第9話 大きな誤解
「……ちゃん…お姉ちゃん!そろそろ起きてよ、もう終わったよ!」
「………うぇ?」
「………うぇ?じゃないよ!終わったって言ってるの!お姉ちゃん寝すぎだから」
「あうー……ごめん」
早くこっち来なよと言いながら消えてゆく。いつの間にか寝てしまったらしい。
目を擦りながらゆっくりと身を起こして、あたりを見渡すと、数歩先に楓と洋介が連れだって私を待っていた。
「なんで顔隠してるの?」
楓が雑誌で顔を隠す男を指差して問う。顔こそ隠してるが服装と背丈ですぐに洋介とわかる。
「どうせだったらビックリさせたいじゃない。……そうすれば目も覚めるだろうし」
ジト目で嫌味ったらしく言ってくる。ちょっと怒ってるっぽい。
「ゴメンって。そんな怒んないでよ」
すぐに起こさなかったのは抗議の意味も兼ねてるのかと思い謝る。任せっきりにしたのはマズかったと反省。なにも力になれないと思ったが意見を言ってあげるだけでも楓としては助かるのかも知れない。
「わかってくれればいいよ。それにビックリさせるっていうのは嘘じゃないから。しっかり驚いてよね」
楓が洋介の顔から雑誌を外す。
顔があらわになった洋介は自信無さ気に俯いている。しかし、そのおかげで全面に頭が押し出され、ヘアスタイルの変化はすぐに見て取れた。
「……!へぇー凄いじゃん!スッゴク良くなったんじゃない!?」
さしてリアクションを取るつもりも無かったのだが、気が付けばあまりの変貌振りに思わず感嘆の声を上げていた。
それもそのはず、朝一番に見た地味な印象はどこにもなくなっており、それどころか爽やかなショートスタイルになっていたのだ。
とっちゃん坊やみたいだった髪型も、ストパーでもかけたのか綺麗に整えられ、眉や後ろ髪といった細かいところでも、美容師の腕が生かされているのが素人目でもわかる。お世辞でもなんでもなく、お見合いにでも行けそうなほどの出来栄えだ。
正直あまりの変貌振りに陳腐な言葉しか出てこないが、最初に提示していた“清潔感”に関してはこれ以上ない出来栄えではないだろうか。
まさに彼にピッタリのヘアスタイルだった。
「凄い、うん…良く似合ってるじゃない」
素直に感想を口にする。
何度見ても悪い印象もなく良い印象しかない為に、これ以上の賛美が思いつかない。
「でしょう!凄いよく似合ってるよね。だから言ったじゃないですか萩原さん。全然派手なんかじゃないですよ」
笑いながら自分の頭を触る洋介。
その程度の髪型で派手というからには今までの彼は少しぐらいしか地味だと思っていなかったのだろうか。だとしたら、こうして相談に来たのは正解だったね。間違いなく地味系男子だからね。
「いやあーホント私の目に狂いはなかったですよ。初めて見た時に思いましたもん。絶対カッコ良くなるって。実際、今の萩原さんだったら誰でも落とせちゃうと思いますよ。私も惚れちゃいそうです!ホンットカッコいいです、ホント!ホント凄いです私って」
チラチラこっちを見ながら、さりげに自分の采配を褒める楓。うっざ…
無視して洋介に心境を聞いてみる。
「洋介くんはどうなの?気にいった?」
「うん、なんかね…初めは抵抗あったけど二人の反応見てたら安心した。だから今は大満足だよ! ありがとう如月さん」
「!」
───不意だった。
そう、不意としか言い様がないタイミングで洋介が笑顔でこちらに言ってきたのだ。
「そっ……」
満足いく結果に高揚しているのだろうか、私は何だかそれがとてつもなく恥ずかしくなり、その笑顔から顔を背けた。
その行動を怪訝に思ったのか、洋介が後ろで覗きこみながら話しかけてくる。
「如月さん?」
無駄に顔が近い。
心の中で離れろ離れろと祈っていると、楓が笑いながら突っついてくる。
「何でもないですよ萩原さん。ただ単に照れてるだけですから。ね、お姉ちゃん?」
突っついている楓の手を払うと、運動神経の違いだろうかいとも簡単によけられる。楓はニヤニヤしながら、後ろ手に私から一旦離れると一拍置いて時計を確認した。
「ほら、照れてないでそろそろお店出よ。もうこんな時間だし」
私も確認すると時刻は12時過ぎだった。一区切りついたし切りも良いのでここらで昼食にでもしようか。
「良いけどどこ行く?この時間だと美味しい所は大体満席だよ」
「そんなの何処でも良いよ。ほら店の邪魔になるし話は外でしよ。洋介くんもお金払ったらこっちに来なよ。外で待ってるから」
「ちょっ…ちょっと待ってよお姉ちゃん!」
洋介を置いて一旦外に出る。
外に出て火照った体を一早く冷やしたかったのだ。頭に熱が残ってると、どうにも、ぼーっとして冷静に慣れない。
「もう!先に行かないでよ、お姉ちゃん!」
追いつくやいなや文句を言う楓を尻目に、こちらも負けじと言い返す。
「楓が変なこと言うからでしょ…」
「変なことって…ああ、アレ、やっぱり照れてたの?可愛いところあるじゃん!って、でもそっかあ…そうだよね」
楓は一人、うんうん頷きながら感慨深げに思いをはせている様子。なにか大変失礼なことを考えているような気がしてならない。
「なんかさ…お礼を言われたくらいで照れるお姉ちゃんが可哀想で、つい胸を締め付けられたんだよ。どんだけ人との関わりがないのって」
オイオイと泣き真似をしながら目尻を拭う。いや、涙出てないでしょ。それに可哀想じゃないし、好きで一人でいるんだから。
「それはそうかもしれないけど。でも、これからは学校に萩原さんがいるから難しいかもね」
「どういう意味?」
「そのままの意味。だってこのままいけば、萩原さんと友d…」
楓がなにかを言おうとした瞬間、後ろの扉が開き話を遮られる。会計を済ました洋介がこちらに戻ってきたのだ。
楓は、不服そうに頬を膨らましていたが直ぐに元に戻し、さっきまでの会話を止めていつも通りに話しかける。
「お疲れ様でした。ところで萩原さん、食べたい物とかってあります?」
楓がなにを言いたかったのかわからないが、洋介の前では話したくないようである。私も、しつこく聞くのは趣味じゃないので、さっきまでのことは忘れてこちらの会話に参加した。
「洋介君、ここらに詳しかったりするの?」
「ごめん、全然……うーん…この辺のことは詳しくないし、僕はなんでも良いから二人が決めて良いよ。僕もそれに従うから」
昼食の事はあまり考えていなかったのか、迷った挙句、何でも良いよとか言ってくる。あのね何でも良いよが一番困るんだよ?知ってる?
「お姉ちゃんは…特にないよね。じゃあもうサイゼで」
楓は近くにあるサイゼを指差すと、行きましょうと声を掛け店まで颯爽と歩いて行く。何故お姉ちゃんを無視したのかと突っ込もうとしたが、実際なんでも良いので突っ込むのを止めにする。長年一緒に住んでると心眼的な物が備わるのかもしれない。
店に入ると案外中は空いており、待つことなく禁煙席へと案内される。
中には家族連れと学生が多く入っており、ファミレスっぽさをより際立たせる。
私達は案内された席に座るとメニュー表を開いてそれぞれ注文に取り掛かった。
「何にしよっか?」
「ドリアで」
楓は見るからに顔を歪ませると、
「お姉ちゃんいっつもそれじゃん。たまには違うの頼んだら」
私としては安くて美味しいから頼んでいるのだが楓は違うものを注文して欲しいらしい。
「なんでよ、ダメなの?」
「……私もドリア食べたいもん」
「じゃあ、頼めばいいじゃない。嫌なの?」
「……もういい」
楓は不服そうにメニューを閉じて棚に戻す。なんなのよ……
「はあ…もう違うの頼めば良いの?どれでも良い?」
甘いとは思いつつも棚に戻したメニュー表を再び手元にやり選びなおす。
楓は待ってましたと言わんばかりに私からメニュー表を奪い熱心に選ぶ。それを見て魂胆を何となく理解する。多分、食べたいものがあるが、太るやら金額が掛かるやらで私と交換して食べたいのだ。
「じゃあ、パルマ風スパゲッティが食べたい」
はいはいと、生返事をしてメニューを戻す。若干甘やかし過ぎかもしれないが今日は買い物に付き合って貰ってるんだから良しとしよう。
こっちの注文は決まったので、ずっと黙ってメニュー表とにらめっこを続ける洋介に聞いてみる。
「どう?決まった?」
「あっゴメンね、待たせちゃって。僕ここ初めて来たからわからなくて……」
「ああ、そうなんだ」
迷ってるなとは思ったけどそういうことか。
ここが初めてというか多分ファミレス自体そんな来たことないんじゃないだろうか。だとしたら、どんな田舎から転校してきたのか少し気になる。
「良くわからないから、僕もドリアを頼むよ」
私達の会話を聞いてたのか同じものを注文する。まあ普通に美味しいし無難な選択である。お互いに頼む品が決まったので店員を呼んで注文する。注文をし終えるとしばし無言タイムに入った。みんなお疲れのよう。
楓は、普段から部活をし活発に出かける方なので、そこまで疲れてないのかスマフォをいじっているが、対照的に洋介は明らかにグッタリして疲れていた。
自分から頼んだ事とはいえ見ず知らずの女の子に振り回され髪型一つであーだこーだ言われればそりゃあ疲れるだろう。第一、女二人の中に男一人では気疲れしてしまう。こういうことも含めて、事前に言った方が良かったのかもしれない。
「疲れた?」
ここで謝っては余計に気を使わすと思い謝りはしないが、反省の意を込めて話しかける。
「うん、少し。元々あまり人が多い所に住んでいなかったから、人混みはまだ慣れなくて」
「へーどこら辺に住んでたの?」
先ほど疑問に思ったことと思いがけず一致し、せっかくなので地元の話を聞くことにした。
「東北の方だよ。ちなみに方って言ったのは結構転校が続いてて、地元という地元が僕にはないんだよね」
「そうなんだ。じゃあ中部地方に転校したのは今回が初めて?」
「ハハっそうなるね。といってもこれが最後の転向になるみたいだから。こっちの生活にも早く慣れていかないといけないんだけどね」
どこか寂しげに答えると水が入ったコップを口元にあてる。
一年前に転校してきて、こっちの学校で上手く馴染めていないのを悔やんでいるのだろうか。私からすればいじめがあったり、露骨に嫌われているわけではないので別段気に止むところではないと思うのだが。
コップを戻し、でもねと洋介は付け足す。
「今日から、変わるから。ちゃんと告白して今までのように見てるだけの自分じゃない…ってそんなこと如月さんに言っても仕方ないんだけど……」
気持ちが高ぶったのか、思わず口に出してしまったことを照れながら収める。
きっと彼の中にはなりたい理想の自分がいて、それになれない自分に苦悩している。だから、迷ったり人を頼ったり出来るのかもしれない。理想の自分に早く近づきたくて。
「……なれるといいね」
私は、なんだかいたたまれなくなり、よくわからない胸の枷を隠すようにコップに手をやり水を飲みほした。
水がなくなったコップを手に水受けに手を伸ばすと、それに気づいた店員さんの手と重なる。呼んでもいないのに何でいるんだろと思ったら、お盆には注文した品が乗っていた。
それを見て向かいから、信じられないとでも言う様に洋介が感嘆の声をあげる。
「凄い!こんなに早く出来るの!?」
「……うるさいよ」
さすが田舎出身、よほど感動したのか声がでかすぎて恥ずかしいの一言である。
「料理とはいっても、殆どレトルトと似たようなもんだしね。冷めないうちに食べよ」
いただきますの声と共に一斉に食べる。
私は、フォークを取り自分の所にきたパスタを食べる。初めて食べたが予想以上になかなか美味しい。ここに来る度同じ物を食べていただけに、こうして違うものを食べるのは新鮮でいつもより美味しく感じる。
予想外に美味しかったのは洋介も一緒なのか、集中して食べている様子。楓も楓で黙々と食べているので、しばらくの間、無言で食べ続けた。
こちらが三分の一ほど食べ終わった頃、横から楓がドリアの器をこっちに寄越してくる。見ると中身は綺麗に半分になっていた。予想通り交換したいみたいだ。
私は、無言で今食べているパスタを楓の方にやるとドリアを引き寄せる。すると、楓が目で「半分食べないの?」と訴えてくるがなんのその。私の中にあるお姉ちゃん成分が勝手に反応して甘やかしてしまうのだ。だから気にしないで食べて下さい。
楓は納得したのかしてないのか頬を掻くと渋々といった感じで黙々と食べ始めた。
その様子を横から観察していると、同じくドリアを頬張っている洋介に声をかけられた。
「本当に仲良いんだね。年が近かったりしたらケンカとかになったりしないの?」
「んーケンカ…ねえ……」
そう言われ思い返してみるがケンカらしいケンカはほとんど記憶に無い。些細な口喧嘩はしょっちゅうあったりしたが最近はめっきり減った。
何かあってもお互いがお互いの踏み込んじゃまずい境界線を知っているからかマズいと思う以上の事はしないのだ。気を使ってるとかではなく、最低限の思いやりである。
「そうなんだ。なんかさ…如月さんは友達がいないって言ってたけど、一人でもこうして理解してくれる人がいるのは素直に羨ましいって思うよ。僕にはそういう人、出来たことないしさ」
「………そう」
そんな恥ずかしいセリフを面と向かって言われ、目のやり場に困ってそっぽを向く。大体そんなことを妹のいる前で言うのは止めてくれませんかねえ…恥ずかしすぎる。楓も黙々と食べる振りしてるけど顔は赤いし、パスタ空だしで誤魔化しきれてないよ?こっちとしては慌てて否定してくれた方が乗りやすいのに。
私は、そんな妙な間が耐えられなくなり、ジッとしていることも出来ず、とりあえずドリアを口にかっ込む。だが、それが仇となってのどに詰まってしまい、水を一気に飲み干した。
人知れず一人コントみたいになってしまったが、一旦落ちつく。
しばらくして空になったコップに水を入れようと水受けを取ろうとすると、誰かの手と重なる。今度は店員ではなく、洋介の手だった。
「僕も…そんな風になれるかな?」
「はあ!!?」
その言葉で慌てて手を振り払う。気持ちわる!いきなりなに告白してくれちゃってんの?優しくされて勘違いしちゃってんの?ゴメンなさい、タイプじゃないです。
「ちょっと萩原さん!いきなりなに言い出してんですか!」
黙っていた楓も目くじら立てて反論する。当たり前だ、好きな人がいるって分かっているのに告白とかありえない。
「お姉ちゃんにそんなこと言ったら痛い勘違いしちゃうじゃないですか!もう少し考えて発言して下さい!!」
「ゴメン…次からは気をつけるよ」
ご立腹の楓に頭を下げる。どういうこと?
「如月さん、今のは告白とかじゃなくってそのままの意味で…なんというか振られたあとに言い辛いんだけど…その、如月さんと…友達になれたらなって……」
「ああ…そういう……」
なるほど、それであの発言ですか。じゃあ手が触れたのは何?と、思ったが単純に水を注いでくれようとしたのかもしれない。なんて紛らわしい。
しかし、友達になってなんてセリフ久しぶりに聞いた。今じゃドラマや漫画でも聞かないし、それに友達なんてものは気づいたらなってるものではないだろうか。こうしてお願いされて成立するものじゃないと思う。洋介もそれぐらいはわかっているはずだ。
多分だが、洋介がわざわざ口に出して言ったのは、楓と比べ確かな溝のような物が見えたのだろう。以前から感じていたことかもしれないが、楓が一緒にいることによりその溝が顕著に見えた。こんなとこだと思う。
ただ──わからないのは、何故私なのかということなのだが、正直、洋介が大きな誤解をしているとしか、私には思えなかった。
私は、強い憤りを感じながらも、洋介に言った。
「あのね洋介君…なんで私なのか意味わかんないし、それにね、友達はいないんじゃなくて作らないだけなの。そんな信用できない、いつ裏切るかも知れない者と一緒にいたくないから。それは洋介君でも誰でも一緒なのよ。だから……勘違いしないで」
「お姉ちゃんそんな言い方……」
「楓は黙ってて」
楓には目もくれず、洋介を見る。
それに対する答えは持ち合わせていないのか、洋介は下を向くばかりだった。
ほらね、やっぱり言えないんだ。友達のいない私に気を使ってそんなことを言ってるから。だから言えない。洋介的には良かれと思ってやったんだろうけど、当の本人からすれば大きな誤解以外のなにものでもない。私は自ら今の自分を選択したのに、それを可哀想だと思われるのはショックを通り越して怒りすら覚える。大きなお世話。
今後、見えるかもしれない答えによっては私の答えが正解か間違いかわかるかもしれないが、それはあとの話で今じゃない。
だから私は、今の私を信じるだけ。
「とにかく、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。私達が今いるのはイメージチェンジを図るため、でしょ?そして篠田さんに思いを伝える。その目的が終わるまでは友達云々の話は抜き。それでいい?」
簡単には友達にはなれない。それは今までの自分がよく知っている。だからこの答えが今の私の最大の譲歩だった。
それが、洋介に対する譲歩なのか私に対する譲歩になっているかはわからないが、ここが今の私にできる最大の落としどころでもあった。
「じゃあ、御飯食べたし次行こう。これで終わりじゃないんでしょ?」
「お姉ちゃん!話はまだ……」
「楓も立って、ほら行くよ」
無理やり伝票を持って立ち上がると、それに次いで楓も渋々席を経つ。
私達は一緒に会計をすますとファミレスを出て、微妙な空気を残したまま次の目的地へと歩きだした。
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