第6話 式と嘔吐と姫様と

「二人ともさあ…入学式に起きた事って覚えてる?」

「入学式?」


珍しくも涼と声が重なる。それも無理ないことだろう。彼女の話が聴けると思ったらいきなり入学式の話だ。前後が繋がらない。


「違う違う、繋がるから。もう、ちゃんと聞いてよ」

「聞いてるって。私達の入学式ってあれでしょ? 途中で中止になった」


入学式の日―――


違うクラスだったから詳しくは知らないが、校長の話が長過ぎて貧血で誰かが倒れたのだ。しかも、体調も悪かったのかゲロを撒き散らしながらぶっ倒れたらしい。


当時、事情を良く知らなかった私は周りの女子の必要以上の騒ぎ方にイラついたが、状況を知って納得したのを今でも良く覚えている。そりゃ騒ぐわ。


「で、それが?」

「それ、倒れたの僕なんだ」

「ぶーーーッッ!! ごほッごほッッぐッぐ…」

「………ちょっと…」


倒れた張本人が誰か知らなかったのか吹き出す涼。どう、考えても笑い過ぎでしょ…洋介も嫌そうな顔してるし。


「ゴホッホッッ!…いや…すまん、続けてくれ」

「続けてくれじゃないわよまったく…ああ、ゴメンね。でも、それ私も今知った。男子が倒れたっていうのは知ってたんだけどね」

「うん、何となく如月さんは興味ないんじゃないかって思ってた」


頬を掻きながら笑う洋介。


多少心外ではあるものの実際そのとおりだった。男子っていうのも周りの連中が噂をしていて、たまたまそれを聞いて知っただけだし、詳しく聴こうにも聴く友達どころか知り合いすらいないから問題が先送りされ、そのまま御座なりとなっていたのだ。コミュ障は時事について行けないから大変である。


「でね、知ってるとおり、僕、吐きながら倒れて保健室に運ばれたんだけど、その時に先生と一緒になって運んでくれたのが篠田さんなんだ」

「っへーーそうなの。それが好きなった切っ掛けってわけ?」

「うん。違うクラスで、しかも見ず知らずの僕を率先して運んでくれるなんて普通無いもん。ほら、ゲロもしてるし」

「ゲロとか言うの止めて。想像しちゃうから」



手で制しながら律する。あなたのゲロの話なんて聞きたくないですから。


でも、そうか。確かに入学式の日に見ず知らずの、しかも学校トップクラスの可愛い女性に助けられたら、洋介じゃなくとも好きになるかも。病に掛かっていたというのも、吊り橋効果的な要素があったのかもしれない。


「うん、それもあるかもしれないけどさ…多分だけど僕が引き込まれたのはこっちに来て初めて会話した人が篠田さんだったからなんだよね」

「入学してってこと?」

「こっちに転校して来てからってこと。僕、実は地元ここじゃないんだ。親の仕事でここに住むことになって、この学校受験したんだよ。でさ、知り合いもいなくて緊張して、眠れなくなって体調崩したんだ。で―――最後にゲロ吐いた」

「だから止めてって」


つい、口が滑ってしまったのか洋介はこちらの抗議を無視して続ける。


「なんかね、上手く言えないんだけど…助けられたんだ、篠田さんに。肉体的にもだけど精神的に凄い楽になったっていうか。入学式まで不安でいっぱいだったのに一気に軽くなったんだ、彼女のおかげで」


思い出しながら優しい笑みを浮かべる。


なるほど、転校して心細い中で唯一手を差し伸べてくれたのが彼女というわけか。可愛いとか、綺麗とか見た目で決めてる訳ではなく、助けられることによって、これが彼女を信じる切っ掛けになったわけか。入学式から一年間、二人の間で色々なことがあったのね。



 「それ以降の関わりってこと? うーん…そんなこと言われても……挨拶を交わすぐらいかなあ…」

 「……え? じゃあ、思い出のエピソードっていうか篠田さんを信じる理由ってそれだけなの?」


 なんか、それこそ上辺だけ見てるんじゃない?と思ったが、寸での所で口に出すのを止める。話を一々濁すのも癪だし、大きな接点こそなかったかもしれないが、小さなやり取りはあったかもしれない。


 「これだけかあ…でも……んーー?」

 「まあ君の言いたい事はなんとなくわかる。しかし、今みたいに話を聞くばかりでは、前に進まんぞ」


 そんなことはわかってる。が、話を聞いても彼女の印象は変わらないし、良い案などまったく思い浮かばない。


そもそも接点がそれだけって絶望的過ぎやしないだろうか? 洋介は何にも疑問に思ってないみたいだし…思い込みが激しい性格なのだろうか。


 「このままじゃあ埒があかないから何か行動を起こしてみてはどうだ?さっきまで女性目線のアドバイスとか言ってたじゃないか」

 「グッ…ぬぬ……自分は動かないからって適当なことを…」


 そりゃあ私だって、面白半分で聞いたとはいえアドバイスができれば良いと思って聞いたけど、そうやって揚げ足取られると、ぐうの音も出ない。だって彼女、やっぱり胡散臭いんだもん。本音の見えない相手に良い案なんか出てくるはずがない。


 「如月さん、そんな疑わないでも大丈夫だよ。確かに話した以上の関わりはあまりないかもしれないけど、とにかく僕を信用してよ。如月さんには普通に女性目線でアドバイスをくれれば凄い助かるから」


 またしても堂々巡りになりそうな空気を一早く察したのか間に洋介が割って入り念を押してくる。


 私は、こんな性格だから気になってしまうというか、疑心暗鬼になってしまう所がある。裏があるのではと考えてしまう。しかし、協力すると決めた以上、そこに迷いは無い。だが、だからこそ変なことは出来ないのだ。結果はどうあれ、協力する以上は満足いくものにしてあげなければならない。


 「…………はあ」


 行き当たりばったりで行動するのは趣味ではない。しかし、涼の言うとおりこのままでは埓があかないので一応は洋介を信用して何かしらの行動をした方が良いのかもしれない。


 女性目線…というか私目線でどうこうなるかわからないが。


 「…わかった、信用する。でも、篠田さんには通用しないかもしれないからね?」

 「うん、それでも良いよ。元より無茶なお願いだしね」


 本音が見えないとか、胡散臭いとか、そういった意見はひとまず置いといて今はこれで妥協することにする。話が平行線である以上どこかで見切りを付けなければ違う道へは進めない。

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