第8話 期待の裏に

 眠たい目を擦りながら電車を降りる。

 長い長い地下道を歩いて地上へと出ることが出来たのは、改札を降りてから10分近く経ってからのことだった。


 ここは街の中心部。


 全国的に見ても栄えてる街だろう。その証拠に周りを取り巻くのはビルと人だらけ。家の周りは、まだ多少の田畑が残ってはいるが、ここでは皆無に等しい。


 「……うっざ」


 休日というのもあるのだろうが、やはりこの人の多さは異常である。今回は仕方がないとはいえ、久しぶりにこの地に足を踏み入れたが今後は遠慮願いたい。歩くだけで、いちいち人を避けて通るだなんてめんどくさくてかなわないのだ。


 「さて、とりあえず目印の銅像を探そう。確かこっちに……」


 あちらこちらと行きかう人並みを避けながら探していると、大きな銅像の下でこちらに手を振る一人の男の子が目に入る。


 「如月さん、こっちこっち」


 Tシャツにジーパン。いかにも地味系男子代表の格好で現れたのは、誰あろう萩原洋介だった。


 「おはよ。朝からひどい格好ね…」


 髪はぼさぼさ、服はヨレヨレ。

 本当に直す気あるんだろうかという疑問のいで立ちである。


 まあ例え、彼にとってのこれが全力だったとしても何とかしてくれる人物がここにいるわけなんだけど。


 「萩原さん…ですよね?初めまして。妹の楓です」

 「あ、どうも。今日はよろしくお願いしますって妹? 頼んだ人って如月さんの妹さんだったの?」


 そう、私が声を掛けたのは妹の楓だった。


 学校とは無縁で彼らを知らない人物。噂を広めず関わりの薄い第三者。

 こんなものに当てはまるのは妹しかいないし今日の目的にも抜群に頼れる人物でもある。


この前、相談に来た日にさっそく妹に話してみて今日が部活もなく暇だというので、じゃあ早速と、今日来てもらったのだ。私では到底できそうにない、イメージチェンジを図るために。


 「お姉ちゃん、言ってなかったの?」

 「言う必要があるの? 言っても何も変わらないと思うんだけど」

 「また、そういうこと言ってる……」

 「なに?なにか問題でもあるわけ?」

 「違う。そういうことばっかり言ってるから、友達出来ないんじゃないかって―――痛ッ!」


 叩いた手をさすりながら、私は恥ずかしさのあまり若干顔を赤らめさせる。

 楓は頭を押さえて文句を言っているが、とりあえず無視。


 いきなり、なにを言うかと思ったら…今日は二人じゃないんだからこっちが恥ずかしくなるような発言は控えてほしい。洋介も笑ってるし。おバカさんでもそれぐらいは考えればわかるでしょ?反省なさい。


 「仲良いんだねって、えーっと……」

 「楓で言いですよ、萩原さん」

 「じゃあ楓さんで。今日はよろしく楓さん」

 「全然良いですよ、今日は私に任せて下さい! 告白に向けて万全のイメチェンにしてみせますから!」


 両手にVサインを作り、それを私と洋介に見せつけながら宣言する。


 その姿を見て頼もしいよりも不安の方が頭をよぎる。


天真爛漫なところは楓の良い所ではあるが、今日に限ってはサポートに徹してもらはないと困る。洋介の事はもちろん、私の推薦もかかっているし。良い年こいて家に寄生する姉なんて嫌でしょ? 


なので一応クギを刺しておく。


 「楽しそうにやるのは結構だけど依頼したことちゃんとやってもらわないと困るよ」

 「わかってるよ、お姉ちゃん。ちゃんとやるって」


 こほん、とわざとらしく咳払いすると体を洋介の方へ向ける。


 「じゃあ、萩原さん。さっそく美容院から参りましょうか」

 「そうだね、初めはメガネを代えようかとも思ったんだけど髪型に合わせてメガネを選んだ方が良さそうだし」


 私もそれには賛成だ。


派手に見た目を変えるのは逆効果とも思ってはいるが、やはり今の彼は地味すぎるし、出会いの印象が悪いだけにここはしっかりと決めておきたい。


 「じゃあ、美容院に行くとしましょう。私の良く行く美容院が近くにありますからそこに。メガネや服装とか気になった点は、そのあとに直していくということで」


 こっちです、と行き先を指で示すとそのまま先頭に立って歩いていく。さすがは陸上部、目的地が決まると行動が早い。


 私達は置いてかれまいと後ろを連れ立って歩いて行く。


 楓を見失わないよう確認しつつ、私は洋介に声をかけた。


 「ゴメンね。強引な妹で」


 私では力不足だし妹を頼ったのは仕方がない点もあるが、不快に思われても嫌なので卑怯だが先に謝っておく。


 「全然。むしろ楽しいくらいだよ」

 「そうなの?」


 その答えに安堵よりも驚きが先にやってくる。年下の、しかも初対面の女の子に仕切られて楽しい?


 私は、率直な疑問を口にした。


 「まさか、ドМ?」

 「ち、違うよ!なんで楽しいって言っただけでそんな答えになるの!?僕が楽しいって言ったのは休日に遊ぶのが久しぶりだから楽しいって言ってるの!」


 プリプリと怒りだす。そういえばこっちに転校してきたんだっけ。


 地元じゃないというのも大きいと思うが、元来高校生というのはそんな遊びほうけるものじゃないもんね。


 休日といえど部活もあるし課題もある。バイトをしている人だっているだろう。わざわざ休みに外に出て遊ぶより家でゴロゴロしていたいと思うのは普通だし、そんな奴はいっぱいいる。


私も今は子供の頃と違ってそこまで外に出たいとは思わないし、むしろ出たくない。家にいるのが一番良いまであるんだけど、田舎出身の洋介がこんな都会に来たら、それだけで楽しいって思うのも無理ないかもしれない。


 そうこうして歩くこと10分弱。


 楓がなにやらインテリチックな店の前で止まるとガラス越しに中を見やる。

 私も楓から一歩引いて中を覗く。


 中には外見通りの洋風インテリアに床下は大理石が敷き詰められている。どうやらここがお目当ての美容院みたいだけど、なんだか非常に高そうだ。


 「……えーと…」


 洋介も同じことを思ったのか、急に焦りながら財布を出して中身を確認しだす。気持ちはわかるけど店の前でその行動は恥ずかしいから止めてほしい。


 「萩原さん、大丈夫ですよ。私の良く行く店って言ったじゃないですか。一見高そうに見えますけど値段はとってもリーズナブルなんですよ。それに顔見知りの店員さんもいらっしゃるので融通も利くはずです」


 無い胸を精一杯張って言い切る楓。お姉ちゃん的にはお値段より、その年で融通が効くとか言っちゃうあなたが心配です。


 楓はこちらの心配をよそに、私達の手を引いて店へと入る。


楓は左右を見渡すと一人の店員さんの方へと駆け寄ってなにやら談笑し始めた。たまにチラチラこちらを見て話しているのは、洋介のことを説明しているからだろうか。一見すれば近所のおばちゃん同士の会話に見えるが流石にその辺のぬかりは無いようだ。


 私は、居心地悪そうにキョロキョロと辺りを見回す洋介に声を掛けた。


 「洋介君も向こうに行ってきたら?相談してるみたいだし、主役がいなきゃ始まらないでしょ」

 「うん…なんかごめんね、こういうところ初めてだから緊張しちゃって。でも、自分の事だもんね。任せっきりも悪いし、僕も話に参加してくるよ」


 言って、楓の方に駆け寄って行く。


 行っても洋介の意見など聞かないような気がしてならないが、最悪、悪いことにはならないだろうし、彼も引っ張られるだけじゃなく積極的に動いた方が良い。


 「さて、と……」


 私は、邪魔にならないようにと近くのソファに座って待ってることにする。


 私も向こうに行った方が良いのだろうがアレやコレやと意見を交わしている楓と店員の姿を見ていると、とても会話についていけるとは思えない。実際、駆け寄った洋介がすでにおろおろし始めている。私が行っても同じような感じになってかえって邪魔だろう。


 私は時間を潰そうと何となく周りを見渡す。


 店の中はそれほど広くはないがそれなりに人気があるのか暇そうにしている店員は一人もいない。今日が休日ということもあるだろうが、それを差し引いても十分な繁盛ぶりだろう。楓が予約を入れていたのかは知らないが、入店して直ぐ店員がついて洋介の相手をしてくれたのは幸運だったみたい。私達が入った後、続々と客が来店している。どうやら最初にここへ来たのは当たりだったみたいだ。あと一時間遅かったらどれだけ待たされたかわからない。


 洋介達の方を見やると、ようやく話し合いが上手くいったのか店員がカットの準備をして、洋介は椅子へと座るところだった。鏡越しに見える洋介の顔が緊張していたのには笑えるが、反面期待も見て取れる。振り分け的には半々といった所だろうか。


一方、楓はというと、その様子を満足気に見つめながら何やら洋介に喋りかけていた。 仲睦まじく話すそのさまは、今さっき出会ったというのを忘れさせる。大して時間も経っていないのに、それなりに打ち解けているようだ。


 「……………」


 そう考えて、ふと思うところがある。


 私も昔はあんな風だっただろうかと、似ていただろうかと。あんな笑顔で屈託無く笑って話しをしてただろうかと。


  人の印象は私が楓に抱くみたく他人が抱くものだから一概には言えないかもしれないが、しかし、きっと違ったんだろうなと思う。


 あの子は私が抱えた問題とは無縁だろうし、あったとしても上手く立ち回る子だ。少なくとも昔の私とは違う。


 私は逃げた───逃げて逃げて、逃げた先に出来たのが今の私だった。



 人間誰もが自分が可愛い。


 いわば今の私は自分と───そしてを守る為の自分だ。これ以上は無い選択だったはず。


 しかし───大沢は変われと言った。答えが見つかるとも。


 考えてみれば、あのペテン師がやることだ、きっとそれも相まって、このタイミングでの依頼なのかもしれない。


 でも、じゃあ何が正解だったのか? 私にまた、を繰り返せとでもいうのだろうか?


 洋介は変わろうとしている。

 今の、いままでの自分を否定して新しい自分になろうと努力している。


 彼と私じゃ状況が違うが洋介は正面から戦っている。今までの自分を見つめ真っ向から。逃げた私とは全然違う。


 真っ直ぐ、己を直視する洋介と自分からその周りから逃げた私。


 大沢の作にはまっているようで癪ではあるが、変わろうとしている彼を見て、逃げた私が正解だったのか間違っていたのか、そうだとすればどう変われば良かったのか、変わるべきなのか。


 その答えが明確になるかもしれない。


 「──────」


 言い知れない期待と不安を胸に潜め、視線を外の街並みに移す。


 ゆらゆらと揺れ落ちる桜の葉が、この時ばかりは不思議と綺麗には見えなかった。

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