから唯のケンカですんでいるだろうが、これが男女なら、会話の内容的に彼氏彼女の痴話喧嘩と勘違いされていたことだろう。
「もう……ほら…」
恥ずかしそうに、手を差し出す楓。その動きはゆっくりで始めは意図が掴めなかった。だから、思わず聞き返す。
「え……なに?」
「手…繋いで帰るんでしょ?早く握んなよ」
そっぽを向いて、小さな唇がボソボソ動く。顔がまた、少しずつ朱色に染まっていく。
「どうし……」
嫌じゃないの?
そう思い、どうして?と聞こうとしたが、私はすぐに口を閉ざした。
そんなの関係無いという事に気付いたからだ。
一番大切なのは、一緒の思いだったということ。歩み寄ろうとしてくれたこと。その事実が、私にとっては重要だったから。
私は、楓に向かって頬を崩した。
「………うん、じゃあ……お言葉に甘えて」
手を握る。ゆっくりと確かめるように。冷たくて、どこか湿ったように感じる手を。
「…………」
楓は握る間こそ、こちらを凝視していたが、すぐに顔を横へとずらして私の顔を見ようとしない。きっとさっきよりも赤くなっていて見られたくないのだろう。
「じゃあ…私達も帰ろっか。夕飯、遅くなるの嫌だし」
右手で楓の手を握りながら歩く。さっきよりも足取りは軽いが、それでも幾分か歩き辛いのは楓が横ではなく後ろを歩いているから。
手を繋いで歩いていると、すぐに反対側のホームが見えてくる。近づいてホームへと入ろうとしたところで、小さな、ともすれば聞き間違いとも思える小さな声が聞こえてくる。
「意地張ってゴメンね…仲直りできて良かった」
ふと緩みそうになる頬を自覚しながら、そのままホームへとなだれ込む。
家までの帰り道、さあ何を話して帰ろうか?
今日は何でも話せそう―――久しぶりに、そんな気分だった。
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