第3話 今と昔
───なんなの、アイツ…
一人、学校からの帰り道でぼやく。
私も態度が悪かったかもしれないが、あそこまで言われる筋合いはない。明日から同じ部活かと考えると気が滅入る思いだ。
仮入部で推薦がかかっているとはいえ、少し後悔。
いくつになっても人間関係という奴は難しい。社会人の悩みでも、仕事での人間関係というのは、一種の決まり文句ですらある。それは、学生でも例外じゃない。むしろ、学生の方が、世界が狭い分、如実にそれが現れているのではないだろうか?
新学期で友達作りに失敗した奴は、高確率でボッチだし、何より体育の時間で「好きな奴とペアになれ」なんて言われた日にはもうホント最悪。一生のトラウマになりかねない。特に、一人残ると無理やり他のペアの所に入れようとするアレね。アレ入らして貰ったペアすっごい嫌な顔してるからね。そんな顔されたら、この場だけでもやってこうと思う気持ちすら折られる。
今日のもそうだ。こっちもそれなりに緊張して行って、あんなこと言われたら行きたくなくなるし、やる気もなくなる。
「はあーあ、失敗したかなっ……と……?」
どうしたもんかと考えていると、先程までなかった人の気配、とは違うなんか見張られてるような気持ち悪い視線を後ろから感じ立ち止まる。
違和感の正体を確かめようと肩ごしに振り向くと良く見知った顔が、私の後をついて来ている所だった。
「…なんだ楓じゃん、なにしてんの?」
「あっ!やっぱりバレた?驚かそうと思ったんだけどな」
そういうと、彼女はトコトコと擬音が聞こえてきそうな走り方でこちらに向かってくる。
彼女の名前は、如月楓。私の妹だ。
「今日部活は?」
「やったよー、もう歩くのですらキツい」
「そんなに、走ったんだ?」
「なんか、顧問が新学期始まって妙に気合入っちゃってさ。今までの倍くらい追い込まれたもん」
今にも倒れそうと言いながら、手足をプラプラさせる。乳酸でも飛ばしてるんですか?
「ちーがーう!ヘトヘトだから引っ張ってっていうアピールだよ」
言うが早いか、楓は私にもたれ掛かり、う~~とか言いながら顔をウリウリして上目使いで甘えてくる。
相変わらずの可愛さであるが、あいにく私はお姉ちゃん。妹の為に、甘やかすわけにはいかないのだ。
「ほら甘えない。楓は好きで陸上やってるんでしょ?」
「それはそうなんだけどさー」
言いながら、ガックリとうなだれる。その仕草も微笑ましく、ついこちらも自然に笑顔がこぼれる。
身内の欲目と言われればそれまでだが、妹はホントに可愛いと思う。理由としては、性格が一番だろうが容姿の良さも可愛い要因の一つだろう。
長い黒髪を綺麗に纏めたポニーテール、スラッとしたモデル体型。身長こそ私とあまり変わらない160センチちょっとぐらいだが、そのスラッとした体型が、私より身長があるように思わせる。
これで中3というから驚きだ。余談だが、最近なぜこんなにも差があるのかと考えて、両親を恨んだばかりである。
おっきくなったなぁと感心していると、つい勝手に手が動き頭を撫でてしまう。
「ちょっ!? お姉ちゃん!」
はっ、として慌てて手を引く。イケないイケない、つい……
楓もいきなり頭を撫でられ気恥ずかしいのか前髪をくしくしいじり頬を染めている。
その様子を見ているとこっちまで気恥ずかしくなってしまい、違う話題を振ることにした。
「そ、そういえば楓と一緒に帰るなんて久しぶりだね」
「あ、あっそうだね。ってあれ? 言われてみればお姉ちゃん遅くない? なんかあったの?」
「え?…まあ……うん、それなりに…」
楓に聞かれ、さっきまでの事を思い出して思わず声に出る。
「?」
あまり、声に出したつもりもないが、そんな些細な変化に気づいた楓がこちらを心配そうに覗き込んでくる。
「お姉ちゃん、どしたの? やっぱりなにかあった?」
「まあ、あったといえば、あったかな…」
心配をかけるのは私の本意ではない。
そのこともあり、元より話す気もなかったのだが、このままでは逆効果かもしれない。実際のところ別段隠すようなことでもないしね。
「実は今日ね…」
口を開く。
楓との帰り道、一部始終を話しながら帰ることとなった。
「へー、そんなことがあったんだー」
「そうなの。最低でしょ?」
言いながら夕飯をつつく。私達は、晩御飯を食べながら今日あったことについて話していた。
ちなみに、今日のメインはハンバーグと付け合せのサラダにコーンスープ。全部、私の手作りだ。
帰りの遅い両親や妹に変わり最近じゃもっぱら晩御飯は私が作っている。
やり始めた当初は上手くいかず、嫌になっていたが、回数を重ねるごとに段々コツと楽しみ方がわかってきて、今では私の数少ない趣味の一つとなっている。
楓が、美味しそうに食べながら会話を続けた。
「確かに、初対面にそれはないよね」
「でしょ?」
「言いすぎだよ」
「ホントそれね」
「それよりお姉ちゃん手洗った?さすがに菌だらけの手で晩御飯作ったりなんかしてないよねってイッタ!」
頭に手刀を振り下ろす。生意気な妹め、それが言いたかったのか。ハンバーグ没収です。
「あーごめんごめん! でもさ、からかってる訳でもなんでもなく、私が聞いたとは言え学校の事を詳しく話すお姉ちゃんって、なんか珍しいなあ、とは思ったよ」
「えっ?んー……そう……かな…?」
思いもよらない感想を言われ、おかずを突いていた箸を戻す。
しかし、言われてみればそうかもしれない。
学校じゃろくに友達もいない私は家で話す事もないし、悲しいかな家族もそのことは十分承知なので聞かれることもまずない。珍しいといえば珍しいかもしれない。
「それもね、確かにあるんだけど。私が珍しいって言ってるのは学校だけじゃなく、怒ってることにもだよ」
「それは意外じゃないでしょ」
さすがにそれには賛同しかねる。結構文句言ってたりするよ、影でだけど。
「影で言ってるだけでしょ?お姉ちゃんってまず人に夢中にならないっていうか、他人に対して一線引いてる所があるから人に感情向けたりしないじゃん」
「どういうこと?」
「だからさ、その人には一線引いてないのかなって。私と同じ扱いっていうかさ」
「…ああ、そういうこと」
何を言うかと思えば…楓と同じ扱いだって?そんな訳ないでしょ。同じ扱いなら、もう告白してるよ。
「そこまで溺愛されるとさすがに引くんだけど……もういいや。とりあえずは、総務部?だっけ? やってみるんでしょ?」
「すぐ辞めるかもしれないけどね」
「また、そういうこという……私、嬉しいんだよ? お姉ちゃんが部活入ったって聞いて」
「なんでよ?」
「だってさっきまで文句言ってたお姉ちゃんさ、イキイキしてて昔のお姉ちゃんみたいだったんだもん。活発で明るかった頃の。なんか懐かしくてさ。あの頃のお姉ちゃんに戻ってくれたらなって、ちょっと思って」
「……そう」
───あの頃の私……か。
そういえば、大沢にも似たようなこと言われたっけ。その時も思ったけど過去の経験から今の自分になったのだ。あんな思いをするくらいなら、今の方が断然いい。
あの頃、私に何があったのか楓は知らない。知ったらこの子は黙っちゃいないから言うつもりもない。お礼参り…は言い過ぎだけど、なにかしらのアクションを起こすのは間違いないから。
それは、楓に取ってマイナスでありプラスであることは絶対ない。だから、私は言わないが面と向かってそう言われると悲しいというのも、また事実だった。
「ちょ…ちょっと勘違いしないでよ! 今のお姉ちゃんが嫌いって言ってるわけじゃないからね! 昔のお姉ちゃんに会いたいっていうのは、死んだおばあちゃんに会いたい的な意味であって、決して今のお姉ちゃんをないがしろにする発言では決して…」
「ん? どしたの急に?」
「だ、だって、急に落ち込んだみたいな顔するから……」
ああ、それであんなこと言ったわけね。なるほど。さすが私の妹、落ち込んだように見えた私を、慰めてくれたわけだ。
「あっ…お姉ちゃん…」
その気持ちが嬉しくて、帰り道とは違い今度は意識的に腕を伸ばして頭を撫でる。
「も、もう! 頭撫でないでよ! それ卑怯! 何にも言えなくなる!!」
嫌がられても笑いながら頭を撫で続ける。内心嫌がっていないのを私は知っているから。
「……ごめん、心配かけた」
楓は気にしてくれている。こんな性格だけどそれだけはわかる。だから、心配かけないために明日から頑張ってみるよ。
頬を染めて文句を言い続ける妹を見つめながら、私はより一層頭を撫でる腕に力を込めて、そんなことをひっそりと心に誓うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます